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建物の扉を開くと、じめっとした淀んだ空気が頬を撫でた。
視線の先には鍵付きの白ロッカーが複数並んでおり、おそらくは貴重品等を入れておく場所なのだろうことが分かる。
黒田教官が振り向く。
「スマホ等の貴重品はここに保管してもらう」
すると、赤髪の如何にも気が強そうな少女が手を挙げた。
「形見のブレスレットなどは身につけておいてもいいですか?」
「訓練の妨げにならないのなら特段構わない。だが、コチラで邪魔だと判断した場合は即刻外してもらう」
「分かりました」
皆が皆、それぞれのロッカーを選び貴重品を仕舞い始めた。
「……」
やはり、こうなったか。
私の生命線とも言えるスマホ君……お前がいないと私はどうやって朝起きればいいんだよ……「それも訓練だ」と言われたらそれまでだけど、一応は聞いてみるか。
「……黒田教官、私朝が弱いので目覚まし時計などを用意してもらう事は可能でしょうか?」
「馬鹿な事を聞くな。そんなものはない」
「ではスマホの持ち込みを――」
「駄目だ」
「……」
くっ……やっぱり駄目か。
なんとか代用品を探さないといけないけど……まぁ、最悪誰かに起こして貰えばなんとかなるか。
「よし、全員準備は終わったな? 教室の方へと移動する」
黒田教官の後をぞろぞろと付いて行く。
天井に設置された蛍光灯がカチカチと点滅し、コンクリート製の壁に影を作る。
階段を一つ上り、廊下を30メートルほど歩くと黒田教官が立ち止まった。
左手側にある教室の扉をガラガラと音を立てながら開くと、中へと入って行く。
後に続いて入ると、中には30程の席と巨大なホワイトボードが教室の前後に設置されていた。
「とりあえずは好きな所に座れ。軽く自己紹介をしてもらってから、カリキュラムについて説明する」
それぞれが近場の席に座っていく。
私は無駄のない精密な動きで、窓際最後尾の席まで最短の距離で移動した。目的を達成し、安堵していると、しれっと金髪ギャルが隣の席に座った。
すると、黒田教官がギロリと鋭い視線でこちらを刺してきた。
「おい、前の席が空いているのに何故後ろに行く?」
当然の指摘だ。「好きな所に座れ」とは言っても、普通は前の方の席を選ぶものだ。
しかしだ、私は後ろに誰かいると安心できない系女子である。ここは妥協するわけにはいかない。
「何時いかなる時も、後方への警戒を怠りたくはないので」
「それは殊勝な心だけだな」
「はい」
「なら夕食時は最後尾にでも並んでも――」
一瞬にして前の席へと詰めた。
そう。金髪ギャルを置き去りにして。
「「……」」
黒田教官と私。互いに無言で視線をぶつけ合わせる。
すると、根負けしたのか黒田教官は金髪ギャルの方へと視線を移した。
「……千祭。お前はいいのか?」
「え? いやいや、私も詰めますよッ!」
慌てながら金髪ギャルは再び私の隣に移動してきた。
むぅとした顔でコチラを見ているが無視。
「……よし、では一列目の右端から自己紹介の方をしてくれ。端まで行ったら、二列目の右端からもう一度だ」
教室の前入り口近くに座っていた金髪ヤンキー男は気怠そうにゆっくりと立ち上がった。
一斉に皆の視線が一点へと集中する。
「棋道雷斗だ。先に言っておくが、お前ら――俺の足を引っ張るなよ?」
集中していた視線は一瞬にして怒りの矛先へと変わった。
しかし、金髪ヤンキー男はそれを気にも留めずに椅子へと腰を落とした。
すると、黒田教官がホワイトボードに設置されていたペンを手に取りながら金髪ヤンキー男の方を見る。
「棋道、お前の【血壊兵装】は何だ?」
「あ~、鉤爪みたいなやつだったな」
棋道は、祈る様に手をガッチリと組み合わせる。
そして、ゆっくりと離すと、指の間から赤い螺旋が伸び始めそのまま指を覆い始め、赤黒い巨大な獣爪へと形を変えた。
……鉤爪か。
現代兵器である拳銃とかと比べたらちょっと弱そうだ。
まぁ、刀の私が言えたたちではないが……たち……太刀――――フフッ。
「あぁ、後。なんか静電気みたいなのも出るぜ」
棋道が両掌を合わせる様に近づけると、その間に発光する電流の様なものが複数走った。
それを見て黒田教官はホワイトボードに「鉤爪(雷)」と書き込んだ。
