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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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集会所

 白の魔女が入ってきた。


「失礼するよ、御曹司」

「皮肉はよしたまえ。ご用とは?」

 フェデリコさんが手で進めると、魔女は遠慮もせずソファに腰をおろした。


 ピチョーネは……威嚇するような顔をしていたが、暴れる様子はなかった。

 我慢することをおぼえてくれて嬉しい。


「将軍から伝言を預かっている。明日、城へ来るようにと」

「みんなで?」

「いや、あなただけだ。詳しくは聞いていないが、おそらく浄化の装置に関する話だろう。なにせ王都は、装置を扱える人間を手放すことになってしまったからね。代わりの人材が必要になったのさ」

 するとフェデリコさんは肩をすくめた。

「ふん。他の誰かでなく、私を選ぶとはな。ま、その程度の知性が備わっていたことに安堵してもいい。だがあいにく、私は忙しいのだ」

「私に言われても困る。苦情なら国王へ。私はもう騎士ですらない、一介の市民なのだから」


 今回の決闘は、国王も見守っていた。

 その結果、どうなるかも知っていたはずだ。

 手続きも早かったのだろう。


 魔女はこちらを見た。

「もう怪我は完治したようだね。なるほど、血の魔法か……。魔族すら封じた邪法だ。まさかそれを人が使うとは」

「訂正してください。これはれっきとした医療行為です。名医の私が言うのですから間違いありません」

 ソフィアさんが冷淡な目で応じた。

「これは失礼した、ソフィア博士。あなたの腕は本物だ」

「あら。言ってくだされば、いつでも治療して差し上げますわ」

「光栄だね。では、そのときはお願いしようかな」

 完璧な笑みだ。

 ソフィアさんは一人できゅんきゅんしている。顔がよければなんでもいいのか。


 ピチョーネがずずーと音を立ててカップの紅茶をすすった。

「で、なに? いつまでいるの? もう用は済んだんでしょ? 帰んないの?」

「ピチョーネ、君は相変わらず子供みたいだね。かわいいよ」

「うるさい。もう大人です」

「もちろん帰るよ。ただし、君たちと一緒にね。このあと結社へ行くんだろう? 私も同行しよう」

「なに言ってんの? あんたと一緒だなんて、絶対イヤなんだけど!」

 そうとう嫌っている。

 俺のせいか。

 白の魔女も苦い笑みだ。

「感情のコントロールは苦手かな? けど、そうやってワガママを言っていると、未来を変えるチャンスを失うことになるよ」

「それはズルい……」


 そうだ。

 俺たちは未来を変えるために戦っている。

 いや、でも……だったらなぜ浄化の装置を奪ったのだ? あのまま空間の狭間に置いておけばよかったのに。


 俺も思わず口を挟んだ。

「あなたのこと、信用していいんですか?」

「戦いを通じて、君とは心を通わせたつもりだったんだけど……」

 そうだ。

 彼女は、おそらく俺の急所も刺せた。だけど斬ったのは腕だけ。俺を殺さないよう戦っていた。

 もちろん俺もそうだ。ただ、力量を見誤った。うまいこと無傷で終わらせようとした結果、さんざんに斬られてしまった。相手の心配をしている場合ではなかった。


「ああ、分かってる。君は最初から、私の剣を飛ばすのが目的だったんだろう? 最終的にうまくいってなによりだ」

「気づいてたんですか? じゃあ、あれはわざと……」

「いや、わざとで剣が折れるわけないだろう。私は私なりに、別の方法で終わらせようとしていたんだ。私の勝利という形でね。つまり互いに制限はあったものの、本気の勝負であったことは間違いない。そうだろう?」


 そうだ。

 そして予定通り無傷のまま終わらせることができれば、アルトゥーロさんの体調を悪化させることもなかった。

 本当に申し訳ない。


「なぜ浄化の装置を奪い取ったんです?」

「言ったはずだよ。王のためさ。私は少し前まで、王から叙勲された騎士だったんだから。王のために働くのは当然のことだろう。もちろんいまは違う。いまはもう……誰に仕えることもない、一人の魔女だからね」

