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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第三章 悪しき戦争(マラ・グエラ) 後編
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ターボル(二)

「フェデリコさん、俺、このあとどうすれば……」

 どうしていいか分からず助けを求めると、遠隔映像テレ・ビジオネからフェデリコさんの声がした。

『光線を使いたまえ』

「それ以外でお願いします」

 この人、なんでもかんでも焼き払うことしか考えていないのか?

 もしかすると、機械装甲のデータが欲しいだけなのかもしれない。


 街を奪還したあとで、市民たちが住むことになるのだ。

 肝心の街を破壊してしまっては、元も子もない。


『次善策は用意していない。なぜなら、たいていの問題は光線で解決できるのだからな』

「えーと……。みんなの様子はどうなってます?」

『残念だが、私が会話できる相手は君だけだ。あるいはその周辺の誰かだな。アルトゥーロくんの状況は、遠すぎて分からん』

「引いたほうがいいでしょうか?」

『策があるならそうしたまえ。だが、君はいま一人だ。周囲に気を使うべき市民はいない。愚直に進むというのも手ではあるぞ』


 そうだ。

 この機械装甲なら、ある程度の罠にかかっても生存できる。

 あとから来る市民のために、罠にかかっておくのもいいかもしれない。


 いずれにせよ、ピチョーネが動き出す前に解決しなければ。


「このまま前進します」

『健闘を祈る』


 *


 巨大な落石、爆発物、捕獲網、また落とし穴。

 様々な罠に遭遇した。

 生身だったら、どれも即死だったろう。

 だが、機械装甲はそのどれにも耐えた。

 耐えているように見えた。


『止まりたまえ。コアの出力が不安定になっている』

「えっ?」

 不意に、フェデリコさんから通信が来た。

 コアが不安定に?

「まさか、爆発とか……」

『いや、コアそのものではなく、動力の伝達に問題が生じているようだ。最悪の場合、行動不能になるかもしれない。さすがに今回はハードだったようだな』

「じゃあ……」

『撤退したまえ。これ以上は命を保証できない』


 まだ戦闘していない。

 ただ一方的に罠にハメられただけ。

 なのに、撤退とは……。

 こんなものが戦争なのか?


 いや、ここで熱くなってはダメだ。

 俺たちは、赤鼻の策に敗北したのだ。


 *


 街の外に出ると、外でアルトゥーロさんと市民たちが待機していた。

 あの圧倒的な被害を見せられて、市民たちも待つことをおぼえてくれたようだ。


「すみません。装甲が限界だったので、引き返してきました」

 俺がそう告げるのを、市民たちは哀しそうな顔で聞いていた。

 なんとなく、こうなる予感はできていたのであろう。

 最初の罠で、あまりにも多くの命が散ってしまった。

 みんなとっくにあきらめていたのだ。


 ピチョーネが近づいてきた。

「じゃ、次は私の番?」

「ダメだよ。今日はもうおしまいだから」

「なんで?」

「なんでも」

 彼女はやり過ぎる。

 もしフェデリコさんがやれと言っても、俺は止める。


 納得しきれない様子のピチョーネは、装甲板にぐっと顔を近づけた。

「フェデリコはどう思うの?」

『現場指揮官の判断に従いたまえ』

 本心だろうか?

 自由都市を解放して、資金を稼ぎたいはずなのに。

 ピチョーネが目を向けると、アルトゥーロさんは「ダメだ」と突っぱねた。


 もしピチョーネを行かせれば、一瞬で敵を全滅させ、自由都市は解放されるだろう。

 お金も手に入る。

 なのに、フェデリコさんは強制しなかった。


 城壁には、ずんぐりとした赤鼻が立っていた。

「もう帰るのか? 残念だな。その機械を、もっと近くで拝んでみたかったんだが。ま、いつでも来てくれ。街は逃げねぇ。逃げたくとも、足がついてねぇからな。ガハハ」

 だが、追撃してくるつもりはないようだ。

 つまり街から出てくる気がないということだ。

 自分の作った罠に絶対の自信があるのだろう。


 *


 俺たちは敗北を噛みしめながら帰路についた。


『落ち込むことはない。機械装甲を修理したら、またこの自由都市へ挑むことになる。決して見捨てるわけではないのだ』

 この場にいないのをいいことに、フェデリコさんは勝手なことを言ってくる。

 市民たちは今回の結果に失望していた。

 街に帰れると思ったのに、それが叶わなかったどころか、仲間の大半を失ってしまったのだ。

「なんでそんなに簡単に言えるんですか? 俺、悔しいですよ。なにひとつうまくいかなくて……」

『簡単に? そう聞こえたのか?』

「聞こえました」

 先生に口でかなわないのは分かってる。

 だけど、抑えきれなかった。


『まだ誤解があるようだな。私は神ではない。当然、誤算もある。どんなに作戦を最適化したところで、いくらかの被害はまぬかれない。それでも、被害を最小限に抑える策を選んでいるつもりだ。もし、もっと効率的な意見があれば、出してくれたまえ。私の策より優れていれば、喜んで採用しよう』

