脱獄?
一体どうすれば……。
俺たちが落ち込んでいると、フェデリコさんが言った。
「マルコくん、落ち込んでいるフリはもう結構。さっさと開けたまえ」
「はい? 本気で落ち込んでますけど?」
「おやおや。この狭さを見てなんとも思わないのか? 君はいま、生身ではないのだぞ」
「あっ」
そうだった。
俺は機械装甲で乗り込んだのであった。
「結界というものは『場』に対して働く。この空間そのものが、魔法の発動を拒絶している状態だ。しかし安心したまえ。機械装甲のエネルギー伝達は、すべて有線でおこなわれている。手から熱線を発することはできないかもしれないが、バカみたいな力は出せるはずだ。ほら、さっさと牢を破りたまえ」
「はい。じゃあ、失礼して」
俺は鉄柵に手をかけ、力を込めた。
牢破りは犯罪行為のような気もするけど。
なにも犯罪をおかしていない俺たちを投獄するほうが悪いのだ。
*
脱獄は簡単だった。
見張りの兵もいたが、この状況を見て腰を抜かしていた。戦わないのは賢い。
階段をあがっていくと、地上に出た。
おそらく白の領域だろう。
振り返ると、とんでもない高さの建物がそびえ立っていた。
「見よ。これが王都の象徴たる『石の城』だ。太古の昔から存続する由緒ある城である」
石を積まれただけの、武骨な城だ。
青空に突き刺さるように、堂々とそこにあった。
「ここに国王が?」
「いや、国王は別の場所にいる。将軍はいるかもしれんがな。ここはいわば軍事の中心。政治の中心は、少し離れた宮殿だ」
すると衛兵隊が駆けつけてきた。
「そこの者、止まれ! 脱獄したというのは貴様らか!」
数は五名。
いや、追加で五名きた。
戦えば勝てるかもしれないが、そんなことをしていたらさらに追加で兵が襲ってくるだろう。
フェデリコさんが前へ出た。
「無礼な。私を知らんのか? 世間では、幻惑のフェデリコと呼ばれているようだが」
「えっ? ではアカデミアの……?」
「左様」
「いや、しかし左遷されたはずでは……」
「左様……」
事実は残酷だ。
情報が正確であればあるほど人を傷つける。
フェデリコさんは強引に話題を変えた。
「そして私の仲間たち。不死身のアルトゥーロと、血の海のソフィア……。その他二名」
その他二名……。
衛兵隊の隊長らしき男が、なんとも言えない顔で近づいてきた。
「しかし博士、全員、報告された脱獄犯の特徴と一致するのですが……」
「事実かな?」
「はぁ」
「では言いたまえ。私がいったい、どんな罪状で投獄されたというのだ? 投獄されたという事実もないのに、脱獄できるわけがなかろう。ん? それともなにか? 貴兄は、投獄されていない人間が脱獄をすることが可能だと言うのか? 言うのならばそれもよかろう。矛盾なく説明してみたまえ。いったいどんな論理展開になる?」
だが、後ろから別の兵が来た。
「隊長! 間違いなくそいつらが脱獄犯です! この名簿を見てください! 博士の名前も載っています!」
余計なことをする。
隊長は、やはり複雑そうな顔で名簿を受け取った。
「博士、残念ですが罪状が記載されています……。国家反逆罪と……。重罪ですぞ」
だが、フェデリコさんは動じなかった。むしろ水を得た魚のごとく目を輝かしている。
「ほう? 重罪とな? では裁判の記録はあるのだろうな? これほど重要な犯罪に対して、裁判の記録がないなどということはありえまい。いや、あるとすれば? それは三流の独裁国家においてだ。まさか絢爛たる我らが王都において、裁判もせず市民を投獄するなど、あるはずがなかろう。それとも貴兄は、あると言いたいのか?」
「だ、誰か裁判の記録を!」
隊長の命令で、数名が走っていった。
さて、少し時間的な猶予ができたか。
フェデリコさんは雑談に見せかけて、また仕掛けた。
「言っておくが、そこの不死身のアルトゥーロは、レコンキスタ家の出身だぞ。そんな人物が裁判もなしに投獄されたとなれば、将軍もさぞ胸を痛めるだろうな」
「ま、まさかそんな……」
アルトゥーロさんはイヤそうな顔をしているが、使えるものはなんでも使うのがフェデリコさんだ。
隊長は焦れて部下へ尋ねた。
「記録はまだ見つからんのか?」
「そうすぐには……」
フェデリコさんは肩をすくめた。
「いいだろう。貴兄らにも都合というものがあろう。そして? そう。私もある。しばらく家に滞在する予定だ。もし記録が見つかったなら、いつ来てくれてもかまわない。このフェデリコ、逃げも隠れもせん」
「はぁ……」
*
ここは間違いなくラ・ビアンコの王都なのだろう。
立派なのは城だけではない。
