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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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決闘

 数日後、大事おおごとになっていた。


 フェデリコさんの手腕で決闘は成立。

 裁判もなしに市民を投獄したことは、白の魔女にとっての不名誉となっていた。ゆえに、彼女に拒否権はないも同然。こちらの提案はそのまま通った。

 白の魔女が敗北した場合、騎士の称号は返上されることとなる。


 だが、もしこちらが敗北した場合……。

 フェデリコさんの学位は剥奪され、財産もすべて没収されることになった。

 学位を剥奪されると、アカデミアでの活動ができなくなる。フェデリコさんにとっては、命を奪われるのと同じくらいつらいだろう。


 だが、問題はそれだけではなかった。

 この決闘が、街の広場で開催されることとなったこと。国王や将軍までもが観覧席に姿を現してしまった。周囲は観衆でいっぱい。もはやお祭り騒ぎだ。


 ルールは簡単。

 一対一での対決。

 互いに防具をつけず、得意な武器で戦うこと。


 そう。

 相手は代理人を立ててきた。

 魔女同士が決闘などをすれば、被害が甚大になるからだろう。ヘタをすると街ごと壊滅する。白の魔女も、それは望まぬところらしい。


 こちらの代表は俺。

 そして相手は――。


「まさか、こんなところで再会するとはね、マルコ」

「それはこっちのセリフですよ、ヤスミーンさん」


 忘れもしない鋭い眼光。美しい褐色肌。

 自由都市では姿を見かけなかったから、よそへ移動したんだろうとは思っていたが。


 彼女は剣を手にしていた。片刃の直剣だ。

「聞いたよ。傭兵になったのだろう? やめておけと言ったのに」

「事情があったんです」

「事情か。責めているわけではない。誰もが生きるために必要なことをする」

「はい」


 俺たちの再会をよそに、弁士ががなり立てた。

「さあ、いまや知らぬものなき美貌の騎士アデリーナ。その代理人をつとめるは、異国よりやってきた旋風つむじかぜのヤスミーンだァ! 冒険者ギルドの稼ぎ頭! どんな初心者でも、彼女についていけば成功間違いナシ! 常勝無敗の女剣士! デカいだけの男に勝ち目はあるのか!? いったい何秒もつというのか? さあ、見ものです!」

 盛り上げてくれるのはいいが、あきらかに偏りが見られる。

 観衆も「ヤスミーンに50リラだ!」とか言って勝手に賭け始めている。

 人の命で勝手に商売しないで欲しい。


「そして対するは……。かの幻惑のフェデリコの代理人! 辺境の地からやってきたハルバードのマルコ! 見よ、この体を! デカい! 筋肉モリモリ! その力任せの戦いで、いったいいままで何人の敵を蹴散らしてきたのか! 田舎育ちのパワーは、どれだけヤスミーンに通用するのか!? 楽しみです!」

 やっぱり失礼だ。

 そんなふうに言われたら傷つく。

 観客も酒を飲みながら「すぐ死ぬんじゃねーぞ!」とか「せいぜい盛り上げてくれよ!」とか言ってくる。もう勝負がついているかのような言いぐさだ。


 俺はヤスミーンさんと向かい合い、武器を構えた。

 こちらはもちろんハルバード。普段使っているものではなく、貸与されたものだ。フェアな決闘で魔力のハルバードを使うのはマズい。

 とはいえ、リーチではハルバードのほうが優勢。装備だけ見れば、俺のほうが有利だ。それでもヤスミーンさんは、気にしたふうもなく飄々としていた。


 脇には立会人の、髪をまとめたメガネの女性。見たことのある顔だ。確か、フェデリコさんの同僚のマルゲリータさんだったか。

「はぁ。なんで私がケンカの立会人なんか……。いいわ。とっとと終わらせるわよ。私、忙しいんだから」

「……」

 これから決闘だというのに、苦情を聞かされてしまった。

 まあ彼女も、余計な役目を押しつけられて迷惑しているのだろう。文句のひとつくらい言う権利はある。


「それでは、お互いに距離をとって。始めるのは、私が合図をしてからよ。合図する前に始めないでね。絶対よ?」

 もちろんだ。

 ルールを破ったものは、生死を問わず敗北となる。


 マルゲリータさんは何度も振り返りながら距離をとった。

 そして足を止め、空気を吸った。

「はじめ!」


 わーっと歓声があがった。


 俺たちは、動かなかった。

 ヤスミーンさんがどういうつもりかは知らない。ただ、俺は純粋に動けなかった。ひとつも隙がない。ヘタに動いたら切り裂かれる。そんな予感があった。


 彼女はフッと笑った。

「よく見ている。少しでも動いていたら、勝敗は決していた。そしてその状況は、いまも変わっていない。いずれにせよ、私の勝利で終わるだろう」

「……」

 そうかもしれない。


 彼女の身体能力の高さは知っている。

 一緒にドラゴンと戦った。

 だけど、あのころとは雰囲気が違った。構え方からして違う。当時は、剣を使用しておらず、投擲用の短剣で戦っていた。


 不意に、踏み込んで来た。

 上段からの斬撃?

