ターボル(一)
どうせ夢の話だとは思ったのが……。
朝、俺はみんなに話してみた。
バカにされて笑われるならそれでもいい。傷つくのは俺だけで済む。けど、言わなかったことで後悔する結果になるのは耐えられない。
「なるほど。ひとつも科学的とは言えないが。しかし魔法を使ったのであれば説明がつく。その話、私は信じよう」
最初に返事をしてくれたのはフェデリコさんだった。
ピチョーネも「うん、信じる!」と同調してくれた。
他の面々は黙っていたが。
いや、いいのだ。夢の話を信じろなんて言えない。判断を保留にするのは、きっと愚かなことじゃない。周りの雰囲気に流されるよりはいい。
けれども、判断できるはずの母さんまでもが黙っていたのは不安だった。
もうすべてを未来に委ねているのか。
タンポポのコーヒーを飲みながら、フェデリコさんが続けた。
「以前から、疑問であったのだ。魔女たちは集会を開き、神に対抗すべく、召喚魔法……いや転移魔法を編み出した。それはなぜか。彼女たちが行動を起こすからには、相応の理由が必要となる。しかしいま、マルコくんの話を聞いてようやく理解できた。神の『浄化』に抗い、生存するためであったのだ。我々の目的とも一致する。彼女たちが情報を提供してくるのもうなずける話だ」
ソフィアさんは首をかしげている。
「けど、さすがにそんな事態になったら、人間たちだって団結するのでは?」
言われてみればそうだ。
なにも俺にだけ教えずに、全人類に教えればいい。
フェデリコさんは肩をすくめた。
「その通りだな。だが、前提として、全員がいまの話を信じる必要がある。ところが実際はどうだ? 人類は、いまだに神を味方だと思い込んでいる。つい数年前、街を破壊し尽くされたというのに、だ。あくまで魔族が悪いとしか思っていない」
「市民はそうかもしれませんが、知識人たちは違うのでは?」
この指摘に、フェデリコさんは鼻を鳴らした。
「そうかもしれんな。だが知識人とはいえ、全員が権力に抗しうるわけではない。肝心の領主が暗愚ではな」
「なら領主の考えを変えれば……」
「可能かな?」
「私にはムリですけど、もっと別の誰かが言ったら……」
「その誰かとは?」
「先生、相変わらず人をイラつかせるのが得意ですね!」
そう。
先生は人をイラつかせるのが得意だ。
彼は気にしたふうもなく続けた。
「ともかく、現状がこうなのだ。実際に浄化が始まるまで、誰も理解しようとしないだろう。理解している我々が、勝手に始めるしかない。早急に影響力を高める必要があるぞ。自由都市を解放し続け、支持者を増やすのだ」
フェデリコさんは、最初から大衆への説得をあきらめている。
その代わり、恩を売って動かす方針でいる。
俺はそのやり方を……手放しで好きにはなれないが。いろいろ見る限り、おそらく有効的なんだろうとは思う。
俺は触れるかどうか迷ったが、あえて尋ねた。
「母さんはどう思います?」
「マルコのお好きになさい」
「はい」
哀しくなってしまう。
もっと前向きになって欲しい。
母さんの命が危ういだけでなく、人類や魔族全体にかかわることなのだから。
*
また新たな自由都市を解放しに向かった。
今日はアルトゥーロさんも一緒だ。俺は機械装甲を身にまとい、荷車を引いている。
『分かっているとは思うが、機械装甲のマルコくんを主軸とし、市民と連携して戦ってもらう。両者が同じ戦場に立つ。これが大事なことだ。ピチョーネくんはギリギリまで手を出さないように』
今日も遠隔映像でフェデリコさんが喋っている。
ピチョーネは返事もしない。
『市民側の代表に、話は通してある。計画通りに進めてくれ。では、健闘を祈る』
通信が終わると、アルトゥーロさんが溜め息をついた。
「ったく。終わってから一杯やる時間もないとはな」
ソフィアさんは顔をしかめた。
「あなた、お酒のことばっかりですね。なんで戦争バカってこうなのかしら」
「そりゃ大人になりゃ分かるぜ」
「はい? もう大人ですけど!」
