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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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親切なカラス

 決闘の日程はなかなか決まらなかった。

 ちょっとした祭りになっていたから、王都としても戦争のガス抜きになると考えたのだろう。興奮を引っ張れるだけ引っ張って、いい感じのところで開催するつもりのようだ。

 こっちは本気で世界を浄化から守ろうとしているのに。


 ある夜――。


「マルコや。あんたには謎かけや皮肉がいっさい通じないようだから、できるだけ分かりやすいように言うよ」


 フェデリコさんに用意してもらった寝室で寝ていると、ワタリガラスがとまっているのに気づいた。

 開け放たれた窓からこちらを見ている。いや、見ていないのか。小さな円形の目は、どこを見ているのか分からない。


 それはそれとして……いったいなんの用だ?

 母さんの未来は変わっていないが、浄化で滅ぼされるという未来は変わったはず。たぶん。少なくとも浄化の力は、神の眷属の手から、白の魔女へ渡った。


「前提から話しておこうかね。お察しの通り、私の正体は虹の魔女さ。あんたの母親からは相当嫌われてる。理由かい? この世界を、人類と魔族が交互に支配していることは知ってるね? いまは人類が支配しているが、それ以前は魔族だった。当時、私たちの結社に、神の眷属がやってきてね。休戦協定を結びたいと言ってきたんだ。私は応じたよ。魔女は契約が大好きだからね」


 やはり魔女と天界の間には、協定があったのだ。


「例の『剪定』が始まったのはその直後さ。つまり神の眷属が、機械人形で人類を支援して、魔族を攻撃し始めたんだ。たくさんの魔族が死んだよ。結社が手を貸していれば、状況は違ったかもしれないけどね。当時、ラ・ヴェルデを治めていた王族も滅ぼされた。生き延びたのはあんたの母親だけさ。一族の最後は悲惨だったね。八つ裂きにされた上、いつまでもさらし者にされて。人間ってのは魔女より残酷だよ」


 そう。

 母さんは王家の娘だった。

 人間との戦いで滅ぼされた。

 なぜいまその話を……。


「あんたの母親は、結社が動かなかったことをひどく恨んでいてね。無謀にも一人で乗り込んできたのさ。殺してやってもよかったが……。ひとまずカエルの姿に変えてやったんだ。ところが、カエルになってもずっと抗議してきてね。さすがに気の毒になったよ。そこで、あの女に教育を施すことにした。才能だけはあったからね。問題は、魔女にしてはいささか正義感が強すぎたことだが……。ま、いまじゃ息子の金で酒を飲むようになって。少しは成長したようでなによりさ」


 お金のことはどうでもいい。

 俺の稼ぎで母さんが喜んでくれるなら、好きなだけ使って欲しい。


「ともあれ、あの女は、私の言うことなんて聞きやしないよ。だからこうしてあんたに話しかけてる。本当は、魔女は人助けなんてしないんだけどね。助けるにしたって、遠回しな予言や、謎かけを出す程度さ。ところがあんたは……ホントになんにも通じないんだから困ったよ」


 えっ?

 俺のせい?

 一般常識が欠如しているから?

 でもそれは……俺だってどうにかしようとずっと頑張ってる。急に言われても困る。


「いいかい? 本当にバカみたいだから一回しか言わないよ。私はね、あんたらを助けようとしてるんだ。決闘の時に雨を降らせたのも私だよ。死なれたら困るからね。まったく。魔女が人助けだなんて、恥ずかしいったらないよ。だからとっとと終わらせておくれ」


 なぜか怒られている。

 そんなに怒るなら、俺ではなくピチョーネに頼めばいいのでは?


「ピチョーネかい? あの子はダメさ。やり過ぎる。あんた一人を助けるために、都市ひとつ壊滅させるのは割に合わないだろ。だからあんたに頼むしかないんだ。あんたの言うことなら、あの子も聞くからね」


 確かに。

 ピチョーネには力がある。

 その力を使うことに躊躇もない。いや、最近ではいちおう俺の顔色を見て躊躇してくれているようだが。放っておいたらエスカレートする。


「さて、もうひとつ種明かしだ。私たちが計算機を盗み出したことになってるだろ? それは事実だけどね。なぜそうしたか分かるかい? そうでもしなけりゃ、白の魔女がどっちも持っていくところだったからさ。いわば私たちは、あの女の計画を阻止したんだよ。半分だけね」


 そして残りの半分を俺たちにやらせようと?


「誤解するんじゃないよ。残りの半分がどうなろうと、結社にとってはどうでもいいことさ。それに、あんたは誰の指示を受けてそこにいるんだい? 母親だろう? 私のことを嫌っているあの女だ」


 どういうことだ?

