とりかご
世界でなにかが起きている。
だが、それがいったいなんであるかは不明。
何食わぬ顔でピチョーネが戻ってきた。
「ただいま、マルコ」
「あれ? ピチョーネ……」
俺は秋空の下、薪を割っている最中だった。
「心配した?」
「いえ、母さんが無事だと教えてくれたので」
「なにそれ。つらいんだけど」
つらいと言われても。
「あ、薪を割ってるから近寄らないでくださいね。危ないから」
「もー! お帰りのハグもなしなの?」
「なしですよ。早く中に入ってください。母さんもいますよ」
「はーい」
まるでちょっとお泊りに行っていたくらいの様子だ。
天界を潰してきた帰りとは思えない。
薪を割り終えて戻ると、二人は真剣な表情でなにか話していた。
どうせ俺には分からない話だろう。
水を飲んで、ふぅと息を吐いた。
体を動かしたあとの水は本当にうまい。
「マルコ、少しいいですか?」
「はい、母さん!」
急に呼ばれた。
薪をいっぱい割ったから褒めてくれるのか?
「白の領域へ向かってください」
「はい?」
「魔女の中に、裏切り者がいるようです」
「いえ、あの……。なんですか? 仕事ですか?」
いま薪をいっぱい割ったばかりなのだが……。
ピチョーネがやれやれとばかりに肩をすくめた。
「前に、赤の領域で浄化の炎が使われたでしょ? あれ、天界から持ち出されたものみたい」
「天界から? え? でもピチョーネが壊したんですよね?」
「私が壊したのは、空間を制御してるほう。そしたら浄化の装置も一緒に壊れるはずだった」
「はずだった?」
失敗したのか?
ピチョーネは、母さんみたいに目を細めた。
「マルコ、私のことダメな子だって思ってる?」
「思ってませんよ」
「いいの。失敗したの。というか、空間の制御装置だけ壊せば全部丸く収まるはずだったのに。私が知らないうちに計算機は持っていかれるし、浄化の装置も持っていかれてたの」
「虹の魔女が?」
「虹の魔女が盗んだのは計算機だけ。でも、浄化の装置は誰が盗んだのか分かってないんだ。まあ分かってないっていうか、それができるのは一人しかいないんだけど」
「誰です?」
「白の魔女」
赤と黒は会ったことがある。
でも白はないと思う。
「え? じゃあ俺に、白の領域に行って、その魔女を倒してこいって言うんですか?」
「私と一緒に行くの!」
ピチョーネは嬉しそうだ。
俺は嬉しくないけど。
母さんもなんとも言えない表情だ。
「機械の鎧がありますね? あれで行ってください」
「あれはフェデリコさんの許可がないと動かせませんよ」
「では許可もとってください。どうやら白の魔女は、国王と結託して利益を分け合っているようなのです。あの危険な装置は、人の手に負えるようなものではありません」
なんなのだ。
俺の言うことには協力してくれないのに、自分の都合で……。
「いいですけど、ひとつ条件があります」
「なんですか?」
母さんに条件を突きつけるなんて、したくなかった。
でも仕方がない。
「なんでもやります。その代わり、母さんは絶対に生き延びてください」
「またそんなことを……」
「俺は本気です」
「分かりました。生き延びます。行ってくれますか?」
なんか軽い。
仕事をさせるために、口先だけでごまかしたような。
「本気ですからね!」
「分かってます」
「じゃあフェデリコさんに許可とってきます!」