周囲を取り囲む街も整然としており、きちんと整備されている。出店も多く、行き交う人々で活気があふれていた。
「凄い。ラ・ヴェルデの街も凄かったけど、こっちは何倍も凄いですね……」
とはいえ、機械装甲でうろついているので、みんなに不審な目で見られる。
何度も衛兵に止められた。
「おそらく世界を見ても、これだけの都市はそうあるまい。地上の最先端といってもいい。天界が滅んだいまとなってはなおさらだ」
*
フェデリコさんの自宅は大きな屋敷だった。
「お坊ちゃま、お帰りなさいませ」
「ふむ」
使用人たちは、俺たちの姿を見ても表情を変えなかった。
武装した平民が普通に入り込んでいるというのに。
「マルコくん、装甲はそこで外したまえ。さすがに動きづらいだろう」
「はい」
大きな動きをするにはいい。
だけど、狭い場所を、ぶつからないように歩くのは難しかった。力が強すぎるからドアの開閉もできない。
魔力で駆動するから、装甲そのものの重さは負担にならないのだが。気をつかいながら動くから、いつもとは違った意味で消耗する。
談話室に案内された。
「フェデリコの野郎、学者先生ってだけじゃなく、貴族サマでもあったのかよ」
アルトゥーロさんの皮肉に、フェデリコさんもうんざりしたような表情を見せた。
「君もその貴族サマだろう」
「よしてくれ。俺は家を出たんだ。いまはただの傭兵だ」
「将軍に挨拶してこないのか?」
「レコンキスタがどれだけデカい家が知らないのか? きっと将軍は、俺のことなんか知りもしねーよ。それで? これからどうすんだ? あの女を追い詰めて、浄化の装置を奪い返すんだろ?」
そうだった。
俺たちはただ観光に来たわけではない。
「状況を整理しよう。我々は……じつのところ、すでに当初の目的を達成しているのだ。神の眷属に対処できたのだからな。いわばこれは、後始末のようなものでしかない」
フェデリコさんの言葉に、俺は耳を疑った。
目的を達成した?
母さんの運命は変わっていないのに?
「あの……」
「もちろん計画は終わりではない。まだマルコくんのお母上を救えていないのだからな」
よかった。
忘れていたらどうしようかと。
ピチョーネがうなだれた。
「私が失敗したから……」
それは違う、と、言ってあげたい。
だけど、事実だけを見たら、きっとそうなのだろう。神の眷属を滅ぼすことはできた。しかし計算機は破壊できず、浄化の装置まで奪われてしまった。
フェデリコさんもうなずいた。
「否定はしない。だが、君はやるべきことをやった。気に病む必要はない。あくまで私の推測だが、我々は、ずいぶん前から虹の魔女に誘導されていたのだろう。一連の状況がそれを物語っている」
「誘導?」
「魔女たちの編み出した転移魔法は、確かに素晴らしいものだ。しかし人を移動させるだけならともかく、巨大な物体を移動させるのには向いていない。空間を大きく裂かねばならないからな。そこまで大きな穴を開けるためには、天界の制御装置が邪魔だったんだろう」
えっ?
じゃあ虹の魔女は、計算機を外に持ち出すために、制御装置を破壊させたというのか? 俺たちを誘導して?
フェデリコさんは肩をすくめた。
「じつに回りくどい方法に見えるが……。しかし彼女たちは、常に未来を見ながら調整しているのだ。どこをどういじったら最良の未来になるのか、分かっていたのだろう。じつに狡猾だな」
俺はそれでも納得いかなかった。
「でも一人だけなら入れるんですよね? ピチョーネみたいに、一人で乗り込んで制御装置を破壊すればよかったんじゃ……」
「正論だな。だが、それが可能なら、とっくに手を出していただろう。やっていなかったということは、なんらかの契約があったに違いない。神の眷属は、我々にすら休戦協定を提案してきたのだ。魔女とも同様の契約があったと見るべきだろう。もちろんピチョーネ君は例外だ。彼女は魔女ではあるが、私たちの陣営だからな。そして我々は、休戦協定を結んでいなかった。そして天界が滅んだ時点で、あらゆる契約が失効した。その後は奪い放題というわけだ」
なにも理解していない俺たちが、天界をメチャクチャにするのを待っていたというわけか。
ピチョーネは、しかしかぶりを振った。
「たぶん、なにかが違うと思う。制御装置を壊した直後、集会所から呼び出しがあったの。それでしばらく魔女のところにいたけど……。魔女たちは、計算機についてなにも言ってなかった。きっと壊れるならそれでもいいって思ってたんじゃないかな。それよりも、白の魔女について警戒してて……」
そう。
今回の騒動に紛れて、白の魔女も動いた。
浄化の装置を奪ったのだ。
フェデリコさんは、ふむと溜め息をついた。
