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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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伝説の剣術家

 決闘の日程は、役所から追って通達があるという。

 それまでは自由行動だ。


 数日後、とある人物が屋敷に乗り込んできた。


「セニョール! 出てきなさい! マエストロ! フェデリコ!」

 玄関ホールで、声を張り上げている女がいる。

 顔を見なくても分かった。

 マルゲリータさんだ。


「騒々しいぞ。いったいなんの用だ?」

 書類整理をしていたフェデリコさんは、露骨に不快そうな顔で出迎えた。


「用? そんなの簡単よ! 立会人をやめたいの!」

「そんなに大きな声を出さずとも聞こえる」

「嫌味はやめて頂戴。認めるってことでいいのね?」

「認めてもいいが……。代わりに私が請け負った君の仕事はどうなる? もう解決して、結果まで提供してしまったのだが。返済されるのかな?」

「それは……」

 立会人を引き受ける代わりに、フェデリコさんに仕事をさせていたのか。

 これではやめるにやめられないだろう。


「で、でも二回もやるなんて聞いてない!」

「当初の契約にはこうあったはずだ。問題が解決するまでは立会人を引き受ける、と。私のメモにもそうある。君にも複写を渡してあるな?」

「それは……そうだけど……。待って! だいたい、あなたは左遷されたはずでしょ? なんで王都にいるのよ?」

 痛いところをついてくる。

 フェデリコさんは、それでも余裕の表情だ。

「事実だけお伝えしよう。まず、私は現地での仕事をすべて問題なくこなしている。そしてもう一点。王都への出入を禁止されているわけではない。なにか問題があるかな? さらにもう一点、君が私の上司ではないということも考慮して回答してくれたまえ」

「あの……だから……それは……」

「ご用が済んだのならお引き取り願おう、セニョリータ」

「最悪よ! もう二度と来ないわ!」

 怒りながら出て行ってしまった。


 これにはソフィアさんもご立腹だ。

「なにあの女! 先生に対してあの態度! 許せないんだけど!」

 自分だって似たようなものだと思うが……。


 まだ体力の回復していないアルトゥーロさんも、さすがに渋い表情だ。

「フェデリコ、次はあいつと決闘したらどうだ? 静かな生活が手に入るぜ」

「いいアイデアだな。だが、彼女は彼女で貴重な人材だ。機械人形に関しては、私の次に詳しい。死なれたら研究が遅滞する」

 そんな凄い人には見えなかったが。

 まあフェデリコさんが言うならそうなんだろう。


「ところでアルトゥーロくん。君は家には帰らないのか? せっかく王都に来たのに」

「何度も言わせるな。家なんかねぇよ」

「いまのうち将軍との仲を深めておくのも悪くないと思うが」

「うるせぇ、うるせぇ。俺なんかが将軍サマに会えるわけないだろ。親戚ったって、どんだけいると思ってんだ。格が違うんだよ、格が」

 あれだけ大きな家だと、たくさんの分家があって、お互いほとんど他人みたいなものなのかもしれない。

 一族の中でも格差があるのだ。


 俺とピチョーネは、玄関のチェスで遊んでいた。

 もちろんルールは分からない。

 だから適当に動かしてふざけているだけだ。

「ほら見て、マルコ。こいつはドラゴンよ。このドラゴンは特別に強いから、一列全部倒すわ」

「それはズルいよ……」

「だったらマルコもなんか作りなさいよ」

「うーん……」

 いったい俺はなにをしているんだろう?

 戦闘の稽古をしなければいけないのに。


 *


 しばらくすると、また来客があった。

 朝とは違い、使用人たちが大慌てで準備を始めた。


「坊ちゃま! 将軍がおいでです!」

「む?」


 将軍?

 いったいどこの……?

