車輪
目的があるとはいえ、金のために戦争をしている。
あきらかに傭兵だ。
そうとしか言いようがない。
だけど、帰る家がある。
家だけがある。
翌日、俺たちは廃墟で体を休めていた。
「ったく、自分とこの領地を攻撃してたと思ったら、今度はお隣との戦争だにゃ。メシ食いたいなら、戦争で奪うんじゃなくて、畑のひとつでも耕して欲しいもんだにゃあ」
昼食どき、カエデさんが溜め息まじりに言った。
また新しい戦争が始まったらしい。
これまではラ・ヴェルデ内部での略奪だったが、今度は領域を超えて、ラ・ネロとの戦争だ。
ソフィアさんが顔をしかめた。
「開戦の理由は?」
「どっちかの軍隊が、線を超えて入ってきたんだと」
「どっちかってどっちよ?」
「知らねーにゃ。お互いがお互いのせいにしてるんだから。こういうのは、口実さえあればなんでもいいんだにゃ。その口実だっていくらでも作れるし」
戦争には金がかかる。
やればやるほど、信じられないくらいの金がかかる。一回の戦争で、少なく見積もっても数千億リラ飛ぶらしい。
なのに思ったほど金が手に入らなかった場合、兵士に払う金が足りなくなる。すると兵士が反乱を起こす可能性が出てくる。だから今度は、別の誰かから奪うことで、その資金を調達しようとする。それさえ新たなコストがかかる。
一度始めてしまうと、やめられないのだ。転がりだした車輪のように。
カエデさんの言う通り、畑を耕せば食べ物が作れるのに。
畑を踏み荒らしながら奪い合っている。
アルトゥーロさんが苦い笑みを浮かべた。
「なるほど。だから赤鼻はそっちに駆り出されたのか。ま、あの男を自由都市に閉じ込めとくのはもったいない。領主サマも最前線で使いたいはずだ」
彼はまだ心のどこかで赤鼻を慕っているのかもしれない。
俺は水を飲み、ゆっくりと呼吸をした。
「ラ・ヴェルデとラ・ネロは、仲がよかったはずでは?」
結婚の話もあった。
それがいきなり戦争とは。
これに答えたのはフェデリコさんだ。
「それは以前の領主の話だ。いまの領主は落日のジェラルドだからな。両家にはなんの交流もない」
そうだった。
領地というものは、あくまで貴族サマの私有地だ。
だから、貴族同士の家の関係が、庶民にまで大きな影響を及ぼしてしまう。住民の意思なんて関係ない。
もし影響を受けたくなければ、独立した自由都市に移住するしかない。受け入れてもらえれば、だけど。街に貢献するための才能がなければ、市民権を得るのも簡単ではないらしい。
結局、ほとんどの人間は、生まれた場所から離れられない。
母さんは沈黙している。
ピチョーネも。
この二人は、世俗のことには興味がないのだ。
魔女らしいと言えば魔女らしいが。
俺はフェデリコさんに尋ねた。
「俺たちはどうします? 作戦を続けます?」
自由都市を解放し、影響力を高めて、なにか大きなことをするという計画だったはず。
だが、フェデリコさんは肩をすくめた。
「仕切り直しだな」
「というと?」
「前提条件が変化したのだ。作戦を全面的に見直す必要が出てきた」
「えぇっ?」
じゃあ、いままでやってきたことは……。
いやもちろん、自由都市を解放したのは間違ってないと思うけど。
フェデリコさんはかすかに笑った。
「そんな顔をするな。もちろん想定している。それに、作戦も大きくは変わらない。だが、それでもいちおう、情報を精査しないとな。思わぬ見落としがあるかもしれない」
「見落とし? たとえば?」
「聞く前に少しは考えて欲しいところだが……。ヒントを出そう。世界はなぜこうなっている?」
こう?
戦争のことか?
