068●寺子屋の先生、すご腕や
「そこもとが、大神 四郎次郎殿か。」
「如何にも、タコにも。」
「なんじゃ、その‘タコにも’とは。」
「お宅、上方の人とちゃいますな。上方では、ちゃんとボケなあきません。あんた、‘あずま’のお人やろ。言葉がそれらしいで。」
夕闇の河原。
四郎次郎は、見知らぬ侍と静かに向き合っていた。
「聞きたいことがある。そなたは、かの藩の元家臣。お家再興が叶わぬ今、大石殿はどうしておられる?」
「ご家老がどこでどうしはるか、そんなん、わし、わかりまへん。わしは寺子屋をしとる、ただの浪人や。」
「ふん。しらを切るか。まあよい。疑わしい者は‘消す’のが常道じゃ。」
侍が四郎次郎の足元に、じゃらりと六文を投げた。
風の音だけが響く河原。人影はない。
すらり・・・。侍が抜刀した。
「待ちなはれ。」
四郎次郎は制するが、相手は聞かず、殺気をまとって踏み込んでくる。
鋭い必殺の剣撃。
四郎次郎は、ただ身をひるがえして躱し続けた。
しかし、じりじりと水際へ追い詰められる。
とどめとばかり、刃が振り下ろされる、その瞬間。
四郎次郎は、ついに自分の刀に手をかけた。
ひらり。
夕闇の中で、扇が開くような軌跡。
横一文字。
剛刃流「扇旋回」。
音はなかった。
侍の身体が、すうっとずれて倒れた。
胴は、あまりにもきれいに両断されていた。
「藤田様、いかがなもんで。」
岡っ引きが与力に声をかける。
「こんな切り口、見たことあらへん。血ぃ、ほとんど出てへん。まるで、元から上と下が、元から別のもんやったみたいや。・・・相当な腕前やな。こら、素人の仕業やあらへんで。」
藤田主水は筵をかけ直し、静かに息を吐いた。




