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「……ふぅ」
危ないところだった。
試験前に精神攻撃とは……世の中には中々に危険なギャルが居たものだ。
やはり、昨日の私のセンサーは当たっていたようだ。
今日は出来るだけ彼女を避けて移動しよう。
さて、まずは技能試験から先にするんだったかな。
昨日の筆記試験がA棟で、今日の試験は両方共B棟。
つまりは、ここで間違いなさそうだ。
眼前には【B棟】と記載がある簡素な鉄扉があった。
ひんやりと冷たいドアノブを握り、時計回りに捻る。
劣化した金属を擦る音を鳴らしながら開くと、奥には薄暗い廊下が続いていた。
電球がチカチカと点滅しており、錆びた金属壁を照らす。
「……」
緊張で少し重い足を前へと進める。
カンカンと甲高い音を鳴らしながら無駄に長い廊下を抜けると、一枚の鉄扉が道を阻んだ。
一呼吸を置き、ゆっくりと押し開くと、視界の先には体育館のような大きな空間が広がっていた。
「遅いぞ」
声のした方向を見ると、白を基調とした『白狼』の制服を来た黒髪の男試験管と、指定された青ジャージを着た他の受験生達が居た。
複数の視線が一斉にこちらへと集中する。
「す、すみません」
「早く並べ」
駆け足で近づき、言われた通りに他の受験生達と同じように並んだ。
別に遅刻をした訳じゃないのになんで怒られたんだ……5分前どころか、30分も前だよ? 他の皆が早すぎるだけでしょ……点数稼ぎに必死すぎるのもどうかと思うな。
他の受験生達をチラッと見てみる。
すると、全員の頬が僅かに火照っていることに気が付く。それにどこか汗ばんでいた。
……そうゆう事か。早めに来て準備運動をしていたのか。くっ……呑気に料理なんてしてる場合じゃなかった……。
というか、なんか昨日よりも数が減っているような……100人はいた気がするけど、今日はまだ半分くらいしかいない……まぁ、そうだよね。
普通の人は10分前くらいに来るだろうし、やっぱり私は別に遅く無い。
すると、自身の後方から何者かがこちらへと向かって来ている音が聞こえてきた。
振り返るとそこには、先ほどの金髪ギャルがいた。
男試験管は鷹のように鋭い目つきで威圧するように眼光を飛ばした。
「遅いぞ」
「えぇ~、皆が早すぎるだけっしょ?」
よく言った。
そうだ。私達は遅くないぞッ!
「黙れ。さっさと並べ」
「お兄さん、顔はカッコいいけどそんな事言ってたらモテないよ?」
「黙れ」
推定年齢20代後半の男試験管はややイラついた声で答えた。
ふふっ、結構効いてて笑う。
「へいへい~わかりましたよ~」
金髪ギャルは小走りで私の隣に並んで来た。
そして、流れるような動作でこちらの耳元まで顔を近づけると、優しい声色で囁きかける。
(さっきぶりだね)
(……)
(ねぇ、無視しないでよ)
(私に精神攻撃は効きませんよ)
(え。)
金髪ギャルは豆鉄砲を撃たれた鳩の様な顔で唖然としていた。
すると、男試験管の号令が始まった。
「これで全員揃ったな。一応、点呼をとる」
……え? まだ50人くらいしかいないよッ!?
他の人は待たないのッ!?
