嵌った獲物
家の者が寝静まった、僅かな月明かりが照らす深夜の庭。
周囲を警戒しながら、こそこそと男が一人、庭に侵入した。男は懐中電灯で、持っていたコンパスを照らす。本来なら、北を指し示すはずのコンパスの針は、壊れかたかのようにぐるぐると回り、北から正反対を指し示す。
「……こっちか」
男は疑うことなく、コンパスの針が指し示す方向に進んで行く。
着いた先は園芸用品をしまっている小屋。コンパスの針は庭の小屋を示していた。
男は小屋の扉を開けて、中に入る。真っ暗な小屋の中を男は懐中電灯で照らす。
「本当にここにあるのか」
「まさか、あるわけないじゃないですか」
聞こえた女の声に男は驚き、声の方向に振り向く。
「急いだかいがありました。見事に引っかかっていただき、ありがとうございます」
「だ、誰だ!?」
男は懐中電灯を声のする方に向けた。
「私をお忘れですか?野崎修さん」
そこには、小屋の出入り口を塞ぐように立つ、仁と玲がいた。
「なんで……お前たちがここにいる。帰ったはずじゃ」
野崎修が呆然とした様子で二人を指さす。
今日の夕方、祥子の家に仕掛けたモノから発見したとの連絡があった。それを知った野崎修は、慌てて祥子の家に向かった。そこで、仁と玲奈が祥子に見送られて帰るのを、野崎修は目撃した。
「おや、聞こえませんでしたか?苦労して仕掛けたかいがあったと」
にっこりと嫌味たらしく、玲奈が告げる。
野崎修をおびき寄せるために、まだ起動していない〈ゴーレム〉を利用した。家の捜索中に仁が見つけた。
その〈ゴーレム〉に玲奈が〈術式〉を書き換えて起動させ、ダイヤモンドネックレスを発見したとの嘘の報告を野崎修にさせた。
祥子にも協力をお願いし、外の見張りをしているキースに野崎修が家の近くに来たら、すぐに連絡するように命じた。そうして、来た野崎修に仁と玲奈が帰る様子を目撃させて、家には祥子一人しかいないと野崎修に思わせた。
すべては、野崎修を引っかける罠だった。
「……渡さない。お前たちには渡さないぞ!」
図られたことを知った野崎修が、鬼の形相で二人を睨む。仁はちょっと引き、玲奈が冷たく呆れる。
「渡さないもなにも、あれは、もともと祥子さんのものでしょう」
「違う!あのダイヤモンドは俺のものだ!伯母の物は、伯父の物。伯父の物は、俺の物だろうが!」
真っ赤な顔で野崎修が叫ぶ。思い通りにいかなくて癇癪を起す子供のようだ。
「そこをどけ!」
野崎修は逃げ出そうと、入口を塞ぐ仁と玲奈に襲い掛かる。
「Pop」
「ぶがっ!」
野崎修が情けない声をあげて、後ろへと弾け飛ぶ。突然襲い掛かった衝撃で、野崎修の鼻から血が垂れる。
「祥子さんに手を出したらどうなるか、身をもって知るがいい」
冷たく言い放った玲奈が、無情に小屋の扉を閉める。
「あ、おい!開けろ!」
ドンドンと野崎修が小屋の扉を叩く音と罵声。野崎修が出てこないように、仁が小屋の扉を抑える。
「わあぁぁぁ!なんだ!離せ!」
閉じ込められている野崎修の罵声が悲鳴に変わる。
「……これ、大丈夫なのか?」
ドタドタと小屋から聞こえる、暴れていると思われる音に、ガシャンと何かが落ちる音。
何をしているのか、仁は聞いていない。そんな仁に、玲奈はいい笑顔で言った。
「さぁ?」
流石に命を取るようなことはしないかと、仁は納得することにした。現実逃避とも言う。
しばらくして、小屋から野崎修の悲鳴と物音が止んだ。先ほどの騒音が嘘のように小屋が静かだ。
恐る恐る小屋の扉を仁は開ける。そこには、倒れた野崎修に乗っかる、やり切ったような、勝ち誇った顔をした〈妖精〉たちがいた。
「ご苦労様。ありがとう」
立ち去って行く〈妖精〉達に、玲奈は笑顔で見送る。仁は黙って見送った。そして、気絶している野崎修に、玲奈は近づく。
「Aqua」
玲奈の手に水の塊。そして、それを野崎修にぶっかけた。容赦なかった。
「がはっ、なんだ?!」
目覚めた野崎修を、玲奈が冷たい目で見下ろす。
「これぐらいで勘弁してやる。またこのようなふざけたことを起こせば、命はないと思え」
「ひぃぃ」
情けない悲鳴をあげて、野崎修は小屋から逃げだす。
逃げる野崎修に、小屋の外にいた〈妖精〉たちが石や枝などを投げつける。最後まで容赦ない。
「さて、あの馬鹿者の後片付けをするか」
「あ、ああ」
すっきりとした笑顔で小屋の後片付けをする玲奈に、仁が続く。
しかし、これで解決という訳にはいかない。
「なぁ、肝心のダイヤモンドネックレスがまだ見つかっていないんだけど」
「それなら、もう見つけたぞ。橘、お前のおかげでな」
「はぁ?」
いつどこで俺が!?と困惑する仁に、玲奈が笑う。
「明日、祥子に健太郎さんからの贈り物を渡さなくては」




