父親(二)
数日後、自由都市同盟の正規軍が、最果ての街を包囲した。
「最果ての街の首長に告ぐ! すみやかに市民を退避させよ! これより攻撃を開始する! 開戦事由は、すでに通達した通り! 同盟内にて禁止されている薬物の販売! これを中止せよという我らの主張に対し、真摯な対応を怠ったこと! ていうか完全に無視しやがったこと! 以上だ! 我々は市民の生活を守るため、やむなく武力をもってこれを排除する!」
アルトゥーロさんが怒りを込めて怒鳴りつけた。
この街の正規軍は、大した規模ではない。
その代わり、ベニートの私兵がいる。いるが、これもたいした数ではない。
赤鼻が溜め息をついた。
「おい、アルトゥーロ。お前は副総統だろ? その派手なトサカはなんだ? まさか、俺たち下々の民と一緒に突っ込む気なのか?」
アルトゥーロさんは、トサカのついた傭兵時代の兜を身に着けていた。
「ちゃんと後ろで見てるよ。一緒に突っ込んだら怒られるからな。それより、なるべく被害を出さないよう戦ってくれよ? 俺たちは文明人として、正義のため、やむなく暴力を行使するんだからな?」
「あん? ジョークでも言ってるつもりか? 戦場に人道主義を持ち込めって?」
「戦場にも最低限のルールはあるだろ」
「ああ、あるさ。本当の本当に最低限のルールがな」
お互いに反論の攻撃力が強い。
いまは口論している場合ではないと思うが。
赤鼻はこちらを見た。
「おい、デカブツ。被害が出るかどうかはお前次第だ。お前が勢いよく突っ込めば、後ろの兵たちも同じ勢いで突っ込んでいく。逆なら逆だ。オルケストラのマエストロになったつもりでやれ。くれぐれも慎重に。今回の雇用主は、ガキみたいにワガママだからな」
「はい……」
どんな策を授けてくれるのかと思えば、こちらに丸投げだった。
赤鼻は盛大な溜め息だ。
「まったく、気が乗らねぇな。始まる前から結果が見えてやがる。家に閉じこもってるトーシロを、プロが囲んでぶっ殺すようなもんだ。駆け引きもなにもあったもんじゃねぇ。ああ、分かってる。なにも言うな。さっさと始めて、さっさと終わらせよう。よし、総員、デカブツに続け」
俺はハルバードを手に、先頭を進んだ。
機械装甲のアシストがあるから、ついスピードをあげたくなるが、速くなり過ぎないように一歩ずつ踏み出してゆく。
門は閉ざされていた。
そこへ工兵が破城槌を叩き込む。大きな丸太に車輪をつけたものだ。後ろから押して門を破壊する。門はすぐに壊れた。
歓声があがる。
この歓声で、仲間の勢いはあがってしまうものだ。
俺は、しかし慎重に歩を進めた。
石と矢がわっと降り注いでくる。
だが、虚しく甲高い音を立てて地面へ落ちるだけだ。
機械装甲には通用しない。
「武器を捨てて投降してください! そうすれば命までは奪いません!」
「うるせーっ! 死ねーっ!」
威勢のいい返事が来た。
だが、元気なのは声だけだ。
石も矢も通じなかった俺を、高所から呆然と見つめて、仲間たちと顔を見合わせている。
この機械装甲は、人数で押し込まれると意外と弱い。
古典的な集団戦を得意とする部隊なら、押し返せると思う。正面から数でくれば。
ただし、石と矢ではムリだ。
時代に置き去りにされた、僻地の街。
戦争の影響を受けなかったから、古い様式がいつまでも温存されてしまった。
のみならず、汚職で組織はボロボロ。
どれが闇ギルドで、どれが正規兵かさえ分からないありさま。
「わ、わあっ」
一人の人間が、武器を放ってこちらへ駆け込んできた。
俺は迎撃しない。
仲間たちもしない。