 じゃあ個人的な理由で装置を奪ったわけではない、ということか。

 まあ個人的な功名のためではあったかもしれないが。

 きっと本気で、騎士として王に仕えていたのだ。


 白の魔女はカップを手にもち、優雅に一口やった。

「ああ、素敵な香りだね。どこの葉だい?」

 これにフェデリコさんは、珍しくきょとんとした顔を見せた。

「葉? さあな。この手のものは使用人に任せているからな」

「興味があるのは学問だけ?」

「私はそうだ。だが、最近では、それ以外も知るべきだと感じ始めている」

「それ以外?」

 この問いに、フェデリコさんはなんとも言えない笑みを浮かべた。

「人間だよ。自分と同じ構造をしているのだから、いくらか差はあれどまあタカが知れていると思っていたのだが。知っているかね? この世界には、ピザにピクルスを載せる人間がいる」

「それは……冒涜的だな」

「かような冒涜を、なんとも思わないものがいるのだ。人間というものは……しばしば私の想像を超える」

 カエデさんの料理をまだ根に持っているのか。

 おいしかったけどなぁ。

 まあフェデリコさんにとっては味の問題ではないのかもしれない。


 *


 翌朝、玄関ホール――。


「じゃあ、俺たちは集会所に向かいますね」

「ふむ。気をつけてな。なにかあったら遠隔映像テレ・ビジオネで連絡する」

 フェデリコさんは城へ行くことになっていたので、二手に分かれて魔女のもとへ向かうことにした。体調の回復していないアルトゥーロさんと、なぜかソフィアさんまで残ることになったが。

 機械装甲も置いていく。


 白の魔女は、フッと笑みを浮かべた。

「行こう、マルコくん。私たちの第二の故郷へご案内するよ」

「あなたが仕切らないで」

 ピチョーネは渋い顔だ。

 この二人、昨日からずっとケンカしている。


 *


 鬱蒼とした森だった。

 ただ、木々が……うねうねとよく分からない方向へ伸びている。姿は見えないが、いろんな鳥たちがピョロロやらホーホーやら好きに鳴いている。いかにも魔女が住んでいそうな森だ。


「周囲に大きな結界が張られているから、本来なら転移魔法でも簡単には入れないんだ。入ることができるのは、魔女たちが認めた相手だけだね」

 白の魔女はそう教えてくれた。

 もう騎士ではなくなったが、スマートないでたちだ。しわひとつない真っ白なズボンとシャツ、そしてジャケット。どこかの貴族と言われたら信じてしまうだろう。


 緑のローブのピチョーネは、ずっとふてくされている。

「白の魔女、なんか魔女っぽくない」

「この格好が気になるかい? けど、魔女も変わっていくものさ。先代の緑の魔女みたいにね」

「先生ってそうだったの?」

「だって王家のプリンセスだよ? なにひとつ魔女らしくなかった。喋り方も、姿勢も、思想も、なにもかも。まるで絵本から出てきたみたいだった。ああ、どんなに取り繕ったところで、本物にはかなわないなって思ったんだ」

「ふーん」

 きっと昔の話だ。

 人間の常識では考えられないほどの。


 いちおう道らしきものはあった。

 だが、しばらく進むと木々にさえぎられてしまった。


 ピチョーネは慌てた様子もなく魔法を使い、その木々を左右によけさせた。

 魔女特有のドアみたいなものか?


 広場があった。

 ローブを着た老女が、焚火を囲んで談笑している。だが、俺たちの姿を見て会話をやめた。


「おや……。人間のオスじゃないか。いったいなんの材料に使うんだい?」

 老女の一人がそう尋ねると、仲間の老女たちは一斉にヒヒヒと笑い出した。

 彼女らなりのジョークだと信じたい。


「彼はピチョーネの息子だよ。ああ、先代のね」

 ピチョーネ?


 老女は苦い笑みになった。

「あの小娘、子供をこさえたのかい? 人間の? お姫さまはやることが違うね」


 歓迎されていないのかもしれない。

「マルコと言います。母さんの……息子です……」

 そうとしか言えなかった。

 自己紹介は苦手だ。


 魔女はなんだか分からない干物を食いちぎった。

「ふん。ご丁寧だね。虹の魔女は奥にいるよ。早く行きな。死んじまう前にね」

 またヒヒヒと笑いが起きた。

 この人たちは、ジョークがキツ過ぎる。


 *


 どこも似たようなボロ小屋ばかりだったが、虹の魔女の家はすぐに分かった。

 なんというか……分かりやすく虹色に塗られていた。虹というか、めちゃくちゃな色で塗られていた。いたずらされたわけではなく、そういうデザインなんだろう。たぶん。


「白の魔女です。マルコを連れてきました」

「入りな」

 しわがれた声が返ってきた。


 軋むドアを開くと、そこに部屋はひとつしかなかった。

 部屋の隅にベッドが置かれており、鷲鼻の痩せた老女が横たわっている。この人が虹の魔女だろうか。オオガラスの姿で助言をくれた人だ。


 ピチョーネが駆け寄った。

「大先生!」

「ああ、ピチョーネかい。こっちへおいで」

「お体は大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないさ、ずっとね。でもまだ生きてる。困ったもんさ」

