猫使いの能力?③
下着を暴露されて顔を真っ赤にしたテレシア王女が部屋を飛び出していき、嵐のような騒がしさが去って、ようやく客室に静寂が戻ってきた。
オスワルド国王は重厚な咳払いをひとつ挟むと、改めて優斗の目を真っ直ぐに見つめた。
「……さて、藤宮殿。先ほども申したが、そなたがこれからこの世界で何をしたいかを聞かせてほしい。余にできることであれば、何でも協力しよう。欲しいものや望む生活があれば、遠慮なく申し出るといい」
「欲しいもの、ですか……」
突然そう尋ねられ、優斗は腕を組んで考え込んだ。
正直なところ、異世界に突然召喚されたばかりで、何が欲しいかなど全く思いつかない。豪奢な部屋も美味しい食事もすでに与えられている。ならば、今自分が一番求めているものは何か。
「そうですね……俺、この世界のことをまだ何も知らないので、まずはこの世界の知識や、魔法の仕組みや使い方を学びたいです」
「知識と魔法、とな?」
オスワルド国王は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに頷いた。
「なるほど! それは素晴らしい心がけだ。よろしい、城にある大図書館への出入りを全面的に許可しよう。そして魔法の指導だが……エスタフ、引き受けてくれるな?」
「おお、もちろんにございます!!」
大賢者エスタフは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、鼻息を荒くした。そして、すささっと優斗に詰め寄ると、国王に向かって期待に満ちた声を上げる。
「陛下! 差し支えなければ、指導の合間に藤宮殿の『猫使い』としての能力を少し研究させていただいてもよろしいでしょうか!?」
「藤宮殿の迷惑にならぬ範囲であれば、余は構わんが……」
「大丈夫ですよ、俺もこの『猫使い』ってのが何なのか知りたいので」
優斗が笑いながら答えると、エスタフは興奮を抑えきれない様子で優斗の手をがっしりと握りしめた。
「感謝するぞ、藤宮殿! 未知の術理の解明、実に楽しみだ。これからよろしく頼むぞ!」
「は、はい、こちらこそよろしくお願いします……」
エスタフの熱量に押されつつも握手を交わすと、オスワルド国王が満足そうに頷いた。
「よし。では藤宮殿、この部屋は今後も自由に使うといい。何か必要なものがあれば、いつでも控えているメイドに申し付けるのだ。すぐに用意させよう」
「ありがとうございます」
一連の真面目な会話が一段落したのを察したのか、今まで優斗の足元やベッドで静かに待機していた猫たちが、一斉に動き出した。
「にゃ〜ん!」
「ミャー!」
「うおっ!?」
話が終わったことを悟った猫たちが、我先にと優斗の身体へ飛び付いてくる。首筋をザリザリとなめ回す者、服の裾を引っ張る者、足元でグルグルと円を描く者。一瞬で優斗は「遊んで!」とアピールするモフモフの群れに埋もれてしまった。
その光景を見た宰相ギリアムが、眼鏡の位置を直しながら感心したように呟く。
「……流石は『猫使い』。驚くほど猫たちに好かれておりますな」
「ふふっ、本当に見事な好かれようだな」
国王もエスタフも、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
話が終わり、三人とガルム騎士団長が部屋を辞そうとした時のことだった。ガルム騎士団長が、優斗の膝の上で丸くなっている愛猫のガルに向かって、優しく手を差し伸べた。
「……ガル、帰るぞ」
しかし、ガルは「ふん」と鼻を鳴らしてぷいっと顔を背けると、さらに深く優斗の膝に顔をうずめてくつろぎ始めてしまった。ちなみに、テレシア王女の愛猫である白猫のシロも、天蓋付きベッドの最上等なクッションの上で気持ちよさそうに横になっている。
「……っ」
ガルム騎士団長は盛大にショックを受け、涙目になりながらガックリと肩を落とした。そして悲しげな背中を丸めながら、国王たちの後を追ってトボトボと部屋を去っていくのだった。
残された室内の猫たちは、ここからが本番と言わんばかりに優斗の奪い合いを始めた。
『俺が先に撫でてもらうニャ!』
『ズルい! 私は膝の上に乗りたいの!』
『抱っこ! 抱っこしてほしいニャー!』
「はいはい、喧嘩しないの! 順番ね、順番!」
優斗は猫たちの要望をひとつずつ聞きながら、なだめたり、顎の下を撫でたり、抱き上げたりと引っ張りだこ。猫たちのあふれんばかりの愛情に応えているうちに、あっという間に外は夕闇に包まれ、日は暮れていった。
夜が深まるにつれ、王女の猫も、騎士団長の猫も、厨房のトラ猫も、名残惜しそうにそれぞれの居場所へと帰っていった。
……しかし、どうしても帰ろうとしない野良猫や城の猫が数匹残った。
「お前たち、帰らなくていいのか?」
優斗が尋ねると、猫たちは「にゃ〜(ここで寝る)」と満足そうに鳴き、ふかふかのベッドへ先回りして潜り込んだ。結局その夜、優斗は数匹の猫たちとぬくもりを分け合いながら、同じベッドでぐっすりと眠りについたのだった。
——そして、この夜を境に。
城の猫たち、そして街の野良猫たちのネットワークを通じて、一つの噂が風のように駆け巡り始めた。
『王城に、僕たちの言葉が分かる、すっごく優しくて良い匂いのする“人間のお兄ちゃん”がやってきたニャ』
その噂は猫から猫へ、カラスや小鳥たちすらも巻き込んで、城下町へ、隣町へ、そして街道を越えて各地へと瞬く間に広まっていく。
この時の優斗はまだ知る由もなかった。




