ターボル(二)
「フェデリコさん、俺、このあとどうすれば……」
どうしていいか分からず助けを求めると、遠隔映像からフェデリコさんの声がした。
『光線を使いたまえ』
「それ以外でお願いします」
この人、なんでもかんでも焼き払うことしか考えていないのか?
もしかすると、機械装甲のデータが欲しいだけなのかもしれない。
街を奪還したあとで、市民たちが住むことになるのだ。
肝心の街を破壊してしまっては、元も子もない。
『次善策は用意していない。なぜなら、たいていの問題は光線で解決できるのだからな』
「えーと……。みんなの様子はどうなってます?」
『残念だが、私が会話できる相手は君だけだ。あるいはその周辺の誰かだな。アルトゥーロくんの状況は、遠すぎて分からん』
「引いたほうがいいでしょうか?」
『策があるならそうしたまえ。だが、君はいま一人だ。周囲に気を使うべき市民はいない。愚直に進むというのも手ではあるぞ』
そうだ。
この機械装甲なら、ある程度の罠にかかっても生存できる。
あとから来る市民のために、罠にかかっておくのもいいかもしれない。
いずれにせよ、ピチョーネが動き出す前に解決しなければ。
「このまま前進します」
『健闘を祈る』
*
巨大な落石、爆発物、捕獲網、また落とし穴。
様々な罠に遭遇した。
生身だったら、どれも即死だったろう。
だが、機械装甲はそのどれにも耐えた。
耐えているように見えた。
『止まりたまえ。コアの出力が不安定になっている』
「えっ?」
不意に、フェデリコさんから通信が来た。
コアが不安定に?
「まさか、爆発とか……」
『いや、コアそのものではなく、動力の伝達に問題が生じているようだ。最悪の場合、行動不能になるかもしれない。さすがに今回はハードだったようだな』
「じゃあ……」
『撤退したまえ。これ以上は命を保証できない』
まだ戦闘していない。
ただ一方的に罠にハメられただけ。
なのに、撤退とは……。
こんなものが戦争なのか?
いや、ここで熱くなってはダメだ。
俺たちは、赤鼻の策に敗北したのだ。
*
街の外に出ると、外でアルトゥーロさんと市民たちが待機していた。
あの圧倒的な被害を見せられて、市民たちも待つことをおぼえてくれたようだ。
「すみません。装甲が限界だったので、引き返してきました」
俺がそう告げるのを、市民たちは哀しそうな顔で聞いていた。
なんとなく、こうなる予感はできていたのであろう。
最初の罠で、あまりにも多くの命が散ってしまった。
みんなとっくにあきらめていたのだ。
ピチョーネが近づいてきた。
「じゃ、次は私の番?」
「ダメだよ。今日はもうおしまいだから」
「なんで?」
「なんでも」
彼女はやり過ぎる。
もしフェデリコさんがやれと言っても、俺は止める。
納得しきれない様子のピチョーネは、装甲板にぐっと顔を近づけた。
「フェデリコはどう思うの?」
『現場指揮官の判断に従いたまえ』
本心だろうか?
自由都市を解放して、資金を稼ぎたいはずなのに。
ピチョーネが目を向けると、アルトゥーロさんは「ダメだ」と突っぱねた。
もしピチョーネを行かせれば、一瞬で敵を全滅させ、自由都市は解放されるだろう。
お金も手に入る。
なのに、フェデリコさんは強制しなかった。
城壁には、ずんぐりとした赤鼻が立っていた。
「もう帰るのか? 残念だな。その機械を、もっと近くで拝んでみたかったんだが。ま、いつでも来てくれ。街は逃げねぇ。逃げたくとも、足がついてねぇからな。ガハハ」
だが、追撃してくるつもりはないようだ。
つまり街から出てくる気がないということだ。
自分の作った罠に絶対の自信があるのだろう。
*
俺たちは敗北を噛みしめながら帰路についた。
『落ち込むことはない。機械装甲を修理したら、またこの自由都市へ挑むことになる。決して見捨てるわけではないのだ』