「そうか? そいつは悪かったな。けど、俺の知ってる大人はそうギャーギャー喚かないぜ」
「ギャーギャーなんて喚いてません!」
あきらかに喚いている。
静かにして欲しい。
*
現場につくと、市民たちは緊張した顔で待ち構えていた。武器を手にしているが……中にはただの棒きれという人もいる。
「俺が諸君らを指揮する不死身のアルトゥーロだ。よろしく頼む」
派手なトサカのヘルメットをつけて、アルトゥーロさんは挨拶した。
こうしていると、本当に歴戦の戦士みたいだ。
市民たちも「不死身」と聞いて少し安心した表情になった。
「もっとも危険な現場は、このデカブツが担当する。諸君らには、このデカブツを盾にして、戦っているフリをしてもらう。いいか? 戦果を挙げようなどと思うな。せっかく街を取り戻しても、肝心の諸君が死んでしまったら意味がないからな」
すると方々から「はい」やら「分かりました」といった返事が来た。
俺も市民を戦闘に巻き込むのは気が進まなかったから、このアルトゥーロさんの演説は気に入った。
*
俺とアルトゥーロさんは並んで進軍した。
後ろからは、ぞろぞろと市民たちがついてくる。五百人はいるだろうか。鎧もなく、木の板を体に巻き付けているならいいほうで。大半はボロボロの服のままだ。
街からも人が出てきた。
ずんぐりした小太りのおじさんだ。
「おいおい、聞いてたのと違うじゃねーか。金属野郎が単騎で乗り込んでくるんじゃなかったのか?」
おじさんは、俺ではなく、アルトゥーロさんに向かって喋っていた。
知り合いだろうか?
アルトゥーロさんは渋い表情だ。
「最悪だな。あいつ、赤鼻のヤンだぞ。なぜここにいるんだ……」
「知り合いですか?」
「まあな……」
あまり言いたくなさそうだ。
だが、その赤鼻のヤンは饒舌だった。
「おい、アルトゥーロ! いまは不死身のアルトゥーロか? ずいぶん出世したみてぇじゃねーか! え? 俺ぁ嬉しいぜ。かつての部下が、いまじゃ市民を率いる隊長サマだ。あー。だが、戦術のほうはどうかな? お前の成長ぶりを見せてもらおうか」
城門が開かれた。
入ってこいということだ。
もはや互いに声もない。
いつでも始めろということだ。
戦闘の主力はあくまで機械装甲だが、全体の指揮はアルトゥーロさんが執ることになっている。
「開いてますよ? 入らないんですか?」
「ダメだ。行くな。あいつは街を戦場にするつもりだ。きっと罠も仕掛けてる」
「えっ? でもアルトゥーロさんのときは、街から出てきましたよね?」
だから平野での戦闘となった。
彼は渋い表情だ。
「それをするのは愚者だけだ」
「意味が……」
「普通、街に立てこもったほうが有利なんだよ。前に俺が外に出たのは……街を戦場にしたくなかっただけだ。だが、赤鼻は違う。俺みたいにアマくないぞ」
市民たちも焦れてきた。
「開いてるけど、突入しないのか?」
「街の中なら俺たちのほうがよく知ってる。有利に戦える」
「なにを待ってるんだ?」
「ぼやぼやしてると、門が閉じられちまう」
そうだ。
どうせ入るなら、開門しているいまがチャンスだろう。
遠隔映像でフェデリコさんが通信を飛ばしてきた。
『わざわざ敵の策に乗ることはない。光線を使いたまえ』
「現場の指揮官は俺だ。先生は口を挟まないでくれ」
アルトゥーロさんは不快そうだ。
フェデリコさんが即座に通信を終えたおかげで、口論にはならなかったが。
かといって、このままでは……。
市民たちは戦場での緊張感に慣れていない。
早く終わらせたいと思ってうずうずしている。
ここは防御の厚い俺がなんとかすべきだろう。
「俺が先に突撃しましょうか?」
「待て。赤鼻はそのつもりで策を立てている。そんなことをすれば敵の思う壺だ」
「じゃあどうすれば……」
すると、城壁の兵士が石を投げつけてきた。
ヒュン、ヒュン、と、散発的に。
被害は出ていないが……。
「どうした腰抜け!」
「黙って見てるだけか?」
露骨な挑発。
