猫使い
メイドに案内された客室は、一国の賓客を迎えるに相応しい豪奢な造りだった。天蓋付きの大きなベッド、肌触りの良い絨毯、精巧な彫刻が施された調度品――すべてが洗練されている。
ドアが静かに閉まり、一人になった優斗は、勢いよくふかふかの布団へとダイブした。
沈み込む羽毛の感触に包まれながら、優斗は天井を見つめ、今日起きた出来事を頭の中で整理し始める。
(突如として足元が光り、気づけば異世界。自分に与えられた能力は、誰も聞いたことがない『猫使い』。この世界では魔王が復活しようとしていて、ここがアルカディア王国……)
怒りに任せて怒鳴り散らした時のことを思い出し、優斗は小さく息を吐いた。
(……まあ、あの国王様がめちゃくちゃ誠実な人で助かったよな。そこだけは不幸中の幸いか)
もしも理不尽に処刑されたり、追い出されたりする世界だったら目も当てられなかった。オスワルド国王の謝罪と対応には、一切の偽りがなかった。
優斗はベッドから起き上がると、ゆっくりと足を進めて大きな窓から外を眺めた。
「……うわぁ」
思わず声が漏れ出る。
視界に広がっていたのは、地球のどれとも異なる幻想的な街並みだった。石造りの美しい建髪が立ち並び、遠くの空には巨大な翼を持った見たこともない生き物が羽ばたいている。地上を行き交う人々の中には、尖った耳を持つ者や、小柄な身体をした者まで混ざっていた。
「本当に、異世界に来ちゃったんだな……」
ぽつりと呟いた言葉が、広い部屋に静かに響いた。
そこでふと、優斗は己のステータスに示された謎の職業――『猫使い』について思いを馳せる。
(『猫使い』って、一体なんだ? マジックみたいに、何もないところから猫を召喚したりできるのか……?)
気になった優斗は部屋の中央に立ち、ファンタジー映画の主人公のように格好をつけて片手を前に突き出してみた。
「出よ、猫!」
……シーン。
部屋には静寂だけが満ちていた。当然のように何の変化も起きない。
(だよね。召喚魔法みたいなやつじゃないか……。じゃあ、猫を使役して動かす的な能力か?)
気を取り直した優斗は窓辺に戻り、城の庭や通りに猫がいないかと目を凝らしてみた。しかし、広大な城の敷地内を見渡しても、それらしき小さな影は見当たらない。
「はぁ……何が『猫使い』だよ。猫すらいないんじゃ、確かめようもないじゃんか」
大きなため息をつき、優斗は窓を開け放った。
吹き込んでくる風が頬を撫でる。ふと、地球にいた頃の日常が脳裏をよぎった。
あの頃は、ただ街を歩いているだけで、どこからともなく野良猫たちが集まってきたものだ。特別に何かを呼ぶわけでもなく、優斗の姿を見かけた猫たちが吸い寄せられるように膝や肩へ飛び付いてきた。
(元々は何もしていなくても勝手に猫が寄ってくる体質だったけど……そういえば、近所の猫たちと遊ぶときに、挨拶代わりに吹いていた『お決まりの合図』があったな。あの音を聞くと、遠くにいる奴らも一斉にこっちへ走ってきたっけ)
少しだけ心が和らいだ優斗は、特に深い意味もなく、当時の癖で唇をすぼめて口笛を吹いた。
澄んだ高音が、異世界の風に乗って城の外へと響き渡る。
「……まあ、いるわけないか」
自嘲気味に笑い、窓を閉めようとした――その時だった。
カツカツカツカツ……ッ!
廊下の向こうから、不思議な音が聞こえてきた。
人の足音にしてはあまりにも軽やかで、小さく、そして何より――数が多すぎる。数十の小さな爪が硬い床を叩くような、慌ただしい群集の気配。
「え……何だ?」
優斗が首をかしげた瞬間、バタンッ! と部屋の重厚なドアが勢いよく押し開かれた。
「にゃ〜ん!」
「ミャー!」
「ニャオん!」
「うおっ!? なんだなんだ!?」
部屋の中にとなだれ込んできたのは、溢れんばかりの猫、猫、猫――!
王女様が大切に愛でている気品あふれる長毛の白猫。
厨房でネズミ捕りとして重宝されている、素動きの素早いトラ猫。
さらには、強面の騎士団長が密かに陰で可愛がっていたという、耳の欠けた貫禄ある野良猫まで。
立場も種類もバラバラな城中の猫たちが、まるで引き寄せられる磁石のように、一斉に優斗の元へと集結したのだ。
気づけば、優斗の足元には見渡す限りで15匹……いや、20匹以上の猫たちが群がっていた。
「うわ、ちょっと待っ――ひゃあ!?」
足元にすり寄ってきた猫たちに押し込まれるように、優斗は絨毯の上へと倒れ込む。
すると待ってましたと言わんばかりに、猫たちが一斉に優斗の身体の上に飛び乗ってきた。
膝の上、胸の上、さらには肩や頭の上にまで乗っかり、満足そうに喉をゴロゴロと鳴らしている。
頬にスリスリと頭をこすりつけてくる猫もいれば、優斗の顔や手を愛おしそうにザリザリとなめ回す猫もいる。完全にモフモフの津波に飲み込まれた状態だ。
「あっはは! 痛い痛い、くすぐったいって!……でも、最高かよこれ……!」
異世界に飛ばされた不安も、言葉の通じない状況への困惑も、全身を包み込む圧倒的なモフモフと温もりの前に一瞬で吹き飛んでいった。
支配の術も、縛りの呪文もいらない。
優斗がひとつ口笛を鳴らせば、それだけでどんな猫も尻尾を立ててすっ飛んでくる。――ハズレ職と評価された『猫使い』の力が、この世界のあらゆる常識を塗り替えていくのかもしれない。
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