淡々と列の先頭から受験生達の名前が呼ばれていく。
そして、直ぐに自分の番が周って来た。
「ーー血野凛音」
「……はい」
「――最後に、千祭伊織」
「ハイハ~イッ!」
全員の点呼が終わると、男試験管は左手首に巻いている腕時計をチラッと見た。
「さて、まずは自己紹介から。今回、日本防衛軍直轄対【終末ノ獣】作戦連隊採用、その技能試験を担当させてもらう黒田蓮真だ」
現状、日本の残存戦力の全てが日本防衛軍となっている。
そして、その中でも対【終末ノ獣】作戦連隊――通称『白狼』は特殊精鋭の連隊だ。
地上での実質的な武力は『白狼』が担っていると言っても過言ではない。
黒田試験管は話を続けた。
「これより順次、俺と1対1の模擬戦闘を行ってもらう。合格点を越えられない者はその段階で帰宅してもらう」
受験生達の間で若干や動揺する声が聞こえてきた。
まぁ、正直私も驚いているから気持ちは理解できる。
てっきり3つの試験結果を総合したもので合否を判定するものかと思っていたけれど……なるほど、だから昨日と比べて半分もいなかったのか。
そんなに難しい筆記試験じゃなかったけど……凡人の皆さんには難しかったのかな。
すると、一人の男子生徒が手を挙げた。
「黒田教官、質問よろしいでしょうか?」
「俺は試験管だが……まぁ、教官でも構わない。質問は一度だけ許可する」
紺色髪をオールバックに纏めた、如何にも優等生風の青年は一歩前に出た。
身長は170センチ程だが、全身が筋骨隆々の影響か実寸大よりもやけに大きく見える。
「正確な合格基準を教えてもらう事は可能でしょうか?」
「俺が独断と偏見で決める」
「そ、それは……」
「地上では簡単に人が死ぬ。生き残れない者に合格を与えるつもりはない。それに、ここで落ちてもサポーターとしての仕事もある」
「……ありがとうございます」
簡単には納得はできない、しかし納得せざるを得ない。そういった表情を見せながら紺色髪オールバック男は列に戻って行った。
「さて、もう質問はないな?」
「アンタを殺しちまった場合はどうなるんだ?」
他の受験生達と比べて頭一つ抜けて体の大きい金髪のヤンキーみたいな男は、挑発するように質問を投げつけた。
耳ピアスに襟足の長いウルフカット。
私が一番嫌いなタイプのチャラ男だ。
「その場合は問答無用で合格だ。人類の為にその力を使ってもらう」
「……ふーん」
「君、それは流石に失礼だろうッ!?」
先ほど質問をしていた紺色髪オールバックの青年は金髪ヤンキーの前まで近づく。
「……あぁ? 誰だてめぇわ」
「僕の名前は工藤勇雄だ。今の無礼な発言を訂正して欲しい」
「ハッ、頭硬そうな名前だな」
そう言うと、金髪ヤンキー男は一歩前に出て、互いの胸と胸が当たりそうな程の距離まで詰めた。
そして、煽る様に見下ろす。
「……で? それだけ?」
「そうだ。君の発言は組織の規律を損なうものだ」
「断るって言ったら?」
「正す」
「……」
二つの視線がぶつかり合う。
一触即発。
次の瞬間には始まってしまう、そう思ったその時。パンッと風船を破裂させたかのような音が緊迫した空気を切り裂いた。
直ぐに音のした方向を見ると、黒田教官が両手を合わせていた。
「お前らいい加減にしろ」
刹那、プレス機で全身を上から押し潰すかのような殺気が襲い掛かって来た。
何人かの受験生は床に膝を着き態勢を崩す。
「……チッ」
金髪ヤンキー男は大人しく列に戻った。
「申し訳ありません。直ぐに戻ります」
紺色髪オールバック男もまた、駆け足で元居た場所へと戻って行く。
「質問タイムは以上だ。さっさと始めるぞ」
そう言うと、奥の方から別の隊員が何やら白い布がかけられた横長の台座を運んで来た。
黒田教官の前まで運ばれると、白い布が引き剥がされる。
そこには様々な木製武器が立て掛けられており、剣、盾、槍、手裏剣と何でもあった。
「武器の使用は自由だ。いや、寧ろ推奨しているまであるな」
黒田教官は白いテープで円形状に囲われたフィールドの中へと入って行く。
その足取りには無駄がなく、相当な実力者である事が窺える。
「――決まった者から来い」
その言葉を聞くや否や、受験生達は一斉に武器棚の方へと駆け出した。
「……」
「ねぇ!」
ビクッと体が跳ねてしまう。
声のした方を見ると、金髪ギャルがこちらの顔を覗き込んでいた。
「何にするのか決めた?」
「……いや、まだ」
金髪ギャルの視線から逃れるように、武器棚の方を見ながら歩き出す。
……ふむ。
近距離、遠距離と色々なタイプの武器があるな……まって、あの木刀、凄く可愛いな。師匠と特訓してた時に使ってたやつに似てるし……アレにしようか――あっ……
そう思っていたら、別の男子生徒が木刀を手に取ってしまった。
「……」
「なに? あれが欲しいの?」
金髪ギャルはどうやらこちらの視線を追っていたようで、心配そうな顔でこちらを見ていた。
お前は私のママか何かか?