 俺は慌ててガードした。


 いや……衝撃はなかった。彼女は踏み込んでいない。俺が不思議に思っていると、そのとき初めて踏み込んで来た。

 これは、まるでカエデさんのような……。


 死を覚悟した。


 横薙ぎの一閃をガードできたのは、ほとんど奇跡といっていいだろう。しかもガードできたはいいが、俺は凄まじい風圧で後ろへ転がされた。


「うおおおおおおっ!」

「出た! マンマミーヤ剣術だ!」

「そのままヤっちまえ!」


 観衆は安全な場所からがなり立ててくる。

 マンマミーヤ剣術。

 あの山で出会った老人の剣術だ……。


 ヤスミーンさんが追撃してこなかったので、俺は呼吸を整えながら立ち上がった。

「凄い技ですね……」

「驚いているのはこっちのほうだ。まさか防がれるとはな」

 ハルバードでガードしたはずなのに、腹部からうっすら出血があった。ウソみたいな剣圧だ。魔法でこれをやるならともかく。


「それだけの腕があって、なぜ白の騎士に仕えるんです?」

「仕える? バカらしい。こっちは金で雇われただけだよ。貴様は違うのか?」

「まあ、似たようなものです」

 今回は金で動いているわけではないが、過去に金で動いたことがないわけではない。むしろ金のために武器を振るっていた期間のほうが長い。


 武器を構え、向かい合った。

 もう、こうして正面から対峙している時点で、なにからなにまで先ほどと同じい。おそらく同じ結果を迎える。

 ただし、違う点が二つある。

 まず一点、俺が腹にダメージを受けたこと。致命傷ではないが、痛い。気が散る。こういうのが続くと、じわじわ押されてくる。

 もう一点、カエデさんとの修業が、活かせそうだと気づいたこと。初動が速い。信じられないくらい速い。しかも心理的なトリックまで使ってくる。それだけに、最初の最初、動き出すところにすべてが詰まっている。そこさえ対処できれば、俺にもチャンスはある。


 まずは打たせる。

 打つほうが、防ぐほうよりも動作が大きくなるものだ。もっとも、防御側のメリットはそれだけで、他のあらゆる面が攻撃側のメリットになってしまうが。とにかくその隙をつくのだ。


 幸い、ハルバードはリーチが長い。ヤスミーンさんは、その外側から打たざるをえない。短い武器でやり合うよりも、少しだけ時間的な猶予が生まれる。

 ほんの一瞬の差だが、真剣勝負における「一瞬」は無視できない。


 集中すると、周囲の声が聞こえなくなってきた。

 なにもない空間で、二人きり、向かい合っているようでさえある。


 もちろんこちらから攻撃する機会があれば、する。

 俺は槍の先端を揺らし、相手に心理的なプレッシャーをかけ続けている。これを忘れてただ受け身でいると、いずれ一方的にまくられることになる。攻撃があるからこその防御だ。自由に打たせてはいけない。相手の思考を奪いつつ、狭い範囲に打たせなくては。


 動いた。

 いや、動いていない。

 俺は勢いよく槍を突き出した。ヤスミーンさんがそこに突っ込んでくる可能性に賭けたのだ。だが、彼女は大きく後退した。見切られていた。


 互いに、またじわじわと距離を詰める。


 激しく打ち合っているわけでもないのに、息が苦しくなる。

 呼吸が乱れそうになる。

 よそを見したくなる。

 違うことを考えたくなる。


 だけど、目の前の相手に集中しなければ。

 敵は強い。

 ミスをすれば死ぬ。

 頭だけでなく、全身ですべてを判断するのだ。


 神経がヒリつく。


 どうでる?

 ヤスミーンさんの剣先も、かすかにゆらゆら動いている。かと思うとさっと引いたりする。そのときに踏み込みたくなる。

 側面に回ろうとしてきたので、こちらも移動しながら対角を維持した。


 やがて、こちらが完全に有利な距離になった。

 いけるか?

 踏み込んで、軽く突き込んだ。

 ヤスミーンさんは横へ回避。

 いや、横ではなく、斜め前へ?

