城下町と事件①
大図書館での魔法修行と勉強が始まって数日。
天井まで届く巨大な本棚に囲まれた図書館で、大賢者エスタフの熱血指導は連日続いていた。
「……藤宮殿、集中するのだ! 魔法とは体内の魔力を練り上げ、イメージを具現化する技術。まずはこの羊皮紙を魔力で浮遊させてみよ!」
「うぐぐ……浮け、浮いてくれ……っ!」
優斗が額に汗を浮かべて唸るものの、羊皮紙はピクリとも動かない。一方で、机の上で丸くなっていたガルが「暇だニャー」とばかりに前足を伸ばすと、なぜか優斗の体から漏れ出た微弱な魔力がふわりと波打ち、ガルのヒゲを揺らした。
「ぬおおっ!? 今、魔力の波動が完全に猫へ流れていったぞ!? 術者本人ではなく、周囲の猫を触媒にして魔力を伝達しているのか……!? 素晴らしい、実証のために論文をもう一冊書かねば!」
「エスタフ様、鼻息が荒いです……」
連日の座学と謎の実験で知恵熱を出し気味だった優斗は、気分転換として初めての城下町散策へと出かけることになった。
「ふん、俺様が案内してやる。ついて来いニャ」
優斗の隣を堂々と歩くのは、騎士団長ガルムの愛猫であり、城の猫たちの兄貴分でもあるガルだ。
しかし、城門をくぐり街へ踏み出した瞬間、事態は一変する。
「あ! 王城のすごいお兄ちゃんだニャ!」
「本当だ! すっごい良い匂いがするニャ〜!」
噂を聞きつけた街中の野良猫たちが、路地裏や屋根の上から次々と飛び出してきたのだ。毛色も種類もバラバラな数十匹の猫たちが優斗を囲み、足元にすり寄り、肩によじ登る。
「うわわっ!? ちょっとみんな、押しちゃダメだって!」
「おいコラお前ら! 順番を守らんかニャ!」
ガルの威厳ある一喝も虚しく、街道はあっという間にモフモフの津波に飲み込まれた。通行人や店主たちは「な、なんだあの猫の群れは!?」「猫の大移動だー!」と大騒ぎになり、街中は一瞬でモフモフパニックに陥ってしまう。
「あはは、分かった分かった! みんな順番ね!」
困惑しつつも、大の猫好きである優斗にとってここは天国だった。ポケットから城の厨房で分けてもらった乾燥肉のおやつを取り出すと、小さくちぎって猫たちに手渡していく。
「ほら、君にはこれ。焦らなくて大丈夫だからね」
『わーい! お兄ちゃん美味しいニャ!』
『私、顎の下撫でてほしいニャ〜!』
『俺は背中をトントンしてくれニャ!』
すり寄ってくる猫たちの顎下を優しく揉みほぐし、背中をリズミカルにトントンと叩いてやると、猫たちは「ゴロゴロゴロ……」と重低音の合唱を響かせ、うっとりと目を細めた。優斗が路地裏の落ちていた紐をゆらゆらと揺らせば、子猫たちが目を爛々と輝かせて飛びつき、大はしゃぎでじゃれついてくる。
そんな至福の交流の最中、揉みくちゃにされた優斗の頭には猫たちの声が次々と飛び込んでいた。
『お兄ちゃん! あの角の魚屋の魚は生臭くて不味いから買っちゃダメだニャ!』
『三角通りの路地裏に、夜な夜な黒い服を着た怪しい奴らが集まってるニャ』
『あそこに見える貴族の家、裏でお肉の横領をしてるニャ〜』
(……うわ、猫たちのネットワークって凄すぎるだろ。城下町の裏情報が丸裸じゃないか……)
おやつをあげ、撫でて遊んであげるだけで、街のあらゆる情報が自然と集まってくる。『猫使い』の持つ「情報収集」と「索敵」の恐ろしいまでの優秀さを、優斗は図らずも実感していた。
その時——一匹の猫が必死の形相で優斗の足元へ飛び込んできた。




