女王の帰還
白の魔女と別れ、俺とピチョーネの二人でラ・ヴェルデへ戻った。
無人だった。
荒らされた様子はなかったが……。
「ん。たぶん、場所は特定できたと思う」
ピチョーネの魔法で、母さんの魔力を探り当ててもらった。
俺一人じゃ絶対にムリだった。
「行こう」
「二人で?」
「そうだけど……」
なにか問題が?
機械装甲は置いてきてしまったが……。
俺は生身でも戦える。
ピチョーネは盛大な溜め息だ。
「いいよ。行こう。戦いになるとは限らないしね」
「いえ、たぶん殺すと思いますよ」
「なんでそうなるの……」
悪い人間は殺す。
それがたとえ神の眷属だろうと、悪いヤツは殺さないといけない。
もちろん本気で言っているわけではないが。母さんを連れ去ったヤツを許すつもりはない。
*
場所はラ・ヴェルデの街だった。
正規軍が黒の領域に攻め込んでいる間に、神の眷属に占拠されてしまったらしい。こんなボロボロの街を手に入れてどうするつもりか知らないけれど。
しかもどこに隠し持っていたのか、無数の機械人形が城壁の周囲を警備していた。まだこんなに残っていたなんて。
白い前掛けの男性が、たった一人で近づいてきた。
「お止まりください。現在、ラ・ヴェルデの街は立入禁止となっております」
「母さんを返してください」
「なんの話です?」
とぼけるつもりか?
中に直接入ることもできたのに、わざわざ正門から来たというのに。
「母の首を持って行きましたよね? 連れ返しに来たんです」
「ああ。ご家族の方でしたか。でしたら中へどうぞ。面会の許可は出ております」
「……」
普通に通過できてしまった。
*
空っぽの街。
通行人はおろか警備兵さえいない。
俺たちを自由に歩かせて平気なのだろうか?
ピチョーネが「こっち」と先導してくれるが、そうしなくても場所は分かっている。どうせ街の中央区の城塞にいるのだろう。すべての機能はそこに集中している。
かつて弁士ががなり立てていた広場も無人。
酒場にも人の気配はない。
タマゴのパンを買った屋台さえ……。
あんなに活気があって、わくわくする場所だったのに。
いまでは石が積まれただけのつまらない空間だ。
城塞につくと、さすがに人がいた。白い前掛けをした神の眷属。
「連絡は受けております。中へどうぞ。お母上は謁見の間にいらっしゃいます」
「はい」
*
内部はひんやりと涼しかった。
案内板が付けられていたので、どう移動すればいいかはすぐに分かった。新品だったから、きっと神の眷属がつけたのだろう。
戦闘も覚悟していた。
なのだが、俺たちを待ち受けていたのは、予想とはまったく異なる光景だった。
玉座に、頭部のない像が置かれていた。
母さんの頭部が据えられていたのは、その像の上。こうしていると、体を失う前の母さんみたいだ。
その左右には、神の眷属だけでなく、魔族も並んでいた。尻尾で分かる。
「マルコ、なぜ来たのです?」
「えっ?」
「母は無事です。心配しないで家に帰りなさい」
なぜそんなことを言う?
約束を破るのか?
俺が王都に行ったのは、母さんが生きることを約束してくれたからなのに。
「母さんを連れて帰ります」
「おやめなさい」
「なぜです? せめて理由を教えてください! なんなんですかこれは!」
つい声が大きくなってしまった。
母さんはうんざりしたような表情。
「控えなさい、マルコ。私は女王になったのですよ」
「はい?」
「かつて、ここは私の一族が支配していた領域でした。そしてこの街は、私が育った場所でもあります。その領地を私が取り戻してなにが悪いのですか?」
真面目な顔でそんなことを言う。
だけど、いい加減、俺も理解してきた。
「もうその手のウソには騙されませんよ。最近の母さんはウソばっかりだ。約束も破るし。おかしいですよ」
「……」
「本当のことを教えてください。じゃないと暴れます」
ざわめきが起きた。
俺が暴れてもタカが知れているかもしれないが、ピチョーネも一緒に暴れたらみんな死ぬことになる。まあピチョーネを頼るのも情けない話だが。でも、もし一人で乗り込んだとしても、きっと同じことをしただろう。
母さんは溜め息だ。
「マルコ、いいから話を合わせなさい。面倒なことになりますから」
「どうせみんな気づいてますよ。茶番はいいから言ってください」
「本当に頑固ですね……。騒いだり暴れたりせず聞けますか?」
「聞けます」
母さんは、それでも渋々といった態度だ。
「分かりました。言います。外の機械人形を見ましたか?」
「見ました」
「私が協力しないと、あれで各所を攻撃すると言われたのです。ですが、私が協力するなら……つまり魔族の女王としてラ・ヴェルデを統治するなら、あの機械を私の指揮下に置いていいというのです」
意味が分からない。
いや、分かるけど。
神の眷属は、機械人形で各所と戦うだけの能力を有している。ところが、それよりも魔族による支配を望んでいるという。理由はおそらく、文書にそうすべしと書かれているから。
偏執的なまでの原理主義だ。
しかも数百年後には、逆のことをする予定でいる。
「いや、でも……母さんはそれでいいんですか?」
「いいもなにも、選択肢がありません。それに、よく分からない人物が支配するくらいなら、私が支配するほうがまだ安全だと思いまして」
「ここに住むんですか?」
「そうなります」
「俺は?」
「残念ですが……」
ダメだ。
俺は母さんと一緒に住むんだ。
絶対に譲れない。
「断ると言ったら?」
「この街に人が住むことは許されません。法に違反することになるので、牢に入ってもらうことになります」
「そんなルール、守るつもりはありません」
「おやめなさい、マルコ。いたずらに血を流すのではありません。それでは私が即位した意味がなくなります」
即位だなんて……。
本当に女王になってしまったのか?
