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怪異探偵事務所   作者: 夜乃桜
置き忘れた想い

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名前

伝えるべき情報を小鉄は伝えた。もう用はない。


「(それじゃ、オイラは帰るね)」

「ああ、ありがとう。み」

「(仁)」


小鉄の鋭い視線に、仁は口をつぐむ。玲奈は耳を塞ぎ、目を閉じる。

仁の「み」の言葉に、玲奈は反射で動いた。自分は何も聞いていません、何も見ていませんのポーズ。


「………ごめん。本当にすいません」


仁はやっちゃったと、小鉄と玲奈に謝罪。

『こちらの世界』の〈魔術師〉である玲奈の前で、『神憑き三家・北原家』の〈猫神憑き〉の名前を仁は明かそうとしていた。

名前は〈人ならぬモノ〉にとって存在の証であり、自身を縛るもの。許していない存在に〈人ならぬモノ〉はそれを許さない。

小鉄にとって北原湊は、守り愛する存在。たとえ、自分の〈愛し子〉が気にかけ、自分のお気に入りの存在であっても、仁が湊に刃を向けたら、小鉄はためらいもなく、仁を殺す。

悩む仁と考える玲奈を余所に、小鉄は背を伸ばして毛繕い。小鉄が伝えるべき情報は伝え終わった。


「……話はここまでにしましょう」


閉じた目と塞いでいた耳を開けた玲奈が、何もなかったことにしようとしている。


「橘、祥子さんが私たちを呼びに来る頃だ」


仁が腕時計で時間を確認してみれば、8時過ぎ。

朝起きた仁は、朝食の準備をしている祥子の手伝おうとしたが断られた。祥子から、玲奈は庭で鍛錬していると聞いた。

昨日の出来事について話がしたいと思った仁が向かったところで、苛立ちと殺意で木刀を振る玲奈がいた。そして、今にいたる。


「(じゃあ、オイラは帰るね)」


ひょいと小鉄が庭の木を登る。


「ありがとうな。小鉄、それと、伝えておいてくれ」

「(わかった。じゃあね~仁と〈火焔の魔女〉)」


今度は気をつけて、仁は伝言を頼む。小鉄は二又の尻尾を振って、去っていった。


「……仁」

「うん、何?」


名前を呼ばれた仁が振り返ると、玲奈がなんとも言えない、あたたかい眼をしていた。


「お前の名前は橘仁と言うのだな」

「そうだけど………うん?」


仁は思い出す。玲奈には自分の名字だけで、下の名前は伝えていなかった。それなのに、玲奈は仁のフルネームを知っている。


(小鉄、絶対わざとやりやがったな!)


楽しそうに笑う悪戯好きの〈猫神〉に、仁は怒りがこみ上げる。

最初から、小鉄は隠すことをせずに、玲奈の前であからさまに仁の名前を呼んでいた。

それに気がつかなかった己のマヌケにも情けなくなる。


「なんか、すまない」


近くの木に手を置いてうなだれる仁に、玲奈が謝罪。


「いや、横山さんが謝ることじゃないだろ。それに、俺だけ知っていて、横山さんが知らないのは、不公平だったし。あ、そうだ」


あることを思いついた仁が、玲奈と向き合う。


「横山玲奈さん。俺は『橘探偵事務所』所長、橘仁。改めて、よろしく」


名乗り上げた仁が、玲奈に手を差し出す。今更なにをと思いながらも、玲奈は目の前に差し出された仁の手を握る。


「よろしく?」

「よし、これで、対等だ」


『こちらの世界』では、名乗りは一種の儀式にもなる。それなのに『こちらの世界』のモノ、〈火焔の魔女〉の異名を持つ〈魔術師〉に、わざわざ仁は名乗った。

玲奈は耐え切れず、笑う。


「フフッ、仁、仁」

「…なんだよ」


転がすように名前を呼ぶ玲奈の声がくすぐったい。ぶっきらぼうに仁は答える。


「いや、良い名前だな。仁」

「あ、ああ。ありがとう」


優しい、柔らかな微笑を浮かべる玲奈。なんだか照れくさい。


「………横山さんも」

「ん?」


仁が玲奈と目を合わす。


「ぴったりな、綺麗な名前だな………玲奈」


名前を呼ばれた玲奈の頬が薄っすらと赤く染まる。


「……ありがとう」


玲奈は照れくさそうに、嬉しそうに笑う。

恥ずかしくなって耐えきれなくなった仁が、玲奈から視線をそらす。


「…………」


逸らした先、先ほど帰ったはずの小鉄といつの間にか集まった〈妖精〉たちがいた。


「な、な、何してんだ?!」

「(あ、オイラたちのことは気にしないで。ほら、続けて続けて)」


慌てる仁に、小鉄はニヤニヤと笑いながら、続きを促す。小鉄に便乗して、囃し立てる〈妖精〉たち。


「……お前ら!」

「(あ、仁が怒った〜逃げろ〜)」


怒りを爆発させる仁に、蜘蛛の子を散らすように、小鉄と〈妖精〉たちが逃げ散る。

その場に残るのは仁と玲奈、二人だけ。


「お、俺、先に行ってるから!」


耳まで真っ赤にした仁は、逃げるように家に向かう。

仁の言葉に態度に、玲奈は気恥ずかしくもなるが、嬉しくもなる。


「(楽しそうだね。〈火焔の魔女〉)」

「小鉄様は、彼を気にいっているのですね」


からかいの言葉をかける小鉄だが、玲奈は動じない。

小鉄は逃げた振りをして、その場で隠れていた。そのことに玲奈は気がついていたが、仁はまったく気がついていなかった。


「(だって、仁は面白いでしょ?)」

「確かに」


楽しそうな小鉄の言葉に、玲奈も笑って頷いた。



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