 急接近してきて、懐へ潜られた。ああ、これは失敗だ。武器でのガードは間に合わない。


 俺は体を捌き、おそらく剣閃が来るであろう軌道から逃れた。が、肩口に熱いものを感じた。派手に舞っているのは俺の血液だろうか?

 ヤスミーンさんは、まるで踊るような優雅さで、次の一撃を加えてきた。


 俺は武器から手を放し、身軽になって大きく後退した。


 斬撃は回避できた。

 その代わり、武器を失った。


 観衆の声が聞こえた。

 集中が途切れたのだ。

 人はそんなに長く、最高潮の集中を保てるものではない。


 ヤスミーンさんはさめた目で、ゆっくりと後退した。

「マルコ、武器を拾いな」

「はい」

 これが実戦なら、俺はとっくに殺されていた。

 一度目は、腹を裂かれた直後。二度目は、いま。ヤスミーンさんが本気で追撃をしてきたら、その二回とも死んでいる。


「失礼に思わないで欲しいけど、強いよ、マルコ。私が過去に戦ってきたどんなヤツよりね」

「ありがとうございます」

「私の師匠よりも」

 伝説的な剣術家、マエストロ・マンマミーヤよりも?

 まさか。


「私はね、師匠を斬って技を手にしたんだ」

「えっ……」

「だからいま、世界で一番強いのは私。マルコはその次だ」


 観衆も「いいぞデカブツ!」だの「お前に賭ける!」だの言い始めた。

 俺にチャンスがあると思っているのか?


「師匠を……斬ったんですか?」

「彼が現役だったら、そんなことは不可能だった。けど、とにかくそうだ」

 命を奪ってまで……。

 いや、責めているのではない。

 ヤスミーンさんの覚悟をナメていた。


 互いに武器を構えた。


 空が鳴っている……。

 ぽつり、ぽつりと、雨まで降ってきた。

 いや、普通の降り方じゃない。土砂降りだ。


「あー、待て! 戦闘やめ! 停止せよ! 静粛に! 静粛に!」

 弁士が喚きだした。

 だが、群衆はすでにヒートアップしている。

「なんだよ! 止めるな!」

「もう少しだろ!」

「雨くらいなんだバカ野郎!」

「黙らんか下郎! 投獄されたいのか!」

 民衆の怒号に、弁士もブチギレだ。

 余計な戦いを始めないで欲しい。


「こんな雨では決闘にならん! 延期! 延期とする! 戦闘やめぇい!」

 もうやめている。


 しかし延期……か。

 ピチョーネの仕業だろうか? 俺が負けると思って、雨なんか降らせて……。


 ヤスミーンさんは静かに剣を納めた。

「無粋な雨だな……」

「俺は救われましたよ」

「ふん。神が不平等なのはいまに始まったことではない。よかろう。延期は延期だ。また戦うことになる。そのときまでに腕を鍛えておくんだね、マルコ」

「はい」


 ハッキリ言って、俺の負けでもおかしくなかった。

 なのに、生きたまま、負けもせず、仕切り直しになってしまった。


 *


 解散してフェデリコさんの家へ戻った。


「マルコ! お願い! 死なないで!」

「死にませんから、離れてください」

 ピチョーネがしがみついてくる。


 怪我はとっくに治っている。

 ソフィアさんが治療してくれたからだ。いや、ソフィアさんというか、アルトゥーロさんの生命力のおかげだけど……。血を抜かれたアルトゥーロさんは、俺よりもげっそりしている。


「ごめんなさい、アルトゥーロさん。俺のために」

「いや、いいんだマルコ……。お前を救えてなによりだ」

 だが、顔は笑っていない。

 かなり厳しいのだろう。


 フェデリコさんは、談話室のソファに腰をおろした。

「だが、まいったぞ。今回は『偶然』延期になったが、次回も同じ条件なら、おそらく敗北で終わる」

 なにが偶然なんだか。

「ピチョーネが雨を降らせたのって、フェデリコさんの入れ知恵だったりします?」

 俺がそう尋ねると、フェデリコさんは不審そうな表情になってしまった。

 ピチョーネも「私もやってない」と、なんとも言えない顔。


「えっ? やってない? じゃあ誰が……?」

 偶然にしてはでき過ぎている。


 ピチョーネは言おうか言うまいか迷った様子で、おずおずと口を開いた。

「たぶん、別の誰かが……」

「えっ? 誰かって?」

 そんな魔法を使えそうなのは、白の魔女くらいしか……。


 本当に?

 だとしたら、いったいどういうつもりなんだろう?

 自分が勝てそうだったのに、妨害したのか?

 それとも、別の魔女が?


(続く)

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