「お願いしますね」
母さんはあまり表情を変えないから、どういうつもりなのか読みづらい。
怒ってるときと引いてるときと、酔っ払ってるときは分かるのだが……。
*
フェデリコさんの書斎に入ると、彼はなんとも言えない表情で出迎えた。
「そうか。まあ、お母上がどうしてもというのなら、許可しても構わないが……」
「どうしました?」
あまり気が進まないといった様子だ。
「先日のことさ。せっかく天界の調査をできると思ったのに、天界そのものが消失してしまった。あの科学力を調査する絶好の機会だったんだが」
「けど、ほかに選択肢が……」
「その通り。君を責めているわけじゃない。私が責めているのは、このどうしようもない運命だ」
「あ、でも、今回は浄化の装置を取り返しに行くんで、もしかしたら天界の技術に触れることができるかも」
たぶんできない。
なぜなら奪還したら、すぐに魔女が持っていってしまうからだ。たぶん。そう言われてはいないが、絶対にそうなる。俺もさすがに理解した。
だが、フェデリコさんの目には生気が宿った。
「なるほど。では私も同行しよう」
「えっ?」
「え、じゃない。現場に行かなくては、調査できんだろう。そうとなれば、さっそく準備をせねば……。アルトゥーロくんとソフィアくんにも声をかけておいてくれたまえ」
「はい……」
大丈夫かな。
*
結局、また大所帯になってしまった。
「では母さん、行ってまいります」
「ええ。くれぐれも気をつけて。白の魔女は、もしかしたら対話に応じてくれるかもしれません。戦闘は可能な限り回避してくださいね」
「はい」
正直、魔女と戦うなんて考えたくもない。
そこらの魔族ならともかく、魔女の使う魔法は意味が分からなすぎる。
だが、交渉は得意じゃない。またフェデリコさんに頼むしかない。
移動は簡単だ。
ピチョーネが転移魔法を使ってくれる。ただし、あまりに遠くへ移動する場合、精度が低くなって、予期せぬ場所につながる可能性があるという。
まあピチョーネなら大丈夫だとは思うが。
*
初めてのラ・ビアンコ――白の領域だ。
青い空、白い雲、そして……。
ん?
転移装置を抜けた瞬間は、たしかに青空が広がっていた気がするのだが。
改めて見回すと……無骨な石の壁、石の床、石の天井に囲まれている。そして一方には鉄柵。ここは牢獄だろうか。しかも俺たちは、閉じ込められている側?
機械装甲で来てしまったから、ほとんど身動きがとれない。
「とても素直でかわいいね。自分たちから罠にかかりに来てくれるなんて」
鉄柵の外に立っていたのは、輝くような純白のショートヘアの、まっしろな軍服の若い男……いや女か? スラリと足が長い。まるで俳優のようだ。
ピチョーネがくしゃくしゃに顔をしかめた。
「やられた。白の魔女だ」
この気取った女が白の魔女?
「そう。あらためて名乗らせてもらおう。私は白の魔女。そして国王から称号を授かった騎士でもある」
「魔女は世俗とは無縁であるべきでしょ。称号なんかもらって喜んじゃって! 恥知らず!」
ピチョーネの罵倒にも、白の魔女は涼しげな笑顔だ。
「ああ、なつかしいね。かわいい小鳥のさえずりだ。逃げようとしてもムダだよ。そこには結界が張ってあるからね。魔法は使えない」
「くっ……」
ピチョーネがあきらめたような顔をしている。
本当にムリなのか?