「見て分かるとは思うが、【血壊兵装】には異能が付属している。能力はさまざまで、適合した終末細胞の力に由来している」
なるほど。
って事は金髪ヤンキー男は雷系統の能力を持った終末ノ獣に適合したって事か。
……いや待て、私の場合はどうなんだろう? 何か特殊能力とかあるんだよね? ただの普通の刀にしか見えなかったけど……後でトイレで確認してみようかな。
すると、棋道の隣に座っていた金髪巨乳少女が目を輝かせながら立ち上がった。
「貴方、ピカ◯ュウ、デスネ!」
「おい、ブッ飛ばすぞガキが」
「無理デース! 貴方よりも私の方が強いデース!」
「あぁん? やってみろやガキが――」
次の瞬間、棋道の体は宙を舞った。
そして、教室の後ろに設置されていたホワイトボードへと吹き飛ばされ、パラパラと割れたホワイトボードの破片と共に床へと落ちた。
棋道の目は白目を剥いており、完全に気絶をしていた。
「――と言う事で。私の名前は金剛有栖デース! 気軽に有栖って呼んでくだサーイ! みなさん宜しくデース!」
「金剛、施設内での暴力は禁止だ」
「わかりマシター!」
そう言うと、金剛は自身の左肩に右掌を翳した。
赤い螺旋がしゅるしゅると伸び始めると、一つの大きなハンマーを形造った。そのハンマーの先端には5つの大きな刃が付いており、熊の手を連想させる形状をしていた。
「私の武器はクソデカハンマーデス!」
「らしい【血壊兵装】だな」
「ハイ! めちゃくちゃ強そうデス!」
凄い怪力だ……あの小さい体の何処にそんな力が……。
終末細胞に適合すると体の構造が変わっちゃうらしいしその影響かな……いや、試験の段階でハンマー持ってたし怪力は元来のものなのかな。
というか、この子は何者なんだ……そもそも同年代なのか? 胸以外は中学生のように見えるんだけど……。
すると、黒ペンを持った黒田教官が金剛の方へと視線を向けた。
「金剛、属性は分かるか?」
「シリマセーン! 強いていうのであれば、暴力属性デース!」
「……続きは技能実習の時だな」
黒田教官は視線を移す。
それに反応して、金剛の隣に座っていた赤髪の少女が椅子から立ち上がる。両腕を組みながら、堂々と立つその様には不思議と自信と過信が入り混じっている様にも見えた。
「アタシは孔雀院陽葵。宜しく」
そう短く言うと、ストンと椅子へと腰を落とした。
顔には不満な感情が薄ら見えており、明らかに機嫌が悪そうだ。
「孔雀院、お前の【血壊兵装】と属性を教えろ」
「……直剣と――多分炎です」
「なるほど……」
「ところで教官、食事の時間はまだですか?」
「自己紹介が終わってからだ。地上では満足に食事すら出来ないなんて良くある事だ。今のうちから空腹には慣れておけ」
「……分かりました」
孔雀院はムスッとしながらも、大人しく言うことを聞く様子だった。
まぁ、教官が言っている事に反論の余地はなさそうだし理解はできる。
孔雀院の隣にいた紺色髪オールバック男が勢いよく立ち上がる。
そして、教壇の前まで移動するとこちら側に振り向いた。
「僕の名前は工藤勇雄です! 【血壊兵装】は大盾で、属性は不明です! 何かと至らぬ点は多々あるとは思いますが精一杯頑張りますので宜しくお願いします!」
90度。
完璧なまでの直角を魅せながら、工藤は頭を下げた。
見ているコチラとしては暑苦しくて窒息しそうだ。熱血真面目野郎とは彼の様な人間を指す言葉なのかもしれない。
工藤はそのまま続けて喋り出す。
「それと、僕は規律と道徳心を重んじているので、不道徳的な行動には即座に介入しますのでそのつもりで」
そう宣言する様に言うと、黒田教官の方へと向きを変えた。
というか、後ろで気絶してる棋道を放置してるのは果たして道徳的と言えるのか?(困惑)
「黒田教官! 御指導と御鞭撻の程を宜しくお願い致します!」
「……分かったから席へ戻れ」
「はいっ!」
元気よく答えると工藤は自身の席へと着いた。
続いて、一列目の最後、白髪ショタが静かに立ち上がる。
目線がきょろきょろと左右に泳いでおり、明らかに動揺しているのが分かる。
「く、楠洋輔です……。【血壊兵装】はおそらくは弓で……ただ、矢が見当たりませんでした。それと……属性は分かりません。よ、宜しくお願いします」
そう言うと、楠はペコリと頭を下げ、そそくさと椅子へと座った。
