061⚫️文字(じい)おぼえるんや
暇ができたら、こっそりとここへ来る。
寺子屋。
ええなあ、字ぃ習うやなんて、うちには夢のまた夢や。
ああ、来た子ら、もう帰るんやな。
「おーい、そこの娘。こっちおいでや。」
しもた、隠れて見てたんやけど。
先生にはバレてたんか。
うちは観念して、のこのこ生け垣の影から出ていった。
「あんた、いつも熱心に覗いとるなあ。どや、わしが教えたろか。」
「えっ、そんなん、ええのん。」
思わず身を乗り出したが、すぐに思い直した。
「せやけど、うち、何も払われへん。大根一本、めざしひとつも持ってないねん。」
「ほお、そうかいな。まあ、ええやん。細かいことは気にせんと、ちょっと寄っていき。」
あかん、あかん。
親方から教わった。「タダより高いもんはない」って。
けど・・・字ぃ、習いたい。
自分の名前も、この街の看板も、読めるようになりたいんや。
「・・・うちをタダで教えたら、他の子ぉらに示しがつかへんやろ。」
先生は意外そうな顔をしたあと、ふっと目尻を下げた。
「まあ、よう気ぃつく子やなあ・・・。よっしゃ、それやったらこうしょ。わしがここで勝手に字ぃ書くよって、あんたはそれを勝手に見て、勝手に覚ええや。それやったら、誰も文句は言わへん。わしも教えたことにはならへん。」
先生、そんなん・・・そんなん、ええのんか。
うちは先生が筆を走らせるのを食い入るように見つめる。
そやな、タダより安いもんはあらへんもんな。