「結局のところ、彼女に対処する必要があるわけだ。しかし今回はさすがに難しいぞ。ただ魔女というだけでなく、王から叙勲された騎士でもあるわけだからな。軽率な行動はとれない」
その目はアルトゥーロさんを見ていた。
肝心のアルトゥーロさんは顔をそむけて自分は関係ないみたいな顔をしていたが。
ソフィアさんが立ち上がった。
「じゃあどうするんですか! 私、絶対に許せません! 慈愛の聖女を投獄するだなんて、とんでもない侮辱ですよ!」
「では、決闘でも挑んだらどうかね?」
「け、決闘?」
フェデリコさんのつっこみに、ソフィアさんは目を丸くしてしまった。
決闘――。
公平なルールのもとで、勝敗を決するものだ。
命までは奪わないらしいが……。
「我が国では、決闘が認められている。身分は関係ない。一対一でなくともよい。ただしルールは公平に。こちらが五名なら、相手も五名。装備も同じものを使用する。魔法に関する規定はないに等しいがね」
「え、それは……。そういう危ないのは、みんなに任せます。私は、あくまで医者なので……」
ソフィアさんは自分でやらない。
なんとなくこういう流れになるのは分かっていた。
フェデリコさんはニッとシャープな笑みを浮かべた。
「私も辞退しよう。みんなの足を引っ張りたくはないからな」
これに慌てたのはアルトゥーロさんだ。
「おい、待てよ。面倒事をこっちに押し付けるつもりなのか?」
「なんだね? また報酬についての不満か? それを言うなら、こちらも無償で知識を提供しているのだが」
「そうじゃねぇんだ。抜けたとは言え、俺はレコンキスタの人間だ。王都で決闘なんかしたら……面倒なことになるだろ」
「一理ある。では、マルコくんとピチョーネくん、二人でやりたまえ」
はい?
なぜそんな話に……。
ピチョーネはやる気だ。
「いいよ。私とマルコが最強だってこと、全世界に見せつけてやる」
話の流れで興奮して、ヘタクソなパンチの練習をしている。
どうせパンチなんて使わないのに。
俺はせめて冷静でいなければ。
「でも、なんの名目で決闘するんですか?」
「浄化の装置について、表立って要求するのは危ない。あの力を、国王はいたくお気に入りだからな。だが、手はあるぞ。あの装置は、おそらく魔法の素養がなければ動かせない。もとは天界の装置だから、科学で動いているとは思うのだが。現状、その運用方法を正しく把握していないのだろう。だからわざわざ魔女に運用させている。あんな危険な装置を」
そうだ。
現状、白の魔女が装置を動かしている。
王からすれば敵である魔族を、騎士に叙任してまで。
「そして我々が勝利したあかつきには、白の魔女に、貴族の身分を捨ててもらう」
「はい?」
「アカデミアの学者と、レコンキスタ家の人間を、裁判もなしに重罪と決めつけ、投獄したのだ。理由にはなる。ただし、こちらも相応のものを賭ける必要があるぞ」
「でも俺、賭けられるものが……」
「私の命を賭ける」
「えっ……」
あまりにも簡単に言う。
命を賭ける?
正気なのか?
アルトゥーロさんが盛大な溜め息をついた。
「学者先生よ、あんた、バカなのか? なぜそこまでする?」
「釣り合いがとれていないと? 確かにそうだな。では君の命を賭けたまえ」
「おいおい……」
「実際のところ、こちらがなにを賭けるべきかは、相手の希望も聞かねばならない。その上で、両者が合意に達したとき、初めて決闘が始まる」
「そんな面倒なことしねぇでも、なにかにかこつけて後ろからバーンとやっちまえばいいと思うが」
あまりにも雑な提案だ。
フェデリコさんは、もはや顔をしかめもしない。
「そんなに投獄されたいのなら、いつでも戻っていいぞ」
「気が向いたらな」
フェデリコさんはこちらを見た。
「マルコくん。そしてピチョーネくん。念のため言っておくが、決闘が二体二になるとは限らない。彼女はどこの派閥にも属していない。だから一人だ。一対一になるかもしれない。あるいは代理人を立ててくるかもしれない。あらゆるケースを想定しておいてくれたまえ」
そうか。
代理人を使ってくる可能性もあるのか。
ピチョーネが首をかしげた。
「えっ? でも、そしたら白の魔女を倒せないよね?」
「構わんだろう。今回、本人を倒す必要はない。代理人が相手だろうが、賭けたものは変わらないのだからな。つまり、勝利さえすれば、白の魔女から騎士の称号を剥奪し、軍事にかかわれないようにできる。これが重要なことなのだ。もちろん装置を回収するまでには至らないが、少なくとも使用させないようにはできる」
計画は分かった。
あとは、相手が条件を飲むかどうか。
無茶なことを言ってこなければいいが……。
(続く)




