騎士道
決闘の日程が決まった。
街はまたしてもお祭り騒ぎだ。
国王と将軍も観覧に来た。
ただし、前回と違うのは――。
「マルコくん、正々堂々勝負しようじゃないか」
対戦相手が、代理人のヤスミーンさんではなく、白の魔女だったということだ。
「なぜ、あなたが……?」
「簡単だよ。私みずから戦いたくなったんだ」
「ヤスミーンさんは?」
「契約を解除した」
すべての対策が水の泡だ。
「魔法は使いませんよね?」
「もちろんだとも。決闘で魔法なんか使ったら、それこそ騎士の名折れだよ。私は女で、それも魔族だ。それだけでも風当たりが強いというのに。人間のルールに従わなければ、騎士ではいられない」
では、純粋に剣で勝負ということか。
よほど自信があるのだろう。
どこから出てきたのか、また外野で弁士が喚き出した。
「この組み合わせを誰が予想した!? 戦場に差す一条の光! 美貌の騎士アデリーナが、直々の登場だァ! お聞きください、この喝采! 本日はご婦人方の声援もひときわ大きい! そよ風とまで謳われた極上の剣捌きは、あのデカブツを何秒で葬り去るのか! 注目です!」
どう考えても騎士を応援している。
「さあ、対するは……。おっと、大丈夫なのか? もしかして、震えているんじゃないか? その筋肉はお飾りか? 前回は彼のレディーファーストが功を奏し、相手の女性を傷つけずに終わりました。心優しき田舎の筋肉男。マルコだぁー!」
うるさい。
本当にうるさい。
この人にも決闘を申し込んでもいいんだろうか?
ちょっと真剣に考えておこう。
立会人はマルゲリータさん。
「はぁ。要点は前も言ったわね? 私から言えるのはひとつだけよ。とっとと終わらせて。以上」
相変わらず冷淡な態度。
マルゲリータさんが場を離れると、白の魔女はすっと剣を抜いた。刀身があまりに細い。刺突用の剣だろうか? だが、こんなに細くては、ハルバードを受け止めきれないのでは?
俺が不思議がっていると、魔女はフッと笑った。
「サーベルを見るのは初めてかな? 私はか弱いからね。あまり重たい武器は向かないんだ。これで失礼するよ」
「はぁ」
彼女は半身になって片手で武器を持ち、もう片方の手は腰に当てている。
なんのポーズだろう?
おちょくっているのか?
「はじめ!」
マルゲリータさんが開始の号令をすると、観客の声も一段大きくなった。
さあ、どう戦う?
敵はふざけたポーズに見える。
だが、踏み込めない。
なんだ?
異様な感じがする。
リーチでは勝っている。武器の重量でも勝っている。勝てないのはスピードだけ。
これらを踏まえた上で作戦を立てる。
リーチの差があるから、敵は攻撃時に必ず踏み込んでくる必要がある。こちらは要塞のようにドンと構えていればいい。武器と武器がかち合えば、必ずこちらが有利になる。
白の魔女は、歩くように旋回を始めた。側面へ回り込んでくるつもりだ。
俺はハルバードの先端を魔女へ向け続ける。
かと思うと、魔女はふっと逆方向へステップした。俺も追う。
また睨み合い。
互いに攻撃はない。
こちらから隙を見せて誘い込むべきだろうか。
少し武器を伸ばせば、武器同士が接触できる。巻き込んで飛ばしてもいい。そのための技は身につけている。
敵の切っ先は、わずかにゆらゆら動いている。
俺は軽く突きを打った。
本気の突きじゃない。フェイントだ。
魔女は武器を使わず、バックステップで避けた。
武器で捌いてくれたらチャンスもあったのだが。
あんなに細い武器だ。ハルバードで思い切り叩いたらもたない。
魔女はわずかに右側面へシフトし、突きを仕掛けてきた。当たるはずもない距離なのだが、俺はつい反応し、ハルバードを合わせようとしてしまった。だが、空を切った。彼女が少し手首を返しただけで、剣は大きく周回したのだ。
その円の動きに見とれているうちに、魔女が距離を詰めていた。
微笑していた。
刃で、すっと腕をなでられた。
彼女が距離をとると、なでられた右腕に激痛が走った。のみならず、びゅるっと出血。深くはない。だが、浅くもない。ハルバードをつかめないほどの痛み。
「ぐっ……」
