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怪異探偵事務所   作者: 夜乃桜
置き忘れた想い

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エピローグ

桜が満開に咲き誇る三月。

椅子に座った『橘探偵事務所』の若き所長、橘仁はぼんやりと、窓から覗く外の景色を見ていた。

あの依頼から二ヶ月が過ぎた。あれから、代わり映えない依頼を、仁はこなしていた。中にはとんでもない依頼もあったが、平穏な日々を過ごしていた。

祥子の依頼後。振り込まれた報酬は、仁が提示した金額の二倍近くの金額が振り込まれていた。仁は真っ先に祥子に連絡した。

二倍近くの金額は、玲奈からの振り込み。多すぎる報酬分を仁は返そうとしたが、祥子から貰ってくれと言われてしまった。それに、仁は玲奈の連絡先を知らず、祥子も教えてくれなかった。最後の最後まで振り回してくれる。


「ハァ」


ため息が漏れる。

思い浮かぶは彼女の姿。背中に流した真白の髪。右耳にルビーのピアスに宝石のような真紅の瞳を持つ、気品を纏う白皙の〈火焔の魔女〉。

視界に揺れた真白の髪に、鼻をくすぐった甘い匂い。そして、頬に感じた柔らかな唇の感触。


「あ~~っ!」


仁の顔が真っ赤に染まる。

別れ際のキスはなんだったのか。思い出すたびに、仁の心は舞い上がりそうになる。自分は中学生か。

仁は落ち着こうと深呼吸。自分に言い聞かせるように、仁は呟く。


「………深い意味はない。ただの挨拶だったんだ……」


それでも、忘れることは出来なかった。もう一度、会いたい。


「……横山さんの連絡先、聞いておけばよかったな」

「そういえば、教えていなかったな。ちなみにこれが私の家の住所と連絡先だ」

「あ、ありがとうって、横山さん!?」


無意識に受け取り、振り向いた先に玲奈がいた。驚いた拍子に、仁は椅子から転げ落ちる。


「イテテ」

「大丈夫か?」


椅子から転げ落ちた仁に、玲奈が手を差しのべる。


「あ、ありがとう。じゃなくて、横山さん?!なんでここに?!」


玲奈の手を借りて立ち上がった仁だが、驚きのあまりにまた転びそうになる。

会いたいと想っていた人が自分の目の前にいる。『橘探偵事務所』にいる玲奈に自分は幻を見ているのかと、仁はプチパニック中。


「またなといっただろう?」


いたずらが成功した子供のように、玲奈がニヤッと笑う。

それと、返事はなかったが、『橘探偵事務所』の扉に開業中の看板と、人の気配は感じたので入らせてもらったと、玲奈は話す。まったく、仁は気がつかなかった。


「それに、会いたかった」


玲奈の、真紅の瞳が甘く緩む。仁の顔は真っ赤に染まって、自分の顔がにやけそうになる。

玲奈にまた会えたこと、玲奈が自分と同じことを想っていたことに、仁は舞い上がってしまう。


「それと、橘。お前は人手を探しているらしいな」

「え?ああ、そうだけど」


突然の話に、仁は我に返る。玲奈の問いに怪訝な顔になる。

現在、『橘探偵事務所』には仁以外に人がいない。愁一郎が所長の『橘探偵事務所』には、力仕事担当の助手、女性の事務員がいた。養父が亡くなる前に、助手は自分の探偵事務所を開設するために自立。もう一人は寿退社。

新しい人は入れようとはしているが、『こちらの世界』に属する訳あり事務所だからか、長期で続く人はいない。先週、アルバイトで入っていた子が辞めたばかりだ。


「私を『橘探偵事務所』に雇ってくれないか」

「は?」


玲奈の言葉に、仁は言葉を失う。仁は無意識で玲奈の履歴書を受け取っていた。用意いいな。


「……なんでうちに?」


一番の疑問を仁は問う。

玲奈は〈火焔の魔女〉の異名を持つ名門の〈魔術師〉。優秀な〈魔術師〉である彼女の力を求める者は多い。

そんな彼女が『橘探偵事務所』を望んだ。個人的には嬉しいが、それはそれと切り替える。


「お前との仕事は楽しかった。だから、私は『橘探偵事務所』で働きたいと思ったからだ」


玲奈の真紅の瞳が真っ直ぐに仁を見る。困った、仁はこの瞳に弱い。

玲奈の〈魔術師〉としての実力は本物。自分よりも『こちらの世界』を生きる〈火焔の魔女〉。申し分ない。

しかし、〈火焔の魔女〉を雇うことで面倒事が起きる可能性はある。もしかしたら、他に理由があるのかもしれない。それでも。


「それじゃあ、あなたを雇います。横山さん」


仁は玲奈に手を差し出す。

玲奈は『橘探偵事務所』を選んだ。せっかくのチャンスを、仁は逃すつもりはない。


「ありがとうございます。それと」


差し出しされた仁の手を握った玲奈は、口を閉じて下を向いた。そして、決意を込めた顔をあげる。


「お前のことは名前で呼ぶ。だから、私も名前で呼んで欲しい」


不安そうに、期待をするような玲奈に、仁は言葉に詰まる。

嫌だと言う訳ではない。ただ気恥ずかしい。だけど、ここで仁が駄目だと言ってしまうと、二度と呼ぶことが出来なくなってしまう。それは嫌だ。だから。


「……よろしく。玲奈」


仁は勇気を出した。咲いた花ように玲奈は華やかに笑う。


「こちらこそ、よろしくお願いします。仁」


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