 虹の魔女の言うことを聞かない母さんが、俺たちにその手伝いを?

 なぜ?

 話がつながらない……。


「浄化の装置なんてただの口実。本当の目的は、あんたらをラ・ヴェルデから遠ざけることさ。以前も言った通り、神の眷属は滅んでない。地上にいた連中はまだ残ってるんだ。もう『剪定』をする力も残っちゃいないがね。連中は、いまラ・ヴェルデに集まってる」


 えっ?


「安心しな。誰も死んじゃいないよ。いまはまだね。ただ、あんたの母親は捕まった。カエデっていう女もね。あんたの母親は、またしても自分を犠牲にしてあんたを逃がしたってわけだ」


 捕まった?

 母さんになにをするつもりだ?

 こんなことをしてる場合じゃ……。


「待ちな。焦るんじゃないよ。天界の残党は、いまでも魔族と手を組んで、人類を追い落とそうとしてる。文書ラ・コーディチェの記録に従ってね。だから魔族と仲良くしたいはずさ。もしあんたの母親を殺したら、肝心の魔族とも対立しちまう。だから心配することはない」


 神の眷属は、本拠地を失い、浄化の装置まで失ったのに、まだ剪定とやらをあきらめていないのか……。

 そんなに文書が大事なのか?


「連中はね、もうほとんど機械みたいなもんなのさ。過去の記録から自由になれない。何度も同じことを繰り返すだけのお人形。もとは天界に暮らす神々の世話係だったらしいがね。神々が去ったあともあの調子さ。まともな判断力を持たないから、計算機を作ってまでそいつに判断させてたんだ。哀れな連中だよ」


 過去に縛られている。

 一連の行為を、復讐ではなく、使命として遂行しているのだ。

 説得が意味をなさないわけだ。


「いいかい? 私としては、白の魔女なんてどうでもいい。俗世の縄張り争いなんて興味もない。けど、とにかくあんたはここへ来るんだ。魔女の集会所へね」


 どうでもいいと言われても、いちおう決闘の契約が。


「ああ、契約かい。それはそうだ。契約は大事さ。だから決闘だけ済ませて、とっととこっちへ来な。今からでも、計算機を破壊したら未来を変えられるかもしれないんだから」


 母さんを救いたいなら、絶対に必要なことだ。

 もっと悲惨な未来が待ち受けているとしても。

 しかし……。

 魔女が計算機を確保しているというのなら、魔女たちが破壊してくれればいいのでは?


「なんだい? 私たちにやれって言うのかい? 図々しい人間だね。こっちには計算機を壊す動機がないんだよ。このデカブツを天界から移動させるのだって一苦労だったんだからね。これ以上、魔女にタダ働きさせるんじゃないよ。やりたいなら、あんたがやりな。やらないならやらないでいいよ。この計算機は、私たちで有効に活用させてもらうからね」


 ごめんなさい。


「ったく。言っておくけどね……私はホントに人助けなんてしたかないんだよ。ただまあ……流れでね……」


 母さんのこと?


「ふん。たいして賢くないくせに、直感だけは鋭いね。そうさ。これはあんたの母親に対する埋め合わせだよ。結社が天界と契約しなければ、あの女の家族を一人くらいは救えたかもしれないからね。もちろん、それ以外の魔族もさ。俗世がどうなろうと、私たちの知ったことじゃあないが……。でも気分はよくないよ。魔女にだって感情はあるんだから」


 母さんにもピチョーネにも感情はある。

 他の魔女たちも。


「とにかく、集会所に来るんだよ。ピチョーネに言えば全部やってくれるよ。母親のことは後回しにしな。でなきゃ未来は変えられないからね」


 おそらくその通りなのだ。

 感情に流されて順番を間違えてはいけない。


 *


 涼しい空気の中、まばゆい陽光が差し込んでいた。

 外からは小鳥たちの声。

 いつの間にか朝が来ていたらしい。


「おはよ、マルコ」

「ん……?」

 なぜかピチョーネが俺の部屋に来ていた。こちらの顔を覗き込んでいる。


「いつからいたの?」

「少し前から」

「起こしてくれればよかったのに」

「なんで? 起こしたら可哀相でしょ」

 優しいのかなんなのか。

 長い髪をちゃんと結んでいるから、だいぶ早起きだったようだ。


 俺は上体を起こし、顔をこすった。

「もしかして、なにが起きたか分かってます?」

「うん。集会所に行きたいんでしょ? 私はいつでもいいよ」

「そう。なら、そのときは頼みます」

「任せて! でもその前に決闘だよね? 私、応援してるから。あの女を思いっきりぶっ飛ばしてよね」

 なぜそんなことを……。


 ああ、でも。

 俺が初めてピチョーネと会ったとき、彼女を追い回していたのはヤスミーンさんだった。100リラ払う代わりに見逃してもらったのだった。偶然に偶然が重ならなければ、いまごろピチョーネは処刑されていたかもしれない。


