議会➁
カツカツカツカツカツ……ッ!
突如として、廊下の遠くから地鳴りのような不気味な足音が響き渡ってきた。
いや、足音というにはあまりにも軽やかで、小さく、そして圧倒的な数。数百の小さな爪が石造りの廊下を激しく叩く、群集の気配だった。
「……!? な、なんだ!?」
ギリアムが勢いよく立ち上がる。人間のものではない。だが、明らかにただ事ではない異様なたくさんの気配が、凄まじい速度で接近してきている。
「敵襲か……!?」
緊張が一瞬で室内を支配した。部屋の外に控えていた兵士たちが即座に剣を抜き、殺気を尖らせて臨戦態勢をとる。
国王たちの護衛として傍らに控えていた騎士団長ガルムが、低い声で威厳たっぷりに申し出た。
「陛下、私が一足先に様子を見て参りましょう」
大柄な体躯に頑丈な鎧を纏ったガルムは、王国最強と名高い騎士である。しかし、オスワルド国王は即座に制止の手を挙げた。
「待て、ガルム。万が一これが高度な刺客や魔物の襲撃であった場合、最高戦力であるお前をここで安易に動かすわけにはいかん。余の側を離れるな」
「……御意」
国王が近くの兵士に指示を飛ばす。
「何が起きている!? 直ちに確認してまいれ!」
「は、ハッ!」
数名の兵士が緊張した面持ちで廊下へ飛び出していった。息をのむような静寂が部屋を包む。
数分後、廊下を見に行った兵士の一人が、どこか呆然とした表情で部屋へと駆け戻ってきた。
「こ、国王陛下……! 音の正体が判明いたしました!」
「なに? して、敵の正体は何だ!?」
ギリアムが身を乗り出す。兵士は喉をゴクリと鳴らし、ひどく気まずそうに報告した。
「は……音の正体は……猫、でございます」
「……猫?」
オスワルド国王は思わず耳を疑った。
「猫だと……? たかが数匹の猫で、あれほどの地鳴りのような音が響くわけがなかろう」
「い、いいえ! 数匹などではございません! 数十匹……いや、城中にいるすべての猫です!」
「……くっ、ふふっ」
緊張の糸が切れたように、大賢者エスタフが思わず破顔し、声を漏らして笑い出した。
「数十匹の猫、でございますか……。これはこれは」
「まさか……」
ギリアム宰相がハッと目を見開き、優斗が案内された客室の方角を仰ぎ見た。
「これが……藤宮殿の『猫使い』という能力の顕現……とでもいうのですか?」
広間に拍子抜けしたような空気が流れる中、オスワルド国王は気を取り直して兵士に尋ねた。
「それで、その猫たちは捕獲できたのか? 城内でそれほどの数が暴走しては危険だろう」
すると、兵士はさらに言いづらそうに視線を泳がせた。
「それが……その……捕獲を試みたのですが……」
「どうした?」
「先頭をきっていた『耳の欠けた貫禄ある猫』と『動きの素早いトラ猫』の二匹に、我が騎士団の精鋭兵がことごとく足をすくわれ、突破されました……。猫たちは全員、一直線に藤宮様がおられる客室へと向かって行きました」
その報告を聞いた瞬間、壁際で控えていた騎士団長ガルムが、盛大に「ゴホンッ!」と咳き込んだ。
「どうしたのだ、ガルム? 喉でも痛めたか?」
国王が不審そうに尋ねると、ガルムは鉄甲に包まれた手を口元に当て、顔を真っ赤にしながら絞り出すような声で言った。
「……申し訳ございません。その……先頭におりました『耳の欠けた貫禄ある猫』は……私が陰で密かに可愛がっている愛猫でございます……」
「……」
部屋に沈黙が落ちた。あの厳格で強面な騎士団長が、城内で野良猫をコッソリ飼っていたという衝撃の事実。
すかさずギリアム宰相が、眼鏡をクイと押し上げながら助け船(?)を出した。
「……ふむ。騎士団長にも、そのような風流な趣味がおありだったとは。ちなみにトラ猫の方は、おそらく厨房でネズミ捕り用として飼育されている個体でしょうな」
「と、とにかく! 藤宮殿の様子を見に行くぞ!」
国王の号令により、オスワルド国王、ギリアム宰相、エスタフ、そして愛猫の動向が気になって仕方のないガルム騎士団長と兵士たちは、慌ただしく優斗の客室へと向かった。
客室の前に到着すると、ドアは半開きになっており、室内からは楽しげな声と、凄まじい量の「ゴロゴロゴロ……」という喉鳴らしの合唱が漏れ聞こえていた。
「藤宮殿! 無事か!?」
国王が重厚な木製ドアを押し開ける。
そこに広がっていたのは、王城の威厳も、異世界の緊張感もすべてを吹き飛ばす、あまりにも平和で混沌とした光景だった。
「あっはは! 痛い痛い、くすぐったいって!……でも、最高かよこれ……!」
絨毯の上に倒れ伏した優斗の上に、重なるように群がる猫、猫、猫。
膝の上にはガルム騎士団長の愛猫がどっしりと鎮座し、優斗の顎を愛おしそうになめ回している。胸の上には厨房のトラ猫が乗っかり、満足そうにフミフミと足踏みをしていた。肩や頭の上にも、王女の愛猫をはじめとする豪華な毛並みの猫たちが鈴なりになっている。
まさに、息もできないほどの『猫の山』。
その中心で、優斗は至福の表情を浮かべながらデレデレに顔を綻ばせ、モフモフの津波に身を任せていたのだった。
それを見た国王たちは、ただ開いた口が塞がらないまま、呆然と立ち尽くすしかなかった。
後にこの出来事を猫事件と呼ばれるのだった。




