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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第三章 悪しき戦争(マラ・グエラ) 後編

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ターボル(一)

 どうせ夢の話だとは思ったのが……。

 朝、俺はみんなに話してみた。

 バカにされて笑われるならそれでもいい。傷つくのは俺だけで済む。けど、言わなかったことで後悔する結果になるのは耐えられない。


「なるほど。ひとつも科学的とは言えないが。しかし魔法を使ったのであれば説明がつく。その話、私は信じよう」

 最初に返事をしてくれたのはフェデリコさんだった。

 ピチョーネも「うん、信じる!」と同調してくれた。


 他の面々は黙っていたが。

 いや、いいのだ。夢の話を信じろなんて言えない。判断を保留にするのは、きっと愚かなことじゃない。周りの雰囲気に流されるよりはいい。


 けれども、判断できるはずの母さんまでもが黙っていたのは不安だった。

 もうすべてを未来に委ねているのか。


 タンポポのコーヒーを飲みながら、フェデリコさんが続けた。

「以前から、疑問であったのだ。魔女たちは集会を開き、神に対抗すべく、召喚魔法……いや転移魔法を編み出した。それはなぜか。彼女たちが行動を起こすからには、相応の理由が必要となる。しかしいま、マルコくんの話を聞いてようやく理解できた。神の『浄化』に抗い、生存するためであったのだ。我々の目的とも一致する。彼女たちが情報を提供してくるのもうなずける話だ」


 ソフィアさんは首をかしげている。

「けど、さすがにそんな事態になったら、人間たちだって団結するのでは?」

 言われてみればそうだ。

 なにも俺にだけ教えずに、全人類に教えればいい。


 フェデリコさんは肩をすくめた。

「その通りだな。だが、前提として、全員がいまの話を信じる必要がある。ところが実際はどうだ? 人類は、いまだに神を味方だと思い込んでいる。つい数年前、街を破壊し尽くされたというのに、だ。あくまで魔族が悪いとしか思っていない」

「市民はそうかもしれませんが、知識人たちは違うのでは?」

 この指摘に、フェデリコさんは鼻を鳴らした。

「そうかもしれんな。だが知識人とはいえ、全員が権力に抗しうるわけではない。肝心の領主が暗愚ではな」

「なら領主の考えを変えれば……」

「可能かな?」

「私にはムリですけど、もっと別の誰かが言ったら……」

「その誰かとは?」

「先生、相変わらず人をイラつかせるのが得意ですね!」

 そう。

 先生は人をイラつかせるのが得意だ。


 彼は気にしたふうもなく続けた。

「ともかく、現状がこうなのだ。実際に浄化が始まるまで、誰も理解しようとしないだろう。理解している我々が、勝手に始めるしかない。早急に影響力を高める必要があるぞ。自由都市を解放し続け、支持者を増やすのだ」

 フェデリコさんは、最初から大衆への説得をあきらめている。

 その代わり、恩を売って動かす方針でいる。

 俺はそのやり方を……手放しで好きにはなれないが。いろいろ見る限り、おそらく有効的なんだろうとは思う。


 俺は触れるかどうか迷ったが、あえて尋ねた。

「母さんはどう思います?」

「マルコのお好きになさい」

「はい」

 哀しくなってしまう。

 もっと前向きになって欲しい。

 母さんの命が危ういだけでなく、人類や魔族全体にかかわることなのだから。


 *


 また新たな自由都市を解放しに向かった。

 今日はアルトゥーロさんも一緒だ。俺は機械装甲を身にまとい、荷車を引いている。


『分かっているとは思うが、機械装甲のマルコくんを主軸とし、市民と連携して戦ってもらう。両者が同じ戦場に立つ。これが大事なことだ。ピチョーネくんはギリギリまで手を出さないように』

