表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

Fill your life with love 5




 馬車は街道を走っていた。荷台にはカーテン用の布地と半分の冬服が積んである。パカポコと規則的な馬の蹄の音が眠気を誘う。船を漕ぎ出したヴィエラの頭をそっと自分の身に押し付けて声を掛けた。


「イサベラ様は見えましたか?」

「ほんのちょっとだけね。かろうじて白いドレスを着てることは分かったわ」


 ヴィエラはクスクスと笑って、小さく欠伸をした。


「眠ってて下さい。体辛いんでしょう?」


 優しい余計な気遣いにヴィエラはパッと顔を背けた。ラウルは子供をあやすように頭を撫でる。口元は妙な笑みを浮かべている。

 恥ずかしさと腹立たしさに口を利いてやるものかとヴィエラは目を瞑った。



****************



「ヴィエラ」


 肩を揺すられてヴィエラは目を覚ました。拗ねたつもりがそのまま眠ってしまったみたいだった。目を擦りながら辺りを見ると、孤児院の近くの見慣れた風景だった。門柱の影に小さな子供がチラチラと顔を出している。


「トニ、シェラ、ただいま!」


 ヴィエラが手を振ると二人はびくりと肩を跳ねさせて慌てて中に走っていった。


「どうしたのかしら?」

「帰りが遅れたので拗ねているのかもしれませんね」

「それは大変だわ。アリョーシャ商会のお菓子で機嫌を取らなきゃいけないわね」


 荷を振りかえり買い集めたお土産を眺めて、ヴィエラは肩を竦める。

 馬車を敷地内に止め、二人で荷物を降ろすことにした。幌を持ち上げて括っていると、さっき走っていった子供達が走り寄ってきた。ヴィエラを取り囲んでこっちこっちと引っ張っていこうとする。


「駄目よ。荷物を降ろしてからね」


「ヴィエラ、こっちに来て!準備するから!」

「準備?なんの?」


 追って年長の女の子もやってきて、ヴィエラをそのまま中に連れて行く。ラウルの方には男の子が来てこれまた中へ連れて行った。



「ヴィエラ、これに着替えて」


 連れて行かれたのは浴室で、広い脱衣所の鏡の前の椅子に座らされた。これ、と言われた方をみるとハンガーにヴィエラのワンピースが掛かっていた。白地に青い小花柄が散っていてお気に入りではあるものの、水仕事の多い孤児院では着たことがなかった。一度荷物整理の際に子供達に見つかって、とても羨ましがられたりした。

(一体、なんだっていうの?)

 ヴィエラは不思議に思いながらも、囲む子供達の急かすままにワンピースに袖を通す。


「次は髪ね!」


 一番年上のネテリーが腕をまくってヴィエラを椅子に座らせた。机に並べられたブラシで髪を丁寧に梳いていく。


「ヴィエラ、いくら短いって言っても放りっぱなしは良くないよ」


 小言を言いながら無造作に跳ねた金の髪を整えていった。跳ねを内巻きに直し、生え際を編みこんで耳に隠す。


「ネテリー、つんできたよ!」

「ありがとう!こっちに持ってきて」


 小さな子たちが食卓用のバスケットを抱えて飛び込んできた。入っているのはパンではなく山盛りの花々。コスモスやクレマチス、ギンモクセイの白い花にナスタチウムの黄色やゼラニウムのピンクが混ざっている。どれも孤児院の庭で皆が大事に育てているものだ。

 バスケットを受け取った女の子達が器用に花を編んでいく。ネテリーは渡された小さな花束をヴィエラの耳元に差込み、落ちないようにピンで留めた。


「ねえ、一体なんなの?」


 ヴィエラの問いに答えず、目を見合わせながらクスクスと作業を続ける。続けて白い布を抱えた子達がやってきて、ヴィエラの足元に屈んでもぞもぞと手を動かしていた。レースの布地を寄せながら腰に巻きつけていく。最後にリボンで結んでひらひらと長い裾を揺らした。ワンピースの上に更にスカートを履いたような形となり、レース生地に小花柄が透けてとても綺麗だ。レースの隙間に花を差し込んで飾り、リボンを結んだ中心には纏めた花束を飾る。


「仕上げはこれねー」


 ばさりとヴィエラの上から同じレースを被せて、編んだ花輪を乗せる。頭上に余った布はくるりとひっくり返して、耳下辺りにふわふわと重なった。ここまでくればヴィエラは自分の格好がなんだか分かってきた。


「わー、ヴィエラきれいーっ!はなよめさまだ!」


 小さな子たちは飾っていた花を片手にヴィエラの足元をくるくる回る。目をキラキラさせて頬を染める子達もいる。仕上げはこれ、とブーケを受け取る。白い蔓バラと布地を飾った同じ花で作ったブーケ。


「最初はシェラが言い出したの。ヴィエラとラウルの結婚式をしようって」


 王族の結婚の知らせが届いてから院内は『結婚』がブームになった。気になる子に結婚しよーぜと花を渡したり、夫婦ごっこをしたりするのが流行ったのだ。『ヴィエラとラウルはふーふなの?』そんな無邪気な問いに事情を知る院長は正直にまだだよ、と言うしかなかった。二人が好き合っていることは小さな子供でも分かることで、近頃の流行と相まって結婚式をしてあげようと盛り上がったらしい。犠牲になったのはカーテン。風が吹くたびにヒラヒラと揺れる白いレースにシェラがドレスみたい!と指を差したのだ。


