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ペルソナ・ノングラータ  作者: 不覚たん
第三章 悪しき戦争(マラ・グエラ) 後編

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車輪

 目的があるとはいえ、金のために戦争をしている。

 あきらかに傭兵だ。

 そうとしか言いようがない。

 だけど、帰る家がある。

 家だけがある。


 翌日、俺たちは廃墟で体を休めていた。


「ったく、自分とこの領地を攻撃してたと思ったら、今度はお隣との戦争だにゃ。メシ食いたいなら、戦争で奪うんじゃなくて、畑のひとつでも耕して欲しいもんだにゃあ」

 昼食どき、カエデさんが溜め息まじりに言った。

 また新しい戦争が始まったらしい。

 これまではラ・ヴェルデ内部での略奪だったが、今度は領域を超えて、ラ・ネロとの戦争だ。


 ソフィアさんが顔をしかめた。

「開戦の理由は?」

「どっちかの軍隊が、線を超えて入ってきたんだと」

「どっちかってどっちよ?」

「知らねーにゃ。お互いがお互いのせいにしてるんだから。こういうのは、口実さえあればなんでもいいんだにゃ。その口実だっていくらでも作れるし」


 戦争には金がかかる。

 やればやるほど、信じられないくらいの金がかかる。一回の戦争で、少なく見積もっても数千億リラ飛ぶらしい。

 なのに思ったほど金が手に入らなかった場合、兵士に払う金が足りなくなる。すると兵士が反乱を起こす可能性が出てくる。だから今度は、別の誰かから奪うことで、その資金を調達しようとする。それさえ新たなコストがかかる。

 一度始めてしまうと、やめられないのだ。転がりだした車輪のように。


 カエデさんの言う通り、畑を耕せば食べ物が作れるのに。

 畑を踏み荒らしながら奪い合っている。


 アルトゥーロさんが苦い笑みを浮かべた。

「なるほど。だから赤鼻はそっちに駆り出されたのか。ま、あの男を自由都市に閉じ込めとくのはもったいない。領主サマも最前線で使いたいはずだ」

 彼はまだ心のどこかで赤鼻を慕っているのかもしれない。


 俺は水を飲み、ゆっくりと呼吸をした。

「ラ・ヴェルデとラ・ネロは、仲がよかったはずでは?」

 結婚の話もあった。

 それがいきなり戦争とは。


 これに答えたのはフェデリコさんだ。

「それは以前の領主の話だ。いまの領主は落日のジェラルドだからな。両家にはなんの交流もない」

 そうだった。

 領地というものは、あくまで貴族サマの私有地だ。

 だから、貴族同士の家の関係が、庶民にまで大きな影響を及ぼしてしまう。住民の意思なんて関係ない。


 もし影響を受けたくなければ、独立した自由都市に移住するしかない。受け入れてもらえれば、だけど。街に貢献するための才能がなければ、市民権を得るのも簡単ではないらしい。

 結局、ほとんどの人間は、生まれた場所から離れられない。


 母さんは沈黙している。

 ピチョーネも。

 この二人は、世俗のことには興味がないのだ。

 魔女らしいと言えば魔女らしいが。


 俺はフェデリコさんに尋ねた。

「俺たちはどうします? 作戦を続けます?」

 自由都市を解放し、影響力を高めて、なにか大きなことをするという計画だったはず。


 だが、フェデリコさんは肩をすくめた。

「仕切り直しだな」

「というと?」

「前提条件が変化したのだ。作戦を全面的に見直す必要が出てきた」

「えぇっ?」

 じゃあ、いままでやってきたことは……。

 いやもちろん、自由都市を解放したのは間違ってないと思うけど。


 フェデリコさんはかすかに笑った。

「そんな顔をするな。もちろん想定している。それに、作戦も大きくは変わらない。だが、それでもいちおう、情報を精査しないとな。思わぬ見落としがあるかもしれない」

「見落とし? たとえば?」

「聞く前に少しは考えて欲しいところだが……。ヒントを出そう。世界はなぜこうなっている?」


 こう?