 今日も遠隔映像テレ・ビジオネでフェデリコさんが喋っている。

 ピチョーネは返事もしない。

『市民側の代表に、話は通してある。計画通りに進めてくれ。では、健闘を祈る』


 通信が終わると、アルトゥーロさんが溜め息をついた。

「ったく。終わってから一杯やる時間もないとはな」

 ソフィアさんは顔をしかめた。

「あなた、お酒のことばっかりですね。なんで戦争バカってこうなのかしら」

「そりゃ大人になりゃ分かるぜ」

「はい? もう大人ですけど!」

「そうか? そいつは悪かったな。けど、俺の知ってる大人はそうギャーギャー喚かないぜ」

「ギャーギャーなんて喚いてません!」

 あきらかに喚いている。

 静かにして欲しい。


 *


 現場につくと、市民たちは緊張した顔で待ち構えていた。武器を手にしているが……中にはただの棒きれという人もいる。


「俺が諸君らを指揮する不死身のアルトゥーロだ。よろしく頼む」

 派手なトサカのヘルメットをつけて、アルトゥーロさんは挨拶した。

 こうしていると、本当に歴戦の戦士みたいだ。

 市民たちも「不死身」と聞いて少し安心した表情になった。

「もっとも危険な現場は、このデカブツが担当する。諸君らには、このデカブツを盾にして、戦っているフリをしてもらう。いいか? 戦果を挙げようなどと思うな。せっかく街を取り戻しても、肝心の諸君が死んでしまったら意味がないからな」

 すると方々から「はい」やら「分かりました」といった返事が来た。

 俺も市民を戦闘に巻き込むのは気が進まなかったから、このアルトゥーロさんの演説は気に入った。


 *


 俺とアルトゥーロさんは並んで進軍した。

 後ろからは、ぞろぞろと市民たちがついてくる。五百人はいるだろうか。鎧もなく、木の板を体に巻き付けているならいいほうで。大半はボロボロの服のままだ。


 街からも人が出てきた。

 ずんぐりした小太りのおじさんだ。


「おいおい、聞いてたのと違うじゃねーか。金属野郎が単騎で乗り込んでくるんじゃなかったのか?」

 おじさんは、俺ではなく、アルトゥーロさんに向かって喋っていた。

 知り合いだろうか?


 アルトゥーロさんは渋い表情だ。

「最悪だな。あいつ、赤鼻のヤンだぞ。なぜここにいるんだ……」

「知り合いですか?」

「まあな……」

 あまり言いたくなさそうだ。


 だが、その赤鼻のヤンは饒舌だった。

「おい、アルトゥーロ! いまは不死身のアルトゥーロか? ずいぶん出世したみてぇじゃねーか! え? 俺ぁ嬉しいぜ。かつての部下が、いまじゃ市民を率いる隊長サマだ。あー。だが、戦術のほうはどうかな? お前の成長ぶりを見せてもらおうか」