「……いや、別に」
「ふーん。ってか、私が譲ってきてもらおうか?」
「その必要性はないよ」
「え?」
刹那、血野凛音の姿が消えた。
そして次の瞬間には、木刀を手に持つ黒髪の女子生徒と、その足元には泡を噴いて倒れている男子生徒の姿があった。
「――悪いね」
笑止千万。
この程度の手刀すら躱せない弱者に刀を持つ資格なし。
そこで寝ていてくれ名も無き男子生徒よ。
「……凄い」
目をキラキラとさせながら金髪ギャルがこちらを見ていた。
咄嗟に周りを確認してみるが、皆が皆自分の得物を熱心に選んでいた影響か、誰も私の犯行には気が付いていないよう――いや、視線の数的に金髪ギャルを合わせて3人には気が付かれてたっぽいな……まだまだ修行が足りないか。
まぁ、いいや。
さっさと試験を終わらせてしまおう。
左手首に巻き付けてある黄色いリボンを外す。
髪の毛が暴れない様にポニーテールの形で縛ると、ゆっくりと黒田教官に近づいていく。
「中々に良い動きだったな」
「……どうも」
「流派はなんだ? 神楽流か? 新滅流か?」
……今の動きだけでバレるのか。
この人……師匠程強くはなさそうだけど、油断はできないね。
「コカ・ソーダ流です」
「そうか」
いやツッコんでよッ!
『そうか』じゃないでしょッ!
『ふむ、言いたくないか。ならばそれでもいい。実力を示して見ろ』とかあるじゃんッ!
黒田教官はポケットから黒い手袋を取り出し着けると、右手の人差し指をクイクイと曲げ、白円の中へと入るように促してきた。
正直納得できない反応だったが、渋々と中へと入る事にする。
「まずは名前からだ」
「郷田 武です」
「……」
「血野 凛音です」
「よろしい。スタートのタイミングはお前が決めて良い―――」
最後まで言い終わる間もなく、眼前には木刀が迫って来ていた。
(……ほう、速いな)
迫り来る木刀を指先で摘むようにして受け止める。
しかし、眼前の少女は木刀の背の部分を右手で強引に押し込み、斬り潰しにきた。
ギリギリと力の押し合いが発生し均衡が生まれる。
「剣術と言うには随分と野蛮じゃないか?」
「敵を殺す為の技術に野蛮とかあります?」
「確かにそうだな」
より強い力で目の前の少女ごと押し飛ばす。
少女は空中でくるりと回転し勢いを殺しなら着地した。
「結構強いですね黒田教官」
「一応、地上帰りなもんでな」
どうりで強い訳だ。
師匠ほどの圧は感じないけど……とてもじゃないが、こんな玩具みたいな剣で勝てる相手じゃないな。
どうする?
いっそ木刀を捨ててステゴロでいくか?
