帰り道
異変は解決した。なので、仁は荷物を片付けておいとましようとしたが、祥子に引き留められた。
今回のお礼に昼食ご馳走したいと、祥子が申し出たのだ。仁は断ろうとしたが、玲奈の勧めと祥子の熱意に負けた。
祥子が用意してくれた豪華な昼食に、仁は驚きも堪能した。そして。
「いや、あの、もう十分なので」
「いえ、これも貰ってくださいな」
玄関前、祥子が大量の手料理やお菓子などを、仁に渡そうとしていた。まるで、久しぶりに実家に帰ってきた子供にいろいろと持たせて帰らせようとする母親のようだ。
「祥子さん、そこまでにしてあげてください」
押し問答する二人を、玲奈は止める。玲奈の手にも祥子に渡された大量の手料理とお菓子があった。玲奈も限界だった。
玲奈に言われた祥子は渡そうとしていたお菓子を引っ込めてくれた。助かった。
「橘さん、玲奈さん。本当にありがとうございました」
祥子が深く頭を下げる。
「いえ、もしまた何かありましたら、『橘探偵事務所』にどうぞ」
「では、また。祥子さん、失礼します」
立ち去る玲奈と仁。祥子は二人の姿が見えなくなるまで見送った。
駅までの道のり。異変は解決したが、仁にはまだ謎が一つ残っていた。
「そういえば、俺の事務所に依頼してきた老人は誰だったんだ?」
「は?」
「え?」
玲奈の足がぴたっと止まり、仁の足も止まる。
「まさか、気づいていなかったのか?」
「え?」
わからない様子の仁に、玲奈は呆れる。そして、一枚の写真を取り出した。
「お前の事務所に訪ねてきた依頼主はこの人だろ」
差し出された写真を、仁は受けとる。
写真には、朗らかな笑顔で椅子に座る祥子とその側に立つ、ムッと眉を寄せる男性が写っていた。その男性は落ち着いた紺色のスーツに、握りのところが鳥の形をした杖をついて背が高い。『橘探偵事務所』に来た男性と同一人物だった。
「ああ、この人だ。いったい、この人は誰なんだ」
「健太郎さんだ」
「は?」
「祥子さんの亡き夫の野崎健太郎さんだ」
「は?」
仁の思考が一時止まる。
「……はぁぁぁぁっ!」
一時おいて、理解した仁は叫ぶ。
「えっ、あれ!昼間からでるか?!」
「気にするところはそこか?」
パニック状態の仁に、冷静な玲奈のツッコミが入る。
最初、玲奈は異変を解決するために、健太郎が仁をよこしたと思っていた。まぁ、それもあったのだろうが、健太郎の本当の目的は、ダイヤモンドネックレスを祥子に渡すことではないか。だから、玲奈ではなく、仁の前に現れて依頼したのかもしれない。
面倒なことをしてくれたと思うが、もう終わったことだ。混乱している仁を置いて、玲奈は歩き出す。
気がついた仁が、慌てて玲奈を追いかける。仁ももう終わったことと開き直ることにした。もう心当たりはないと考えて、思い出した仁がまた叫ぶ。
「横山さん!耳!」
「は?今度はなんだ。耳がどうした?」
また叫びだした仁に、玲奈が振り返る。仁が玲奈の耳を指さす。
「あの時、あの使い捨ての奴に襲われた時、左耳を怪我しただろ」
大丈夫なのかと心配する仁に、玲奈は呆れたため息。そして、自分を指差す仁の手をパシッと叩き落とす。
「あの程度、すぐ治った」
玲奈が自分の横髪をかきあげて、左耳を仁に見せる。玲奈の左耳には傷跡など一切ない。
血が流れて深い傷に見えたが、何もなかったように治るものなのか。それは、玲奈が優秀な〈魔術師〉だから、あの程度の傷を治すことは、簡単なことなのだろう。
そんな事を考えているうちに、駅についてしまった。
「それじゃ、俺は帰るよ」
「ああ」
駅の改札口、ここから先は玲奈とは別。玲奈には迎えの車がもう来ているらしい。仁の視界に映るあの高級車が迎えの車なのだろうか。
これでお別れだ。名残惜しいが、仁には玲奈を引き留める理由がない。
「仁」
仁の目の前には玲奈の顔。
「え?」
ふわりと真白の髪が視界に揺れて、花のような甘い匂いが鼻をくすぐる。頬に柔らかな感触を残して、玲奈の顔が離れる。
「またな」
頬を薄っすらと赤くした、愛らしい笑顔の玲奈は、迎えの車に小走りで走っていった。
玲奈にキスされたのだと仁が認識したのは、その5分後であった。




