野崎健太郎の遺産
小鉄と少し話をした玲奈が戻ると、三人分の朝食が用意されていた。
「ありがとうございます。祥子さん」
祥子に礼を伝えて、玲奈は席につく。
すでに席についていた仁は、玲奈と視線を合わせないように、顔を背けている。わかりやすい。
二人の様子に何かあったのではと、祥子が聞きたそうにしていた。
「祥子さん。聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「まぁ、なにかしら?」
祥子は小首を傾げる。先ほどの出来事を話すのは、玲奈もちょっと恥ずかしい。
「健太郎さんはどのような人だったでしょうか?」
玲奈は祥子の興味を反らすことにした。思っていなかった質問に、祥子は目を瞬かせる。
「まあ、健太郎さんのことを?」
「はい」
「あの、俺も聞きたいです」
玲奈の質問に、仁が早口で乗っかる。朝の出来事を話したくはない。
「そういえば、玲奈さんは健太郎さんに関わることはなかったわね」
「はい。残念ながら」
昔を思い出す祥子が、上品に紅茶を一口飲む。
玲奈の祖父と父親は健太郎とは知己の中ではあったが、玲奈と健太郎は顔見知り程度の関係だった。
祥子がティーカップを置く。
「健太郎さんは、とても無口な人だったわ」
簡潔な言葉だったが、祥子の懐かしそうな切ない顔から、健太郎を愛していたのが伝わってきた。
そして、耐えるように目を伏せて、祥子はそのまま黙ってしまった。
「…………祥子さん。こちらの写真のネックレスに心当たりはありますか?」
玲奈がダイヤモンドのネックレスの写真を祥子に差し出す。今のタイミングで聞くのか。仁は写真と玲奈を交互に二度見。
顔を上げた祥子が、玲奈から写真を受け取る。
「あら、これは」
「心当たりがあるんですか?」
眼を見開きて驚く祥子に、仁が食いつく。
「このダイヤモンドのネックレス、わたくしのものだったの」
「えっ!?」
仁が驚きの声をあげる。予想外の答えに玲奈も驚く。
そんな二人の様子に気がつかず、懐かしそうに祥子はダイヤモンドのネックレスは、亡くなった母親が贈ってくれた物だと説明する。母方の家に伝わっていた家宝だった。
「それは、今どこに?」
「いえ、ずっと昔に手放したの」
祥子がダイヤモンドネックレスの写真をなぞる。
健太郎が存命の頃、会社の経営が厳しくなったことがあった。会社の資金に困っていた健太郎を助けたいと思った祥子が、ダイヤモンドネックレスを売り払った。
祥子は売り払ったダイヤモンドのネックレスのお金を、会社の資金に当てた。
「ところで、この写真は」
「健太郎さんの書斎で見つけました」
堂々と嘘をつく玲奈。
「そうだったの」
玲奈の嘘を信じた祥子は、お茶のおかわりをついでくると席を立った。
健太郎の隠し遺産と思われるダイヤモンドネックレスは、もともとは祥子の物。
「じゃあ、なんで渡してないんだ?」
「……わからない」
仁の疑問に、玲奈も謎だ。
祥子の様子から、健太郎がダイヤモンドネックレスを買い戻したことを祥子は知らない。
自分のために祥子が手放した、母親の形見であるダイヤモンドネックレスを健太郎が買い戻した。五年も前に。
「もしかして、ダイヤモンドのネックレスを野崎修親子に奪われないためだったのかな」
「その可能性はありそうだな」
何か理由があったのではないかと二人が話していると、祥子が戻ってきた。なので、二人はこの話を中断。そして、何事もなかったように、朝食を食べ終える。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
祥子が用意してくれた朝食を残さずに、仁と玲奈は完食。食器を片付ける祥子の手伝い終えたところで。
「それでは、祥子さん。私と橘は二人で話したいことがあるので、失礼します」
玲奈が仁の手を掴む。
「えっ、あ、おい!」
「あらあら」
いきなりの玲奈の行動に動揺した仁が声を上げるが、玲奈は無視。手を繋いで移動する二人を祥子は微笑ましい様子で見送る。
玲奈は手を離すことなくリビングから二階の階段を上がる。
「………あの、横山さん……放してもらえますか?」
返答なし。自分から手を放すことは出来ない仁は、ズルズルと二階の客間まで玲奈に連れられる。
客間についてから、玲奈がようやく仁の手を放す。
「今後の話をするぞ。橘」
玲奈が客間の椅子に座る。
「・・・・わかった」
自分ばかり振り回されていると、ベットに腰掛ける仁は気がつかない。
仁と繋いでいた手を軽く握りしめて、反対の手で包み込んだ玲奈の頬は僅かに赤かった。