この場にいないのをいいことに、フェデリコさんは勝手なことを言ってくる。
市民たちは今回の結果に失望していた。
街に帰れると思ったのに、それが叶わなかったどころか、仲間の大半を失ってしまったのだ。
「なんでそんなに簡単に言えるんですか? 俺、悔しいですよ。なにひとつうまくいかなくて……」
『簡単に? そう聞こえたのか?』
「聞こえました」
先生に口でかなわないのは分かってる。
だけど、抑えきれなかった。
『まだ誤解があるようだな。私は神ではない。当然、誤算もある。どんなに作戦を最適化したところで、いくらかの被害はまぬかれない。それでも、被害を最小限に抑える策を選んでいるつもりだ。もし、もっと効率的な意見があれば、出してくれたまえ。私の策より優れていれば、喜んで採用しよう』
「……」
悔しいが、俺にはムリだ。
先生の頭脳を超えられる気がしない。
だが、荷台のピチョーネが皮肉を飛ばした。
「ねえ、フェデリコ。あなたと違ってマルコは優しい人なの。次は、もっと人が死なない作戦を考えてよ」
『ああ、安心したまえ。市民たちも、指揮官の命令に従わねばどのような結末を迎えるか、よく理解したはずだ。次はさらに被害を抑えられる』
「もしかして、分かってて戦争に参加させたの?」
『未来のことは私にも断定できない。だが、可能性として想定していなかったと言えばウソになるな。ではどうする? 君なら彼らを従えることができたのか? 誰一人犠牲を出すことなく、戦いを勝利へ導けたのか?』
これを徴発と受け止めたのか、ピチョーネは荷台から身を乗り出した。
「はい? できますけど?」
『そう、おそらく可能だ。君ならな』
「だったらなんでやらせてくれなかったの?」
『ふむ。ウソは言うまい。その判断をしたのはアルトゥーロくんだが、そうするよう仕向けたのは私だ。なぜなら魔法は、いまだ人類にとって「敵」の技術なのだ。君の主張する通り、魔法で街を解放することはできる。だが、その光景を見た市民はどう思う? 我々を魔族の手先だと疑い始めるだろう。それではダメなのだ』
「なによそれ……」
魔族であるピチョーネにとって、それは許しがたい侮辱に聞こえたかもしれない。
『怒る必要はない。思い出して欲しい。我々が救っている相手は凡愚なのだ。彼らを救うのは真実ではない。必要なのは、荒唐無稽な伝説なのだ。中身はウソでもいい。いや、ウソであらねばならない。ちょうど吟遊詩人の歌のように』
以前から気になっていた。
彼らにきちんと説明せずに、伝説などという誇張されたもので動かすなんて。
俺もつい反論してしまった。
「たしかにフェデリコさんは天才だと思います。彼らが凡愚だというのも……たぶん先生からはそう見えるんでしょう。けど、なにも説明しないまま使うというのは……」
するとフェデリコさんは、かすかに溜め息をついた。
『結構。私としても、その考えを否定したいわけではない。ただし、残念なことに、我々には時間がないのだ。たとえば火山が噴火したときに、噴火のメカニズムを説明している時間はない。それより先に避難すべきなのだ。それと同じことが起きている。いまは緊急事態だ。迫りくる災害に対処せねばならない。古人も『由らしむべし、知らしむべからず』と言った。いまはそれで我慢して欲しい』
「はい……」
そうだ。
そうなのだ、きっと。
フェデリコさんだって、好きで市民をバカにしているわけではない。彼の言う「効率」を突き詰めた結果、こうなっただけ。
『繰り返すが、私とて完璧ではない。ミスもあろう。そのときは指摘してくれて構わない。私だって、私以上の案があればすがりたいと思っている。納得していないのは私も同じだ。だが、いまは……それ以上のものが存在しないのだ。理解して欲しい』
「はい……」
反論できない。
話の筋は通っている。たぶん。
だけど、どこか信じ切れない。
これは本当に、フェデリコさんの本心なのだろうか?