 *


 稽古のため城へ向かうと、途中、市民たちが声をかけてくれた。

 だいたいは「ようデカブツ!」やら「今度は頑張れよ!」やら。応援してくれているのだとは思うけど。でもたぶん、体の大きなやられ役としか見られていないと思う。実際、ヤスミーンさんの技に手も足も出なかった。


 彼女の剣は速い。そして軽い。

 武器同士が衝突すればこちらが勝つが。武器をすり抜けられたら、そのスピードをかわすのは容易ではない。

 マンマミーヤさんはその対策も教えてくれたけど……。教えられてすぐにできるようなものでもない。何度も繰り返し訓練して、体に覚えさせなくては。


 *


 練兵場には先客がいた。

 スラリとしたシルエットの、美貌の剣士――。白の魔女だ。マンマミーヤさんは知らん顔。


「おや、マルコくん。我らが石の城にどんなご用かな?」

「マンマミーヤさんのご指導を受けに」

 この人は、敵ではあるが、いちおうは騎士だ。平民の俺が張り合うと、不敬罪で処罰されかねない。


 魔女は肩をすくめた。

「なるほど、マエストロから手ほどきを受けていたのか。少しは上達したのかな?」

「そう信じてます」

「お手合わせをお願いしても?」

「えっ?」

 どういうつもりだ?

 俺と戦う?

 なんのために?


 マンマミーヤさんが眉をひそめた。

「やめんか、二人とも。騎士どのは、おおかたマルコの手筋を見て、ヤスミーンに入れ知恵するつもりじゃろ。関心せんぞ」

「おや、さすがはマエストロ。バレていたなら仕方がない」

「マンマミーヤ」


 俺の腕の上達具合を偵察に来たと?

 もしかして、焦っている?


「見学くらいはしてもいいかな?」

「ダメじゃな。ヤスミーンもそんなことは望まんじゃろ。あいつはクソがつくほど真面目じゃからな。おぬしはいますぐ帰って本でも読んで騎士道ってのを勉強し直したほうがいいじゃろ」

「失敬な」

「マンマミーヤ」

 急に会話が通じなくなるから怖い。


 白の魔女も言うだけムダと思ったのか、肩をすくめて行ってしまった。


 マンマミーヤさんは溜め息だ。

「ま、偵察なぞするまでもなく、おぬしの技はヤスミーンには通じんじゃろうがな」

「えっ?」

「それくらい技術の差があるということじゃ。その上、技術を身に着けると、相手に読まれやすくもなる。定番の行動ってのがあるからの。逆に素人のほうが読めん。無軌道で意味の分からん行動をとる。じゃからおぬしは、以前より弱くなっとる可能性もある」

「えぇっ……」

「じゃが安心せい。最終的に、以前よりマシには仕上げてやるわい。わしはプロじゃからの」

「はい……」


 なんだか急に自信がなくなってきた。

 よく考えたら、同じ師匠から学んでいるのだから、先に学んでいるほうが技術を身につけているのだ。

 自分の至らなさを教え込まされただけなのでは……?

 いや、自分が至らないことさえ、俺は意識していなかった。数々の戦場を生き延びてきたのだから、そこそこやれるだろうと思い込んでいた。その勘違いに気づけただけでもよかった。


 集団戦と個人戦は、似ている部分もあるが、そうでない部分もある。

 集団戦では、自陣の勢いが重要になってくる。全体が押しているときは、自分も押す。全体が引いているときは、自分も引く。孤立するのが一番危ない。目の前の敵に固執していると、置き去りにされる。

 ところが個人戦では、そういうのがサッパリ存在しない。自陣には自分しかいない。敵陣にも一人しかいない。目の前の敵に固執していい。いや、しなければならない。


 まずはその違いに慣れなくては。


「先生、今日もよろしくお願いします」

「マンマミーヤ」

 この会話の通じない感じ。

 そうだ。

 こういった言葉の通じない相手とぶつかることもあるだろう。そのたび動じていてはダメなのだ。

 相手の動作に合わせて、自分の動作を選択する。最適なものを。ミスなく。一瞬で。それだけでいい。


(続く)

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