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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第五章 しかしてそれは動く

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父親(二)

 数日後、自由都市同盟の正規軍が、最果ての街を包囲した。


「最果ての街の首長に告ぐ! すみやかに市民を退避させよ! これより攻撃を開始する! 開戦事由は、すでに通達した通り! 同盟内にて禁止されている薬物の販売! これを中止せよという我らの主張に対し、真摯な対応を怠ったこと! ていうか完全に無視しやがったこと! 以上だ! 我々は市民の生活を守るため、やむなく武力をもってこれを排除する!」

 アルトゥーロさんが怒りを込めて怒鳴りつけた。


 この街の正規軍は、大した規模ではない。

 その代わり、ベニートの私兵がいる。いるが、これもたいした数ではない。


 赤鼻が溜め息をついた。

「おい、アルトゥーロ。お前は副総統だろ? その派手なトサカはなんだ? まさか、俺たち下々の民と一緒に突っ込む気なのか?」

 アルトゥーロさんは、トサカのついた傭兵時代の兜を身に着けていた。

「ちゃんと後ろで見てるよ。一緒に突っ込んだら怒られるからな。それより、なるべく被害を出さないよう戦ってくれよ? 俺たちは文明人として、正義のため、やむなく暴力を行使するんだからな?」

「あん? ジョークでも言ってるつもりか? 戦場に人道主義を持ち込めって?」

「戦場にも最低限のルールはあるだろ」

「ああ、あるさ。本当の本当に最低限のルールがな」

 お互いに反論の攻撃力が強い。

 いまは口論している場合ではないと思うが。


 赤鼻はこちらを見た。

「おい、デカブツ。被害が出るかどうかはお前次第だ。お前が勢いよく突っ込めば、後ろの兵たちも同じ勢いで突っ込んでいく。逆なら逆だ。オルケストラのマエストロになったつもりでやれ。くれぐれも慎重に。今回の雇用主は、ガキみたいにワガママだからな」

「はい……」

 どんな策を授けてくれるのかと思えば、こちらに丸投げだった。


 赤鼻は盛大な溜め息だ。

「まったく、気が乗らねぇな。始まる前から結果が見えてやがる。家に閉じこもってるトーシロを、プロが囲んでぶっ殺すようなもんだ。駆け引きもなにもあったもんじゃねぇ。ああ、分かってる。なにも言うな。さっさと始めて、さっさと終わらせよう。よし、総員、デカブツに続け」


