伝説の剣術家
決闘の日程は、役所から追って通達があるという。
それまでは自由行動だ。
数日後、とある人物が屋敷に乗り込んできた。
「セニョール! 出てきなさい! マエストロ! フェデリコ!」
玄関ホールで、声を張り上げている女がいる。
顔を見なくても分かった。
マルゲリータさんだ。
「騒々しいぞ。いったいなんの用だ?」
書類整理をしていたフェデリコさんは、露骨に不快そうな顔で出迎えた。
「用? そんなの簡単よ! 立会人をやめたいの!」
「そんなに大きな声を出さずとも聞こえる」
「嫌味はやめて頂戴。認めるってことでいいのね?」
「認めてもいいが……。代わりに私が請け負った君の仕事はどうなる? もう解決して、結果まで提供してしまったのだが。返済されるのかな?」
「それは……」
立会人を引き受ける代わりに、フェデリコさんに仕事をさせていたのか。
これではやめるにやめられないだろう。
「で、でも二回もやるなんて聞いてない!」
「当初の契約にはこうあったはずだ。問題が解決するまでは立会人を引き受ける、と。私のメモにもそうある。君にも複写を渡してあるな?」
「それは……そうだけど……。待って! だいたい、あなたは左遷されたはずでしょ? なんで王都にいるのよ?」
痛いところをついてくる。
フェデリコさんは、それでも余裕の表情だ。
「事実だけお伝えしよう。まず、私は現地での仕事をすべて問題なくこなしている。そしてもう一点。王都への出入を禁止されているわけではない。なにか問題があるかな? さらにもう一点、君が私の上司ではないということも考慮して回答してくれたまえ」
「あの……だから……それは……」
「ご用が済んだのならお引き取り願おう、セニョリータ」
「最悪よ! もう二度と来ないわ!」
怒りながら出て行ってしまった。
これにはソフィアさんもご立腹だ。
「なにあの女! 先生に対してあの態度! 許せないんだけど!」
自分だって似たようなものだと思うが……。
まだ体力の回復していないアルトゥーロさんも、さすがに渋い表情だ。
「フェデリコ、次はあいつと決闘したらどうだ? 静かな生活が手に入るぜ」
「いいアイデアだな。だが、彼女は彼女で貴重な人材だ。機械人形に関しては、私の次に詳しい。死なれたら研究が遅滞する」
そんな凄い人には見えなかったが。
まあフェデリコさんが言うならそうなんだろう。
「ところでアルトゥーロくん。君は家には帰らないのか? せっかく王都に来たのに」
「何度も言わせるな。家なんかねぇよ」
「いまのうち将軍との仲を深めておくのも悪くないと思うが」
「うるせぇ、うるせぇ。俺なんかが将軍サマに会えるわけないだろ。親戚ったって、どんだけいると思ってんだ。格が違うんだよ、格が」
あれだけ大きな家だと、たくさんの分家があって、お互いほとんど他人みたいなものなのかもしれない。
一族の中でも格差があるのだ。
俺とピチョーネは、玄関のチェスで遊んでいた。
もちろんルールは分からない。
だから適当に動かしてふざけているだけだ。
「ほら見て、マルコ。こいつはドラゴンよ。このドラゴンは特別に強いから、一列全部倒すわ」
「それはズルいよ……」
「だったらマルコもなんか作りなさいよ」
「うーん……」
いったい俺はなにをしているんだろう?
戦闘の稽古をしなければいけないのに。
*
しばらくすると、また来客があった。
朝とは違い、使用人たちが大慌てで準備を始めた。
「坊ちゃま! 将軍がおいでです!」
「む?」
将軍?
いったいどこの……?
