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真っ暗闇の中、何処を目指すとも知らずに歩いている。
素足が床を叩く音すらなく無音。
ここは一体何処なのか、そう考えながら進んでいると――
【――コロス】
何処からともなく声らしき音が聞こえてきた。
耳を澄ましよく聴いてみる。
【――コロス】
殺す。そう確かに言っていた。
誰が、何の為に言っているのかは分からない。
しかし、そこには憎悪があるように思えた。
ドス黒く、底無し沼のように暗い殺意。
いや、これは哀しみとも言えるかもかもしれない。
そんな負の感情が蜷局を巻いているようだった。
【オマエヲ――】
夜闇のように暗い黒は、瞬く間に私の全身を喰らい始めた。
そして、焦る間もなく全身は黒に浸食され、最後に残った右目には何者かが映っていた。
人のような形状に、頭には二本の角。
パッと見、一振りの刀を持った赤鎧を着た武士に見えた。
しかし、それは人ではなかった。
獣。
赤く濁った瞳はただ静かにこちらを見ていた。
【――コロス】
その言葉を最後に、無意識は途絶えた。
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目が覚めるとそこには見慣れない天井があった。
いや、目覚えのある欠けた電球がここが何処であるかを思い出させた。
枕元にあるスマホの画面を見ると7:30と表示されている。
「……ん」
気怠い体を強引に起こし、ベッドに腰をかける。
左手首の内側を見ると、黒で塗りつぶされた菱形の模様がある。
「……頑張んないとね」
今日から1ヶ月間は研修期間に入る。
防衛軍の研修という事もあって当然、厳しいはず……心してかからねば足元を掬われかねない。
顔を両手で挟むようにして叩き気合を入れる。
そして、立ち上がり準備をしようとしたその時、偶然にも部屋に設置されている姿鏡が視界に入った。
異変。
一瞬では気がつかなかったが、確かにあった小さな異変。その異変の正体をハッキリさせようと姿鏡に近づき自身の容姿を凝視する。
すると――
「え……目が赤くなってる」
赤眼。
濃い茶色だった瞳が明るい赤へと変色していた。
結膜炎とかじゃ……なさそう。
これはもしや『終末細胞』を取り入れた後遺症ってやつなのかな?
確か昨日、健康診断の時に「体に何らかの異変が起こるかもしれませんが、その際は落ち着いてコチラまで再受診してください」って言ってたよね?
後で診てもらいに行くかなぁ……
今後の予定を考えながら台所まで行き、コップに水を入れてうがいをする。
そして、冷蔵庫の扉を開く。
「……何もない」
特に食べ物の支給等は無かった。
これはつまり――「朝食の時間になったら集まれ」という事だろう。
さっさと身支度を整え、部屋のドアの前まで行く。
ドアに耳を当て外の様子を伺う。
「……」
……人の気配はなし。
よし、行くか。
ドアノブを慎重に回し、ゆっくりと開ける。
すると、髪の毛を指でクルクルと遊ばせながら誰かを待っている金髪ギャルが居た。
「あっ、おはよチノリン!」
「……え」
ななな……なんで居るんだッ!?
全く気配がしなかったんだけどッ!?
あとチノリンって……ちょっと可愛いな。
「一緒に食堂に行こッ!」
「あ……あの、気配が全くしなかったのは?」
「あ~私、陰陽師の家系でさ。気配を消す呪術を使ってたんだよね」
「……え」
……何を言ってるんだ? 呪術? 漫画の読みすぎでは?
「……じゃあ、【血壊兵装】は式神――――」
「いや、銃だったよ」
金髪ギャルは腕を捻り両掌を見せてきた。
そこにはそれぞれ黒い菱形模様が刻まれており、両掌を重ね合わせるようにしてくっ付けた。
すると、シュルシュルと赤い螺旋が現れ、二丁の銃へと姿を変えた。
右手には黒い拳銃。左手には白い拳銃。
全体的に四角張っており、サイズはやや大きい印象を受けた。
「これがアタシの【血壊兵装】――――『双紫ノ星』」
陰陽師要素どこッ!?
