決闘
数日後、大事になっていた。
フェデリコさんの手腕で決闘は成立。
裁判もなしに市民を投獄したことは、白の魔女にとっての不名誉となっていた。ゆえに、彼女に拒否権はないも同然。こちらの提案はそのまま通った。
白の魔女が敗北した場合、騎士の称号は返上されることとなる。
だが、もしこちらが敗北した場合……。
フェデリコさんの学位は剥奪され、財産もすべて没収されることになった。
学位を剥奪されると、アカデミアでの活動ができなくなる。フェデリコさんにとっては、命を奪われるのと同じくらいつらいだろう。
だが、問題はそれだけではなかった。
この決闘が、街の広場で開催されることとなったこと。国王や将軍までもが観覧席に姿を現してしまった。周囲は観衆でいっぱい。もはやお祭り騒ぎだ。
ルールは簡単。
一対一での対決。
互いに防具をつけず、得意な武器で戦うこと。
そう。
相手は代理人を立ててきた。
魔女同士が決闘などをすれば、被害が甚大になるからだろう。ヘタをすると街ごと壊滅する。白の魔女も、それは望まぬところらしい。
こちらの代表は俺。
そして相手は――。
「まさか、こんなところで再会するとはね、マルコ」
「それはこっちのセリフですよ、ヤスミーンさん」
忘れもしない鋭い眼光。美しい褐色肌。
自由都市では姿を見かけなかったから、よそへ移動したんだろうとは思っていたが。
彼女は剣を手にしていた。片刃の直剣だ。
「聞いたよ。傭兵になったのだろう? やめておけと言ったのに」
「事情があったんです」
「事情か。責めているわけではない。誰もが生きるために必要なことをする」
「はい」
俺たちの再会をよそに、弁士ががなり立てた。
「さあ、いまや知らぬものなき美貌の騎士アデリーナ。その代理人をつとめるは、異国よりやってきた旋風のヤスミーンだァ! 冒険者ギルドの稼ぎ頭! どんな初心者でも、彼女についていけば成功間違いナシ! 常勝無敗の女剣士! デカいだけの男に勝ち目はあるのか!? いったい何秒もつというのか? さあ、見ものです!」
盛り上げてくれるのはいいが、あきらかに偏りが見られる。
観衆も「ヤスミーンに50リラだ!」とか言って勝手に賭け始めている。
人の命で勝手に商売しないで欲しい。
「そして対するは……。かの幻惑のフェデリコの代理人! 辺境の地からやってきたハルバードのマルコ! 見よ、この体を! デカい! 筋肉モリモリ! その力任せの戦いで、いったいいままで何人の敵を蹴散らしてきたのか! 田舎育ちのパワーは、どれだけヤスミーンに通用するのか!? 楽しみです!」
やっぱり失礼だ。
そんなふうに言われたら傷つく。
観客も酒を飲みながら「すぐ死ぬんじゃねーぞ!」とか「せいぜい盛り上げてくれよ!」とか言ってくる。もう勝負がついているかのような言いぐさだ。
俺はヤスミーンさんと向かい合い、武器を構えた。
こちらはもちろんハルバード。普段使っているものではなく、貸与されたものだ。フェアな決闘で魔力のハルバードを使うのはマズい。
とはいえ、リーチではハルバードのほうが優勢。装備だけ見れば、俺のほうが有利だ。それでもヤスミーンさんは、気にしたふうもなく飄々としていた。
脇には立会人の、髪をまとめたメガネの女性。見たことのある顔だ。確か、フェデリコさんの同僚のマルゲリータさんだったか。
「はぁ。なんで私がケンカの立会人なんか……。いいわ。とっとと終わらせるわよ。私、忙しいんだから」
「……」
これから決闘だというのに、苦情を聞かされてしまった。
まあ彼女も、余計な役目を押しつけられて迷惑しているのだろう。文句のひとつくらい言う権利はある。
「それでは、お互いに距離をとって。始めるのは、私が合図をしてからよ。合図する前に始めないでね。絶対よ?」
もちろんだ。
ルールを破ったものは、生死を問わず敗北となる。
マルゲリータさんは何度も振り返りながら距離をとった。
そして足を止め、空気を吸った。
「はじめ!」
わーっと歓声があがった。
俺たちは、動かなかった。
ヤスミーンさんがどういうつもりかは知らない。ただ、俺は純粋に動けなかった。ひとつも隙がない。ヘタに動いたら切り裂かれる。そんな予感があった。
彼女はフッと笑った。
「よく見ている。少しでも動いていたら、勝敗は決していた。そしてその状況は、いまも変わっていない。いずれにせよ、私の勝利で終わるだろう」
「……」
そうかもしれない。
彼女の身体能力の高さは知っている。
一緒にドラゴンと戦った。
だけど、あのころとは雰囲気が違った。構え方からして違う。当時は、剣を使用しておらず、投擲用の短剣で戦っていた。
不意に、踏み込んで来た。
上段からの斬撃?