「鋭い刃を扱うときはね、力を入れる必要はないんだ。そっとなでるだけで、人の体は切れてしまう。どうだい? その腕はもう使い物にならないだろう? 降参をオススメするよ」
観客が大喜びしている。
俺には怒声だ。「お前に賭けてんだからな!」なんて。勝手な話だ。
魔女は肩をすくめた。
「どうかな? 降参しないのかい? 困ったな、君のお母上に嫌われてしまう」
「ふぅーっ……ふぅーっ……」
なんとか片腕でハルバードを構えて、呼吸を繰り返すことしかできない。
片手で持つには、この武器は重すぎる。
もう負けたも同然だ。
「ふむ。ずいぶん重たそうだね。構えているのもやっとじゃないのか? そんな不格好な構え方じゃ、私の斬撃は避けられないよ。それとも、体で教えてあげないと分からないかな?」
「うるさい……ですよ……」
そう言い返すのがやっとだった。
信じられないくらい腕が痛い。傷口がずっとビリビリと痛みを訴えかけている。痛いのはもう分かっているのに。しつこい。
魔女はやれやれとばかりに歩き出した。
今度は俺の左側へ。
俺は腰だめに構えたハルバードを、なんとか魔女へ向け続ける。スピードが出ないとかいう話じゃない。それまでは腕だけで対処できていた方向転換が、いまは全身を使わないとできない。
魔女はからかうように、俺のハルバードを叩いてくる。
「ほらほら、どうしたんだい? もっと早く動かないと、もう一方の腕も斬られてしまうよ」
「ぐっ……ふぅ……」
右腕の痛みがうるさい。
この大事なときに、なぜ痛みを訴えてくるのか。
「もしかして、時間を稼ごうとしているのかな? 前回みたいに雨が降ると? それは感心しないな。これは私と君、二人だけの戦いなんだから」
人は、ちょっと腕を斬られたくらいでも戦えなくなる。
それは俺も知っていた。
知っていたはずなのに、回避できなかった。
ヤスミーンさんの剣閃よりも速かった。そのスピードは、俺の予想をはるかに超えていた。
俺は腰を使い、ぶんと横なぎに攻めた。
魔女は無視。
当たりそうで当たらない位置にいる。
観客の一部は「殺せ!」とヒートアップしている。
ご婦人たちは戦々恐々と見守っている。
「マルコくん、残念ながら雨は降らないよ。虹の魔女は、ピチョーネくんを止めるのに必死だからね。このまま続いたら、どんな結末を迎えるだろう? 君が降参してくれたら簡単だ。誰も死なずに済む。だけど、もし降参しなかったら? あとは私の判断次第だね」
いい。
雨なんて待ってない。
俺が待っているのは、もっと別のものだ。
白の魔女は、片眉をぴくりと動かした。
「時間をかけることになんのメリットがある? 出血が続けば、不利になるのは君のほうだよ?」
その通りかもしれない。
ただし、この話には条件がある。
出血が永遠に続くならば、だ。
俺はまた腰に乗せたハルバードを横に振った。
魔女は白けたような表情で回避。
「私は魔女だよ。人の命を奪うことに躊躇はない。けど、これは決闘なんだ。大事なのはあくまで名誉であって、命を奪うことじゃない。観客も口では殺せなんて言ってるけど、きっと本気じゃない。君は、あのご婦人たちに惨劇を見せても構わないのか?」
「そうはなりません……。続けてください……」
返事をするのも苦しい。
魔女は笑みを消した。
「なるほど。分かった。君の勇気を称え、こちらも本気でお相手しよう」
本気で来てくれなければ困る。
魔女は俺の左側面へ、さっと回り込んで来た。
俺は最速で対応……したつもりだが、片手での操作だとどうしてもワンテンポ遅れてしまう。全身の筋肉でハルバードを旋回させる。間に合うといいが。
だが、フェイントだった。魔女はすぐに右側面へ方向転換したのだ。
全力で振ったハルバードは、遠心力でさらに重たくなっていた。それでも、やるしかない。魔女はみるみる接近してくる。サーベルが徐々に伸びてくるのも分かる。一瞬の出来事なのに、まるで時間がゆっくり流れているかのように。
また、刃が腕をなでた。
右側面から深く踏み込んで、左の上腕を斬りつけてきたのだ。
俺はハルバードを取り落としそうになりながら、よたよた後退した。落とさずに済んだ。だが、隙だらけだ。
魔女は、それでも追撃してこなかった。
この期に及んで手加減したのか?
