準備
お泊まりセットを持って戻ってきた仁を、器用に家のポストにとまる〈火焔の魔女〉の〈使い魔〉、鷹のキールがおかえりと言うように鳴く。
「あ、お帰り」
「……ただいま」
仁が帰ってきたことを、キールから知らされた玲奈が、玄関で出迎える。
〈使い魔〉になった動物は、契約者と感情や感覚などの繋がりを持つ。おまけに、契約者から〈魔力〉や〈霊力〉、〈チカラ〉などを分け与えられる影響か、通常の動物に比べて丈夫になり、知能が高くなる。中にはニ倍近く長生きをしたりする。
「二階にある客間を好きに使って構わないそうだ」
「わかった。ありがとう」
「それと、今夜のことを話したい。客間で待っていてくれ。すぐに行く」
なんかおかしく聞こえたのは、気のせいだろうか。もう何も言うまい。
仕掛けた罠の元に向かう玲奈に背を向けて、仁は二階の客間に向かう。
二階の客間は、書斎の右隣の部屋。机と椅子、ベットにクローゼットだけのシンプルの部屋。仁は荷物を床に置き、椅子に座って一息ついた。
久しぶりの泊まりの調査だ。そう仁が考えていた時、客間がノックされた。
「どうぞ」
「悪い。待たせた」
現れたのは玲奈。そんなに時間が経っていない。それなのに、律儀に謝罪する玲奈に、仁は苦笑。
「それよりも、どうしようか?」
一脚しかない椅子を玲奈に譲り、仁はベットに腰掛ける。
野崎修が仕掛けた何かが、今夜に行動を起こすとは限らない。現に昨日は何も起きなかった。
「問題ない。今夜は必ず現れるから、そこで捕まえる」
もしかしたら長丁場になるかもしれないと考える仁に、玲奈がはっきりと告げる。
仁が荷物を取りに行っている間、玲奈は祥子に野崎修が家に来ていた日を確認。そして、野崎修が家に来た日と異変が起きた日の夜を比べてみると、野崎修が来た次の日の夜は、高確率で異変が起きていた。
「なるほど。あ、でも、俺たちが滞在すること、野崎修は知っているし、俺たちがいるから、何もしない可能性もあるんじゃ」
「あの男がそこまで考えると思うか?」
否定ができない。なので、仁と玲奈は、何かの捕獲作戦を話し合う。
今夜から玲奈も滞在する事から、夜は交代で見張るかなどの話し合いに区切りがついた時に、一階から夕食の準備ができたと、祥子に呼ばれる。
食事に関して、仁は負担にならぬようにと、インスタント食品などを用意していた。お湯だけは貰えないかと確認したら、祥子が仁の食事の用意を申し出た。最初、仁は断ろうとしたが祥子は引かず、祥子に甘える気でいる玲奈の説得もあり、仁は祥子の申し出を受け入れた。そして。
「いっぱいあるから、どんどん食べてね」
『……………』
机の上からあふれそうな料理に、仁は唖然。玲奈も同じ反応。
「つい、作りすぎてしまって」
祥子は恥ずかしそうに言う。作りすぎたにしては多すぎないか。ホームパーティーの量だ。
しかし、せっかく祥子がわざわざ作ってくれた料理。
「……いただきます」
「……いただきます。祥子さん」
覚悟を決めた仁と玲奈は、箸を手に取った。
約1時間後。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまです」
「はい、お粗末様です」
礼儀正しく手を合わせて、一礼する玲奈に仁が続く。
祥子の料理は美味しかった。机の上に大量に置かれている空の皿を、祥子は嬉しそうに片付ける。それを玲奈が手伝う。
仁も手伝おうとしたが、食べ過ぎにより仁は椅子から立ち上がることができなかった。
「大丈夫か?」
心配そうに玲奈が尋ねる。玲奈も結構食べていたと思うが、平然としている。
「あ、うん大丈夫」
仁のお腹の様子が落ち着いてきた頃に、祥子から風呂が沸いたからと、玲奈、仁の順番に入らせてもらった。
「お湯加減は良かったかしら?」
「……はい、良かったです」
風呂から上がった仁は、リビングで水をもらう。
「野崎さん。わざわざ、夕食や風呂まで、ありがとうございます」
「あら、気にしないでくださいな」
礼を言う仁に、祥子は嬉しそうに笑う。その後も祥子は、仁と玲奈に必要なものはないかと聞いてきた。
「いったい、どうしたんだ?野崎さんは?」
歓迎してくれる祥子に、仁は戸惑う。それはそれでありがたいが、状況が状況だけに素直に喜べない。
「……反動かもしれないな」
祥子の様子に、玲奈は苦笑。
旦那が亡くなってから一ヶ月も経たない時に、家で異変が起きた。おまけに祥子は脚が悪く、たった一人だ。
「不安だったのだろう。だから、私たちが来て、祥子さんは安心しているんだ」
誰かがそばにいてくれる、そんな祥子の気持ちを、玲奈と仁は理解できる。
失って、当たり前の出来事がなくなってしまった。残ったのは、言葉にできない胸に穴が空いたような寂しさ。その寂しさは埋めることは難しい。だけど。
「誰かがそばでいてくれる。それだけで救いになることもあるだろう」
静かで柔らかな玲奈の笑みに、仁も頷く。
「じゃ、頑張るとしますかな」
「ああ」
祥子が落ち着いて暮らせるようにと、早く異変を解決しようと仁は決意。
祥子の身の安全は〈お守り〉だけでは不安だ。なので、夜の間は祥子の寝室には〈結界〉をはることにした。
「おやすみなさい。祥子さん」
「ええ、おやすみなさい。玲奈さん」
祥子が寝る前に、玲奈は寝室の窓の戸締りを確認して、寝室の扉を閉めた。
そして、玲奈が寝室の扉に手を置くと、〈魔方陣〉が浮かび上がり、寝室を〈結界〉で包み込む。
これで準備は整った。罠の仕込みは、万全。
「絶対に捕まえてやる」
玲奈の眼は決意に燃えていた。