 戦争のことか?

 それは、一度始まってしまったから……。

 ではなぜ始まったのかというと、神が魔族をけしかけてきたからだ。


「また神の眷属がなにかしてくる……と?」

「ふむ。正しく核心にたどりついたようだな。そう。人間同士で争っていられるのは、神の軍勢と休戦したからだ。では、なぜ休戦した? それは、人間が思いのほか強かったから。もっと言えば、私が機械人形の……導入に成功したからだが……。ここまではいいかな?」

「は、はい。異論ありません」

 この人、意外と承認欲求に飢えているのかもしれない。


「さて、その人間同士が潰し合うのは、神にとってはまたとない好機。いや、こうなることを見越して休戦を申し出た可能性さえある。ところが人類は、残念ながら、特段の思慮もなく、衝動に任せて次の奪い合いを始めてしまった。まるで動物だな。理性よりも衝動が先に来ている。マルコくん、このようなものたちをなんと呼ぶのが適切かな?」

「ぼ、凡愚ですか……?」

「その通り。凡愚だ」

 本当はそんな言い方したくない。

 俺はフェデリコさんほど頭がいいわけでもないし。

 でもそう言うしかないから……。


「だがここまで読めているのだ。次の展開も立てやすかろう。さあ、マルコくん、君の予想を言ってくれ」

 えぇっ……。

 急に言われても。

「えーと……。いつ神の眷属が攻撃してきてもいいように、備えておく……とか……」

「……」

 非常にさめた目で見られてしまった。

 俺に聞かないで欲しい。


「いや、失礼。君がまれにみる……善人だということを忘れていた。決して責めているわけではない。誤解しないでくれたまえ」

「はい……」

 ウソだ。

 絶対責めてた。

「ただ、目先の誰かを救おうとするあまり、もっと多くの人を守れなかったとしたら、本末転倒だろう」

「なら、正解は……?」

「正解は私にも分からない。だが、より合理的という意味では、違う展開がある。神の眷属は、人類同士の争いを望んでいる。この戦いが長続きするように、裏でこざかしく手を回すようなこともあるだろう。ともかく、連中の目は貴族同士の戦争に向いている。そこで我々は、順次、自由都市の解放を進める」

「えっ?」

 これまでと同じ?

 だったらいままでの話は……。


 フェデリコさんは肩をすくめた。

「おや。これまでと同じ方針なら、一連の話はいったいなんだったのか……と、疑問に思ったかな?」

「い、いえ……。あの……思いました」

「結構。だが、やることは同じでも、漫然と継続するのと、目的をもって継続するのとでは違う。マルコくん、悪く受け取らないでくれ。君には期待しているから、こういう話をするのだ」

「期待、ですか……?」

 いったい俺のなにに?

 機械装甲を動かすだけの作業員ではないのか?


 ソフィアさんが鼻で笑った。

「フェデリコ先生、相変わらずですね。そういう言い方。本当に期待してます? そこの筋肉ムキムキの男は、マルコですよ? あのマルコです。なにを期待するっていうんですか?」

 内心どう思っててもいいけど、口には出さないで欲しい……。


 フェデリコさんは、しかし拒絶するように目を細めた。

「心外だな、ソフィアくん。私が彼に期待しているというのは、ウソではない」

「どうだか。だったら教えてくださいよ。私に期待するならともかく、マルコのどこに期待するっていうんです?」

「ふん。分からんのか。それこそ失望だな。彼は言ったぞ。世界を知りたいと」

「え、そんなこと言ってましたっけ?」

 ソフィアさんの疑問ももっともだ。

 俺はそんなこと言ってない!