俺は慌ててガードした。
いや……衝撃はなかった。彼女は踏み込んでいない。俺が不思議に思っていると、そのとき初めて踏み込んで来た。
これは、まるでカエデさんのような……。
死を覚悟した。
横薙ぎの一閃をガードできたのは、ほとんど奇跡といっていいだろう。しかもガードできたはいいが、俺は凄まじい風圧で後ろへ転がされた。
「うおおおおおおっ!」
「出た! マンマミーヤ剣術だ!」
「そのままヤっちまえ!」
観衆は安全な場所からがなり立ててくる。
マンマミーヤ剣術。
あの山で出会った老人の剣術だ……。
ヤスミーンさんが追撃してこなかったので、俺は呼吸を整えながら立ち上がった。
「凄い技ですね……」
「驚いているのはこっちのほうだ。まさか防がれるとはな」
ハルバードでガードしたはずなのに、腹部からうっすら出血があった。ウソみたいな剣圧だ。魔法でこれをやるならともかく。
「それだけの腕があって、なぜ白の騎士に仕えるんです?」
「仕える? バカらしい。こっちは金で雇われただけだよ。貴様は違うのか?」
「まあ、似たようなものです」
今回は金で動いているわけではないが、過去に金で動いたことがないわけではない。むしろ金のために武器を振るっていた期間のほうが長い。
武器を構え、向かい合った。
もう、こうして正面から対峙している時点で、なにからなにまで先ほどと同じい。おそらく同じ結果を迎える。
ただし、違う点が二つある。
まず一点、俺が腹にダメージを受けたこと。致命傷ではないが、痛い。気が散る。こういうのが続くと、じわじわ押されてくる。
もう一点、カエデさんとの修業が、活かせそうだと気づいたこと。初動が速い。信じられないくらい速い。しかも心理的なトリックまで使ってくる。それだけに、最初の最初、動き出すところにすべてが詰まっている。そこさえ対処できれば、俺にもチャンスはある。
まずは打たせる。
打つほうが、防ぐほうよりも動作が大きくなるものだ。もっとも、防御側のメリットはそれだけで、他のあらゆる面が攻撃側のメリットになってしまうが。とにかくその隙をつくのだ。
幸い、ハルバードはリーチが長い。ヤスミーンさんは、その外側から打たざるをえない。短い武器でやり合うよりも、少しだけ時間的な猶予が生まれる。
ほんの一瞬の差だが、真剣勝負における「一瞬」は無視できない。
集中すると、周囲の声が聞こえなくなってきた。
なにもない空間で、二人きり、向かい合っているようでさえある。
もちろんこちらから攻撃する機会があれば、する。
俺は槍の先端を揺らし、相手に心理的なプレッシャーをかけ続けている。これを忘れてただ受け身でいると、いずれ一方的にまくられることになる。攻撃があるからこその防御だ。自由に打たせてはいけない。相手の思考を奪いつつ、狭い範囲に打たせなくては。
動いた。
いや、動いていない。
俺は勢いよく槍を突き出した。ヤスミーンさんがそこに突っ込んでくる可能性に賭けたのだ。だが、彼女は大きく後退した。見切られていた。
互いに、またじわじわと距離を詰める。
激しく打ち合っているわけでもないのに、息が苦しくなる。
呼吸が乱れそうになる。
よそを見したくなる。
違うことを考えたくなる。
だけど、目の前の相手に集中しなければ。
敵は強い。
ミスをすれば死ぬ。
頭だけでなく、全身ですべてを判断するのだ。
神経がヒリつく。
どうでる?
ヤスミーンさんの剣先も、かすかにゆらゆら動いている。かと思うとさっと引いたりする。そのときに踏み込みたくなる。
側面に回ろうとしてきたので、こちらも移動しながら対角を維持した。
やがて、こちらが完全に有利な距離になった。
いけるか?
踏み込んで、軽く突き込んだ。
ヤスミーンさんは横へ回避。
いや、横ではなく、斜め前へ?
