第一話:斬首前夜
「お前は明日の朝、首を斬られる」
その言葉を聞いた瞬間、俺は思い出した。
——ああ、また逃げられなかったんだな。
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ここは幕末。
そして俺、秋月恒一郎は——このままだと確実に死ぬ。
理由は簡単だ。
俺は、この後の歴史を知っている。
この場にいる人間は、全員処刑される。
例外はない。
……本来なら。
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雨が降っていた。
土と血の匂いが混ざる夜。仮設の牢に押し込まれ、俺たちは縄で縛られている。
朝になれば終わりだ。
敗者だから殺される。ただそれだけの話。
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「おい、大丈夫か」
隣から声がした。
顔を上げると、桐野恒一がいた。
同じ隊の人間。軽口ばかり叩く男。
そして——本来なら、ここで死ぬ。
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「顔色やばいぞ」
「……平気だ」
声がかすれる。
平気なわけがない。
俺はさっきまで別の人生を生きていた。
逃げて、逃げて、全部捨てて終わった人生。
そして今、なぜかここにいる。
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「なあ秋月」
桐野が笑う。
「俺たち、明日死ぬんだってよ」
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「……知ってる」
「は?」
「ここにいる全員、処刑される」
桐野が眉をひそめる。
「なんだそれ」
「……俺は知ってるんだ」
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説明しても無駄だ。
だが事実は変わらない。
何もしなければ、ここで終わる。
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じゃあ、どうする。
逃げるか?
普通なら無理だ。
だが——
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視線を動かす。
板戸の右下。
金具が浮いている。
見張りは二人。
片方は酔っている。
雨で音は消える。
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——いける。
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「桐野」
「なんだ」
「あの戸、壊せる」
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一瞬の沈黙。
そして桐野が笑う。
「いいねえ」
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「タイミング合わせろ」
「任せろ」
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見張りが近づく。
その瞬間、桐野が倒れた。
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「ぐっ……!」
「おいどうした!」
戸が開く。
提灯の光。
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その瞬間、俺は動いた。
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縄を金具に擦る。
痛み。
血。
構うな。
切れろ。
切れろ。
切れろ——
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ぷつり。
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立つ。
ぶつかる。
提灯が落ちる。
暗闇。
怒号。
銃声。
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「走れ!」
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外へ飛び出す。
雨。
泥。
足音。
全部が混ざる。
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死にたくない。
今回は、逃げない。
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どれだけ走ったか分からない。
気づけば、追手の声は消えていた。
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「……生きてるな」
桐野が笑う。
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本当に、生きている。
変えた。
歴史を。
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「……あれ?」
桐野が振り返る。
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一人足りない。
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「庄助は?」
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答えはない。
その代わり、遠くで銃声が鳴った。
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理解した。
俺は救ったんじゃない。
入れ替えただけだ。
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「……おかしいな」
桐野が呟く。
「あいつ、足速かったのに」
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雨は止まない。
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その時、俺はまだ知らなかった。
この選択が、
どれだけ多くの人間を殺すことになるのか。




