第五話 当面の目標
今後を検討したところで、私にどうにか出来るものでもない。
ゲームでは商売で失敗したぐいらいのシンプルな文章でしか表現されなかった没落の原因を、商売のなんたるかを知らない私がどうにかできるものではないので。
だが、家が没落して学校にいられなくなるだけならともかく、現代日本の安楽な生活と貴族の令嬢としての優雅な生活しか知らない私に、没落後の生活はヘビーすぎる。
できることなら没落は避けたい。
一年後あたりに領地の事業失敗するよ! と実家に教えたところで「はあ?」という可哀想な子を見る目で見られるだけで終わるだろう。
うむ。私はそんな無駄な努力はしないぞ。
ここは没落を前提に考えつつも、その後に家を持ち直せる方法を建設的に考えよう。
ゲームではインスタントさんの実家の援助があって持ち直せるのだから、現実もそれに準じていると希望をもとう。
ここはインスタントさんと同格で同程度の経済状況お家の男のひとをさくっと落とすか。
実家がお金持ちの女友だちを作っても、所詮子供同士の交友関係で傾いた家を助けられるような大きなお金は動かせない。
もっとも安直なのは婚姻によって縁を作り、お金の援助されるだけの理由と関係を作ることだろう。
『アイゼリー』としての記憶が、その判断を裏打ちする。
徒手空拳で傾いた貴族の家を立て直したり、そもそも商売で失敗させない才能なんて私にはない。そんなものがあったら、この記憶と人格のベースである掘戸愛瀬のときに大金もちになってる。
私にそんな才覚なければ、アイゼリーの記憶の中にもそんなものはない。
以前のこの身体の持ち主たる『私』は強気な女性ではあるが、貴族の令嬢に求められる常識の範囲内の知識の記憶しかないので、こんな状態の今の私がなにをやってもから回るだけで終わるだろう。
私がするべきは、自分でなんとかできない問題をできるひとに丸投げする簡単なお仕事です。そのお仕事を丸投げできるひとを取っ捕まえるまでが大変そうだけども。
家に婚約解消の知らせをしたら、私の側に落ち度がないといくら言ってもがんがん「なにやってるんだ」とか「平民の女なんぞに奪われるとは」とか「フォルト家の恥さらしめ」とか言ってきそう。そのあと、年頃の娘に相手がいないのは障りがあるとして貴族的にさっさと再び結婚相手を決められるんだろうなあ。
うん、かわいそうな私!
どこにでもありそうな悲劇だが、自分の身に降りかかる未来だと思うと悲惨だなあ。ぱぱごめんなちゃいって言ったら許してくれないかなあ。
散々罵られたあと、コンスタンツ家と同等の家の男性を私の相手として引っ張って来れるかは確証がないし、なにより違う相手と婚約が決まったあとに、処女ではないと知れたらことがことだけに大問題。知られてしまったら援助の話なんて断ち消えそうだし……処女膜って復活するっていうけど、どうなんだろう。隠し通せるかなあ。
ほんと、これどうするんだろうなあ。ゲームは三年間で物語は終わるけれど、現実は続くんだよなあ。
女には一生の汚点としてついて回ることは、男にとって勲章にしかならないって、なんて残酷。
ああ、いやだ。現実怖い。はやくお部屋に帰りたいよ。もしもし私ー? はやく変わってもらえませんかー? そこ私のプライベートルームなんですけどー?
存在してはならない意識がアイゼリー・ディ・フォルトとして存在してしまっている以上、自分のよりよい環境作りのために励みたい所存ですが、詰みすぎていてどうしたものか……
生きることを否定するくらいショックな出来事があったからこそ、私と彼女は位置を取り替えてしまったわけだが、もうちょっと早く記憶が戻っていればインスタントさんと広井さんのフラグへし折ったのになあ、ととても悔しくも残念で歯がゆい気持ちになる。惜しい。口惜しすぎる。
過去を悔やんでもなにも進展しないので、私は一端その思考を打ち切る。嘆くのは後にしよう。嘆きまくっていれば『私』にもう一度変われるかな、と期待もしているが。
結婚以外になにか方法はあるかな。
もしくはインスタントさんと良好な関係を維持して、婚約を無理矢理解消されたのを盾にいびりにいびり倒して、有事に金をむしり取るか。
それが一番確実な気がしてきた。
恋愛経験が乏しい私に、いい男を落とせる気はしない。
シトーレに見放された私に対し、家が良縁を再び持って来てくれるとも思えない。ほら、あれだ。よくある金持ちのじじいに金と引き換えに後妻にされそう。
この場合、家にシトーレに婚約破棄を申し出られたということは知られないほうがいい。
あれこれ理由をつけて、婚約解消には個人では了承するから家にいうのは待ってくれとあらかじめ頼むのが最良かなあ。
罪悪感を責めに責めて、突ついて、刺激しまくって、泣き落とそう。
それと、広井さんとのお付き合いを実家に邪魔されるエピゾードがあったはずだ。それから広井さんを助けて、インスタントさんに恩を売れば、罪悪感との相乗効果で婚約解消をした私の家を助けてくれようという気になってくれるはずだ。
次期コンスタンツ家当主のシトーレさんだ。ある程度の金は動かせるはず。
さきほどの私の態度でインスタントさんの私への好感度はがくっと目減りした気がするが、あまりのショックに動転していて……と言い訳で押し通せばいい。
完璧じゃないか! とうぬぼれもできない穴だらけの策だが、私が思いつくのはこの程度だ。
これだけでは不安なので、やっぱり出来るだけ恋人を作ったり、だれかに恩を売って大変なときに家に融資してもらえるだけの関係を作っていきたい。
ゲーム知識を逆手に取って、高貴な身分にあらせられる方とお知り合いになりつつ、インスタントさんを懐柔しよう。
なにせ公爵家のひとも王族のひともいるもんね!
さすが一国の高貴な方が通うグラド学園!
人脈を作るにはこと欠かない!
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……と、それを一番の目標に掲げていた時期もありました。
一瞬でしたけどね。
女子寮に入り、そこから部屋に戻る途中。
私は彼女を見つけた。
見つけてしまった。
「リィシェ嬢……」
堀戸愛瀬が、幸せなエンディングを迎えさせてやるんだと(スチル埋めの私欲のために)躍起になっていた少女。
トラックに自らぶつかりに行ってうっかり死という衝撃に吹き飛ばされて忘れていた未練が、すぐさま息を吹き返し私の中を瞬時に埋め尽くした。
これは運命なのだと思ってしまった。
神様が与えてくれたチャンスなのだと。
戻りたいと思っていた部屋のことも頭の中から抜け落ちた。
その瞬間、私は保身の一切を忘れて、彼女に見惚れていた。