急接近してきて、懐へ潜られた。ああ、これは失敗だ。武器でのガードは間に合わない。
俺は体を捌き、おそらく剣閃が来るであろう軌道から逃れた。が、肩口に熱いものを感じた。派手に舞っているのは俺の血液だろうか?
ヤスミーンさんは、まるで踊るような優雅さで、次の一撃を加えてきた。
俺は武器から手を放し、身軽になって大きく後退した。
斬撃は回避できた。
その代わり、武器を失った。
観衆の声が聞こえた。
集中が途切れたのだ。
人はそんなに長く、最高潮の集中を保てるものではない。
ヤスミーンさんはさめた目で、ゆっくりと後退した。
「マルコ、武器を拾いな」
「はい」
これが実戦なら、俺はとっくに殺されていた。
一度目は、腹を裂かれた直後。二度目は、いま。ヤスミーンさんが本気で追撃をしてきたら、その二回とも死んでいる。
「失礼に思わないで欲しいけど、強いよ、マルコ。私が過去に戦ってきたどんなヤツよりね」
「ありがとうございます」
「私の師匠よりも」
伝説的な剣術家、マエストロ・マンマミーヤよりも?
まさか。
「私はね、師匠を斬って技を手にしたんだ」
「えっ……」
「だからいま、世界で一番強いのは私。マルコはその次だ」
観衆も「いいぞデカブツ!」だの「お前に賭ける!」だの言い始めた。
俺にチャンスがあると思っているのか?
「師匠を……斬ったんですか?」
「彼が現役だったら、そんなことは不可能だった。けど、とにかくそうだ」
命を奪ってまで……。
いや、責めているのではない。
ヤスミーンさんの覚悟をナメていた。
互いに武器を構えた。
空が鳴っている……。
ぽつり、ぽつりと、雨まで降ってきた。
いや、普通の降り方じゃない。土砂降りだ。
「あー、待て! 戦闘やめ! 停止せよ! 静粛に! 静粛に!」
弁士が喚きだした。
だが、群衆はすでにヒートアップしている。
「なんだよ! 止めるな!」
「もう少しだろ!」
「雨くらいなんだバカ野郎!」
「黙らんか下郎! 投獄されたいのか!」
民衆の怒号に、弁士もブチギレだ。
余計な戦いを始めないで欲しい。
「こんな雨では決闘にならん! 延期! 延期とする! 戦闘やめぇい!」
もうやめている。
しかし延期……か。
ピチョーネの仕業だろうか? 俺が負けると思って、雨なんか降らせて……。
ヤスミーンさんは静かに剣を納めた。
「無粋な雨だな……」
「俺は救われましたよ」
「ふん。神が不平等なのはいまに始まったことではない。よかろう。延期は延期だ。また戦うことになる。そのときまでに腕を鍛えておくんだね、マルコ」
「はい」
ハッキリ言って、俺の負けでもおかしくなかった。
なのに、生きたまま、負けもせず、仕切り直しになってしまった。
*
解散してフェデリコさんの家へ戻った。
「マルコ! お願い! 死なないで!」
「死にませんから、離れてください」
ピチョーネがしがみついてくる。
怪我はとっくに治っている。
ソフィアさんが治療してくれたからだ。いや、ソフィアさんというか、アルトゥーロさんの生命力のおかげだけど……。血を抜かれたアルトゥーロさんは、俺よりもげっそりしている。
「ごめんなさい、アルトゥーロさん。俺のために」
「いや、いいんだマルコ……。お前を救えてなによりだ」
だが、顔は笑っていない。
かなり厳しいのだろう。
フェデリコさんは、談話室のソファに腰をおろした。
「だが、まいったぞ。今回は『偶然』延期になったが、次回も同じ条件なら、おそらく敗北で終わる」
なにが偶然なんだか。
「ピチョーネが雨を降らせたのって、フェデリコさんの入れ知恵だったりします?」
俺がそう尋ねると、フェデリコさんは不審そうな表情になってしまった。
ピチョーネも「私もやってない」と、なんとも言えない顔。
「えっ? やってない? じゃあ誰が……?」
偶然にしてはでき過ぎている。
ピチョーネは言おうか言うまいか迷った様子で、おずおずと口を開いた。
「たぶん、別の誰かが……」
「えっ? 誰かって?」
そんな魔法を使えそうなのは、白の魔女くらいしか……。
本当に?
だとしたら、いったいどういうつもりなんだろう?
自分が勝てそうだったのに、妨害したのか?
それとも、別の魔女が?
(続く)




