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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第四章 神曲(ディヴィナ・コメディア)

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脱獄?

 一体どうすれば……。


 俺たちが落ち込んでいると、フェデリコさんが言った。

「マルコくん、落ち込んでいるフリはもう結構。さっさと開けたまえ」

「はい? 本気で落ち込んでますけど?」

「おやおや。この狭さを見てなんとも思わないのか? 君はいま、生身ではないのだぞ」

「あっ」

 そうだった。

 俺は機械装甲で乗り込んだのであった。


「結界というものは『場』に対して働く。この空間そのものが、魔法の発動を拒絶している状態だ。しかし安心したまえ。機械装甲のエネルギー伝達は、すべて有線でおこなわれている。手から熱線を発することはできないかもしれないが、バカみたいな力は出せるはずだ。ほら、さっさと牢を破りたまえ」

「はい。じゃあ、失礼して」

 俺は鉄柵に手をかけ、力を込めた。


 牢破りは犯罪行為のような気もするけど。

 なにも犯罪をおかしていない俺たちを投獄するほうが悪いのだ。


 *


 脱獄は簡単だった。

 見張りの兵もいたが、この状況を見て腰を抜かしていた。戦わないのは賢い。


 階段をあがっていくと、地上に出た。

 おそらく白の領域だろう。

 振り返ると、とんでもない高さの建物がそびえ立っていた。


「見よ。これが王都の象徴たる『石の城』だ。太古の昔から存続する由緒ある城である」

 石を積まれただけの、武骨な城だ。

 青空に突き刺さるように、堂々とそこにあった。


「ここに国王が?」

「いや、国王は別の場所にいる。将軍はいるかもしれんがな。ここはいわば軍事の中心。政治の中心は、少し離れた宮殿だ」


 すると衛兵隊が駆けつけてきた。

「そこの者、止まれ! 脱獄したというのは貴様らか!」

 数は五名。

 いや、追加で五名きた。

 戦えば勝てるかもしれないが、そんなことをしていたらさらに追加で兵が襲ってくるだろう。


 フェデリコさんが前へ出た。

「無礼な。私を知らんのか? 世間では、幻惑のフェデリコと呼ばれているようだが」

「えっ? ではアカデミアの……?」

「左様」

「いや、しかし左遷されたはずでは……」

「左様……」

 事実は残酷だ。

 情報が正確であればあるほど人を傷つける。


 フェデリコさんは強引に話題を変えた。

「そして私の仲間たち。不死身のアルトゥーロと、血の海のソフィア……。その他二名」

 その他二名……。


 衛兵隊の隊長らしき男が、なんとも言えない顔で近づいてきた。

「しかし博士、全員、報告された脱獄犯の特徴と一致するのですが……」

「事実かな?」

「はぁ」

「では言いたまえ。私がいったい、どんな罪状で投獄されたというのだ? 投獄されたという事実もないのに、脱獄できるわけがなかろう。ん? それともなにか? 貴兄は、投獄されていない人間が脱獄をすることが可能だと言うのか? 言うのならばそれもよかろう。矛盾なく説明してみたまえ。いったいどんな論理展開になる?」


 だが、後ろから別の兵が来た。

「隊長! 間違いなくそいつらが脱獄犯です! この名簿を見てください! 博士の名前も載っています!」

 余計なことをする。

 隊長は、やはり複雑そうな顔で名簿を受け取った。

「博士、残念ですが罪状が記載されています……。国家反逆罪と……。重罪ですぞ」

 だが、フェデリコさんは動じなかった。むしろ水を得た魚のごとく目を輝かしている。

「ほう? 重罪とな? では裁判の記録はあるのだろうな? これほど重要な犯罪に対して、裁判の記録がないなどということはありえまい。いや、あるとすれば? それは三流の独裁国家においてだ。まさか絢爛たる我らが王都において、裁判もせず市民を投獄するなど、あるはずがなかろう。それとも貴兄は、あると言いたいのか?」

「だ、誰か裁判の記録を!」

 隊長の命令で、数名が走っていった。


 さて、少し時間的な猶予ができたか。

 フェデリコさんは雑談に見せかけて、また仕掛けた。

「言っておくが、そこの不死身のアルトゥーロは、レコンキスタ家の出身だぞ。そんな人物が裁判もなしに投獄されたとなれば、将軍もさぞ胸を痛めるだろうな」

「ま、まさかそんな……」

 アルトゥーロさんはイヤそうな顔をしているが、使えるものはなんでも使うのがフェデリコさんだ。


 隊長は焦れて部下へ尋ねた。

「記録はまだ見つからんのか?」

「そうすぐには……」


 フェデリコさんは肩をすくめた。

「いいだろう。貴兄らにも都合というものがあろう。そして? そう。私もある。しばらく家に滞在する予定だ。もし記録が見つかったなら、いつ来てくれてもかまわない。このフェデリコ、逃げも隠れもせん」