 俺はハルバードを手に、先頭を進んだ。

 機械装甲のアシストがあるから、ついスピードをあげたくなるが、速くなり過ぎないように一歩ずつ踏み出してゆく。


 門は閉ざされていた。

 そこへ工兵が破城槌を叩き込む。大きな丸太に車輪をつけたものだ。後ろから押して門を破壊する。門はすぐに壊れた。

 歓声があがる。

 この歓声で、仲間の勢いはあがってしまうものだ。

 俺は、しかし慎重に歩を進めた。


 石と矢がわっと降り注いでくる。

 だが、虚しく甲高い音を立てて地面へ落ちるだけだ。

 機械装甲には通用しない。


「武器を捨てて投降してください! そうすれば命までは奪いません!」

「うるせーっ! 死ねーっ!」

 威勢のいい返事が来た。

 だが、元気なのは声だけだ。

 石も矢も通じなかった俺を、高所から呆然と見つめて、仲間たちと顔を見合わせている。


 この機械装甲は、人数で押し込まれると意外と弱い。

 古典的な集団戦を得意とする部隊なら、押し返せると思う。正面から数でくれば。

 ただし、石と矢ではムリだ。


 時代に置き去りにされた、僻地の街。

 戦争の影響を受けなかったから、古い様式がいつまでも温存されてしまった。

 のみならず、汚職で組織はボロボロ。

 どれが闇ギルドで、どれが正規兵かさえ分からないありさま。


「わ、わあっ」

 一人の人間が、武器を放ってこちらへ駆け込んできた。

 俺は迎撃しない。

 仲間たちもしない。

 ただ受け入れて、後ろのほうへ逃がしてやる。


 すると徐々に逃げるものが増えてきた。

 逃げやすいものから順に。

 だが、逃げるものを後ろから射抜くものがいた。


「逃げるなバカ野郎! 恩を忘れたのか! 食ったメシのぶんは働けボケ!」

 ベニートだ。

 息子のマルコを連れて、高いところから喚き散らしている。


 作戦が始まる前に、赤鼻が教えてくれた。

 問題を起こして街にいられなくなった人間は、西へ西へと逃げるらしい。世界の果てへ行けば、あらゆる悩みから解放されるという噂があったんだとか。

 だが、その噂は人為的に作られたもの。西へ行くと闇ギルドが待ち受けていて、そこで強制労働させられることになる。


 さて、脱走者はほとんど出なくなった。

 逃げたら後ろから撃たれる。

 戦うしかない、というわけだ。


 俺は手を前に出した。

 触媒に触れて、装置を起動させる。

 コアが駆動するのが分かる。


「なんだあいつ?」

「いいから攻撃しろ!」

 敵は不審そうにこちらを見ている。


 強烈な光が生じた。

 障害物などないかのように一直線に伸びて、あらゆるものをく。


 破壊するだけの力。

 小さな太陽イル・ソーレ


 人は殺していない。

 ただ、一部の建物を破壊した。

 本当はこんな街、すべて破壊してやりたかった。


「いまのは威嚇です。ただし、次はそうしません」

 俺がそう告げると、街の人々は我先にと逃げ出した。

 後ろから矢が飛んでくる。

 射られて死ぬ人もいる。

 運のいい人間だけが、生きて街の外へ脱出した。


 奥の方にいた人々は、おそらく幹部クラスなのかもしれない。

 逃げるに逃げられなかったのだろう。

 他人を盾にして後ろにいるからこうなる。


「ま、待て! 殺さないでくれ! 私は戦う気などなかった! ただ、住民の要請に応じて行動していただけなんだ!」

 武装していないところを見ると、おそらくここの長官だろう。

 その男の頭部が、クロスボウのボルトで貫かれた。

 やったのはマルコだ。


「おい、待て。こいつは長官だ。この街のすべてを取り仕切ってる。いまそいつを殺したんだから、俺たちは無罪だよな?」

 なるほど。

 悪知恵が働くものだ。


 ふと、後ろの兵たちがどよめいた。

 なにか問題か?

 見ると、兵たちが空けた道を、派手なカブトの男が近づいてきた。

 アルトゥーロさん、なぜ前線へ?


「よかろう。諸君らの投降を認める。武器を捨てて降りてくるといい」

 許すのか?


 マルコがほっとした顔を見せたが、その頭をベニートが叩いた。

「バカ野郎、乗せられてんじゃねぇ。こいつら、俺たちを捕まえて処刑するつもりだぞ」

「は? けど、親父。だったらどうすんだよ?」

 そうだ。

 逃げ場はない。


 だが、ベニートはふてぶてしい笑みを浮かべた。

「なあ、悪いことは言わねぇ。この街は残しておけよ。ここは街ってよりは工場でな。大量の製品を作って、金に換えてきた。いわば現代の錬金術だぜ。あんたらだって金が欲しいだろ? 月ごとに10万リラ納める。おっと、こいつは賄賂じゃねぇ。10万リラもありゃ、かなりの人間を人を救えるだろ。発想を変えるんだ。いわば福祉だぜ、これはよ」


 確かに、10万リラもあったら、たくさんの人がご飯を食べられる。

 病気の人の治療もできる。

 特にここ最近は戦争ばかりだったから、手当てが必要な人はたくさんいる。


 アルトゥーロさんの答えはこうだ

「バカ野郎、マルが一個足んねぇだろ! こっちは10万リラ以上の被害が出てんだ! その程度の額で許されると思うな!」

「待て! 50! 50ならどうだ!」

「俺は100と言ったんだ」

「分かった! 100万リラ払う! それでいいだろ!」

 本当に?