「そんなこと言わないでよ!」

 ピチョーネはそのままベッドにしがみついてしまった。


 元気な人だと想像していたけど、どうやらそうでもないようだ。


「マルコです。その……」

「知ってるよ。ピチョーネの子だね。ああ、ピチョーネってのは……あんたの母親の昔の名前さ」

「えっ……」


 そうだったのか。

 だから母さんは、ピチョーネにその名前を与えたのか……。家族を失った孤独な少女に……。


「あの、虹の魔女……。俺は計算機を……」

「そうだね。殺してきな。森の奥にある」

「でも……」


 命を奪わなくては解決しないのか?

 もっと別の手段はないのだろうか?


 虹の魔女は溜め息をついた。

「まだ分からないのかい? 時間がないんだ。私も長くない。躊躇をすれば、自分を追い詰めることになるよ」

「この領域が安全ならば、母さんをここに置いておけば……」

 俺がそう言いかけると、魔女はうんざりしたように目を細めた。

「マルコや……。確かに普通はそうかもしれないね。けど、その程度じゃ未来を変更できないからこそ、楔は楔なんだ。今度のはそれくらい強固な流れなんだよ。未来は簡単には変わらない。意味が分からなくても、やるしかないんだ」

「はい……」


 *


 その後のことは、思い出したくない。

 計算機の上には、メンテナンス用の扉があった。そこから中に入ると……たくさんの脳が、よく分からない線でつながれていた。


 納得はしていない。

 因果関係も分からない。

 ただ、壊さないと未来が変わらないと言われたから壊した。

 母さんを救うために。


 彼らは一斉に話しかけてきた。

 脳をひとつ壊すたび、声もひとつ減った。

 最初は、殺してくれという声と、殺さないでくれという声が、半々くらいだった気がする。だけど処理が進むうち、殺さないでという声が大きくなってきた。

 手が震えた。

 俺は虐殺者だ。

 一人の人間を救うために、もっと多くの人間を殺している。

 己のエゴを通すために……。


 *


「ダメだよ、マルコ。未来が変わってない……」


 俺が小屋へ戻ると、未来を観測していたらしいピチョーネが哀しげな顔で崩れ落ちた。

 どういうことだ?


「虹の魔女、俺たちを騙したんですか?」

「そうだとしたら?」

「怒ります」

 それしかできない。

 それになんの意味もないとしても。


 虹の魔女は力なく笑った。

「まったく。あんた、本当にあの女の息子なんだね。言っておくけど、騙しちゃいないよ。さっきも言った通り、今度の流れはかなり強いんだ。楔を壊しても、簡単には変わらない。だが、変わる可能性は得た。あとは未来を観測しながら、いろいろやってみるんだね。なにをどうすればどう変わるのかは、誰にも分からないけどね。本来、未来なんてのは、誰の手にも負えない領域なんだから」


 ここから始まるということか。

 未来を変えるための戦いが。


 老女は深く溜め息をついた。

「ピチョーネや、もうひとつ未来の話をしようかね」

「やだ」

 ピチョーネが必死になってベッドにすがりついた。


 なんだ?

 まさかとは思うが……。


「次の……」

「やだ」

「虹の……」

「やだ」

「うるさいね! 少しは喋らせたらどうだい!」

「やだやだやだ!」

 完全に駄々っ子になってしまっている。

 すると次の瞬間、ピチョーネの姿がカエルに変えられてしまった。


「まったく、余計な力を使わせるんじゃないよ」

「ケロケロ!」

 猛抗議しているようだが、もうなにも分からない。


「ピチョーネや、あんたが虹の魔女になるんだよ。私はじきに死ぬからね。泣くこたないよ。もう千年近く生きてるんだ。まったく、長かったね。こんなババアになってまでガキの世話に追われて……。やっとだよ。こっちはね、周りのババアからも、死ね死ね言われてるんだ。そう考えたらちょっと腹が立ってきたね……」