「はぁ……」


 *


 ここは間違いなくラ・ビアンコの王都なのだろう。

 立派なのは城だけではない。

 周囲を取り囲む街も整然としており、きちんと整備されている。出店も多く、行き交う人々で活気があふれていた。


「凄い。ラ・ヴェルデの街も凄かったけど、こっちは何倍も凄いですね……」

 とはいえ、機械装甲でうろついているので、みんなに不審な目で見られる。

 何度も衛兵に止められた。


「おそらく世界を見ても、これだけの都市はそうあるまい。地上の最先端といってもいい。天界が滅んだいまとなってはなおさらだ」


 *


 フェデリコさんの自宅は大きな屋敷だった。

「お坊ちゃま、お帰りなさいませ」

「ふむ」

 使用人たちは、俺たちの姿を見ても表情を変えなかった。

 武装した平民が普通に入り込んでいるというのに。


「マルコくん、装甲はそこで外したまえ。さすがに動きづらいだろう」

「はい」

 大きな動きをするにはいい。

 だけど、狭い場所を、ぶつからないように歩くのは難しかった。力が強すぎるからドアの開閉もできない。

 魔力で駆動するから、装甲そのものの重さは負担にならないのだが。気をつかいながら動くから、いつもとは違った意味で消耗する。


 談話室に案内された。


「フェデリコの野郎、学者先生ってだけじゃなく、貴族サマでもあったのかよ」

 アルトゥーロさんの皮肉に、フェデリコさんもうんざりしたような表情を見せた。

「君もその貴族サマだろう」

「よしてくれ。俺は家を出たんだ。いまはただの傭兵だ」

「将軍に挨拶してこないのか?」

「レコンキスタがどれだけデカい家が知らないのか? きっと将軍は、俺のことなんか知りもしねーよ。それで? これからどうすんだ? あの女を追い詰めて、浄化の装置を奪い返すんだろ?」

 そうだった。

 俺たちはただ観光に来たわけではない。


「状況を整理しよう。我々は……じつのところ、すでに当初の目的を達成しているのだ。神の眷属に対処できたのだからな。いわばこれは、後始末のようなものでしかない」

 フェデリコさんの言葉に、俺は耳を疑った。

 目的を達成した?

 母さんの運命は変わっていないのに?

「あの……」

「もちろん計画は終わりではない。まだマルコくんのお母上を救えていないのだからな」

 よかった。

 忘れていたらどうしようかと。


 ピチョーネがうなだれた。

「私が失敗したから……」

 それは違う、と、言ってあげたい。

 だけど、事実だけを見たら、きっとそうなのだろう。神の眷属を滅ぼすことはできた。しかし計算機は破壊できず、浄化の装置まで奪われてしまった。


 フェデリコさんもうなずいた。

「否定はしない。だが、君はやるべきことをやった。気に病む必要はない。あくまで私の推測だが、我々は、ずいぶん前から虹の魔女に誘導されていたのだろう。一連の状況がそれを物語っている」

「誘導?」

「魔女たちの編み出した転移魔法は、確かに素晴らしいものだ。しかし人を移動させるだけならともかく、巨大な物体を移動させるのには向いていない。空間を大きく裂かねばならないからな。そこまで大きな穴を開けるためには、天界の制御装置が邪魔だったんだろう」


 えっ?

 じゃあ虹の魔女は、計算機を外に持ち出すために、制御装置を破壊させたというのか? 俺たちを誘導して?


 フェデリコさんは肩をすくめた。

「じつに回りくどい方法に見えるが……。しかし彼女たちは、常に未来を見ながら調整しているのだ。どこをどういじったら最良の未来になるのか、分かっていたのだろう。じつに狡猾だな」

 俺はそれでも納得いかなかった。

「でも一人だけなら入れるんですよね? ピチョーネみたいに、一人で乗り込んで制御装置を破壊すればよかったんじゃ……」

「正論だな。だが、それが可能なら、とっくに手を出していただろう。やっていなかったということは、なんらかの契約があったに違いない。神の眷属は、我々にすら休戦協定を提案してきたのだ。魔女とも同様の契約があったと見るべきだろう。もちろんピチョーネ君は例外だ。彼女は魔女ではあるが、私たちの陣営だからな。そして我々は、休戦協定を結んでいなかった。そして天界が滅んだ時点で、あらゆる契約が失効した。その後は奪い放題というわけだ」

 なにも理解していない俺たちが、天界をメチャクチャにするのを待っていたというわけか。


 ピチョーネは、しかしかぶりを振った。

「たぶん、なにかが違うと思う。制御装置を壊した直後、集会所から呼び出しがあったの。それでしばらく魔女のところにいたけど……。魔女たちは、計算機についてなにも言ってなかった。きっと壊れるならそれでもいいって思ってたんじゃないかな。それよりも、白の魔女について警戒してて……」