いや、あの黒い手袋は恐らく『血壊兵装』、素手で触れるのは危険か。
……ってか、あっ、そっか。これ試験だから別に倒さなくてもいいのか。
木刀を構え直す。
「……行きます」
「来い」
直線的な攻撃はまず通らない。
対人戦において重要なのはテンポだ。
師匠の言葉を思い出せ。
『呼吸、歩幅、目線、剣先の向き。その全てを持って欺き殺す。それが【新滅流】の極意だ』
ジグザグと不規則な歩法で距離を詰めていく。そして、剣の間合いに入るや否や、素早く木刀を振り上げ斜め右上からの斬り下ろし攻撃を仕掛ける。
しかし、流れるような動きでこれは手の甲で弾かれる。
一歩引き、ニ撃。また一歩引き、三撃。
異なる角度、異なる歩幅、異なる速さで次々と斬り込んでいく。
そして、加速と減速を不規則に繰り返す剣撃に黒田教官の体勢が一瞬崩れた。
「取ったッ!」
その一瞬を見逃す事なく渾身の突きを差し込む。
しかし、黒田教官は鋭い突き攻撃を、右膝を直角に曲げながら振り上げ強引に上方向へと叩き弾いた。
弾かれた木刀を上手く制御しながら、上段の構えを見せ再び振り下ろそうとする――――。
黒田教官の目線が木刀の方へと移り、腕が上がった――その瞬間。
木刀を振り下ろす素振りだけを見せて直ぐさまに柄から手を離し、重心を前へと倒しながら一瞬にして黒田教官の間合いへと入り込む。
もはや防御は間に合わない。
密着する程の距離から、ガラ空きとなった黒田教官の腹部へ渾身の右ボディーブローを刺すように叩きこむ。
「……マジですか」
1ミリたりとも動かなかった。
まるで岩を殴っているかのように、微動だにしない。
この人は本当に人間か?
こっちは殺すつもりで殴ってるんだぞ?
「文句なしの合格だ」
「……いいんですか?」
「あぁ、同じ土俵に立っていたのなら俺の方が死んでたかもな」
「私もちょうどそう思っていたところです」
「……他の者が終わるまでその辺で見学しててくれ」
「はい」
「……」
おずおずと白円から出て端っこの方へと移動する黒髪少女の背中を見送る。
(……やはり、あの動きは『新滅流』だな。だが、現当主は『渋谷コロニー強襲』で娘を失ったショックで精神を壊し後継を立てられなかった、そう聞いていたが……)
今しがた殴られた腹部に手を当てる。
(終末細胞の適応後であったら……おそらくは腹をぶち抜かれてたな。やれやれ――――これは期待できそうだ)
=====
端っこの方へと移動し白円の方を見ると、黒田教官の顔が心なしか微笑んでいるように見えた。
……なんであの人微笑んでるんだろう?
もしかしてマゾってやつなのかな?
聞いたことがある。
美少女に殴られると喜ぶ男が居たりするんだとか……確かに、軍には女の子とか少なそうだし溜まってそうではある。
すると、一人の少女が白円に近づいて行くのが見えた。
「教官ッ! 次は私が戦いマース!」
日本人離れした金髪に、碧眼。ジャージの上からでも分かる豊満な胸、だけど身長は150センチくらいと小さい。
というか……
「……なんだその武器は?」
黒田教官は呆れた表情を見せながら、目の前の金髪少女の得物を見る。
そうクソデカハンマーだ。
『100T』とデカデカと刻まれた、頭の悪いやつが使っていそうな無駄に大きい鈍器。
どう考えてもネタとしか思えないそれを、金髪少女はドヤ顔で担いでいた。
「これ、滅茶苦茶強そうデースッ!」
「……ソレは受験生達の緊張を緩和させる目的として置いてある――ただの玩具だぞ?」
「フフン、そうはいきまセーン。こんな巨大なハンマー、弱い訳がありまセーンッ!」
「……そうか」
黒田教官は白円の中へと入るように促す。
「名前は?」
「金剛有栖といいマースッ!」
「金剛……まさかな」
「じゃ、行きマースッ!」
金剛有栖は100Tハンマーを担いだまま走り出す。
そして、彼女の勇姿を見る事なく――凛音は寝落ちした。
=====
誰かが体を揺すっている。
「……ん」
ゆっくり瞼を開けると、そこには金髪ギャルの姿があった。
「ほら、終わったよ?」
「……え?」
ヤバイ……寝落ちしちゃってたのか。
今日はちゃんとした食事だったから……血糖値スパイクってやつか?