ゴリゴリに近代兵器じゃんか。古風の欠片も無い。
というか何その無駄に可愛い名前は……?
「……なんか陰陽師っぽくないね」
「そうなんだよね……呪術とか式神とか色々あるんだけどさ、現代陰陽師は暗殺の時は毒殺ばっかりで、占いをするときは心理学とかのメンタリズムを使ってたみたいなんだよね」
「えぇ……」
そうなのか……。
まぁ、確かに呪術とかで呪殺すよりも毒殺の方が確実か。
ってか呪術ってマジなやつなのかな?
「チノリンは刀だよね?」
「そうだけど……。あ、あの……チノリンとは?」
「血野凛音だからチノリン! ……嫌だった?」
「うっ……」
くっ……そんな子犬みたいな目で真正面から言われたら……否定しずらい。
ま、まぁ……渾名くらいは良いのかな?
これからは一緒に仕事をする仲になるのだろうから、それくらいは……いいか。
「べ、別にいいよ」
「やったー!」
そう言うと、満面の笑みで抱き着いて来た。
「ッ!?」
香水だろうか? 甘ったるい香りが鼻を通り抜け直接脳を刺激する。
人肌の温もりがジャージを介し、ゆっくりと伝わる。
いやいや待て待てッ!
……これはどう考えてもライン越えじゃないかッ!?
「ちょ、ちょっと……」
「え~いいじゃん。女の子同士なんだし」
「くっ……」
金髪ギャルは一通り抱き着いて満足したのか、ゆっくりと離れた。
どことなく頬が艶々としているように見えるのは気のせいだと思いたい。
「ふぅ……補給完了と。やっぱり可愛い女の子はいいね」
「……」
……なんだこの金髪ギャルは。
悪い子ではなさそうだけど……危険だね。
無駄に仲良くなってしまうと、失った時のダメージが大きくなってしまう。だから――踏み込み過ぎず、踏み込ませないようにしないと。
「じゃ、行こっか。多分、食堂に行けばいいんだよね?」
「……さぁ?」
「ま、行けば分かるっしょ!」
「……そうだといいね」
ギャルの後を追うように、廊下を抜け階段を下って行った。
前を歩く金髪ギャルの髪の毛からは良い香りがした。
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「遅いぞ」
白を基調とした軍服を着用した黒髪男。
昨日、試験管を担当したその男は静かにコチラを見ていた。
「え~黒田教官時間に厳しすぎ~」
「黙れ。さっさと並べ」
「ちぇ~」
すると、紺色髪オールバック男がこちらへと近づいて来た。
その表情には怒りの感情がチラチラと見え隠れしている。
「君達! また遅刻とはどういった事なんだッ!?」
「童貞が喋るなよ」
「なッ!?」
金髪ギャルはゴミを見るかのような目で、紺色髪オールバック男を突き放すように言葉を吐き捨てた。
ここが防衛軍関係施設でなかったら、唾も吐き捨てていたであろう勢いだ。
「君ッ! それは流石に言いすぎだろうッ!」
「ぎゃあぎゃあうるせーよ。ってかほらサッサと並べよ? 他の人が待ってるっしょ?」
「君ッ――――」
すると、何かを感じ取ったのか紺色髪オールバック男は咄嗟に黒田教官の方を向いた。
すると、有無を言わさない無言の圧がこちらへと押し寄せて来た。
「……くっ、失礼しました」
黒田教官の無言の圧に屈し、そそくさと列に戻って行った。
「……さて、ではこれより訓練施設へと向かう」
「黒田教官~。私お腹すいちゃったんですけど~」
「着けば食事にする」
「よっし!」
金髪ギャルは小さくガッツポーズを見せながら、チラッとコチラを見て来た。
さりげなく視線を外す。
すると、隣に紫髪縦ロールお嬢様が居る事に気が付いた。
うぉッ!? 居たのか……全然気が付かなかった。
ってかこの人も多分普通じゃないよね……こんだけキャラ濃い見た目をしてるのに、あまりにも影が薄すぎる。
もしかしたら、金髪ギャルみたいに意図的に気配を消している可能性が高いかも……ちょっと探りを入れてみようかな。
と、思っていたら――紫髪縦ロールお嬢様と目が合ってしまった。
「あら……何かご用かしら?」
「い、いえ。凄い綺麗な髪だなと」
「あら貴方、見る目があるじゃない」
「フランス革命時に処刑されてそう」
「……馬鹿にしています?」
「してないです」
ジトーっと懐疑的な目でコチラを見てくる。
何とかして話を逸らさなくては。
「あ、あの……私は血野凛音です」
「あら、わたくしはクローネ・フォン・ダークネスと申しますわ」
「凄く良い名前でs……は?」
彼女はいったい何を言っているんだ?