 いや、それは一人しかいない。


 重厚な木製のドアが開くと、ひときわ大きな男が現れた。

 軍服だ。たくさんの勲章をぶらさげている。

「突然の訪問失礼する。少し、お話がしたくてな」

「これはこれは閣下。わざわざお越しいただかずとも、お呼びいただければ参上いたしましたものを」

 フェデリコさんはいちおう礼儀正しく対応しているが、表情はさめきっていた。

「失礼しても?」

「どうぞ中へ」


 *


 なぜか俺たちまで談話室に通された。

「見覚えのある顔もあれば、ない顔もあるな」

 将軍は笑っているが、仲間たちの表情はそれぞれだ。


「して、閣下。いったいどのようなご用で?」

「言ったではないか。世間話をしに来たのだと」

「はぁ……」

 おそらくフェデリコさんに用があるのではない。

 そのことはもう分かった。


「マルコ、久々だな。先日の戦い、見事だったぞ。旋風つむじかぜのヤスミーンを相手に、あそこまでやるとはな」

「ありがとうございます。以前もらったハルバードも、まだ大事に使っています」

「そうか。それはなによりだ」

 この時点までは笑顔だった。

 というより、顔面の筋肉で笑顔を作っていただけかもしれない。


 将軍は表情を消して、こう続けた。

「で、そこの男……。自己紹介してもらっても構わないか?」

「はい、閣下。かつて傭兵をしておりましたアルトゥーロであります」

 背筋をびしっと伸ばして立っているが、やはり表情は冴えない。

「もっと長い名前があるだろう?」

「家は捨てました」

「だが、家はお前を捨てていない」

「ご冗談でしょう?」

「冗談ではないのだ、アルトゥーロ・レコンキスタ。そのふざけた態度をやめろ」

 とっくにバレていたらしい。


「はぁ。しかしいったいどんなご用です? まさか、家に戻れと?」

「そこまでは言わん。だが先々代は、お前のことを心配しておったぞ」

「では、生きていますとお伝えください」

「それは自分で言え。いまは墓に眠っている」

「お悔やみを」

 アルトゥーロさんは、あくまで他人行儀のままやり過ごすつもりなのか……。

「お前の頑固さにも困ったものだな。こちらとしては、お前になにかを強制するつもりはない。ただ、そうコソコソせず、堂々と家に帰ればいいのだ」

「父母も兄弟もみな死にました。もうあの家には誰も住んでおりません」

「それでも家は家だろう」

「はい。しかし、お断りいたします」

「ったく」


 将軍は、それ以上は追及しなかった。

「いいだろう。話を変えよう。じつは先日の決闘だが……。観測所が、魔法の使用を観測していてな」

 おっと。

 こっちが本題か。


 フェデリコさんも少しは乗り気になったらしく「ほう」と眉を動かした。

「なにか問題が?」

「ごまかすことはない。そこの娘は魔族だろう? それも、かなりの魔力を秘めている。慌てずともよい。王都にも魔族はいる。白の騎士が魔女ということも分かっている。まさか現代に魔女がいるなど、驚きはしたがな」

 そうか。

 普通はそういう感覚なのかもしれない。

 俺は魔女に育てられたから、分からなかったけれど。


 将軍は紅茶をすすった。

「王都は、協力的であるならば、魔族であろうと受け入れる。好悪の情で才能を見捨てるのはもったいないからな。ゆえに、この都市に住む魔族は少なくない。観測しきれないほどな。だが、その中でも、ひときわ強い輝きがあると報告された。ひとつは白の騎士。もうひとつはそこの娘。そしてもうひとつ、謎の人物。正体はいまだに分かっておらん。決闘を雨で妨害したのも、おそらくその人物であろう」