アルトゥーロさんは座り込んでしまった。
「おいおい、勘弁してくれよ。1リラにもならねーのに護衛に借りだされたかと思ったら、さっそくこれかよ。酒でもなきゃやってらんねーぜ」
まあ、そう……かも。
元は傭兵なのだ。金がなければ動かない。なのに前回も無償労働だった。
ソフィアさんが鉄柵にしがみついた。
「ま、待ってください! 私、医者なんです! この人たちに脅されて連行されただけで!」
いきなり仲間を売るとは。
白の魔女は、白い歯を見せて笑った。
「おや、それは大変だ。公設の医師団を追放されて、その後、容赦なき医師団まで追放された血の海のソフィアくんだね」
「ご、誤解なんです! 慈愛の聖女ソフィアです!」
「ああ、可憐なお嬢さん。とても気の毒だね。いますぐ君をそこから救い出してあげたい……。けど、難しいんだ。いろいろ事情が込み入っていて。けど、あきらめないで欲しい。いつか私がそこから君を救い出してあげるからね」
「きゅん……」
きゅんじゃない。
なんだ慈愛の聖女って。
一回もそんなふうに呼ばれたことはないだろう。
フェデリコさんも渋い表情だ。
「ソフィアくん。聖女という称号は、教会や寺院に貢献しなければ名乗れない称号だぞ」
「はい?」
「寺院とケンカ別れした君が名乗れる称号ではないのだ」
「いいんですよ、そんなことは! 私は慈愛の聖女なんです!」
もう頭のアレな人にしか見えない。
俺は鉄柵の外へ声をかけた。
「白の魔女、あなたはなぜ装置を奪ったんです?」
「王国の統治に貢献するためさ」
「そのために赤の領域を焼いたと?」
「あそこの領主は、以前から悩みの種でね。考えなしに武力を用いるせいで、治安上の問題になっていたんだ。だが、誤解しないで欲しい。私は決して、個人的な趣味で領地を焼いたわけではない。国王から正式な命令を受けている。私は魔女であると同時に、王に仕える騎士でもあるからね」
権力にへつらう魔女、か。
ピチョーネが怒るのもムリはない。
王から命じられたとはいえ、この人は間違いなく虐殺者だ。
赤の領域の都市を壊滅させた。
「対話できませんか? 母さんからは、戦闘を控えるよう言われています」
「懸命だね。もしこのまま戦闘を始めたら、君たちは数秒で灰になってしまうだろう。君の灰をお母上にお届けするのは心苦しいよ」
完全に上からモノを言ってくる。
それくらい余裕なのだろう。
ピチョーネが鉄柵を蹴り、足を痛めた。
「いった。なんでこんな頑丈に作るのよ! バカ!」
「牢とは普通、頑丈に作るものだからね」
「あんたね! こんなことして、他の魔女が黙ってると思うの?」
「そこは正直、分からないな。魔女たちはみんな気まぐれだからね。けど、いちばん意外だったのは、先代の緑の魔女が、この件に関心を示したことだね。彼女、虹の魔女に命令されても動かないタイプだと思ってたけど」
そうだ。
当初、母さんは虹の魔女からの手紙を無視していた。
意外と強情なところがある。
だが、そうなると……?
なぜ今回は動いた?
世俗のことなどどうでもいいはずなのに?
俺は鉄柵にしがみついた。
「白の魔女、教えてください。あの装置を、あなたは本気で戦争に使うつもりなんですか?」
「私の意思は関係ない。大事なのは、国王がどうしたいかだよ」
ピチョーネも鉄柵にしがみついた。
「権力の犬よ!」
「好きに呼んでくれ。魔女は自由だ。王に仕える自由だってある。せっかく力があるのに、それを世のために使わないなんて、もったいないと思わないかい?」
「なにが世のためよ!」
すると白の魔女は、薄い唇でフッと笑った。
「そうだね……。たとえば、いまラ・ネロとラ・ヴェルデが戦争しているだろう? あのくだらない争いも、すぐにやめさせられると思う。やめなければどうなるかは……すでに誰もが理解したはずだからね。平和の維持には力が必要なのさ。圧倒的な力がね。神の眷属が滅んだいま、国王がその代理を務めることになるだろう」
国王というのは、そんなに立派な人間なのだろうか?
そして赤の領主は、そこまでの悪人だったと?
まあ確かに、いい噂は聞かなかった。領主が問題ばかり起こしていたのは事実だろう。だからって、いきなり都市ごと焼くとは……。戦争とは無関係な市民もいたろうに。
白の魔女は肩をすくめた。
「話は済んだかな? 私は報告のためにいったん戻るよ。そのうちまた様子を見に来られると思う。それまでおとなしく待っていてね、かわいい小鳥たち」
俺たちはかわいくもないし、小鳥でもない。
だが、反論する気もなかった。
彼女が立ち去ると、どっと疲れが襲ってきた。
これからどうすればいいのやら。
(続く)