いや、それは一人しかいない。
重厚な木製のドアが開くと、ひときわ大きな男が現れた。
軍服だ。たくさんの勲章をぶらさげている。
「突然の訪問失礼する。少し、お話がしたくてな」
「これはこれは閣下。わざわざお越しいただかずとも、お呼びいただければ参上いたしましたものを」
フェデリコさんはいちおう礼儀正しく対応しているが、表情はさめきっていた。
「失礼しても?」
「どうぞ中へ」
*
なぜか俺たちまで談話室に通された。
「見覚えのある顔もあれば、ない顔もあるな」
将軍は笑っているが、仲間たちの表情はそれぞれだ。
「して、閣下。いったいどのようなご用で?」
「言ったではないか。世間話をしに来たのだと」
「はぁ……」
おそらくフェデリコさんに用があるのではない。
そのことはもう分かった。
「マルコ、久々だな。先日の戦い、見事だったぞ。旋風のヤスミーンを相手に、あそこまでやるとはな」
「ありがとうございます。以前もらったハルバードも、まだ大事に使っています」
「そうか。それはなによりだ」
この時点までは笑顔だった。
というより、顔面の筋肉で笑顔を作っていただけかもしれない。
将軍は表情を消して、こう続けた。
「で、そこの男……。自己紹介してもらっても構わないか?」
「はい、閣下。かつて傭兵をしておりましたアルトゥーロであります」
背筋をびしっと伸ばして立っているが、やはり表情は冴えない。
「もっと長い名前があるだろう?」
「家は捨てました」
「だが、家はお前を捨てていない」
「ご冗談でしょう?」
「冗談ではないのだ、アルトゥーロ・レコンキスタ。そのふざけた態度をやめろ」
とっくにバレていたらしい。
「はぁ。しかしいったいどんなご用です? まさか、家に戻れと?」
「そこまでは言わん。だが先々代は、お前のことを心配しておったぞ」
「では、生きていますとお伝えください」
「それは自分で言え。いまは墓に眠っている」
「お悔やみを」
アルトゥーロさんは、あくまで他人行儀のままやり過ごすつもりなのか……。
「お前の頑固さにも困ったものだな。こちらとしては、お前になにかを強制するつもりはない。ただ、そうコソコソせず、堂々と家に帰ればいいのだ」
「父母も兄弟もみな死にました。もうあの家には誰も住んでおりません」
「それでも家は家だろう」
「はい。しかし、お断りいたします」
「ったく」
将軍は、それ以上は追及しなかった。
「いいだろう。話を変えよう。じつは先日の決闘だが……。観測所が、魔法の使用を観測していてな」
おっと。
こっちが本題か。
フェデリコさんも少しは乗り気になったらしく「ほう」と眉を動かした。
「なにか問題が?」
「ごまかすことはない。そこの娘は魔族だろう? それも、かなりの魔力を秘めている。慌てずともよい。王都にも魔族はいる。白の騎士が魔女ということも分かっている。まさか現代に魔女がいるなど、驚きはしたがな」
そうか。
普通はそういう感覚なのかもしれない。
俺は魔女に育てられたから、分からなかったけれど。
将軍は紅茶をすすった。
「王都は、協力的であるならば、魔族であろうと受け入れる。好悪の情で才能を見捨てるのはもったいないからな。ゆえに、この都市に住む魔族は少なくない。観測しきれないほどな。だが、その中でも、ひときわ強い輝きがあると報告された。ひとつは白の騎士。もうひとつはそこの娘。そしてもうひとつ、謎の人物。正体はいまだに分かっておらん。決闘を雨で妨害したのも、おそらくその人物であろう」
「調査せよと?」
「いや、調査は研究機関に一任した。お前たちには、無暗に争わないよう忠告しに来たのだ。この歴史ある美しい街並みを、魔法で破壊されてはかなわんからな」
「もちろんです」
それは分かっている。
白の魔女も気持ちは同じだろう。
将軍は紅茶を置いた。手が大きいから、カップが小さく見える。
「ところでマルコ、決闘ではかなり苦戦していたようだな」
「実戦なら二回は死んでました」
「悪くない感想だ。そう。お前は死んでいた。きちんと認めることができるなら、見所があるぞ。もし希望するなら、剣術家を一人紹介してやってもいい」
「え、ホントですか?」
「きっといまのお前にはうってつけの相手だろう」
*
俺は将軍と二人、石の城へ来た。
いままでは見よう見まねで戦ってきたから、ちゃんとした先生から指導を受けるのは初めてだ。
広い敷地に練習用のカカシが並んでいる。今日は休日なのか、訓練している兵の姿はない。小柄な老人が一人、座して瞑想していた。