まぁ、いいや。
ゆっくりと立ち上がり辺りを見回す。
すると、そこには黒田教官と、7名の受験生達の姿があった。
様子を見るに、どうやら今しがたに技能試験の方が終わったみたいだった。
……私と金髪ギャルを含めて9人か……待ってッ! あのハンマーの子、合格してるッ!?
私が寝ている間に一体何が……。
すると、金髪ギャルが肩をちょんちょんと指でつついてきた。
「アンタさ、滅茶苦茶強いじゃん」
「……そうだね」
「何か格闘技とかやってたの?」
「……まぁ、色々と」
「ふーん」
黒田教官がこちらを見た。
「お前ら何をやっている? 早く来い」
「ハイハイ~! 今行きますよ~」
金髪ギャルはそう言うと、腕を掴み引っ張って来た。
「ほら行こッ!」
「あっ……ちょ」
強引に振りほどいても良かったが、起こしてくれた事もあって、あまり強くは出れなかった。
駆け足で他の合格者達のいる場所へと合流する。
「よし、ではこれより『終末細胞適応試験』の方を行う。付いてこい」
黒田教官は奥にある扉の方へと歩き始めた。
歩きながら他の合格者の方をチラ見する。
……9人ってかなり少ないな。
クソ真面目紺色髪オールバック男……めんどくさそう
チャラチャラ金髪ヤンキー男……死ね
デース金髪ハンマー女……この子は何があったんだろう?
おさげ青髪丸眼鏡オドオド女……気が合いそう
プライドが無駄に高そうな赤髪のメスガキ……ちょっとうざそう
普通に雑魚そうな白髪ショタ……多分直ぐ死ぬ
長めの縦ロール紫髪お嬢様……いやこの人ここに何しに来たの? ってかさっきまで居たッ!?
……で、後は金髪ギャルと私か――――あれ、これ何の試験だっけッ!?
皆あまりにキャラが濃すぎるでしょッ!? 仮装大会とかじゃないよねッ!?
そうこうと考えていると、扉の前まで来てしまった。
自身が一度立ち止まる中、他の受験生達は躊躇なく進んで行く。
「……」
後ろを歩いていた金髪ギャルが肩に手を置いて来た。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない」
金髪ギャルの一歩後ろを付いて行くように、扉の先へと進んで行く。
すると――――
「ほぉ、今回は9人か。多いな」
真っ白いタイルで囲われた空間に、一つの長テーブル。
簡素を極めたかなような不気味さを孕むその空間には、『白狼』の制服を着た筋骨隆々の大男が居た。
大男はこちらの人数を把握するや否や、目の前に設置されている長テーブルに人数分のワイングラスを並べ始めた。
そして、テーブルの裏から赤い液体が入ったボトルを取り出すと、ワイングラスに注ぎ始める。
「黒田、ここからは俺が担当する」
「分かりました」
黒田教官は私たちに向かって軽く一礼すると、その場を後にした。
一瞬の沈黙の後、筋骨隆々の大男は口を開いた。
「俺の名前は伽藍剛毅。まずはここまで生き残った君たちに敬意を評したい」
そう言うと、大男は被っていた軍帽子を取り会釈を見せた。
ツルツルと整えられたスキンヘッドが顕になる。
しかし、誰もそれを指摘したり、茶化したりする者はいなかった。
緊張感。
空気を上から押し潰すかのような圧力が空間を支配していた。