ピチョーネが首をかしげた。
「私は住めるの?」
「住めますよ」
「そうなんだ」
そうなんだ?
なに自分だけ住もうとしている?
許されるわけがないだろう、そんなこと。
母さんは咳払いをした。
「とにかく、追って使者を派遣しますから、今日はお帰りなさい。ついでに牢にいるカエデさんも連れていきなさいね。くれぐれも怒ったり短気を起こしたりしないように」
「はい……」
なんなんだこれは。
分かりやすい敵がいるなら戦闘でカタがつくのに。
どうしたらいいんだ。
*
カエデさんを連れて廃墟に戻った。
「やー、助かったにゃ。ま、自力でも脱出できたけど。そんなことしたら女王陛下のツラに泥を塗ることになるからにゃあ」
やけにおとなしいと思ったらそういうことか。
久々の自宅なのに、ちっとも落ち着けない。
俺は水を飲み干して、盛大な溜め息をついた。
「これからどうすれば……」
「メシ作ってやるから、それ食ってから考えればいいにゃ」
「ありがとうございます」
カエデさんの料理は楽しみだ。
フェデリコさんの屋敷で出された料理もおいしかったけど……。おいしいだけで、いまいちパンチが足りなかった。ジャンクな感じというのか。塩分が控えめだったせいか。
カエデさんの料理は、その辺が強い。食材の乏しさを、調味料で補っているだけかもしれないけれど。
まあいい。
面倒なことは、フェデリコさんが帰ってきてから考えよう。
帰ってきてから……。
うん。
まさか、帰ってこないなんてことはないはず。
*
だが、帰ってこなかった。
白の魔女と一緒に帰還したのは、アルトゥーロさんとソフィアさんだけ。
「なんなのよ! 王都の連中! 市民権がない人間は、長期の滞在が許されないですって! こっちは医者よ? 数々の命を救ってきた名医よ? 追い出してなんの得になるって言うのよ!」
帰ってくるなりソフィアさんの演説が始まった。
「それに、アカデミアのあの態度! 正規の学位がない人間をプロジェクトに参加させることはできない、だって! なんなの? 学位ならあるわよ! 探せばどこかにあるはずよ!」
ないのだ。
探しても見つからない。
アルトゥーロさんは苦い笑みだ。
「俺は市民権あるけどな。ま、それより、ほかに話し合うべきことがあるよな」
その通り。
母さんの件をどうにかしなくちゃいけない。
「マルコくん、君の機械装甲も運んでおいたよ」
白の魔女の言う通り、庭には装甲一式が置かれていた。
あれを使えば戦力は一気にハネ上がる。
ピチョーネは、白の魔女に歩み寄った。
「配達、ご苦労さま。用が済んだらもう帰っていいよ?」
「帰らないよ。君たちに手を貸すよう、虹の魔女に言われているからね」
「ぐっ……」
虹の魔女の言葉には弱い。
*
夕飯はピザだった。それも、ピクルスの。
「な、なるほど。これが人の業……」
白の魔女は面食らっていた。
「なんだにゃ? イヤなら食わなくていいにゃ」
「にゃ……?」
「あたしの言葉も気にするにゃ。それがここでのルールにゃ」
「おっと。私の不見識をお詫びするよ、セニョリータ」
「せにょ……」
固まってしまった。
カエデさんを黙らせるとは、なかなかやる。
*
日常が戻ってきた気がした。
だが、それだけだ。
肝心の問題――母さんをどうするかについては、一切進展がなかった。
戦うにしても、機械人形が多すぎる。
自前の軍隊でも持っていなければ戦えない。持っていたとして五分五分。以前の戦争みたいに膠着するのがせいぜいだろう。
ラ・ヴェルデの正規軍は、まだ悠長に黒の領域に攻め込んでいるのだろうか?