「……」

 悔しいが、俺にはムリだ。

 先生の頭脳を超えられる気がしない。


 だが、荷台のピチョーネが皮肉を飛ばした。

「ねえ、フェデリコ。あなたと違ってマルコは優しい人なの。次は、もっと人が死なない作戦を考えてよ」

『ああ、安心したまえ。市民たちも、指揮官の命令に従わねばどのような結末を迎えるか、よく理解したはずだ。次はさらに被害を抑えられる』

「もしかして、分かってて戦争に参加させたの?」

『未来のことは私にも断定できない。だが、可能性として想定していなかったと言えばウソになるな。ではどうする? 君なら彼らを従えることができたのか? 誰一人犠牲を出すことなく、戦いを勝利へ導けたのか?』

 これを徴発と受け止めたのか、ピチョーネは荷台から身を乗り出した。

「はい? できますけど?」

『そう、おそらく可能だ。君ならな』

「だったらなんでやらせてくれなかったの?」

『ふむ。ウソは言うまい。その判断をしたのはアルトゥーロくんだが、そうするよう仕向けたのは私だ。なぜなら魔法は、いまだ人類にとって「敵」の技術なのだ。君の主張する通り、魔法で街を解放することはできる。だが、その光景を見た市民はどう思う? 我々を魔族の手先だと疑い始めるだろう。それではダメなのだ』

「なによそれ……」

 魔族であるピチョーネにとって、それは許しがたい侮辱に聞こえたかもしれない。


『怒る必要はない。思い出して欲しい。我々が救っている相手は凡愚なのだ。彼らを救うのは真実ではない。必要なのは、荒唐無稽な伝説なのだ。中身はウソでもいい。いや、ウソであらねばならない。ちょうど吟遊詩人の歌のように』

 以前から気になっていた。

 彼らにきちんと説明せずに、伝説などという誇張されたもので動かすなんて。

 俺もつい反論してしまった。

「たしかにフェデリコさんは天才だと思います。彼らが凡愚だというのも……たぶん先生からはそう見えるんでしょう。けど、なにも説明しないまま使うというのは……」

 するとフェデリコさんは、かすかに溜め息をついた。

『結構。私としても、その考えを否定したいわけではない。ただし、残念なことに、我々には時間がないのだ。たとえば火山が噴火したときに、噴火のメカニズムを説明している時間はない。それより先に避難すべきなのだ。それと同じことが起きている。いまは緊急事態だ。迫りくる災害に対処せねばならない。古人も『由らしむべし、知らしむべからず』と言った。いまはそれで我慢して欲しい』

「はい……」


 そうだ。

 そうなのだ、きっと。

 フェデリコさんだって、好きで市民をバカにしているわけではない。彼の言う「効率」を突き詰めた結果、こうなっただけ。


『繰り返すが、私とて完璧ではない。ミスもあろう。そのときは指摘してくれて構わない。私だって、私以上の案があればすがりたいと思っている。納得していないのは私も同じだ。だが、いまは……それ以上のものが存在しないのだ。理解して欲しい』

「はい……」


 反論できない。

 話の筋は通っている。たぶん。

 だけど、どこか信じ切れない。

 これは本当に、フェデリコさんの本心なのだろうか?


 *


 数週間後、俺たちは自由都市へ戻ってきた。

 市民たちの士気は高くなかった。だが、アルトゥーロさんの指示は素直に聞いていた。


 作戦はこうだ。

 あくまで俺が先頭に立つ。市民軍は安全を確保しながら追従する。敵に遭遇したら守りを固める。あらかじめ大きめの盾を用意してもらっている。

 彼らに戦闘は期待していない。大事なのは、ともに進行することだ。


 ただし、状況は前回と同じではなかった。


「おい、見ろ! ホントに来たぜ! 門を開けろ!」

 城壁に立った敵の現場指揮官は、赤鼻ではなかった。その部下か……あるいはまったく別の部隊に見えた。完全にこちらをナメ切っていた。


 アルトゥーロさんは深い溜め息だ。

「今日こそ赤鼻にトドメを刺せると思ったんだがな」

「やっぱり因縁が?」

 俺の問いに、彼は渋い表情を見せた。

「じつは冒険者になる前、あいつの下で傭兵をしてたんだ。そこで逃げることの重要性を叩き込まれた。逃げるってのは大変だぜ。敵に背をさらすことになる。死の可能性がぐんとあがる。だから技術が必要になるんだ。そういうのを、全部あいつから教わった」