「おお、いたいた。マエストロ、少し頼みたいことがあってな」
「マンマミーヤ?」
白い髭を生やした印象的な老人。
というか、忘れもしない。どこからどう見てもあのマンマミーヤさんだ。
俺は思わず首をかしげた。
「え、マンマミーヤさん、死んだはずじゃ?」
「マンマミーヤ! 怖いことを言うんじゃない。死んでおったらここにはおらんじゃろ」
それはそうだけど……。
将軍は「知り合いか?」と困惑している。
「ふむ。以前どこかで見たデカブツじゃな。先日の決闘も戦いも見ておったが、よわよわじゃったのぅ! フハハ!」
もっと優しく言って欲しい。
将軍はうなずいている。
「マエストロ、この若者に手ほどきしてやってくれ。才能はあるが、それだけだからな。マルコ、ここへはいつでも来ていいぞ。部下にも伝えておく」
「ありがとうございます!」
将軍は満足そうに去っていった。
なんて器の大きな人なんだ。
一方、マンマミーヤさんは、ぼうっと虚空を見つめていた。
怖い。
「あのー、でも、ヤスミーンさん言ってましたよ。師匠を斬って技を身につけたって」
「マンマミーヤ? ふぅむ、そうじゃったの。あの女、わしがもう終わりじゃって言ってるのに、何度も挑みかかってきおっての。もうムリと思ったときに斬られたのじゃ。見てみぃ、この傷を。かなり痛かったぞ。世が世なら訴訟レベルじゃ」
「はぁ」
シワのせいで傷跡がよく見えない。
たいしたダメージではなかったのだろう。
「とにかく、マンマミーヤじゃ。おぬしの武器は……斧か? え、ハルバード? なんでもいいわい。ヤスミーンの対処法を教えるから、言われた通りにせい」
「はい!」
「バカもの! 返事はマンマミーヤじゃ!」
「マンマミーヤ」
なんなのだこれは……。
*
マンマミーヤさんとヤスミーンさんは、長いこと一緒にいたらしい。
マンマミーヤさんは剣術を教える。
ヤスミーンさんは冒険者として稼いで謝礼を支払う。
そういう関係だったようだ。
最終的に、いちばん稼げる王都へ来たのだとか。
ともあれ、マンマミーヤさんは強かった。
ひとつも攻撃が通じない。
気がつくと、手からハルバードを飛ばされている。武器で武器を攻撃するということをする。まあそういう戦法があることは知っていたが……。ただぶつけるのではなく、技術を使ってやるのだ。上から、下から、横から、あらゆるバリエーションで。巻き込むようにして武器を飛ばす。
この技は、あきらかにリーチの長いほうが有利だった。
「こんなの、初歩の初歩じゃぞ」
「マンマミーヤ……」
この返事だけは、頭がどうにかなりそうだけど。
「その武器は、剣より強いぞ。じゃから、もっと自信をもって、張り切ってやるんじゃ。戦場においてはリーチこそ正義。剣より槍のほうが強いの。剣が有利なのは、狭いとこだけじゃな」
「そ、そうですか……。でも、だったらマンマミーヤさんはなぜ剣を……?」
「は? カッコいいからじゃが? なんか文句あるんか? おん?」
「いえ……」
なにも言い返せなかった。
だが、リーチの差を使っても、俺はこの人に勝てない。技術の差は想像以上なのだろう。
「けど、いいんでしょうか? ヤスミーンさんに勝つための技を教えてもらって……」
「なにをいまさら。わしの仕事は、よわよわ兵士をつよつよ兵士に変えることじゃ。仕事でやっとるんじゃから、そこに私情は挟まんわい。ほれ、稽古を続けるぞ。その武器は、剣より有利じゃということを忘れるな」
「マンマミーヤ!」
今回の稽古では、自分がいかに感覚だけで戦っていたかを思い知らされた。
構え、重心の取り方、足の運び――。
ちょっとしたコツで、動作はずいぶんスムーズになった。
そして大事なのは心構え。精神論という意味ではない。敵はフェイントを仕掛けてくる。騙されるのは仕方がない。問題は、騙されたあとだ。動揺してはいけない。「こんなはずじゃなかった」は心の重心の乱れにつながる。騙されたら、それを即座に認めて、次の展開に入ること。
剣を使っているヤスミーンさんには、絶対にスピードでは勝てない。
大事なのは、衝突した瞬間。
ただ防げばいいというものではない。防御を、攻撃に変えるのだ。武器同士を強くぶつけること。すると重いほうが勝つ。ダメージを目的とした技ではない。相手のスタミナを奪い、ペースを崩すのだ。繰り返しているうち、相手は消耗する。
前にカエデさんに教えられたことも助けになった。いろんな点がつながった。
急に強くなった気がする!
これは勝ったのでは……。
(続く)