それは、一度始まってしまったから……。
ではなぜ始まったのかというと、神が魔族をけしかけてきたからだ。
「また神の眷属がなにかしてくる……と?」
「ふむ。正しく核心にたどりついたようだな。そう。人間同士で争っていられるのは、神の軍勢と休戦したからだ。では、なぜ休戦した? それは、人間が思いのほか強かったから。もっと言えば、私が機械人形の……導入に成功したからだが……。ここまではいいかな?」
「は、はい。異論ありません」
この人、意外と承認欲求に飢えているのかもしれない。
「さて、その人間同士が潰し合うのは、神にとってはまたとない好機。いや、こうなることを見越して休戦を申し出た可能性さえある。ところが人類は、残念ながら、特段の思慮もなく、衝動に任せて次の奪い合いを始めてしまった。まるで動物だな。理性よりも衝動が先に来ている。マルコくん、このようなものたちをなんと呼ぶのが適切かな?」
「ぼ、凡愚ですか……?」
「その通り。凡愚だ」
本当はそんな言い方したくない。
俺はフェデリコさんほど頭がいいわけでもないし。
でもそう言うしかないから……。
「だがここまで読めているのだ。次の展開も立てやすかろう。さあ、マルコくん、君の予想を言ってくれ」
えぇっ……。
急に言われても。
「えーと……。いつ神の眷属が攻撃してきてもいいように、備えておく……とか……」
「……」
非常にさめた目で見られてしまった。
俺に聞かないで欲しい。
「いや、失礼。君がまれにみる……善人だということを忘れていた。決して責めているわけではない。誤解しないでくれたまえ」
「はい……」
ウソだ。
絶対責めてた。
「ただ、目先の誰かを救おうとするあまり、もっと多くの人を守れなかったとしたら、本末転倒だろう」
「なら、正解は……?」
「正解は私にも分からない。だが、より合理的という意味では、違う展開がある。神の眷属は、人類同士の争いを望んでいる。この戦いが長続きするように、裏でこざかしく手を回すようなこともあるだろう。ともかく、連中の目は貴族同士の戦争に向いている。そこで我々は、順次、自由都市の解放を進める」
「えっ?」
これまでと同じ?
だったらいままでの話は……。
フェデリコさんは肩をすくめた。
「おや。これまでと同じ方針なら、一連の話はいったいなんだったのか……と、疑問に思ったかな?」
「い、いえ……。あの……思いました」
「結構。だが、やることは同じでも、漫然と継続するのと、目的をもって継続するのとでは違う。マルコくん、悪く受け取らないでくれ。君には期待しているから、こういう話をするのだ」
「期待、ですか……?」
いったい俺のなにに?
機械装甲を動かすだけの作業員ではないのか?
ソフィアさんが鼻で笑った。
「フェデリコ先生、相変わらずですね。そういう言い方。本当に期待してます? そこの筋肉ムキムキの男は、マルコですよ? あのマルコです。なにを期待するっていうんですか?」
内心どう思っててもいいけど、口には出さないで欲しい……。
フェデリコさんは、しかし拒絶するように目を細めた。
「心外だな、ソフィアくん。私が彼に期待しているというのは、ウソではない」
「どうだか。だったら教えてくださいよ。私に期待するならともかく、マルコのどこに期待するっていうんです?」
「ふん。分からんのか。それこそ失望だな。彼は言ったぞ。世界を知りたいと」
「え、そんなこと言ってましたっけ?」
ソフィアさんの疑問ももっともだ。
俺はそんなこと言ってない!
