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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第五章 しかしてそれは動く

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父親(一)

 今度の目的地は、ラ・ネロとは逆方向。

 そこを世界の果てと呼ぶ人もいる。

 ただ森が広がっており、先にはなにもないのだとか。


 森の手前には街がある。

 街というにはかなり古びており、なにかの遺跡のようにも見えなくはないが。いまも人が住んでいるし、外部とも交流がある。

 自由都市ではない。

 封建領主のころに置かれた長官が、いまでも当時の政策を続けている。だけど領主がいなくなってしまったため、なかば自由都市として機能するほかなくなっているらしい。


 街の入口で、門番に止められた。

「止まれ! この街になんの用だ!」

 なつかしい扱いだ。

 この街では、市民には最低限度の権利しかないのだろう。


「知人に会いに来ました」

「誰だ? 言ってみろ」

 どうせ言えないだろうという物言い。

 この兵たちが個人的に横柄というわけではなく、街の方針として外部からの来訪者に厳しくしているのかもしれない。

「ベニートさんです」

「は? ベニートさん? どのベニートさんだ!」

「えっ? どのって言われても……。山賊としか……」

 俺がそう応じると、兵は血相を変えた。

「バカ野郎! なんだその物言いは! お前、死にたいのか?」

「死にたくないです……。なんですか? ダメなんですか?」

「名前は?」

「マルコです」

「そこで待ってろ。いま、お前の言う『ベニートさん』に確認をとる。ウソだったら牢に入れてやるからな」

「はい……」


 ベニートは街の重要人物なのだろうか。

 悪い予感ばかりが的中する。


「マルコ、やっぱり街の中に転移したほうがよかったんじゃ……」

 ピチョーネがそんなことを言ってくる。

「ダメですよ。トラブルのもとですから。ちゃんと入口から入らないと」

「どうしようもなく真面目よね、マルコって」


 少し待つと、若い男がやってきた。

 背は、俺より少し低いくらいだろうか。身体はがっしりしている。しかも、どこかで見かけた顔のような……。

「な、なんだお前は……」

 彼はこちらを見るなり、驚いたような顔でそんなことをつぶやいた。

「マルコですが」

「名前まで同じか?」

「誰とです?」

「俺だよ」

「奇遇ですね」


 するとピチョーネが後ろから服をひっぱってきた。

「マルコ、分かってる? 二人とも顔そっくりだよ」

「えっ?」

 似てる?

 なるほど。なら、この男は山賊の息子なのか。どこかで見たと思ったが、それは自分の顔に似ているせいだ。


 男はうんざり顔で言った。

「なるほど。分かった。親父がよそで作った子だろう。入れ。話は中で聞く」

「はい」


 *


 中の雰囲気もよくなかった。

 うつろな顔の人たちが、あちこちで座り込んでいる。食糧不足なんだろうか。それとも別の……。


 位置的に、ほとんどの戦闘には巻き込まれていないから、そういう意味で消耗しているとは思えない。

 街の周りには畑もあったし、行商人だって来ている。

 なのにこの異様な感じ。


「こっちだ」


 大通りを通って、かなり奥まで進んだ。

 街の中枢に近い。


「ついたぞ」

 男に案内されたのは、大豪邸であった。

 役所のひとつみたいだ。

 ベニートは、ここの王さまなんだろうか?


「親父、戻ったぞ。こいつが例の『マルコ』だ」


 中は広かったが、雑然としていた。各地の財宝なんだろうか、動物の毛皮、骨、剥製やら、絵画、武具、謎の石まで、所狭しと配置されていた。

 ソファには白髪の男。強そうな骨格をしているが、体型はでっぷりとしていた。いかにも引退した山賊といった風貌。これが俺の父親か。


 ベニートは人相の悪い顔を、さらにしかめた。

「なるほど。不快なほど似ているな。誰だ? どこのマルコだ? 母親の名前を言え」

「ベアトリーチェです」

 俺がそう告げると、彼はぐっと眉をひそめた。

 だが、数秒、なにかを考え込んだまま黙ったかと思うと、今度は自分の息子へ告げた。

「悪いが、席を外してくれ」

「分かった」


 マルコが部屋を出ると、ベニートは盛大な溜め息をついた。

「隣のガキはなんだ?」

「ただの助手です。気にしないでください」

「そうか。で? どうやって俺を見つけた?」

「占い師に調べてもらいました」

 俺が適当なウソで応じると、ベニートはふんと鼻を鳴らした。

「なるほど、魔女か……」

「なぜそれを?」

「ベアトリーチェが言ってたからだ。自分には魔女の知り合いがいて、そいつに俺を殺させるってな。ただのフカしだと思ってたが、どうやら事実だったみてぇだな」


 どこかの酔っ払いと違って、こいつは母親を忘れていなかったらしい。

 忘れてもらっても困るが。


「俺は殺しに来たわけじゃありません」

「なら、なんだ? 金か?」

「反省してもらいたくて来ました」

 すると男は破顔した。

「ダハハ! 反省? おいおい。なんの冗談だ?」

「冗談?」

「もう知ってるだろうから、簡潔に言うぞ。俺は殺しも盗みも山ほどやってきた。それ以上のこともな。だが、反省したことは一度もねぇ。それを、お前、いきなり押しかけてきた自分のガキに……。ククク。長いこと生きて来たが、その中でもだいぶ笑える話だぜ」