「なんだあいつら! ナメやがって!」
「街を自分たちのモノみたいに!」
「やり返してやろうぜ!」
「そうだ!」
市民たちがぞろぞろと前進を始めた。
アルトゥーロさんが「おい待て!」と声をかけるが、市民たちは聞く耳を持たなかった。
城壁の兵が頭を引っ込めると、逃げたと判断したのか、市民たちは勢いづいて走り出した。
この勢いは、もう止められないだろう。
「クソ! マルコ、走れ! 最初に中に入るんだ!」
「はい!」
俺は最初からそのつもりだった。
ハルバードを構えて、全速力で駈け出す。装甲は重いが、動力のサポートがあるから、誰よりも速く走ることができる。
門は完全に開け放たれていた。
周囲に兵の姿もない。
だから特になにも考えずに門を突破した。
つもりだった――。
ふと、蹴るべき地面を失った。
意味が分からなかった。
俺は状況を理解できないまま、重力に引かれて落下していった。
これが落とし穴だと気づいたのは、穴の底に身体を打ち付けられたあとだった。
いや、着地のダメージはさほどではなかった。
その代わり、ぬかるみに深くハマって動けなくなっていた。泥だ。なすすべもなく装甲が沈んでゆく。
あとからあとから市民たちが落ちてきた。
装甲の上にも。
「落とし穴だ! 気をつけろ!」
そう叫んだ市民が、後ろから突き飛ばされて穴に落ちた。
無敵の装甲が、まさかこんな単純な罠で……。
フェデリコさんから通信が来た。
『不覚をとったな。だが、策はあるぞ。光線を使い、泥を焼くのだ』
「正気ですか? こんなところで使ったら、市民を巻き込みます」
『判断が遅れれば、被害が増すぞ』
「でも……」
『他の策を検討してもいいが、あまり期待しないでくれたまえ』
こんなところで光線を使ったら、隣でもがいている市民を焼いてしまう。いや、もがいているだけならいい。上からやってきた別の市民に押しつぶされて、もはや生きているかさえ分からなかった。
俺たちは、確かに命のやり取りをしている。
だけど、こんな人を人とも思わない方法で……。こんなのは戦いとは呼べない。戦いというのは、もっと正面から……。
いや、その認識がアマいのだ。
だからこんな目に遭っている。
戦争は汚い。負けたほうにはなにも残らない。言い訳もできない。だからお互い、必死になって勝とうとする。
「た、助けてくれぇ」
「おい! 足を引っ張るな!」
悲鳴や怒号だけが聞こえてくる。
極限状態では、仲間が、仲間ではなくなってしまう。
他人を踏み台にしても助かろうとする。
市民の団結力は、いまやバラバラだ。
さらには、スパァン、スパァン、と、謎の炸裂音まで響いてきた。
上からは赤鼻の声もする。
「これは魔力で金属ボルトを撃ち出す『ピストル』という武器だ。最新兵器だぞ。存分に味わってくれ」
俺は泥に埋まっているからなにも見えない。
だが、市民たちの断末魔だけは聞こえる。
いや、別の声もあった。
「引けぇ! 引けぇ! 撤退しろ!」
アルトゥーロさんが怒鳴りつけている。
市民の犠牲を出さないよう、必死で声をかけているのだ。
「ふん。アルトゥーロめ。逃げる以外に戦術はないのか?」
赤鼻は嘲笑気味に言った。
周囲の市民たちはうんともすんとも言わなくなっていた。
ピストルの炸裂音だけが続いている。
「ごめん、みんな」
俺は光線を使うことにした。
フェデリコさんが言ったように、もっと早く判断すべきだった。
エネルギーが、熱へと変換される――。
重たい泥がゴボゴボと泡立ち始めた。
赤鼻も異変を感じたらしい。
「撃ち方やめ。即座にやめ。後退せよ」
俺は泥が固まった時点で、光線を止めた。
今回は操作した通りに止まってくれた。
動けるだけのエネルギーも残っている。
地面を蹴って、大きく跳躍。
街の通路にあがると、すでに赤鼻の兵は姿をくらましていた。
残されたのは市民の死体だけ。
俺はこのまま進むべきだろうか?
それとも引くべきか?
赤鼻の罠が、これだけで終わりとは思えない。
(続く)