 だが、フェデリコさんは満足そうに笑みを浮かべた。

「まあ正確には、彼は一般常識を知りたいと言ったのだ」

「それは記憶にあります。でも、それは単に、家庭でまともな教育受けてなかったからでしょう?」

 ソフィアさんの鋭い指摘に、母さんも斜め上を見てしまった。

 でも母さんは悪くない。

 常識以外のことはいろいろ教えてくれた。たぶん。文字の読み書きとか。動物のバラし方とか。下痢止めのハーブについてとか。


「では、ソフィアくん。君に尋ねよう。君は、常識を疑ったことはあるか?」

「はい?」

「他者から偶発的に刷り込まれた情報を、疑いもせず受け入れてしまってはいないか? それで自分は一般常識を理解しているのだと、勝手に思い込んではいないか?」

「な、なんですかそれ……」

「不快かね? だが、マルコくんは挑み続けているぞ。彼は世界のすべてを精査している。人々がさも正しいかのように喧伝する情報を、きちんと疑って見ている。そういう人間に、私は初めて出会った。衝撃を受けたぞ」

 えっ?

 いや、あの……。

 いったい誰の話をしているのか……。


 フェデリコさんは立ち上がった。

「これこそを知性というのだ! いいかね、ソフィアくん。世界のすべてを疑うのだ。疑って疑って疑い抜いた先に、ついに否定不可能なものを見つけたとき、初めてそれを事実と呼ぶのだ。マルコくんはすでにやっている。君も彼を見習うべきだ」

「はい? 絶対にイヤですけど?」

「……」


 フェデリコさんが黙ると、急に部屋がしんとしてしまった。

 せっかくの休日だというのに、この空気。


 カエデさんが音もなく去ると、さも用事があるみたいな顔でアルトゥーロさんも席を立った。

 俺もどさくさに紛れて外に出た。


 *


 天気は良好。

 夏の大きな青空が広がっている。


 胸いっぱいに空気を吸い込んで、深呼吸。

 すると少しは頭と心がクリアになる。


「ねえ、マルコ」

 後ろからピチョーネが来た。

 さすがに暑いのか、長い髪を後ろで束ねてひとつにしている。


「なに?」

「マルコって天才なの? それともその逆?」

「普通だけど……」

 天才じゃない。でも逆とは言いたくない。

 残酷な質問をしないで欲しい。


 家が立派で、若いころから学問を続けてきたフェデリコさんとは違う。

 経験だけでなく、頭のデキも違う。

 簡単なことしか考えられない自分がイヤになる。


「マルコは、この世界に疑問を抱いてるの?」

「抱いてませんよ」

「じゃあ受け入れてるの?」

「それは……。そう言われると、ちょっと違うけど……」

「私はね、この世界、嫌いよ」

 まるで世間話みたいに言う。

 彼女の過去を考えれば、おそらく、本心なんだろうけど。


「ごめん」

 なぜかそんな言葉が口をついた。

 ピチョーネも困惑してしまった。

「謝らないでよ。マルコのせいじゃないんだから。むしろマルコは、私を救ってくれた恩人なんだよ?」

「そうだけど……」

「でも、マルコのそういうところ好き。きっとそういうふうに考えちゃうのって、この世界をよくしたいって思ってるからだよね?」

「そうなのかな……」

 分からない。

 フェデリコさんが言うような深い動機はないけど。

 でも、自分にもなにかできたんじゃないかとは思ってしまう。もっとうまくやれば、哀しむ人を減らせるんじゃないかと。


「マルコ、もっと自信をもってよ。あなたは私を救ってくれた。他の誰も救ってくれなかったのに。同胞の魔族でさえ、ね」

「俺も母さんに救われたから」

「いいじゃない。私も誰かを救う。そうやっていろんな人を助けていけば、世界はどんどんよくなっていくと思うし」

「そうですね……」

 いい子だな、と、素直に思えた。

 魔女の言葉とは思えないけど。


 母さんは、誰かに優しさをもらったんだろうか。

 母さんの母さんから?

 それとも父親から?


 人の優しさも、車輪のように転がり続ければいいのに。

 なぜ人は誰かに優しくできないのだろう。

 それどころか、新しい戦争まで始めてしまう。

 終わりは見えない。


 しかし絶望することはない。

 俺たちにはできることがある。

 いまはそれをやろう。

 意味があるかは分からない。それでも、きっとなにもしないよりはいい。


(第三章 完)

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