クローネ・フォン・ダークネス? ファンタジーゲームのキャラか何かか?
「わたくしは、この世の裏に存在する『影の帝国』の王女を勤めてまして、今は訳あって表であるこの世界で生活しているんですのよね」
「な、なるほど……」
「ところで、貴方も『影の帝国』の関係者かしら? 同じ影の波動を感じますわ」
……私の事を遠回しに『陰キャ女』って言いたいのか?
これは喧嘩を売られている?……いや、そんな風には見えないな。あまりに顔が楽しそうすぎる。
とりあえずはてきとうに話を合わせておくか。
「……部分的にはそうかも」
「やはりッ!」
「ッ!?」
紫髪縦ロールお嬢様はコチラの手を両手で包み込むように握ってきた。
そして興奮した様子を見せながらブンブンと勢いよく上下させる。
「共に生き残り、無事に生きて帰りましょうね?」
「そ、そうだね……」
彼女の話は、目的地である訓練施設に到着するまでの10分間続いた。
近くに居た金髪ギャルが嫉妬に満ちた視線をコチラへと向けていた様な気がしたが、それに構ってあげられるほどの余裕は私にはなかった。
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「――ここだ」
鉄板に囲われた巨大な空間。
校舎と思しき建物と、200メートルトラックが敷かれたグラウンド。そして、それらを囲う様に設置された大量の鉄条網と、照明。
所々に血痕の様なものが付着しており、どう見てもここが健全な場所ではない事が分かる。
「キョーカン!」
金髪少女、金剛有栖は腕を大きく上げ黒田教官を呼んだ。
無駄に大きい胸がぶるんと揺れる。
「ここは刑務所デスカ!?」
「違う、訓練施設だ」
金髪少女は視線を建物へと移し、直ぐに黒田教官の方へと戻した。
「デスゲーム会場の間違いデハ!?」
「違う、過酷強制施設だ」
「もっと酷くなったデスッ!」
黒田教官は鉄条網に囲われた鉄製の扉のドアノブへと手を伸ばす。
錆びた金属同士が擦れ合う耳障りな音を鳴らしながら扉が開く。
それはまるで、地獄へと続く煉獄門の様だった。
「行くぞ」
そう静かに言うと、黒田教官は先へと進んで行った。
他の生徒達もその後に続く。
……まぁ、訓練施設というからには当然、簡単にはいかないよなぁ。
何で鉄条網が張り巡らされているのかは……いや、詮索は止めておこう。
そういえば私、朝苦手なんだけど大丈夫かなぁ……スマホのアラームが無いと絶対に起きられないよ。没収とかされたらどうしようか……。
唐突な不安に駆られてしまい、誰かとこの感情を共有したいと思い顔を隣に居る“自称”影の国の王女へと向ける。
「それでですね、影の国には徴兵制がありましてね、わたくしは王女でありながらもトップの成績を残した優等生でして――」
コイツはいつまでその話をしてるんだよッ!
お前は小説家にでもなった方がいいだろッ!
視線を金髪ギャルの方へと向ける。
すると、何処から取り出したのか分からないクナイを両手に持ち、しゅっしゅっと刃の部分を互いに擦り合わせ研いでいた。
その目は黒く淀んでおり、負の感情が蜷局を巻いていた。
「……」
果たして私は生きて訓練施設を抜けられるのだろうか?
地上に出る前に、痴情のもつれで死ぬなんてごめんだぞ?
一抹の不安を胸に残し、黒田教官の後へと続いた。
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