 笑える、か。


「ずいぶんいい暮らしをしていますね」

「その通りだ。今回の戦争じゃ、たんまり稼がせてもらった。お前も試したか? うちで調合した特別なハーブだ。ひとたび吸えば痛みがやわらぐ。恐怖も薄れる。兵士の脱走が減るってんでな、飛ぶように売れたぜ。またどこかで戦争でも起きねぇもんかな」


 ああ、なるほど。

 戦場で兵士が吸っていた小瓶だ。それを売りさばいていたのがこいつだったのだ。

 きっと外で座り込んでいた人々も、その中毒者なのだろう。


「山賊はもうやめたんですか?」

「当然だろ。敵を作る商売は危険をともなう。だから役人と仲良くなって、敵を作らない商売を始めたんだ。なんだかんだ言ったって、役人は正義なんて求めちゃいねぇのよ。大事なのは金。いくらか握らせときゃ、すぐにおとなしくなるぜ。お前もな、商売するならそれくらいはわきまえとけ。そしたら俺みたいにビッグになれる」

 ずいぶん気さくに答えてくれるものだ。

 俺のことを、一応は息子だと思っているのか。

 あるいは同じようなことがしょっちゅう起きていて、慣れっこになっているだけか。


「で、ベアトリーチェはどうしてる? 生きてたとして、もうババアだろ?」

「そうなる前に死にました」

「死因は? 戦争か?」

 いったいなにを知りたいんだ?

 無関心よりはいいが……。

「あなたから逃げて、魔女に助けを求めたあと、すぐに自分で命を絶ったんです」

「なんだそれ。死ぬくらいなら、俺ンとこいりゃよかったのによ。そしたらお前だって、俺の息子としていい目を見られたはずだ。ま、もう手遅れだがな」


 手遅れ。

 それはこっちのセリフだろう。


 男は急に我に返ったかのように言った。

「おい、小僧。いつまでそうして立ってるつもりだ? もう話は終わりだ。俺は反省なんかしねぇ。お前を息子とも認めねぇ。あとから来たのをいちいち認めてたら、キリがねぇからな」

「はい。分かりました。帰ります」

「ふん……」


 *


 俺たちは外へ出て、歩き出した。


「ねえ、マルコ。どうしちゃったの? このまま許すの? もっと言い返してもよかったんじゃ……」

 ピチョーネが不満そうに言ってくる。

 もっと分かりやすい解決を求めているのかもしれない。

 だが、俺の考えとは違う。

「もちろん許しませんよ。ちゃんと考えてます」

「どうするの?」

「いちど帰りましょう。そこで話します」


 *


 廃墟には、アルトゥーロさんの姿があった。


「よう、マルコ。久しぶりだな。俺が言うのもなんだが、ずいぶん顔色がよくねぇみてぇだが?」

 そうかもしれない。

 ほとんどなにもしていないのに、どっと疲れている。

「アルトゥーロさん、ひとつ相談があるのですが」

「なんだ? まさか、俺の仕事を増やすつもりか?」

「はい……」


 これ以上、アルトゥーロさんに負担をかけたくない。

 だがこの件は、彼の力を借りるのが一番だ。


「おい、そんな顔すんなよ。俺たちの仲だろ? 言えよ。ムリならムリって言うからよ」

 面倒見のいい人だ。

 貴族とは思えない。

「前に、戦場で兵士たちがハーブを吸ってましたよね? あの小瓶に入った」

「ああ、あれか。最悪だったぜ。安く手に入るからみんな使っててな。感情がなくなって、現場から逃げなくなる。薬が効いてるうちはな。だが、薬が切れると……。お前も見ただろ。忘れてた恐怖がぜんぶ戻ってきて、なんもできなくなっちまう。で、薬をやるとまた感情が消える。その繰り返しだ」


 兵士が逃げなくなるから、上は推奨していたらしい。

 いちど使い始めると、何度も使うようになるから、酒保も潤う。


 アルトゥーロさんは顔をしかめた。

「な、なんだよ。まさかお前、あれが欲しいとか言い出すんじゃないだろうな?」

「違いますよ。製造している人を見つけたので、報告しようかと思って」

「は? 見つけた? どこの闇ギルドだ?」

 闇ギルド、か……。

 闇にしてはずいぶん堂々としていたが。

「最果ての街にいる、ベニートという人です。以前は山賊だったらしいんですが、いまはその製造と販売をしているようです」

「おいおい。もし事実なら大変なことだぜ。戦争が終わって、軍を除隊した連中が、薬の禁断症状で苦しんでてな。社会復帰が難しくなってるんだ。評議会も問題視してる。もう中毒になっちまったヤツはともかく、これ以上、被害者を増やしたくねぇんだ。徹底的につぶすべきだな」


 前向きなのは嬉しい。

 だけど、俺のプランには問題がある。

「できれば法で裁いて欲しいんです。でもあいつがいる街は、まだ自由都市同盟に加入してなくて……」

 同盟の法は適用できない。


 アルトゥーロさんは平然と言い放った。

「まあ、その手はムリだな」

「ムリですか」

「でも潰せる。もうひとつの方法ならな」

「え、本当に?」

 同盟に加入させるのか?

 いまだに封建領主のやり方を続けていて、役人まで腐敗しているあの街を?


 俺の不安をよそに、アルトゥーロさんは笑みを浮かべた。

「ああ。俺にいい考えがある。お前も手伝うんだぞ」

「はい……」

 いい考え、か。

 できれば実行に移す前に、その考えの中身を知りたいのですが。


(続く)

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