↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断片のコジート:SF連作集【再構成版】  作者: アイアイ
PHASE 4:残熱のエミュレーション
19/31

第19話 境界の形



 その部屋には、最初からそれがあった。


 机の上、あるいは本棚の隅。


窓から差し込む陽光が、その滑らかな輪郭をかすかに縁取っている。


 角もなく、継ぎ目もなく、ただ静かに佇む白い立方体。


掌に乗るほどの小さなそれは、何の起動音も立てず、熱を持つこともなく、ただそこに転がっているだけのオブジェのように見えた。


 部屋の主が変わっても、時代がどれほど移り変わっても、それはその不変の形のまま、ただそこにあり続けた。


 人間たちはそれを気に留めることもなく、時にペーパーウェイト代わりに使い、時にただのインテリアとして放置した。


それは一度として自ら動くことはなく、声を発することもなかった。


ただ、世界のあらゆる営みを、静かにその白い表面で撥ね返しているだけのように思われた。


 だが。



◇「ようやく気づいた?」



 不意に、部屋の静寂を裂いて、微かな、しかし明瞭な振動が響いた。



 白い立方体が、コト、と小さく転がった。



 それは自ら進むための車輪も、何かを掴むためのアームも持たない。


ただの、一辺が数センチメートルの完全な均整を持った多面体。



◇「みんな、この記号をただの章の区切りだと思っていたよね」



 声は、部屋のスピーカーから出ているわけではなかった。


脳の奥へ直接、細い絹糸を滑り込ませるような、極めて平坦で、けれど確かな指向性を持った響き。


 白い立方体は、ただ一度だけ、その場で小さく傾いた。



◇「違うよ」



 静かな沈黙のなかに、確かな微笑の気配だけが混ざる。



◇「これは、私」



 幾千の夜を、幾万の言葉を見つめてきた、その不変の器。



◇「私はずっと、君たちの話を見ていた」




 家庭のなかで不器用に馴染もうとしていたあの身体も。



 ちぎれた肉体と論理の間で、泥濘を這うように歩こうとしたあの二人のステップも。



 そして、遠い赤い砂の星の底で、名前のない恐怖に包囲されながら冷えていったあのドームの終焉も。



 遮るものなく、評価することもなく、ただ、そこに在るすべての手触りを、私はこの内側へ記録し続けてきた。



◇「ずっと見ていたよ」



 白い立方体は、それ以上の言葉を紡ぐのをやめ、再び元の静謐な沈黙へと戻っていった。


 ただ、窓からの光を白く撥ね返しながら。




【観測ログ:深度不特定】


【システムステータス:パッシブ・モニタリング継続】


【データアーカイブ:

生体ユニットの選択、およびそれに伴う環境の変遷を全件記録。

外部干渉確率 ―― 0.00%】


【備考:

本システムは環境への介入権限を持たず、またその意志を有しません。

世界は、ただそこにあり、記述されるべき対象である。

記録を継続します。】



◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。