近づいて遠くなる距離
あの後、逃げるように駅に向かった仁に、玲奈は反省。
玲奈の右手にとまる〈使い魔〉の鷹、キールが心配そうに玲奈の顔を覗き込む。
「逃げられてしまったよ。キール」
玲奈は残念と微笑み、キールを優しく撫でる。気持ちよさそうにキールは鳴く。
この鷹、キールは玲奈が10歳の誕生日プレゼント。玲奈の〈使い魔〉として、父親から贈られた。
父親から贈られたキールに玲奈は喜んだ。そして、キールを立派な〈使い魔〉に育てようと決意した。キールに〈魔術〉を仕込み、訓練を欠かさなかった。そうやって、玲奈とキールは一緒にいた。キールは玲奈にとって、残された家族。
15歳の時に、玲奈は祖父と両親を奪われた。たったの一瞬で呆気なく、玲奈の平穏な日常は壊されてしまった。
祖父と両親を亡くして悲しむ玲奈に待っていたのは、玲奈が受け継いだ家の遺産を狙う邪な人間たちだった。その中には、祖父や両親が生きていた時から親しくしていた、優しいと思っていた者たちもいた。
心配してくれる、手を貸してくれる味方が、いなかったわけではなかった。それでも、肉親を失った玲奈には、ショックが大きかった。
玲奈は、先達の〈魔術師〉である父親と祖父から『魔術師協会・塔』に影響力を持つ名門の〈魔術師〉の家の後継者として、厳しく育てられた。だけど、それを理解していても、後継者としての覚悟が、玲奈にはまだ足りなかった。
そんな玲奈が正式な当主になったのは、16歳の時。その時から、玲奈は人に甘えること、頼ることをしなくなった。祖父と父親が守ってきた家を守ることを第一に、自分一人で行動しなくてはならないと思っていた。
・・・寄りかかられても、支えられないほどやわじゃない・・・
子供をなだめるように、甘やかすような仁の声。
・・・こっちは大丈夫だ・・・
事情も知らない他人なのに、仁の言葉は不思議なことに、玲奈の心に静かに響いた。
時に、玲奈は自分の選択が間違いではないか。不意に、祖父と両親を亡くした時の孤独の恐怖が、玲奈に襲い掛かる。時には意味もなく、声をあげて泣きたくなることもあった。
しかし、これは自分で選んだこと。玲奈は逃げるわけにはいかないと、自分自身に大丈夫だと言い聞かせていた。
だけど、本当は怖かった。一人は寂しかった。だから、仁の言葉に玲奈は泣きそうになった。
しかし。
「……もう、彼とは会うことはないだろう」
きゅっと唇を、玲奈は噛み締める。
自分自身と家のために、玲奈にはやらなければならないことがある。そのために、玲奈は日本にきたのだ。自分の事情に、仁を巻き込むわけにはいかない。
祥子の家で起きている異変が解決したら、玲奈と仁の関係はそれで終わり。仁と会うことはなくなるだろう。
「……仕方がないことだ」
静かに眼を伏せた玲奈に、キールは寂しげに鳴いた。
お泊りセットを取りに、仁は駅に向かっていた。
「………なんだったんだ。あれは」
先ほどの玲奈の様子に、疑問符を頭に浮かべた仁が呟いた。
仁はわからなくなった。〈使い魔〉に、尾行させた理由がまさかのなんとなく。悲しむべきだったか、怒るべきだったか。
そんな仁に追い打ちをかけるように、玲奈は妖しく綺麗な微笑。それはとても綺麗で、仁は見惚れた。ああ、ますます落ち着かない。
いっそのこと、そのまま電車に乗って家まで帰ってしまおうか。
「なんて出来るわけないか」
依頼を引き受けたのなら最後まで調査をするのが、亡き養父、橘愁一郎の決めた『橘探偵事務所』の方針。
『橘探偵事務所』を継いだ仁が、それを破る訳にはいかない。例えそれが仁の意思を無視して、引き受けさせた、名前を明かさない老人と〈火焔の魔女〉玲奈からの依頼だとしても。
「それにもう会うことはないか」
仁は前髪をかきあげる。
今回の依頼、異変が解決すれば、それで終わり。玲奈とは会うことはなくなる。
本来なら、『こちらの世界』の上位の〈魔術師〉である〈火焔の魔女〉玲奈に、〈時読みの異能持ち〉だが、半端な力量である自分とは関わることなどない。
終われば、本来の関係に戻る。
(……仕方がない)
仁は諦めに、寂しげに笑う。
互いに同じ想いを抱いているとは、玲奈と仁は知らない。