「調査せよと?」

「いや、調査は研究機関アカデミアに一任した。お前たちには、無暗に争わないよう忠告しに来たのだ。この歴史ある美しい街並みを、魔法で破壊されてはかなわんからな」

「もちろんです」

 それは分かっている。

 白の魔女も気持ちは同じだろう。


 将軍は紅茶を置いた。手が大きいから、カップが小さく見える。

「ところでマルコ、決闘ではかなり苦戦していたようだな」

「実戦なら二回は死んでました」

「悪くない感想だ。そう。お前は死んでいた。きちんと認めることができるなら、見所があるぞ。もし希望するなら、剣術家を一人紹介してやってもいい」

「え、ホントですか?」

「きっといまのお前にはうってつけの相手だろう」


 *


 俺は将軍と二人、石の城へ来た。

 いままでは見よう見まねで戦ってきたから、ちゃんとした先生から指導を受けるのは初めてだ。


 広い敷地に練習用のカカシが並んでいる。今日は休日なのか、訓練している兵の姿はない。小柄な老人が一人、座して瞑想していた。

「おお、いたいた。マエストロ、少し頼みたいことがあってな」

「マンマミーヤ?」

 白い髭を生やした印象的な老人。

 というか、忘れもしない。どこからどう見てもあのマンマミーヤさんだ。


 俺は思わず首をかしげた。

「え、マンマミーヤさん、死んだはずじゃ?」

「マンマミーヤ! 怖いことを言うんじゃない。死んでおったらここにはおらんじゃろ」

 それはそうだけど……。


 将軍は「知り合いか?」と困惑している。

「ふむ。以前どこかで見たデカブツじゃな。先日の決闘も戦いも見ておったが、よわよわじゃったのぅ! フハハ!」

 もっと優しく言って欲しい。


 将軍はうなずいている。

「マエストロ、この若者に手ほどきしてやってくれ。才能はあるが、それだけだからな。マルコ、ここへはいつでも来ていいぞ。部下にも伝えておく」

「ありがとうございます!」

 将軍は満足そうに去っていった。

 なんて器の大きな人なんだ。


 一方、マンマミーヤさんは、ぼうっと虚空を見つめていた。

 怖い。


「あのー、でも、ヤスミーンさん言ってましたよ。師匠を斬って技を身につけたって」

「マンマミーヤ? ふぅむ、そうじゃったの。あの女、わしがもう終わりじゃって言ってるのに、何度も挑みかかってきおっての。もうムリと思ったときに斬られたのじゃ。見てみぃ、この傷を。かなり痛かったぞ。世が世なら訴訟レベルじゃ」

「はぁ」

 シワのせいで傷跡がよく見えない。

 たいしたダメージではなかったのだろう。


「とにかく、マンマミーヤじゃ。おぬしの武器は……斧か? え、ハルバード? なんでもいいわい。ヤスミーンの対処法を教えるから、言われた通りにせい」

「はい!」

「バカもの! 返事はマンマミーヤじゃ!」

「マンマミーヤ」

 なんなのだこれは……。


 *


 マンマミーヤさんとヤスミーンさんは、長いこと一緒にいたらしい。

 マンマミーヤさんは剣術を教える。

 ヤスミーンさんは冒険者として稼いで謝礼を支払う。

 そういう関係だったようだ。

 最終的に、いちばん稼げる王都へ来たのだとか。


 ともあれ、マンマミーヤさんは強かった。

 ひとつも攻撃が通じない。

 気がつくと、手からハルバードを飛ばされている。武器で武器を攻撃するということをする。まあそういう戦法があることは知っていたが……。ただぶつけるのではなく、技術を使ってやるのだ。上から、下から、横から、あらゆるバリエーションで。巻き込むようにして武器を飛ばす。

 この技は、あきらかにリーチの長いほうが有利だった。


「こんなの、初歩の初歩じゃぞ」

「マンマミーヤ……」

 この返事だけは、頭がどうにかなりそうだけど。


「その武器は、剣より強いぞ。じゃから、もっと自信をもって、張り切ってやるんじゃ。戦場においてはリーチこそ正義。剣より槍のほうが強いの。剣が有利なのは、狭いとこだけじゃな」

「そ、そうですか……。でも、だったらマンマミーヤさんはなぜ剣を……?」

「は? カッコいいからじゃが? なんか文句あるんか? おん?」

「いえ……」

 なにも言い返せなかった。

 だが、リーチの差を使っても、俺はこの人に勝てない。技術の差は想像以上なのだろう。


「けど、いいんでしょうか? ヤスミーンさんに勝つための技を教えてもらって……」

「なにをいまさら。わしの仕事は、よわよわ兵士をつよつよ兵士に変えることじゃ。仕事でやっとるんじゃから、そこに私情は挟まんわい。ほれ、稽古を続けるぞ。その武器は、剣より有利じゃということを忘れるな」

「マンマミーヤ!」


 今回の稽古では、自分がいかに感覚だけで戦っていたかを思い知らされた。

 構え、重心の取り方、足の運び――。

 ちょっとしたコツで、動作はずいぶんスムーズになった。


 そして大事なのは心構え。精神論という意味ではない。敵はフェイントを仕掛けてくる。騙されるのは仕方がない。問題は、騙されたあとだ。動揺してはいけない。「こんなはずじゃなかった」は心の重心の乱れにつながる。騙されたら、それを即座に認めて、次の展開に入ること。


 剣を使っているヤスミーンさんには、絶対にスピードでは勝てない。

 大事なのは、衝突した瞬間。

 ただ防げばいいというものではない。防御を、攻撃に変えるのだ。武器同士を強くぶつけること。すると重いほうが勝つ。ダメージを目的とした技ではない。相手のスタミナを奪い、ペースを崩すのだ。繰り返しているうち、相手は消耗する。


 前にカエデさんに教えられたことも助けになった。いろんな点がつながった。

 急に強くなった気がする!

 これは勝ったのでは……。


(続く)

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