いや、さすがに兵を引いたかもしれない。
遠からず戦争になる。
うんざりだ。
*
「なあ、マルコ。フェデリコの野郎、浄化の装置を動かすつもりでいるぞ」
食事のあと、アルトゥーロさんは酒を飲みながらそんなことを言った。
「やっぱりですか……」
「あいつ、目の前の機械を動かすことしか頭にねぇんだ。自分たちがなんのために乗り込んでったのか忘れてやがる」
「少し残念ですね。真意は分かりませんけど」
「ま、あいつに善悪を求めるだけムダだ。俺たちは、俺たちにできることをしようぜ」
「はい」
とはいえ、どこから手を付けたものか。
アルトゥーロさんは、酒が入っているのに妙に冷静だった。
「まずは状況を整理するところからだ。カエデさんの情報じゃ、自由都市の同盟は徐々に広がっているらしい。で、自発的に解放を進めてる。俺たちがやるはずだった仕事は、もうなくなったってこったな」
「はい」
自由都市を解放して、影響力を高める計画だった。
ところが、俺たちの力は必要なくなったのだ。
それはそれでいいことだけど。
「だが、俺たちの仕事はムダじゃなかったはずだ。最初に助けたところは、俺たちの計画に手を貸すことになってる。あいつらが恩を忘れてなけりゃな」
「その計画は……」
「浄化を止めるためだったな。神が俺たちの味方じゃないってことを、みんなに知らせる必要があった。大筋はいまも変わってない。今回、領主の居城を乗っ取ったのは神の眷属だ。それさえ証明できれば、真の敵は魔族じゃないってことをみんなに伝えることができる。ま、それを伝えるのが難しいから困ってるわけだが」
そうだ。
敵は神の陣営だ、なんて言ったところで、誰も信じない。
だから影響力を高めたかった。
アルトゥーロさんはなんとも言えない顔だ。
「だが、早くしないと、また人類と魔族の戦いって構図にされちまう。女王が即位したことで、森に帰ってた魔族の一部がやる気になってるみたいだからな。これじゃあ神の眷属の思う壺だ」
卑劣なやり方だ。
自分たちでは戦わず、他の種族をけしかけるのだから。
「俺たちはどっちにつけば……」
「現状、どちらにもつけないな。ジェラルドにつけば、お前の母親が死ぬ。かといって魔族についたら……いたずらに戦争を長引かせることになる。勝ち目もないしな」
「えっ?」
勝ち目がない?
魔族は、正規軍に勝てないということか?
「ジェラルドの指揮下には赤鼻がいる。あいつは兵を動かすのがうまいんだ。機械人形みたいな動きの遅いのをやり過ごして、精鋭だけで街になだれ込んでくる可能性がある」
「街の中に兵隊はいませんでした」
「きっと人材不足なんだろうな。機械人形で外を固めときゃなんとかなると思ってやがる。そんなの、赤鼻には通じねぇってのに」
赤鼻の強さは俺も体験した。
もっと詳しいアルトゥーロさんがそう言うんだから、間違いないだろう。
「じゃあ、母さんは……」
あの不幸な結末は、絶対に避けられないということなのか?
未来を変えるために手を汚してきたのに。
「なんとかして、お前の母親だけ救う必要があるな」
「なんとか?」
「ああ、なんとかだ……」
真剣な顔をしているが、アルトゥーロさんはなにも思いついていないようだ。
もっと分かっていない俺よりはマシだけど。
白の魔女がやってきて、いきなり自分のカップに酒を注いだ。
「少しもらうよ」
「なんだよ。あんたも飲むのか?」
「アルトゥーロ・レコンキスタ、君は自分が何者かを忘れていないか?」
「は? その名前で呼ぶなよ……」
アルトゥーロさんはごく渋い表情になってしまった。
白の魔女は、それでも容赦しない。
「将軍にお願いしたらどうだろう? あなたの話なら聞くんじゃないかな?」
「ああ、そいつは俺も考えてた。だが……」
「気が進まない?」
「そうだ。マルコの母親を救うよりも、俺は自分のメンツを気にしてる。マルコ、恨んでくれていいぜ。俺はそういうヤツだ」
俺はかぶりを振った。
「いいんです。アルトゥーロさんにも譲れないものはあるでしょうし」
本当はよくない。
メンツなんか捨てて欲しい。
だけど、俺が母さんに抱く感情と、アルトゥーロさんがレコンキスタ家に抱く感情は、たぶん似ているんだと思う。俺の感情だけを強要するわけにはいかない。
ふと、どこかで作業していたカエデさんが戻ってきた。
「おめーら、金あるかにゃ?」
「はい?」
お金?
そんなもの、あるわけがない。
少なくとも俺にはない。
カエデさんは、それでも構わず近づいてきた。
「ニンジャ、雇う気ねーかにゃ?」
「ニンジャ? あの変な服の?」
「変って言うにゃ。あんな服、いつも着てるわけじゃねーからにゃ! いやまぁ……着るときもあるけど。とにかく、雇う気があるなら話は早ぇにゃ。戦いには使えないけど、戦いのドサクサに紛れて母ちゃん救い出すくらいはできると思う」
ホントに?
そんなウソみたいなことが可能なのか?
でも、お金なんてどこにも……。
(続く)