いや、違う。
彼女は、あのスピードを出すために、攻撃の瞬間に身を引いている。ムチを打つように。引いたときに最速になるように。だから攻撃をしたら、必ず引くように動いているのだ。一撃離脱。追撃には適さないスタイルだ。
「なるほど。それでも武器を落とさないとはね。君の体の強靭さには驚かされるよ」
「ぐっ……ふぅ……」
返事をしている余裕はない。
呼吸だ。
呼吸を整えるんだ。
また踏み込んで来た。
俺はハルバードで応戦。だが、全力ではやらない。フェイントかもしれない。いや、フェイントじゃないのか。力の入れどころが分からない。ただ必死になってハルバードを動かして、なんとかサーベルにぶつけた。
また距離が開いた。
向こうは無傷。
こちらはまともに武器も持てないありさま。
もし相手がヤスミーンさんだったら、もっと武器は重かったし遅かった。攻撃にハルバードを合わせて対処することも可能だっただろう。だが、魔女の扱うサーベルは比較にならないほど軽やかだった。なるほど「そよ風」だ。重たいハルバードでは合わせられない。
俺は作戦を間違えた。
マンマミーヤさんにも言われていたのに。リーチ差があるのだから、防御のことばかり考えないで、自分から攻めろと。こっちが先手をとったら、軽い武器を使っている相手はガードさえできない。
だから、守勢に回った時点で、俺は負けていたのだ。
アマかった。
魔女は余裕の足取りで側面へ回り込んでくる。
普通に考えたら、勝敗は決したようなものだ。あとはどうトドメを刺すか。それだけだろう。
ふっと魔女が方向転換した。
またもぐりこんでくるつもりだ。
次はどこを攻撃する気か知らない。だが、俺は引かない。時間をかけたおかげで、血が固まって右手の出血を一時的に弱めていた。俺は両手でハルバードをつかみ、思い切りサーベルに叩きつけた。
パキョンと聞きなれない音がした。
魔女は即座にバックステップ。
距離が開いた。
観客が喚きまくっている。
魔女のサーベルは、根元から折れていた。
「……」
彼女はつめたい目をしていた。
「どうします? まだやりますか?」
「君の母親の名は?」
魔女はそんなことを言い出した。
なぜいま聞く?
俺よりよく知っているはずなのに。
「名前? 知りませんよ。母さんは母さんです。街ではイザベラって名乗ってたみたいですけど」
「そうか。では私は名前もついていない女に負けたのか」
どういう意味だ?
彼女は折れたサーベルを鞘に納めると、頭を低くし、膝を曲げた。
お辞儀?
「おめでとう。君の勝利だ」
*
その後は大変だった。
騎士身分さえ失うこととなった白の魔女は、勝手に金を賭けていた観客たちからあらん限りの罵声を浴びせられた。「しょせん魔族は」だけでなく「しょせん女は」などと心無い言葉を投げかけられた。魔女は反論しなかった。ただすました表情で、颯爽と場をあとにした。
「おい、なんで戦ったマルコより、俺のほうが苦しまなきゃなんねーんだよ……」
フェデリコさんの屋敷では、血を提供してくれたアルトゥーロさんがぐったりと横たわっていた。
ソフィアさんはしかめっ面だ。
「なに? 苦情? この名医が、最適と思われる処置をしたのよ? 素人は黙ってなさい」
いつの間にか名医を自称している。
俺はさすがに申し訳なくなった。
「ごめんなさい、アルトゥーロさん。この恩は必ずお返しします」
「帰ったら酒おごれよ! 樽で飲ませろ! 絶対だからな!」
「はい」
樽でも足りないだろう。
本当に、俺はアルトゥーロさんのお世話になり過ぎている。
フェデリコさんは冷静だ。
「だが、無事に終わってよかった。謎の老婆がピチョーネくんを抑えてくれなかったら、いまごろ王都も壊滅しているところだった」
「でも次あいつに会ったら殺すから」
ピチョーネは平然とそんなことを言う。
ともあれ勝利したのだ。
目的は果たせた。少なくとも一部は。
使用人がドアをノックした。
「失礼いたします。坊ちゃま、お客人がいらしております」
「どなたかな?」
「それが……本日の決闘相手でもあるアデリーナさまが、ぜひともお目通り願いたいと……」
白の魔女?
いったい、なんの用で……。
(続く)