「さて、ここが最後――『終末細胞適正試験』を行う場所だ」
受験生達の視線が一斉に赤い液体の注がれたグラスへと集中する。
「今から君達にはこれを飲んでもらう。これは地上で確保した【終末ノ獣】の死肉を使用して作られたミックスジュースだ」
他の受験生達の強い動揺が空気を伝いここまで匂ってきた。
私は師匠から聞いていたから問題はないが……まぁ、事前に知らされていない者が大半なのだから当然の反応か。
そも、最初から『終末細胞』を体に取り入れる事は説明しておけばいいのに……まぁ、極秘情報らしいからそれは厳しいか。
そして伽藍教官は続けた。
「先に言っておくが、これを飲んだら最後、細胞に適合出来ずにここで死ぬか、運が良くても人間を辞めることになる。生存確率は5割ほどだ。だからしっかりと悩め。途中棄権は受け付けている」
先程まで辛うじて冷静を装っていた受験生達だが、今度は明らかな動揺を見せた。
しかし――
私は一歩前に出る。
「……ほう」
伽藍は感心したように自身の顎に手を当てた。
品定めをするかのような目でコチラの事を見下ろす。
「いいのか? 少しは悩むところだと思うが?」
「必要ありません」
「……そうか。だが一つだけ教えてくれ。お前は何のために『白狼』を目指す?」
幾度となく自身へと問いかけたもの。
師匠のクソほど苦しい特訓に耐えられたのも、全ては『白狼』になったその先にこそある。
「――【嗤う者】を殺すためです」
「……なるほど。『渋谷コロニー強襲』の生き残りか」
「はい」
グラスに手を伸ばす。
真っ赤な液体は血液の様な粘性があり、とてもじゃないが飲み物には見えな……いや、トマトジュースだと思えば――――くっさ。
恐る恐るグラスを口元へと運ぶ。
ひんやりとした感触が唇を伝い、次に生温かく、臭い液体が喉を通る。
「……ん……――――ッ!」
一瞬、冷たい感触が全身を覆った。
そして、次の瞬間――激しい痛みが神経を突き刺した。
刃物で手足を斬り刻み、体内で小さな爆弾が連鎖爆破するかのような激痛が全身を襲う。
「……ガッ――――」
金髪ギャルが駆け寄って来た。
「ちょ……大丈夫ッ!?」
「グ……ガッ――――」
体の穴という穴から血が噴き出始めて、左手首の内側に別の激痛が走る。
目から漏れた血で視界がぼやけ、もはや立っている事するらままならず、床に膝を付く。
……想像…………以上――――
痛みだけじゃない……体の細胞一つ一つが創り変えられていくような嫌悪感――――
くっ……金髪ギャル…………結構良い香りだな……鼻が詰まってても分かる――――
凄まじい程の激痛に耐える事――5分。
段々と症状が落ち着いて来た。
「……ハァ…………ハァ…………――――」
視界にかかった雲が徐々に晴れていく。
そして、完全に視力が回復すると――――目の前に一本の刀がある事に気が付いた。
黒い柄を掴むと、深紅の刀身が怪しく光る。
「それがお前の『血壊兵装』だ。【終末ノ獣】には重火器等の現代兵器は効果が薄い。だが、それなら確実に殺せる」
ゆっくりと立ち上がる。
先程まで噴き出ていた血は跡形もなく無くなっており、おそらくは眼前の刀に変化したであろう事が分かる。
ただ、一つの疑問が浮かび上がった。
……これ鞘は?
