第12話 和み亭の夜 - 語らいの世はふけて
伏線回です。
Javaシティで何が起きているかが少しずつ分かってきます。
夕食後、アキトたちは再び囲炉裏端に集まった。
温かい火を見つめながら、リリスとピットは木苺のパイを、マリカは温かいミルクコーヒーをゆっくりと味わっている。
あまり酒が強くないアキトは、勧められた異国の果実酒を少しずつ口に運んでいた。
「そういえば、ここ数日、客足が急に遠のいてしまって……」
女将さんが心配そうな表情でつぶやいた。
「何かが起きているのは間違いないと思います」
リリスも同意するようにうなずいた。
「優秀なエンジニアが多いので、今回のバグも、本来はもっと早く解決していないとおかしいのだけれど…。古いシステムで、引き継いだ管理者が急にGoの方に行ってしまい、管理の一部が失われたと聞きました。ドキュメントも十分に整備されておらず、基本設計に戻って見直すにも、当時の担当者も今はほとんど引退してしまって、残っている人たちだけでは解析に時間がかかっているのかもしれません」
(某銀行のPJみたいなもんか。そんな状況で詳細不明なバグに放り込まれるとしたら勘弁だな…。もし自分がやるとしたら、まず全容把握と影響範囲の特定、そして必要な人員と期間をきちんと見積もらないと…)
リリスの説明を聞きながら、アキトはふと、部屋の隅の棚に目をやる。奇妙な模様が描かれた陶器や、幾何学的な形を象った金属的な置物などがきちんと飾られている。
アキトの視線に気づいた女将さんが解説をしてくれる。
「この和み亭は、私が生まれたcobol王国の影響を強く受けているんです」
「古いっていう人もいるけれど、シンプルで、落ち着いた雰囲気が好きでね。この建物も、なるべく木や畳といった自然の素材を使うようにしているんですよ。 技術的なものが溢れている世の中だからこそ、こういう場所で 落ち着くのも大切だと思うの。」
やがて、ピットは旅の疲れからか、
「ピピカチャ…ソロソロ、エネルギージュウデンガ ヒツヨウ」
と言いつつ、うとうとし始めた。
「ピット、おやすみ。部屋でゆっくり充電しておいで」
リリスはそう言って、ピットを優しく抱き上げて部屋へ連れて行った。
「そろそろ、主人の店も開いている時間かしら」
女将さんが立ち上がり、
「アキトさん、もしよろしければ、うちの主人の店に顔を出してみませんか?ちょっとおもしろい話が聞けるかもしれませんよ」
と誘った。リリスはピットを部屋に戻してからまた来るということで、いったんアキトだけで足を運ぶことになった。
引き戸を開けると、そこには落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。
薄暗い店内には、木製のカウンターとテーブルが置かれ、壁には異国の装飾品や古道具が飾られている。
カウンターの中では、恰幅の良い、白髪混じりの男がグラスを磨いていた。店の名前は『バグと肴亭』。煙草の煙がゆっくりと立ちのぼり、独特の落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「やあ、いらっしゃい」
主人はにこやかに迎え入れた。
「話は聞いてますよ、アキトさん、ゆっくりしていってください」
アキトはカウンターに腰掛け、注文することにした。
「何か、ここならではって名前のカクテルってありますか?」
主人はグラスを磨きながら少し考え込む。
「そうですね……では、『Null Pointer Exception』はいかがでしょう?あまり強いものではないから安心して」
「(なんて名前のカクテルだ…)ではそれでお願いします」
亭主は琥珀色の液体を瓶からそそぎ、何かを少しだけ加えてシェイクしてフルーツを添えて出してくれた。
そっと前に置かれたカクテルを口にすると、不思議な軽さと優しい甘味が舌に広がる。
(なるほど、これは…)
「アキトさんもエンジニアらしいな。俺は昔、暁のクラウド傭兵団というのを仲間とやっててね、引退後に女房と一緒に宿と酒場を建てたんだ」
アキトは興味津々で尋ねた。
「暁のクラウド傭兵団とは、具体的にどんな活動を?」
「ああ、私たちはね、各地の組織や国家のシステムをクラウド上に移行する手伝いをしていたんだ」
亭主は懐かしむように語り始めた。
「古いシステムを現代的な技術で再構築したり、ネットワークを最適化したりね。Javaシティにもよく行っていたよ。あそこのエンジニアは本当に優秀でロジカルだ。堅牢なシステムを作る腕は確かだ…、今は変わってしまったようだが」
「何かあったんでしょうか?」
旦那さんの表情が、ほんのわずかにくもった。
「ああ……実はね、少し前に古い仲間に応援を頼まれてJavaシティにコンサルに行ったんだが、どうも街全体の様子がおかしくてね。エンジニアたちがいつも以上にピリピリして、街全体の雰囲気も張り詰めた感じでね…。とある箇所を見つけて、詳細に調査しようと思って権限付与を求めたらいきなり権限を取り上げられて追い出されるような感じになったんだ。それ以来、連絡も取れなくなってしまって、少し心配しているんだ」
いつのまにか隣に座っていたリリスが身を乗り出す。
「おかしいとは、具体的にどんな風に?」
「そうだね……街のエネルギーの流れが不安定だったり、ネットワークの遅延が目立ったり……それに、いつも整然と活気に溢れているはずのエンジニアたちが、まるで何かにおびえているようだったんだ。まるで、根本的な部分がむしばまれているような……」
アキトは、その話に引っかかりを感じた。
根本的な部分がむしばまれている……
(バグが都市全体に広がり、エンジニアの状態にまで影響を及ぼしているということだろうか?権限を取り上げられるなんて、何か隠ぺいしたいことがあるのかもしれないな…)
「まあ、行ってみればわかるだろう、うちは食事も自慢なんだ。軽いつまみでもどうだ?」
夜はふけ、居心地の良い酒場には、様々な経験をしてきた旦那さんの興味深い話が響き渡っていった…。
この次は、いよいよJavaシティへ向かいます(^^)