「でも、綺麗に洗ったから!」


 慌てて言われてヴィエラは声を出して笑った。真っ白に洗ってあるし、ほつれた所は丁寧に繕って、縁をリボンで飾って、花で彩って。子供達の頑張りが目に浮かぶようだ。おかげでただの白いワンピースが裾を引くウェディングドレスになった。


「やだ、ヴィエラ。泣かないでよー」


 胸が詰まって涙が溢れてくる。イサベラのパレードを見ても羨ましいとは感じなかった。結婚式なんて自分には縁のないことだと思った。ラウルが隣にいるのならばそれでいいと思っていた。けれどこうして真っ白に囲まれてみれば、胸が熱く流れる涙を止められない。


「……あ、あり…が、とぅ」


 嗚咽に紛れながら言って、ヴィエラは手を引かれて歩き出した。

 

 広い食堂は平素なら長いテーブルが並んでいるが、今は横向きに分割してあった。中央には布地が引かれて、道を作るようにテーブルの端にリボンが房を作って括られていた。所々に花の鉢が置かれている。いつもなら外で遊んでいる子供達が拍手でヴィエラを迎えた。

 裾を踏まないようにしずしずと歩いた先には、クロスを掛けた教壇があり、白いローブを着た院長とラウルが立っている。


 ラウルは少し懐かしい従者の正装をしていて、まるで茶会の付き添いの時の様に前髪を上げていた。胸元にヴィエラとお揃いの小ぶりの花束を差している。優しく微笑み手を差し出した。


「ヴィエラ」


 そっと乗せた手が触れる。その暖かさにドキドキする。


「これよりラウルとヴィエラの結婚式を行います」


 院長の声が響く。コホンと軽く咳払いをしてから誓いの言葉を紡いだ後、前に置かれたのは手作りの誓約書。先ほど聞いた誓いの言葉の下にサインをする場所がある。更にその下には保証人として子供達の名前が記してあった。全員がサインしたので半分以上も埋まっているのが微笑ましかった。余白には花や動物の絵が描いてあったり、押し花も貼り付けてある。賑やかな証明書にラウルが先に名を記した。羽ペンを受け取り、ヴィエラもその隣に名前を入れる。カリカリという音が妙に緊張して随分と歪んでしまった。


「ラウル、誓言を」


 院長が促すとラウルはヴィエラに向き直り、肩膝をついた。


 誓言とは結婚に限らず何か重大な誓いをする際に行う儀式である。貴族間であれば身分の差や内容によって様々な様式がある。もちろん正式な結婚に誓言を用いることは多く、イサベラの結婚式でも行われたはずだ。彼らの場合、最上位である王族に仕え、支えるという形になる為、イサベラが膝を付き王子の手の甲を額に当て誓言を述べる。

 しかしながら平民となれば戸籍もあやふやで式を挙げるものも少ない。町村の顔役に報告したり、そうでなくとも一緒に住めば夫婦として扱われる。だからヴィエラも自身の結婚式など考えたこともなかったのだ。


「我、ラウルはヴィエラの剣とならん。常にヴィエラと共にあり、道を切り開き、邪悪なるものを退けん。我の命を預け、我の身が傍にあることをお許し下さい」


 ラウルが選んだのは騎士の誓言だった。愛用の短剣をヴィエラに差し出す。ヴィエラはその飾りのない無骨な剣を受け取って口付けを落とす。それからラウルの右肩、左肩に順番に刃を乗せて、許します、と口にした。

 ラウルは剣を額に当ててから仕舞う。相変わらず気障な仕草が良く似合う。こんなに緊張しているのは自分だけのような気がして、少し腹が立った。ヴィエラは一歩近づき、両手でラウルの頬を持ち上げて上を向かせた。ラウルが何か言う前に身を屈めてチュッと軽くキスを落としてやる。どうだ、驚いたかとばかりに微笑んでみせる。ラウルは一瞬目を瞬かせて、それからニヤ、と口角を上げた。立ち上がるや否やそのままヴィエラの身を担ぎ上げてぐるりと回った。


「うわっ、ラ、ラウル!」


 ふわりとベールと長い裾が踊る。くるくると回ってからヴィエラをギュッと抱きしめた。子供達の歓声が上がる。二人の名を呼ぶ声。冷やかしの声。祝いの言葉。紙ふぶきが舞う中、見つめあう。

 糸のように細くなった目がヴィエラに優しく向けられる。窓から差し込む陽の光に透けて紅茶色の髪に紙ふぶきがくっついていた。恐るおそる手を伸ばして、それを摘む。指が震えて仕方がない。


 夢のようだ、とヴィエラは思う。

 ラウルと二人で暮らした日々。危険も多かったし、もう駄目かもしれないと覚悟したこともあった。命を落としたとしても後悔はしないと思っていた。意味もあるし、ラウルがいてくれたならそれで幸せだと言い聞かせていた。

 懐かしく思い出す。けれど懐かしむことはあっても、戻りたいとは思わないだろう。これからともに暮らす未来に思いを馳せる。狭い中で暮らしていた頃には考えも付かない、広い世界。


「ラウル。ずっと傍にいて」

「必ず。傍にいて、守ると誓います」



 幼い頃の誓いをもう一度。

 




END


番外編も完結となります。

ここまでお付き合いくださりありがとうございました!

蛇足…感が否めなくもありますが、最初のプロット通りに書くことにしました。

約束を全員が果たす、というのがテーマでもありました。


ブクマ、評価、感想まで頂いて、本当に嬉しかったです。


またどこかでお会いできますように!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