 魔女のジョークは、本当にキツい。

 だけど、そんなに簡単に言わないで欲しいという気持ちもある。

 カエルになったピチョーネも黙り込んでしまった。


「先生、死なないで」

 白の魔女も、目に涙をためている。

「なんだい? あんたもカエルにされたいのかい? まったく。あんたもワガママばっかりで、ホントに手のかかるガキだったね」

「ごめんなさい……」

「あとなんか今にも死ぬみたいな雰囲気だけど、そんなこたないからね。変な空気にしないでおくれ」

「でも……」

「申し訳ないと思うなら、ピチョーネに伝えといておくれ。助けなかったことは謝るから、あんたも私を……。いや、魔女らしく呪い続けてもいいけどね。でもこっちにも事情があったんだ」

 だが、白の魔女はかぶりを振った。

「私が行くと怒るから、マルコくんに伝えさせます」

「どっちでもいいんだよ。とにかく伝えといておくれ。はぁ。なんだか不安だねぇ……」


 なぜ手助けしてくれるのか、ずっと不思議に思っていた。

 虹の魔女は己の死期を悟って、母さんに罪滅ぼしをしたかったのだ。魔女は「埋め合わせ」なんて言っていたけど。ずっと気にかけていたのだろう。


 俺はうなずいた。

「必ず母さんに伝えます」

「いい子だ。未来を、望む姿に変えられるといいね」

「はい」


 俺は生まれてから、ずっと魔女に救われてばっかりだ。

 もしかすると善人ではないのかもしれない。

 だけど、俺にとっては違う。

 恩人だ。


「ちょっと疲れたね。ひと眠りするから、一人にしておくれ」

「はい」

 俺は部屋を出ようとした。

 だが、白の魔女も、ピチョーネも、動こうとしなかった。


 *


 俺は一人で小屋を出た。

 広場では、金髪の少女が待ち受けていた。


「ババアは死んだのかい?」

「まだ生きてますよ」

「ふん」

 黒の魔女だ。

 この子も……口では悪く言ってくるが、きっと虹の魔女を手伝っていたのだろう。


「いままであなたのこと誤解してました。ごめんなさい」

 俺がそう告げると、彼女は幼い顔立ちに似合わず、かなり渋い表情を見せた。

「な、なんだい急に。私は魔女だよ? 礼を言われるようなことはしてないよ。このダメ人間め。馬糞まみれにしてやろうかしらね」

「それはやめてください」

「そうね。この広場を馬糞まみれになんてしたら、他の魔女に八つ裂きにされるわね。ここのババア、みんな好戦的だから……」


 母さんはこんなひどい環境にいたのか。

 それでよくあれだけ上品なままいられたものだ。

 さすがは母さん。


 すると黒の魔女は、なんとも言えない顔で溜め息をついた。

「けど、困ったね。緑の魔女が虹の魔女になるなら、次の緑の魔女はどうなるんだい? まさか、またあの女? 私は絶対にイヤだよ。あいつが引退してせいせいしてたのに」

「けど、それじゃあ誰を……?」

「それを探す仕事が始まるんだよ。まったく。余計な仕事を増やさないで欲しいわね。あのババアさえ死ななけりゃいいのにさ」

 生きていて欲しいのだ。きっと。

「ここに魔女がいっぱいいますけど、その人じゃダメなんですか?」

「適性ってのがあるんだよ。人間のあんたには分からないだろうけどね」

「はぁ」

 なにも分からない。

 誰でもよさそうな気がする。


 黒の魔女は切り株に腰をおろした。

「あんたも座りな」

「はい」

 なんだろう。

 長い話でもするつもりだろうか。


 だが、黒の魔女は空を見上げたまま、なにも言わなかった。


 秋空が広がっている。

 広場の周囲には黒々とした森。

 こうして見渡せる範囲が、魔女たちの集会所なのだ。結社のすべて。こんな小さな場所に、魔法の知識が凝縮されている。


 白の魔女が出てくると、黒の魔女はいぶかるように目を細めた。

「死んだ?」

「いや。眠っただけ」

「ガキは?」

「しばらく一緒にいたいって」

「ふん。もうババアなんだから、老い先短いのは分かってるだろうに。なにを感傷的になってるんだか」

「そうだね……」

 空疎な会話だった。


 風が穏やかに吹いている。

 まるでここだけ時間がゆっくり進んでいるような。


(続く)

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