ただ受け入れて、後ろのほうへ逃がしてやる。
すると徐々に逃げるものが増えてきた。
逃げやすいものから順に。
だが、逃げるものを後ろから射抜くものがいた。
「逃げるなバカ野郎! 恩を忘れたのか! 食ったメシのぶんは働けボケ!」
ベニートだ。
息子のマルコを連れて、高いところから喚き散らしている。
作戦が始まる前に、赤鼻が教えてくれた。
問題を起こして街にいられなくなった人間は、西へ西へと逃げるらしい。世界の果てへ行けば、あらゆる悩みから解放されるという噂があったんだとか。
だが、その噂は人為的に作られたもの。西へ行くと闇ギルドが待ち受けていて、そこで強制労働させられることになる。
さて、脱走者はほとんど出なくなった。
逃げたら後ろから撃たれる。
戦うしかない、というわけだ。
俺は手を前に出した。
触媒に触れて、装置を起動させる。
コアが駆動するのが分かる。
「なんだあいつ?」
「いいから攻撃しろ!」
敵は不審そうにこちらを見ている。
強烈な光が生じた。
障害物などないかのように一直線に伸びて、あらゆるものを灼く。
破壊するだけの力。
小さな太陽。
人は殺していない。
ただ、一部の建物を破壊した。
本当はこんな街、すべて破壊してやりたかった。
「いまのは威嚇です。ただし、次はそうしません」
俺がそう告げると、街の人々は我先にと逃げ出した。
後ろから矢が飛んでくる。
射られて死ぬ人もいる。
運のいい人間だけが、生きて街の外へ脱出した。
奥の方にいた人々は、おそらく幹部クラスなのかもしれない。
逃げるに逃げられなかったのだろう。
他人を盾にして後ろにいるからこうなる。
「ま、待て! 殺さないでくれ! 私は戦う気などなかった! ただ、住民の要請に応じて行動していただけなんだ!」
武装していないところを見ると、おそらくここの長官だろう。
その男の頭部が、クロスボウのボルトで貫かれた。
やったのはマルコだ。
「おい、待て。こいつは長官だ。この街のすべてを取り仕切ってる。いまそいつを殺したんだから、俺たちは無罪だよな?」
なるほど。
悪知恵が働くものだ。
ふと、後ろの兵たちがどよめいた。
なにか問題か?
見ると、兵たちが空けた道を、派手なカブトの男が近づいてきた。
アルトゥーロさん、なぜ前線へ?
「よかろう。諸君らの投降を認める。武器を捨てて降りてくるといい」
許すのか?
マルコがほっとした顔を見せたが、その頭をベニートが叩いた。
「バカ野郎、乗せられてんじゃねぇ。こいつら、俺たちを捕まえて処刑するつもりだぞ」
「は? けど、親父。だったらどうすんだよ?」
そうだ。
逃げ場はない。
だが、ベニートはふてぶてしい笑みを浮かべた。
「なあ、悪いことは言わねぇ。この街は残しておけよ。ここは街ってよりは工場でな。大量の製品を作って、金に換えてきた。いわば現代の錬金術だぜ。あんたらだって金が欲しいだろ? 月ごとに10万リラ納める。おっと、こいつは賄賂じゃねぇ。10万リラもありゃ、かなりの人間を人を救えるだろ。発想を変えるんだ。いわば福祉だぜ、これはよ」
確かに、10万リラもあったら、たくさんの人がご飯を食べられる。
病気の人の治療もできる。
特にここ最近は戦争ばかりだったから、手当てが必要な人はたくさんいる。
アルトゥーロさんの答えはこうだ
「バカ野郎、マルが一個足んねぇだろ! こっちは10万リラ以上の被害が出てんだ! その程度の額で許されると思うな!」
「待て! 50! 50ならどうだ!」
「俺は100と言ったんだ」
「分かった! 100万リラ払う! それでいいだろ!」
本当に?