*
数週間後、俺たちは自由都市へ戻ってきた。
市民たちの士気は高くなかった。だが、アルトゥーロさんの指示は素直に聞いていた。
作戦はこうだ。
あくまで俺が先頭に立つ。市民軍は安全を確保しながら追従する。敵に遭遇したら守りを固める。あらかじめ大きめの盾を用意してもらっている。
彼らに戦闘は期待していない。大事なのは、ともに進行することだ。
ただし、状況は前回と同じではなかった。
「おい、見ろ! ホントに来たぜ! 門を開けろ!」
城壁に立った敵の現場指揮官は、赤鼻ではなかった。その部下か……あるいはまったく別の部隊に見えた。完全にこちらをナメ切っていた。
アルトゥーロさんは深い溜め息だ。
「今日こそ赤鼻にトドメを刺せると思ったんだがな」
「やっぱり因縁が?」
俺の問いに、彼は渋い表情を見せた。
「じつは冒険者になる前、あいつの下で傭兵をしてたんだ。そこで逃げることの重要性を叩き込まれた。逃げるってのは大変だぜ。敵に背をさらすことになる。死の可能性がぐんとあがる。だから技術が必要になるんだ。そういうのを、全部あいつから教わった」
仲間だったということか。
「なんで抜けたんですか?」
「その話は長くなる。終わってからにしよう」
「はい」
敵でないなら味方に引き込めそうな気もするが……。
いや、傭兵は金でしか動かない。
例外はアルトゥーロさんだけだ。
俺は前進し、部隊の先頭に立った。
アルトゥーロさんは後方へ。
「全軍前進!」
号令がかかり、俺たちは歩を進めた。
敵は罠に絶対の自信を持っているから、特になにもしてこない。
俺たちが勝手に自滅すると思っている。
俺は門の手前で立ち止まった。
ハルバードは背負ったまま、両手を前に突き出した。
光線を使う。
罠にかかる前に、すべてを焼き払うのだ。
街の大部分は壊れるだろう。
だが、それでいい。
すでに罠の設置のために、街は大改造されてしまっている。以前のように住むためには、どちらにせよ直さなければならないのだ。
熱線が、落とし穴を覆っていた偽装を焼いた。
のみならず、俺は道なりに様々なものを焼いた。
あらゆる罠が作動しかけて、即座に故障した。岩石だけはこちらへ転がってきたが……。まあ至近距離で発動した罠ではないのだから、来てから避ければいい。
*
罠を踏破して進軍した。
敵は慌てていた。
まとまって奥にいたから退路もない。
「ま、待て! どうなってんだ! 話と違うじゃねぇか!」
敵の指揮官は、雇われただけの素人のようだった。
おおかた冒険者から傭兵に鞍替えしたばかりの男なのだろう。
彼の部下も引け腰で「どうします? 戦うんですか?」とキョロキョロしている。戦わずに勝てるとでも言われていたか。
アルトゥーロさんは剣を抜いて前へ出た。
「赤鼻はどうした?」
「知るかよ! 俺たちは上に言われてここに配置されたばかりなんだ。ここにゃ罠があるから、入ってきたヤツは勝手に死ぬって……」
「だが、死ななかった」
「頼む! 見逃してくれ!」
敵の数も、さほどではなかった。
建物に隠れてるヤツもいるから、正確な数は分からないが。数百はいそうだが。規模はこちらと同じくらい。
アルトゥーロさんは剣を納めなかった。
「おとなしく投降するなら命までは奪わない。その場合、街の法に従い、収監されることになる」
「は?」
「もし手向かうなら、この不死身のアルトゥーロ率いる市民軍との戦闘になるぞ」
だが敵は、アルトゥーロさんよりも、俺の機械装甲が気になるようだった。すべての罠を光線で焼いた装備だ。どう戦えばいいのか、思案しているふうであった。
「わ、分かった。投降する。だから乱暴はよしてくれ。へへ……」
「……そうか。では全軍、現行の作戦を解除せよ」
アルトゥーロさんが剣をおさめると、市民軍は背を向けた。が、すぐに盾を構えて向き直った。
敵軍から矢が放たれた。
それは市民を撃ち抜いたものもあったが、大半は盾によって防がれた。
背を向けた瞬間が、もっとも攻撃のチャンスなのだ。
この山賊まがいの連中が、おとなしく収監されるわけがない。
「総員、防御に徹しろ! 攻撃はマルコがする!」
アルトゥーロさんの号令通り、俺は戦闘を開始した。
槍のように構えて敵へ突進。突き刺した瞬間、敵の肉体は雷撃で爆ぜた。敵兵は、逃げ場もないのに逃走を始めた。総崩れだ。パニックになって同士討ちまで始めた。
*
戦闘はすぐに終わった。
じっとしていた市民側は、死者数名。
錯乱した敵側は、ほぼ全滅。
敵の指揮官も死亡した。
「やった! ホントに街を取り返せたぞ!」
「あの機械装甲のおかげだ!」
「信じられない!」
市民たちは興奮したようにはしゃいだ。
街を解放できた。
それはいい。
だが、アルトゥーロさんの表情が冴えなかった。
「どうしました? なにかありました?」
「いや、赤鼻の行方が気になってな。俺たちが来ることは分かっていたはず。いちど使った罠が、もう役に立たないってことも。なのに、なんの対策もないまま姿を消した」
「逃げたんでしょうか?」
「いや、そうじゃねぇ。きっとどこかに呼ばれたんだ。雇用主の判断でな」
雇用主――。
ラ・ヴェルデの領主、ジェラルドさんだろうか?
「じゃあ、別の場所に?」
「赤鼻の部隊は精強で知られてる。その力が必要とされた、ってことは……。少なくとも、俺たちよりヤバい相手が出てきたってことだろう」
いったい誰が?
神か? それとも悪魔か?
市民たちは喜んでいる。
だが、俺たちの戦いは終わってはいない。
いつ終わるのかも分からない。
(続く)