 城門が開かれた。

 入ってこいということだ。


 もはや互いに声もない。

 いつでも始めろということだ。


 戦闘の主力はあくまで機械装甲だが、全体の指揮はアルトゥーロさんが執ることになっている。

「開いてますよ? 入らないんですか?」

「ダメだ。行くな。あいつは街を戦場にするつもりだ。きっと罠も仕掛けてる」

「えっ? でもアルトゥーロさんのときは、街から出てきましたよね?」

 だから平野での戦闘となった。

 彼は渋い表情だ。

「それをするのは愚者だけだ」

「意味が……」

「普通、街に立てこもったほうが有利なんだよ。前に俺が外に出たのは……街を戦場にしたくなかっただけだ。だが、赤鼻は違う。俺みたいにアマくないぞ」


 市民たちも焦れてきた。

「開いてるけど、突入しないのか?」

「街の中なら俺たちのほうがよく知ってる。有利に戦える」

「なにを待ってるんだ?」

「ぼやぼやしてると、門が閉じられちまう」

 そうだ。

 どうせ入るなら、開門しているいまがチャンスだろう。


 遠隔映像でフェデリコさんが通信を飛ばしてきた。

『わざわざ敵の策に乗ることはない。光線を使いたまえ』

「現場の指揮官は俺だ。先生は口を挟まないでくれ」

 アルトゥーロさんは不快そうだ。

 フェデリコさんが即座に通信を終えたおかげで、口論にはならなかったが。


 かといって、このままでは……。


 市民たちは戦場での緊張感に慣れていない。

 早く終わらせたいと思ってうずうずしている。


 ここは防御の厚い俺がなんとかすべきだろう。

「俺が先に突撃しましょうか?」

「待て。赤鼻はそのつもりで策を立てている。そんなことをすれば敵の思う壺だ」

「じゃあどうすれば……」


 すると、城壁の兵士が石を投げつけてきた。

 ヒュン、ヒュン、と、散発的に。

 被害は出ていないが……。

「どうした腰抜け!」

「黙って見てるだけか?」

 露骨な挑発。


「なんだあいつら! ナメやがって!」

「街を自分たちのモノみたいに!」

「やり返してやろうぜ!」

「そうだ!」

 市民たちがぞろぞろと前進を始めた。

 アルトゥーロさんが「おい待て!」と声をかけるが、市民たちは聞く耳を持たなかった。


 城壁の兵が頭を引っ込めると、逃げたと判断したのか、市民たちは勢いづいて走り出した。

 この勢いは、もう止められないだろう。


「クソ! マルコ、走れ! 最初に中に入るんだ!」

「はい!」

 俺は最初からそのつもりだった。

 ハルバードを構えて、全速力で駈け出す。装甲は重いが、動力のサポートがあるから、誰よりも速く走ることができる。


 門は完全に開け放たれていた。

 周囲に兵の姿もない。


 だから特になにも考えずに門を突破した。

 つもりだった――。


 ふと、蹴るべき地面を失った。

 意味が分からなかった。

 俺は状況を理解できないまま、重力に引かれて落下していった。


 これが落とし穴だと気づいたのは、穴の底に身体を打ち付けられたあとだった。

 いや、着地のダメージはさほどではなかった。

 その代わり、ぬかるみに深くハマって動けなくなっていた。泥だ。なすすべもなく装甲が沈んでゆく。


 あとからあとから市民たちが落ちてきた。

 装甲の上にも。


「落とし穴だ! 気をつけろ!」

 そう叫んだ市民が、後ろから突き飛ばされて穴に落ちた。


 無敵の装甲が、まさかこんな単純な罠で……。


 フェデリコさんから通信が来た。

『不覚をとったな。だが、策はあるぞ。光線を使い、泥を焼くのだ』

「正気ですか? こんなところで使ったら、市民を巻き込みます」

『判断が遅れれば、被害が増すぞ』

「でも……」

『他の策を検討してもいいが、あまり期待しないでくれたまえ』

 こんなところで光線を使ったら、隣でもがいている市民を焼いてしまう。いや、もがいているだけならいい。上からやってきた別の市民に押しつぶされて、もはや生きているかさえ分からなかった。


 俺たちは、確かに命のやり取りをしている。

 だけど、こんな人を人とも思わない方法で……。こんなのは戦いとは呼べない。戦いというのは、もっと正面から……。

 いや、その認識がアマいのだ。

 だからこんな目に遭っている。

 戦争は汚い。負けたほうにはなにも残らない。言い訳もできない。だからお互い、必死になって勝とうとする。


「た、助けてくれぇ」

「おい! 足を引っ張るな!」

 悲鳴や怒号だけが聞こえてくる。


 極限状態では、仲間が、仲間ではなくなってしまう。

 他人を踏み台にしても助かろうとする。

 市民の団結力は、いまやバラバラだ。


 さらには、スパァン、スパァン、と、謎の炸裂音まで響いてきた。

 上からは赤鼻の声もする。

「これは魔力で金属ボルトを撃ち出す『ピストル』という武器だ。最新兵器だぞ。存分に味わってくれ」

 俺は泥に埋まっているからなにも見えない。

 だが、市民たちの断末魔だけは聞こえる。


 いや、別の声もあった。

「引けぇ! 引けぇ! 撤退しろ!」

 アルトゥーロさんが怒鳴りつけている。

 市民の犠牲を出さないよう、必死で声をかけているのだ。


「ふん。アルトゥーロめ。逃げる以外に戦術はないのか?」

 赤鼻は嘲笑気味に言った。


 周囲の市民たちはうんともすんとも言わなくなっていた。

 ピストルの炸裂音だけが続いている。


「ごめん、みんな」

 俺は光線を使うことにした。

 フェデリコさんが言ったように、もっと早く判断すべきだった。


 エネルギーが、熱へと変換される――。

 重たい泥がゴボゴボと泡立ち始めた。


 赤鼻も異変を感じたらしい。

「撃ち方やめ。即座にやめ。後退せよ」


 俺は泥が固まった時点で、光線を止めた。

 今回は操作した通りに止まってくれた。

 動けるだけのエネルギーも残っている。


 地面を蹴って、大きく跳躍。

 街の通路にあがると、すでに赤鼻の兵は姿をくらましていた。

 残されたのは市民の死体だけ。


 俺はこのまま進むべきだろうか?

 それとも引くべきか?


 赤鼻の罠が、これだけで終わりとは思えない。


(続く)

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