黒田教官は特に何かを言うでもなく、ホワイトボードに情報を書き、二列目の右端に座る紫髪縦ロールお嬢様の方へと視線を向けた。
「あら? もう、わたくしの番ですの?」
「そうだ」
「わたくしの名前はクローネ・フォン・ダークネスですわ。【血壊兵装】は闇よりも深き漆黒の大鎌ですわ。属性はおそらくは深淵」
お辞儀をしたクローネ・フォン・ダークネスは丁寧な所作で髪を手で払い背後へと流す。
そして、顔を上げ周りを見回す。
「何かと至らぬ点は多々あるとは思いますが、皆さま、宜しくお願い致しますわ」
「君の名前は影山黒江だろう?」
「いえ、それは仮の名です」
「……まぁ、いい。次――――」
その言葉に反応し、クローネの隣に座っていた、大きな丸眼鏡をかけた水色髪の少女は勢いよく立ち上がった。
「み、水間澪です! 【血壊兵装】はおそらくは杖で、属性は水かと思われます。おっちょこちょいで、色々とミスをしてしまうかもしれませんが頑張ります!」
おさげを前後に揺らすその少女は、焦りながら早口でそう答えると、不安そうな顔で黒田教官の方を見た。
「よし、問題ない」
その言葉を聞くや否や、水間は安堵した表情を浮かべながら、静かに椅子へと腰をかけた。
そして、入れ替わる様に、自身の隣に座っている金髪ギャルが立ち上がった。
「あたしは千祭伊織、宜しくね! 【血壊兵装】は2丁拳銃で、属性は分かんない!」
黒田教官の肩がピクリと動いた。
「2丁拳銃か、中々に強力な兵装を引いたな」
「え、そうなんですか?」
「あぁ、現代兵器に形状が近ければ近いほど兵装というのは扱い易くなる。一般的な認識としては、弓矢よりも銃の方が強く感じるだろう?」
「確かに」
黒田教官は楠の方を向いた。
「楠、お前の【血壊兵装】は弓だったな?」
「は、はい」
「今の俺の話だと、千祭よりも劣っているように聞こえるかも知れないが、結局のところは練度が一番重要だ」
「わ、分かりました」
ホワイトボードに情報を書き込むと、黒田教官はこちらに視線を向けてきた。
どうやら、私の番が回ってきたようだ。
他の人の挨拶を十分に観察出来た事だし、ここはいい感じにサラッと場を流す感じでいこう。
「血野凛音です。【血壊兵装】は……刀です。属性は不明です」
そう言い、静かに椅子に座ろうとする。
すると、黒田教官が「待て」と声をかけてきた。
「血野、もしかしてお前は新滅流の正統後継者か?」
「……そうですね」
「神童舞は今どうしてる?」
「市師は……例の件で療養中です」
「……そうか」
2人の間に沈黙が流れる。
しかし、それを破るように教室の前扉が開いた。
皆の視線が一斉に集中する。
「ちょっと〜、黒田君おそ〜い」
そこには20代後半から30代前半くらいの女性がいた。
白狼の制服の上から白衣を羽織っているその黒髪の女性は、疑う様な目を黒田教官へと向けている。
「今回は合格者が多い。むしろお前の方が時間調整を間違えているだろ。予定よりも15分早いぞ」
「社会人なら15分前行動は基本でしょ?」
「こと軍隊においては、時間は正確に管理するべきだ」
豊満な胸を持つ黒髪の女性は少しだけ、バツが悪そうな顔を見せる。
「……じゃ、今回は引き分けね」
「ふざけるな」
「まぁまぁ、そうカリカリしない。ほら、弁当持ってきたから」
そう言うと、教室の外から弁当箱らしき箱が積まれた荷台を引っ張って来た。
教室にいる候補生達から歓声が上がる。
「まずは腹拵えをしましょう」
「友梨奈、勝手な行動は慎め」
「いいじゃない、私達の仲でしょ」
「……」
候補生一同に視線を向ける。
候補生達は運ばれて来た弁当に視線が集中しており、とてもじゃないが話を続けられる様子ではなかった。
「……分かった。食事の時間は30分、トイレ等も済ませておけ」
そう言うと、黒田教官は教室を後にした。
「……一緒に食べればいいのに」
友梨奈と呼ばれた豊満な胸を持つ黒髪の女はそう少し寂しそうに呟くと、弁当を一つ手に取って私の後ろの席へと移動した。
「じゃ、みんなも自由に食べ始めていいよ!」
その掛け声を合図に、一番近くにいた紺色髪オールバック男こと工藤勇男が立ち上がり、弁当を配り始めた。
ベルトコンベアーの様に弁当が手渡されていき、前に座っていた楠洋介から弁当を受け取る。
今しがた作られたのか、それとも温めたのかは定かではないが、弁当は熱を帯びていた。




