5.帰り道
逢魔が時、帰り道を鼻歌交じりに歩いていると、空から鳥の「コゥ、コゥ」という鳴き声が聞こえました。
ヘーゼルが立ち止まり、鳴き声のほうを見上げると、白い鳩と大きな鴉が彼女の上で円を描いて飛んでいました。
二羽はヘーゼルの前方に何かを見つけたようです。
『サンドラ〜。はぐれ妖精を一匹見つけたけど、どうする? やっちゃう?』
『そうねぇ……コーに追い払ってもらうことは出来ないかしら?』
『あいあーい、了解! コー、やっちゃってー!』
はぐれ妖精とは、緑色の肌で腰巻をした妖精、いわゆる小鬼のことです。普段は群れで行動しているのですが、時折群れからはぐれてしまう個体を見かけることがあります。
そういう小鬼なら大人であれば問題なく撃退出来ますが、子供には手に負えず、食べられてしまう危険もあります。
もしおしゃれでジェントルな妖精のように人語で話せる相手なら話し合いの余地もありますが、小鬼程度ではそうはいきません。
クーからの合図でコーは上空から小鬼めがけて急降下しましたが、体が大きいため接近の間に小鬼に気づかれ、うまくかわされてしまいました。
不幸なことに小鬼はヘーゼルを見つけてしまい、「キィキィ!」と喜びの声を上げ、彼女に向かって走り出します。小鬼にとって子供はおやつ同然なのです。
『あー、回避されちゃった~! コー、もういっかいやってみて~!』
『だめだ、間に合わん! このまま追跡する!』
小鬼はすばしっこくまた足が速かったので、体の大きいコーでは小回りが利かず、すぐには追いつけません。
ヘーゼルはまだ小鬼に気づいていませんでした。このままでは小鬼に捕まってしまいます。
困ったクーは、サンドラに相談しました。
『ボクじゃ、体当たりしてもこっちが弾かれちゃうよ~! どうするサンドラ~?』
『ええと……そうだわ。ヘーゼルがナナカマドの枝を思い出してくれれば。クー、ヘーゼルの鞄をつついて気づかせられないかしら?』
『えぇ、ボクがやるのぉ? いいけどぉ』
クーは文句を言いながら、ヘーゼルの肩掛け鞄に向かって飛びました。コーは粘り強く小鬼を追いかけます。
「クークー!」
「あら、鳩さんこんにちは。私の鞄をつついて、どうしたの? 残念、あなたのおやつは持ってないのよ」
クーはヘーゼルがナナカマドの枝に気づいてもらえるよう、彼女の鞄を必死につつきます。が、相手にしてもらえません。クーは、「なんで! ボクが!」と泣きそうになりながら、なお鞄をつつき続けます。
「おやつは持ってない、の!」
「コゥ!」
突然、大きな鴉の鳴き声が聞こえました。
ヘーゼルがはっと鳴き声のほうへ向くと、そこには緑色の肌の生き物が、「キキィ!」とこちらを凝視していました。
上から下まで吟味するように目を細め、涎を垂らしているその姿は、明らかに食欲をそそる獲物を見つけた者のそれです。
「やだ、何……」
ヘーゼルは気味の悪い生き物に驚いて立ちすくみます。
小鬼は小柄でとがった耳、ぎらりと光る眼を持ち、手にはこん棒のようなものを握っていました。頬まで裂けた口から涎を垂らし、ギザギザの歯が覗いています。噛まれたらただでは済まないだろうと直感しました。
「い、嫌……」
小鬼が襲い掛かろうと構えたとき、コーはなんとか小鬼に追いつき、ドンッと体当たりをかませました。
よろめいた小鬼は、「キィ! キィ!」とコーにこん棒のようなものを振り回して応戦します。コーは「当たるかよ!」と見事なホバリングでこん棒をかわしつつ、小鬼の頭や目をつついて追い払おうとしますが、食欲に駆られた小鬼はしぶとく、簡単には逃げません。
格闘はしばらく続き、最終的にコーは傷だらけの小鬼を鋭い爪でがっちりつかみ、空中から地面に叩きつけて気絶させ、取り押さえることに成功しました。
その間にクーはヘーゼルの鞄からナナカマドの枝を半分ほど引き出すことに成功していました。あとはヘーゼルが気づいてくれるかどうかです。
クーは肩へ移動して「クゥクゥ」と鳴きました。
「何が、起きてるの……?」
大乱闘を見ていたヘーゼルは、その場にペタリと座り込んでしまいました。
座った衝撃で鞄の中からナナカマドの枝が大きく飛び出し、サンドラから渡された枝のことを思い出しました。
(そうだ、これを使うんだ! サンドラが教えてくれた……)
ヘーゼルは鞄から枝を取り出し、震える両腕で水平に突き出しました。
「ええと……昏き淵より這い出でしものよ。このナナカマドの枝を境とし、速やかに昏き淵へ還れ!」
(たぶんこんな感じだった!)
呪文を唱えると、枝が眩い光を放ち、ヘーゼルは思わず目を閉じました。再び目を開けると、小鬼は大鴉の足元から消えていました。
ちなみにこの呪文は魔法ではなく、妖精をあちらの世界へ強制的に返す初歩的な魔除けのおまじないです。
白鳩が「ククゥ!」と安堵の声を上げ、大鴉も「コゥ!」と鳴いて空へ飛び去りました。
鳥たちの声で我に返ったヘーゼルは立ち上がり、服の埃をはたき、がくがくする膝で再び歩き出します。
「あれは何だったのかな……。ううん、それよりいまは早く帰らなきゃ」
気が付けば、もう日が落ちる少し前でした。ここから家まではもう少しかかります。森の入り口へ着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていることでしょう。急がなければなりません。