 料金を釣りあげておいて、それで手を打つつもりなのか?


 アルトゥーロさんは笑みを浮かべた。

「よし。ではお前を捕まえたあとで、金庫から回収するとしよう。赤鼻、突撃の号令をかけろ」

 すると赤鼻もやってきた。

「まったく。では総員、前進せよ。だが突撃はするな。なるべく殺すな。なるべくな」

 赤鼻のほうが冷静だった。

 そして兵たちは、もっと冷静だった。

 きちんと毎月の支払いを受けている正規兵だ。略奪でボーナスを得ている傭兵とは違う。


 *


 それ以上の戦闘に発展することなく、街は降伏した。

 屋敷からは莫大な財産が見つかった。


 数日後、ベニートとマルコの裁判が行われれ、終身刑となった。つまり、死ぬまで牢獄で生きることが決まったのだ。

 財産は同盟のものとなった。それらは適切に被害者の救済に当てられるらしい。たぶん。


 *


 俺は廃墟の地下室で、母さんに顛末を説明した。

 もう、すべての問題は解決した、ということも。


(そうですか。よく頑張りましたね、マルコ)


「はい、母さん」


 だが、カタがついてしまうと……。

 今度は虚しくもあった。

 俺はいったい、なにがしたくて頑張っていたのかと。


 もちろん母さんに生きてもらうためだ。

 安心して一緒に暮らしたかった。


「俺、上に戻りますね」


(ええ)


 *


 それから食事をして、寝た。

 そんなことが続いた。

 夏になった。


 *


 ある日、峠へ来た。

 三人で。


「思えば、ここから始まったんだったな」

 フェデリコさんがそんなことを言った。


 いちど火災に見舞われたが、いまはもう回復して立派な森になっている。

 日差しが強いから、木陰も濃くなっている。

 遠くに夏空の広がっているのが見える。見渡す限りの麦畑。はるか彼方には小さくラ・ヴェルデの街。


 俺は先日来たばかりだが、フェデリコさんも、カエデさんも、おそらく十年ぶりだろう。

 遺跡がある。

 機械人形の残骸も。


 カエデさんは肩をすくめた。

「あたしはいまも、なんも分かってねーにゃ。デカい機械が暴れて、戦争があって……。結局、なんだったんにゃ?」


 なんだったんだろう?

 俺は母さんと一緒にいたかった。

 だけど世界がそれを許さなくて……。

 できることは、なんでもやってきた。

 その苦労が報われたかどうかは判断できないけど。結果だけはよかった。


「王都では、新たな王が戴冠したそうだ。前の王は追放だと。ま、それでもきっと、なにも変わるまい」

 一番偉いのは国王だと思っていたのに。

 そうではなかったのだ。


 俺は深呼吸をしてから、こう尋ねた。

「二人は、これからどうするんですか?」


 先に応じたのはフェデリコさんだった。

「王が変わったせいか、アカデミアがまた私の力を借りたいと言い出してね。断ってもよかったが……。あんな場所でも、もっとも研究に適した場ではあるのだ。私はそこで研究を続けようと思う」

「総統の仕事はどうするんですか?」

「政治には興味が持てなくてね。アルトゥーロくんに任せるよ。彼は仕事を完璧にこなしている。評議会も、彼の実力は認めているし、問題なかろう」

 おそらくそれがいいだろう。

 この人は本当に、研究にしか関心がない。

 政治だけでなく、人にも興味がないのだ。


「カエデさんは?」

「あたしはあの『別荘』の管理を続けるよ。ほかに行くところもないし、フェデリコの野郎にも頼まれちゃったしにゃ」

 この十年、ずっと住んでいた場所だ。

 思い出もいっぱい。


 カエデさんは、遠くを見ながらつぶやいた。

「ま、あたしは死ぬまであそこにいるつもり。だから、マルコもたまには遊びに来るといいにゃ」

「はい」


 俺は母さんとピチョーネと一緒に、森に戻るつもりだ。

 問題が解決したから、これからは家族で暮らすのだ。


(続く)

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