ずっと抜き身で持つわけにもいかないし……。
「が、伽藍教官。これ……鞘は後でもらえますか?」
「ん? 体のどっかに収納口がないか?」
「……収納口?」
腕周りを目視で確認していく。
すると、左手首の内側に黒で塗り潰された菱形の模様が刻まれていた。
「そう、それだ」
伽藍教官は自身の左肩に右手を翳した。
すると、そこから赤い液体が螺旋を描きながら出力し始め、伽藍教官の両手の指に纏わり始めた。
そして、直ぐさまに双対のメリケンサックへと姿を変えた。
「こんな風に【血壊兵装】は液体状に変化させ体内に収納することができる。だから鞘は要らないんじゃないか?」
「……居合術が」
「あっ、なるほどそうゆう事か。その辺は俺の方で技術班に連絡しておく」
「よろしくお願いします」
伽藍教官は呆気に取られた顔をしている他の受験生達の方を見た。
「――――どうする? 怖いなら帰ってもいいぜ?」
その言葉を聞くや否や、受験生達は腹を括ったような顔を見せながら次々とグラスに手を伸ばした。
=====
「……オイオイオイ。こりゃあ――たまげたなぁ」
地面をのたうち回っていた者、仁王立ちで不動だった者、苦悶に顔を歪め膝を付く者と様々であったが、その全てが一様に立ち上がりコチラを見ていた。
適合率50%。
しかし、今期に限って言えば――――100%であった。
「……なぁ、オッサン。試験はこれで終わりか?」
よろよろとゾンビの様にやつれた顔をした金髪ヤンキー男は、汗を滝の様に流しながら伽藍教官へと問いかけた。
「……試験自体はこれで終わりだ。ここからは一か月ほど特別な訓練施設で体の状態を確認しつつ、地上任務における基本的な知識等を学んでもらう」
「……チッ、早速学校かよ」
「まぁ、早死にしたいのなら出なくてもいいぞ」
「……」
すると、後ろで扉が開く音が聞こえてきた。
視線を向けると、黒田教官の姿が見えた。
その表情には困惑の色が濃く見えており、「何が起きたんだ?」と言いたげな目で伽藍の方を見た。
「……全員生き残ったのか」
「あぁ、俺もびっくりだぜ。黒田、お前見る目あるな」
「偶然ですよ」
「つー事で、コイツ等の事は頼んでいいか? 俺はこの後、上に報告しに行かなくちゃいけねぇ」
「分かりました」
伽藍教官は扉の前まで歩くと、こちらを振り向いた。
その瞳には真心の様な優しい真剣さが宿っていた。
「才能のある者でも……上に行けば簡単に死ぬ。だから――――準備は怠るなよ?」
伽藍教官は受験生一同の顔を一人一人確認すると、少し微笑んでから部屋を後にした。
立場を入れ替わる様に、黒田教官が前へと出て来て軍帽子を脱いだ。
「この後は簡単な健康診断を行い、異常が見られなければそのまま自室に戻って待機となる。何か質問はあるか?」
紺色髪のオールバック男が手を挙げた。
「あの……自室で『血壊兵装』とやらの性能を確認したいのですが……よろしいでしょうか? できれば予習しておきたく思いまして」
「健康診断でエラーが見つかりでもしなければ問題はない。ただし、部屋や備品を破壊する等の行動は禁止とする」
「分かりました。ありがとうございます」
「……」
全員疲れているのか、それ以上の質問は上がらなかった。
=====
天井のコンクリートタイルをボンヤリと眺める。
何事もなく健康診断の方が終わり、自室のベッドで横になっている。
痛みこそ無いが、全身にはまだ強い倦怠感が残っている。
やけに重い左腕を持ち上げ、天井を見るように左手首の内側を見た。
「……」
これで力は手に入れた。
あとは【嗤う者】を見つけ出し殺せば仇を取れる……ただ、その為にはもっと強くならないと駄目だ。
師匠ですら勝てなかったんだ……実践を積んでより成長するしかない。
ベットから起き上がり、電気をつける。
そして、左手首に右掌を翳すと、シュルシュルと赤い液体が出てきて一本の刀を形造った。
静かに呼吸を整え、赤刀の柄に両手を添えると、大きく縦に振り下ろす。
空気を裂く破裂音が鳴る。それは覚悟の音と言ってもいいかもしれない。
そして、電気が消えた。
「……あっ」
真っ二つに切断された電球が床へと落下し、バラバラのガラス片へと姿を変えた。
こうして、私の初任給もまた電球代へと変わった。