だが、フェデリコさんは満足そうに笑みを浮かべた。
「まあ正確には、彼は一般常識を知りたいと言ったのだ」
「それは記憶にあります。でも、それは単に、家庭でまともな教育受けてなかったからでしょう?」
ソフィアさんの鋭い指摘に、母さんも斜め上を見てしまった。
でも母さんは悪くない。
常識以外のことはいろいろ教えてくれた。たぶん。文字の読み書きとか。動物のバラし方とか。下痢止めのハーブについてとか。
「では、ソフィアくん。君に尋ねよう。君は、常識を疑ったことはあるか?」
「はい?」
「他者から偶発的に刷り込まれた情報を、疑いもせず受け入れてしまってはいないか? それで自分は一般常識を理解しているのだと、勝手に思い込んではいないか?」
「な、なんですかそれ……」
「不快かね? だが、マルコくんは挑み続けているぞ。彼は世界のすべてを精査している。人々がさも正しいかのように喧伝する情報を、きちんと疑って見ている。そういう人間に、私は初めて出会った。衝撃を受けたぞ」
えっ?
いや、あの……。
いったい誰の話をしているのか……。
フェデリコさんは立ち上がった。
「これこそを知性というのだ! いいかね、ソフィアくん。世界のすべてを疑うのだ。疑って疑って疑い抜いた先に、ついに否定不可能なものを見つけたとき、初めてそれを事実と呼ぶのだ。マルコくんはすでにやっている。君も彼を見習うべきだ」
「はい? 絶対にイヤですけど?」
「……」
フェデリコさんが黙ると、急に部屋がしんとしてしまった。
せっかくの休日だというのに、この空気。
カエデさんが音もなく去ると、さも用事があるみたいな顔でアルトゥーロさんも席を立った。
俺もどさくさに紛れて外に出た。
*
天気は良好。
夏の大きな青空が広がっている。
胸いっぱいに空気を吸い込んで、深呼吸。
すると少しは頭と心がクリアになる。
「ねえ、マルコ」
後ろからピチョーネが来た。
さすがに暑いのか、長い髪を後ろで束ねてひとつにしている。
「なに?」
「マルコって天才なの? それともその逆?」
「普通だけど……」
天才じゃない。でも逆とは言いたくない。
残酷な質問をしないで欲しい。
家が立派で、若いころから学問を続けてきたフェデリコさんとは違う。
経験だけでなく、頭のデキも違う。
簡単なことしか考えられない自分がイヤになる。
「マルコは、この世界に疑問を抱いてるの?」
「抱いてませんよ」
「じゃあ受け入れてるの?」
「それは……。そう言われると、ちょっと違うけど……」
「私はね、この世界、嫌いよ」
まるで世間話みたいに言う。
彼女の過去を考えれば、おそらく、本心なんだろうけど。
「ごめん」
なぜかそんな言葉が口をついた。
ピチョーネも困惑してしまった。
「謝らないでよ。マルコのせいじゃないんだから。むしろマルコは、私を救ってくれた恩人なんだよ?」
「そうだけど……」
「でも、マルコのそういうところ好き。きっとそういうふうに考えちゃうのって、この世界をよくしたいって思ってるからだよね?」
「そうなのかな……」
分からない。
フェデリコさんが言うような深い動機はないけど。
でも、自分にもなにかできたんじゃないかとは思ってしまう。もっとうまくやれば、哀しむ人を減らせるんじゃないかと。
「マルコ、もっと自信をもってよ。あなたは私を救ってくれた。他の誰も救ってくれなかったのに。同胞の魔族でさえ、ね」
「俺も母さんに救われたから」
「いいじゃない。私も誰かを救う。そうやっていろんな人を助けていけば、世界はどんどんよくなっていくと思うし」
「そうですね……」
いい子だな、と、素直に思えた。
魔女の言葉とは思えないけど。
母さんは、誰かに優しさをもらったんだろうか。
母さんの母さんから?
それとも父親から?
人の優しさも、車輪のように転がり続ければいいのに。
なぜ人は誰かに優しくできないのだろう。
それどころか、新しい戦争まで始めてしまう。
終わりは見えない。
しかし絶望することはない。
俺たちにはできることがある。
いまはそれをやろう。
意味があるかは分からない。それでも、きっとなにもしないよりはいい。
(第三章 完)




