第17話 キュイは新入り従業員
「セトーミ様、申し訳ありません~」
クリスはそう言うと今日も俺の部屋にゴミ袋を運んできた。元々俺の寝室に使っていた部屋はクリスが使い、廊下を隔てた和室兼事務所が俺の部屋になっている。
俺が異世界ダンジョンに来てから数か月。ずっと元の世界から様々な食べ物を取り寄せている。よって、必ず出てくるのがプラゴミの問題。傷むものではないが、かさばるので困っている。他に適当な置き場所もないので、今のところは俺の部屋に置くことにしているのだった。
「お客様に、お料理としてお出しした分のゴミを持ち帰ってもらうのはいかがでしょうか」
「いや、それはお客さんに悪いよ。とにかく、腐って異臭が出たりしないゴミは、ひとまず俺の部屋でいいよ。ここが一番広いんだし」
こうして俺の部屋には毎日少しずつゴミ袋が増えていったのだが、そんなある日のこと……。
この日の夕食は、茹でたうどんに卵を加えて麺つゆで味付けした釜玉ぶっかけうどん。
大鍋でたっぷりのお湯を沸かし、うどん玉を入れる。沸騰してきたらさし水を入れ、再び煮立ったら、ざるに移し、氷水でしめながらぬめりをとる。
どんぶりに移し、卵を落としてよく絡めてから大根おろし、しょうがネギ、そして天かすを乗せた。まあ、麺は二玉で構わないだろう。
「はい、お待ちどうさま」
「まさか、卵を生のままでいただくのですか?」
「そうだよ。【配送ボックス】の卵は俺が異世界で生で食べていたものと同じだからね。クリスは心配か?」
「いいえ! シャーマン様のお言葉に間違いはございませんから!」
なんだか俺が褒められているみたいだが、日本の養鶏業者の皆様のおかげです。いつもありがとうございます!
「なんだかいつもよりなめらかでコクがあって美味しいです。しかも弾力のあるウドンに、このサクサクがたまりません~♪」
どうやら、クリスは生卵より天かすの方がいいみたいだ。う~む。『釜玉うどん』を正規のメニューに加えるのは、やめた方がいいかも知れないな。
しかし……
「あ、あの……。お替りってありますか」
恥ずかしそうに丼を差し出すクリス。
どうやら、ぶっかけうどんはなかなかイケるようだ。
◆
“べちゃっ”
「きゅい!」
“べちゃっ、べちゃっ”
「きゅい、きゅい!」
「……ん?」
朝っぱらから1階で何か音がする。どうも店内が騒がしい。
まさか、強盗か? いや、俺に悪意を持つ者は店に入れないはずなんだけど……。そうこうするうち、クリスがやって来た。
「セトーミ様、お店の方から何か音が」
「何だろう。見てみようか」
「はい」
体操服の裾をもぞもぞとしつつ、不安そうな顔のクリス。俺の中学時代の体操服がお気に入りの様で、部屋着兼パジャマにしている。
「しかし一体何の音でしょうか」
「店の中は安全なはずなんだけどな」
“べちゃっ”
「きゅい!」
“べちゃっ、べちゃっ”
「きゅい、きゅい!」
ひょっとすると、漏水か何かかと思ったのだが、小動物のような鳴き声に加えて、柔らかいものが、ぶつかっているような音がする。
そっと二階の階段から覗いてみると、店の床で子犬くらいの大きさのスライムがぽよんぽよん跳ねていた。
やがて、スライムは俺たちに気付いたのか、透明で水色の体をぷるぷる震わせながら、じーっとこっちを向いている。
「このスライムもしかして……」
「何だ?」
「きゅーい!」
スライムは一声鳴くと、クリスの胸に飛び込んでいった。
「きゃっ! あ、やっぱりこの子、私と目が合ったスライムちゃんです!」
クリスによると『ゴキブリスイスイ』にひっかかり、逃がしたスライムだそうだ。
「そ、そうなのか……?」
「この瞳に間違いありません」
「確かもっと小さくなかったか?」
「いえ、それが、スライムはエサが豊富な環境だと、すぐに大きくなるのです」
「ということは、こいつはお客に紛れて店に入って、客が落としたうどんやこぼした汁を食べて大きく育ったのかな」
「多分そうだと思います。今までは、お店の中の床や壁と同化していていたため気付かなかったのですが、大きく育ちすぎて、同化が出来なくなったのかもしれませんね」
冒険者たちが使う店にもかかわらず、床がこんなに綺麗なのは、こいつのおかげなのだろう。
「きゅい、きゅい、きゅい!」
俺たちが話している間も、スライムは楽しそうにぽよぽよしている。
「スライムは何でも食べるそうだけど、苦手なモノとかあるのかな?」
「基本は人間や動物が食べるモノなら何でも食べますが」
「じゃあ、ゴミはどうなんだろう」
「さあ……。野菜くずとかは食べると思いますが」
もしかして、ウチで大量に出ているプラごみまで食べてくれるのだろうか。
「おいで」
「きゅい、きゅい、きゅい!」
とても人懐っこいスライムらしく、俺が呼ぶとこっちに来てくれた。
「おおよしよし、可愛いなあ。さあお食べ」
「きゅ、きゅーい!」
試しにビニール袋をやってみると「するっ」という感じで取り込んでくれた。透明な体内に滑るように取り込まれたと思うと、しゅわっと一瞬で溶ける様子がまるわかりである。
「きゅい、きゅい、きゅーい!」
ビニール袋を取り込んだスライムは、尚も嬉しそうに俺の周囲を飛び跳ねている。
どうやらおかわりが欲しいらしい。
「きゅーい!」
「セトーミ様、どうやらこの透明な袋は、キュイの大好物みたいです!」
いつの間にか、このスライムの名前はキュイになったようだ。
俺たちは、いろいろ試してみたのだが、どうもキュイは異世界のプラ容器が好物のようだ。
キュイは、たくさんエサを貰えてうれしいのか、元気に跳ね回っている。
「セトーミ様、キュイをここで飼ってもいいですか? 私、責任もって面倒見ますから」
クリスはそう言うと、キュイをぎゅっと抱きしめた。
「もちろんだよ。キュイ、よろしくな」
「ありがとうございます!」
こうして俺の店に新たな従業員が加わったのだった。