料金を釣りあげておいて、それで手を打つつもりなのか?
アルトゥーロさんは笑みを浮かべた。
「よし。ではお前を捕まえたあとで、金庫から回収するとしよう。赤鼻、突撃の号令をかけろ」
すると赤鼻もやってきた。
「まったく。では総員、前進せよ。だが突撃はするな。なるべく殺すな。なるべくな」
赤鼻のほうが冷静だった。
そして兵たちは、もっと冷静だった。
きちんと毎月の支払いを受けている正規兵だ。略奪でボーナスを得ている傭兵とは違う。
*
それ以上の戦闘に発展することなく、街は降伏した。
屋敷からは莫大な財産が見つかった。
数日後、ベニートとマルコの裁判が行われれ、終身刑となった。つまり、死ぬまで牢獄で生きることが決まったのだ。
財産は同盟のものとなった。それらは適切に被害者の救済に当てられるらしい。たぶん。
*
俺は廃墟の地下室で、母さんに顛末を説明した。
もう、すべての問題は解決した、ということも。
(そうですか。よく頑張りましたね、マルコ)
「はい、母さん」
だが、カタがついてしまうと……。
今度は虚しくもあった。
俺はいったい、なにがしたくて頑張っていたのかと。
もちろん母さんに生きてもらうためだ。
安心して一緒に暮らしたかった。
「俺、上に戻りますね」
(ええ)
*
それから食事をして、寝た。
そんなことが続いた。
夏になった。
*
ある日、峠へ来た。
三人で。
「思えば、ここから始まったんだったな」
フェデリコさんがそんなことを言った。
いちど火災に見舞われたが、いまはもう回復して立派な森になっている。
日差しが強いから、木陰も濃くなっている。
遠くに夏空の広がっているのが見える。見渡す限りの麦畑。はるか彼方には小さくラ・ヴェルデの街。
俺は先日来たばかりだが、フェデリコさんも、カエデさんも、おそらく十年ぶりだろう。
遺跡がある。
機械人形の残骸も。
カエデさんは肩をすくめた。
「あたしはいまも、なんも分かってねーにゃ。デカい機械が暴れて、戦争があって……。結局、なんだったんにゃ?」
なんだったんだろう?
俺は母さんと一緒にいたかった。
だけど世界がそれを許さなくて……。
できることは、なんでもやってきた。
その苦労が報われたかどうかは判断できないけど。結果だけはよかった。
「王都では、新たな王が戴冠したそうだ。前の王は追放だと。ま、それでもきっと、なにも変わるまい」
一番偉いのは国王だと思っていたのに。
そうではなかったのだ。
俺は深呼吸をしてから、こう尋ねた。
「二人は、これからどうするんですか?」
先に応じたのはフェデリコさんだった。
「王が変わったせいか、アカデミアがまた私の力を借りたいと言い出してね。断ってもよかったが……。あんな場所でも、もっとも研究に適した場ではあるのだ。私はそこで研究を続けようと思う」
「総統の仕事はどうするんですか?」
「政治には興味が持てなくてね。アルトゥーロくんに任せるよ。彼は仕事を完璧にこなしている。評議会も、彼の実力は認めているし、問題なかろう」
おそらくそれがいいだろう。
この人は本当に、研究にしか関心がない。
政治だけでなく、人にも興味がないのだ。
「カエデさんは?」
「あたしはあの『別荘』の管理を続けるよ。ほかに行くところもないし、フェデリコの野郎にも頼まれちゃったしにゃ」
この十年、ずっと住んでいた場所だ。
思い出もいっぱい。
カエデさんは、遠くを見ながらつぶやいた。
「ま、あたしは死ぬまであそこにいるつもり。だから、マルコもたまには遊びに来るといいにゃ」
「はい」
俺は母さんとピチョーネと一緒に、森に戻るつもりだ。
問題が解決したから、これからは家族で暮らすのだ。
(続く)