 仲間だったということか。


「なんで抜けたんですか?」

「その話は長くなる。終わってからにしよう」

「はい」

 敵でないなら味方に引き込めそうな気もするが……。

 いや、傭兵は金でしか動かない。

 例外はアルトゥーロさんだけだ。


 俺は前進し、部隊の先頭に立った。

 アルトゥーロさんは後方へ。

「全軍前進!」

 号令がかかり、俺たちは歩を進めた。


 敵は罠に絶対の自信を持っているから、特になにもしてこない。

 俺たちが勝手に自滅すると思っている。


 俺は門の手前で立ち止まった。

 ハルバードは背負ったまま、両手を前に突き出した。

 光線を使う。


 罠にかかる前に、すべてを焼き払うのだ。

 街の大部分は壊れるだろう。

 だが、それでいい。

 すでに罠の設置のために、街は大改造されてしまっている。以前のように住むためには、どちらにせよ直さなければならないのだ。


 熱線が、落とし穴を覆っていた偽装を焼いた。

 のみならず、俺は道なりに様々なものを焼いた。

 あらゆる罠が作動しかけて、即座に故障した。岩石だけはこちらへ転がってきたが……。まあ至近距離で発動した罠ではないのだから、来てから避ければいい。


 *


 罠を踏破して進軍した。

 敵は慌てていた。

 まとまって奥にいたから退路もない。


「ま、待て! どうなってんだ! 話と違うじゃねぇか!」

 敵の指揮官は、雇われただけの素人のようだった。

 おおかた冒険者から傭兵に鞍替えしたばかりの男なのだろう。

 彼の部下も引け腰で「どうします? 戦うんですか?」とキョロキョロしている。戦わずに勝てるとでも言われていたか。


 アルトゥーロさんは剣を抜いて前へ出た。

「赤鼻はどうした?」

「知るかよ! 俺たちは上に言われてここに配置されたばかりなんだ。ここにゃ罠があるから、入ってきたヤツは勝手に死ぬって……」

「だが、死ななかった」

「頼む! 見逃してくれ!」


 敵の数も、さほどではなかった。

 建物に隠れてるヤツもいるから、正確な数は分からないが。数百はいそうだが。規模はこちらと同じくらい。


 アルトゥーロさんは剣を納めなかった。

「おとなしく投降するなら命までは奪わない。その場合、街の法に従い、収監されることになる」

「は?」

「もし手向かうなら、この不死身のアルトゥーロ率いる市民軍との戦闘になるぞ」

 だが敵は、アルトゥーロさんよりも、俺の機械装甲が気になるようだった。すべての罠を光線で焼いた装備だ。どう戦えばいいのか、思案しているふうであった。


「わ、分かった。投降する。だから乱暴はよしてくれ。へへ……」

「……そうか。では全軍、現行の作戦を解除せよ」

 アルトゥーロさんが剣をおさめると、市民軍は背を向けた。が、すぐに盾を構えて向き直った。

 敵軍から矢が放たれた。

 それは市民を撃ち抜いたものもあったが、大半は盾によって防がれた。


 背を向けた瞬間が、もっとも攻撃のチャンスなのだ。

 この山賊まがいの連中が、おとなしく収監されるわけがない。


「総員、防御に徹しろ! 攻撃はマルコがする!」

 アルトゥーロさんの号令通り、俺は戦闘を開始した。

 槍のように構えて敵へ突進。突き刺した瞬間、敵の肉体は雷撃で爆ぜた。敵兵は、逃げ場もないのに逃走を始めた。総崩れだ。パニックになって同士討ちまで始めた。


 *


 戦闘はすぐに終わった。

 じっとしていた市民側は、死者数名。


 錯乱した敵側は、ほぼ全滅。

 敵の指揮官も死亡した。


「やった! ホントに街を取り返せたぞ!」

「あの機械装甲のおかげだ!」

「信じられない!」

 市民たちは興奮したようにはしゃいだ。


 街を解放できた。

 それはいい。


 だが、アルトゥーロさんの表情が冴えなかった。

「どうしました? なにかありました?」

「いや、赤鼻の行方が気になってな。俺たちが来ることは分かっていたはず。いちど使った罠が、もう役に立たないってことも。なのに、なんの対策もないまま姿を消した」

「逃げたんでしょうか?」

「いや、そうじゃねぇ。きっとどこかに呼ばれたんだ。雇用主の判断でな」

 雇用主――。

 ラ・ヴェルデの領主、ジェラルドさんだろうか?

「じゃあ、別の場所に?」

「赤鼻の部隊は精強で知られてる。その力が必要とされた、ってことは……。少なくとも、俺たちよりヤバい相手が出てきたってことだろう」

 いったい誰が?

 神か? それとも悪魔か?


 市民たちは喜んでいる。

 だが、俺たちの戦いは終わってはいない。

 いつ終わるのかも分からない。


(続く)

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