 そう。

 今回の騒動に紛れて、白の魔女も動いた。

 浄化の装置を奪ったのだ。


 フェデリコさんは、ふむと溜め息をついた。

「結局のところ、彼女に対処する必要があるわけだ。しかし今回はさすがに難しいぞ。ただ魔女というだけでなく、王から叙勲された騎士でもあるわけだからな。軽率な行動はとれない」

 その目はアルトゥーロさんを見ていた。

 肝心のアルトゥーロさんは顔をそむけて自分は関係ないみたいな顔をしていたが。


 ソフィアさんが立ち上がった。

「じゃあどうするんですか! 私、絶対に許せません! 慈愛の聖女を投獄するだなんて、とんでもない侮辱ですよ!」

「では、決闘でも挑んだらどうかね?」

「け、決闘?」

 フェデリコさんのつっこみに、ソフィアさんは目を丸くしてしまった。


 決闘――。

 公平なルールのもとで、勝敗を決するものだ。

 命までは奪わないらしいが……。


「我が国では、決闘が認められている。身分は関係ない。一対一でなくともよい。ただしルールは公平に。こちらが五名なら、相手も五名。装備も同じものを使用する。魔法に関する規定はないに等しいがね」

「え、それは……。そういう危ないのは、みんなに任せます。私は、あくまで医者なので……」

 ソフィアさんは自分でやらない。

 なんとなくこういう流れになるのは分かっていた。


 フェデリコさんはニッとシャープな笑みを浮かべた。

「私も辞退しよう。みんなの足を引っ張りたくはないからな」

 これに慌てたのはアルトゥーロさんだ。

「おい、待てよ。面倒事をこっちに押し付けるつもりなのか?」

「なんだね? また報酬についての不満か? それを言うなら、こちらも無償で知識を提供しているのだが」

「そうじゃねぇんだ。抜けたとは言え、俺はレコンキスタの人間だ。王都で決闘なんかしたら……面倒なことになるだろ」

「一理ある。では、マルコくんとピチョーネくん、二人でやりたまえ」


 はい?

 なぜそんな話に……。


 ピチョーネはやる気だ。

「いいよ。私とマルコが最強だってこと、全世界に見せつけてやる」

 話の流れで興奮して、ヘタクソなパンチの練習をしている。

 どうせパンチなんて使わないのに。


 俺はせめて冷静でいなければ。

「でも、なんの名目で決闘するんですか?」

「浄化の装置について、表立って要求するのは危ない。あの力を、国王はいたくお気に入りだからな。だが、手はあるぞ。あの装置は、おそらく魔法の素養がなければ動かせない。もとは天界の装置だから、科学で動いているとは思うのだが。現状、その運用方法を正しく把握していないのだろう。だからわざわざ魔女に運用させている。あんな危険な装置を」

 そうだ。

 現状、白の魔女が装置を動かしている。

 王からすれば敵である魔族を、騎士に叙任してまで。


「そして我々が勝利したあかつきには、白の魔女に、貴族の身分を捨ててもらう」

「はい?」

「アカデミアの学者と、レコンキスタ家の人間を、裁判もなしに重罪と決めつけ、投獄したのだ。理由にはなる。ただし、こちらも相応のものを賭ける必要があるぞ」

「でも俺、賭けられるものが……」

「私の命を賭ける」

「えっ……」


 あまりにも簡単に言う。

 命を賭ける?

 正気なのか?


 アルトゥーロさんが盛大な溜め息をついた。

「学者先生よ、あんた、バカなのか? なぜそこまでする?」

「釣り合いがとれていないと? 確かにそうだな。では君の命を賭けたまえ」

「おいおい……」

「実際のところ、こちらがなにを賭けるべきかは、相手の希望も聞かねばならない。その上で、両者が合意に達したとき、初めて決闘が始まる」

「そんな面倒なことしねぇでも、なにかにかこつけて後ろからバーンとやっちまえばいいと思うが」

 あまりにも雑な提案だ。

 フェデリコさんは、もはや顔をしかめもしない。

「そんなに投獄されたいのなら、いつでも戻っていいぞ」

「気が向いたらな」


 フェデリコさんはこちらを見た。

「マルコくん。そしてピチョーネくん。念のため言っておくが、決闘が二体二になるとは限らない。彼女はどこの派閥にも属していない。だから一人だ。一対一になるかもしれない。あるいは代理人を立ててくるかもしれない。あらゆるケースを想定しておいてくれたまえ」

 そうか。

 代理人を使ってくる可能性もあるのか。


 ピチョーネが首をかしげた。

「えっ? でも、そしたら白の魔女を倒せないよね?」

「構わんだろう。今回、本人を倒す必要はない。代理人が相手だろうが、賭けたものは変わらないのだからな。つまり、勝利さえすれば、白の魔女から騎士の称号を剥奪し、軍事にかかわれないようにできる。これが重要なことなのだ。もちろん装置を回収するまでには至らないが、少なくとも使用させないようにはできる」


 計画は分かった。

 あとは、相手が条件を飲むかどうか。

 無茶なことを言ってこなければいいが……。


(続く)

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