Fill your life with love 4
ラウルが増えてしまった荷物を手に戻るとヴィエラはベンチに深く腰掛けたまま、辺りを眺めていた。
「お待たせしました。ついでにアリョーシャ商会に寄ったら私を覚えていてくださったようで新作を持たされましたよ」
ヴィエラは木のカップを受け取り、ぼんやりと視線を彷徨わせていた。
「疲れましたか?」
緩く首を振ってまたゆるりと広場に目を向けた。
「私、こんなにゆっくり町を見たの初めてだわ」
ラウルも隣に座って、同じように賑やかな様子を眺める。
「いつもは裏道をコソコソするか、馬車で疾走するかでしたからね」
二年も住んでたのにね、とヴィエラは困ったように苦笑いを浮かべた。こんなに人が住んでいること、賑やかなこと、屋台の飲み物がとても美味しいこと、子供が沢山いること。何も知らなかった。
ヴィエラに戻ったことでようやくこの景色を見ることが出来た。
ふと思う。自分のやったことは正しかったのだろうか。
イサベラの結婚相手は王族だ。王家はこの国を治めていて、この目前の景色を守っている。そんなことに何も出来なくなってから気づくなんて。自分のしでかしたことが大きすぎて身が竦む。
ラウルは震えたカップを取り上げて、ヴィエラの肩をそっと抱いた。
「私は小さいことしか見てなかったのだわ。孤児院の仲間が飢えなくて、イサベラが好きな人と結婚できることが一番だと思ってたのよ」
その結果はこの広場にいる人だけでなく、もっとずっと多くの人々に関わっていることなど気にもしないで。
「ヴィエラ」
抱きしめるように肩を引き寄せてラウルは言った。
「貴女はもう十分役目を果たした。それを生かすのはイサベラ様やあの腑抜け王子の仕事です」
子供が飢えないことも、好きな人と結婚することができる世の中は大事だ。ヴィエラはそれを守っただけだ、と言ってくれる。もちろんそんな単純なことではないのは判っている。けれど間違ったことをしたつもりもない。今のヴィエラには今後の治世が平安であるように祈ることしか許されないのだ。ラウルの胸に顔を埋めながら、ヴィエラは何度も頷いた。
二人のあまりの密着ぶりに隣に座った老人が咳払いをする。途端に弾けるように離れてそそくさと広場を後にした。
なんとなく足早に仕立て屋に向かいながら、ヴィエラがあ、と小さく声を上げる。
「そうだ、ラウル。貴方話し方戻ってるわよ」
王都に来たことで束の間気分が戻ってしまったらしい。言ったもののヴィエラは怒っているわけではないらしく、ラウルの頬を優しく抓った。
「まだ慣れないんですよ」
「まあ、そうよね。いいわ。これから時間はたっぷりあるんだから」
仕立て屋はすぐに見つけられた。店主らしき男性に孤児院の名前を告げると、困った顔をして頭をガリガリと掻いた。
「いやあ、悪いけどまだ仕上がってないんだよ。殿下の結婚騒ぎで荷物が遅れててねえ」
少し遅れそうだと伝えたんだけど、とチラと二人を見た。
急に決まった王族の成婚に合わせ王都への荷物の運搬が増えて、外注に出していた荷物が遅れてしまったらしい。今仕立て屋のお針子たちが最後の仕上げを急ピッチで進めているところだ。
「明日には半数を渡せる。残りはもう少し待ってくれ」
「いや、俺達は今日のうちに戻らなきゃいけないんだ……仕方ない。また取りにくるよ」
「まって!ラウル」
「ヴィエラ、出直そう。これからじゃ宿も取れない」
ヴィエラはラウルの腕をギュッと引いた。
「ねえ、おじさん。ヴァネスってどこかしら?」
ラウルの手を引きながらヴィエラは店主に聞いた道を辿った。
途中どうしたんだと声を掛けても、黙々と早足で進む。店に入り、店員に院長の名を告げるといそいそと部屋を教えてくれた。
部屋の入り口に立ち尽くしたままのラウルに袋の中に入っていたメモを渡す。
この宿の名前と院長のサインだけの小さな紙切れ。ヴィエラも院長の私物が混じったのだと思った。けれど仕立て屋の様子にもしかしたらと気づいた。そして着いてみたら院長の名前で宿が取ってあったというわけだ。
「院長はヴィエラにパレードを見せたいと思ったのか……」
ラウルも合点したようでそろそろと部屋に入りソファに腰を下ろした。なんとなく不機嫌そうに整えた髪を崩した。
「あ、嫌だ。そういうことなのね」
ヴィエラは手をポンと叩いた。
「何だと思ったんだ?」
院長はヴィエラとイサベラのことを知っている。だからパレードを見せる為に早い日付で用事を言いつけたのだと思った。ラウルが失念していた気遣いをしたのだと知って、不甲斐なさに反省中だったのだが。
ヴィエラはもじもじとしながら目を逸らしている。ブツブツと唇を尖らせているが聞き取れなかった。ラウルはいぶかしんで隣に座り、ヴィエラの頬に手を添えてこちらを向かせた。
「ヴィエラ?」
優しく名を呼べば、観念したように長く息をついて小さな声で言った。
「…………新婚旅行」
「は?」
「だって、孤児院じゃ一緒にいるっていっても部屋も別々だし、子供達がいるから二人っきりになれないもの。……だから院長が気を使ってくれたのかなって」
ヴィエラは別の気遣いを考えたようだ。ラウルは新婚旅行、と繰り返し、触れたままの手を慌てて引いた。しばらくソファの端と端に座って、お互い顔を赤く染めながら頭を抱えたのだった。
先に動いたのはラウルだ。そっと立ち上がり入り口に放った上着を拾ってそのまま戸に手を掛ける。
「どこに行くの?」
「他に部屋がないか聞いてきます」
「空きなんか無いに決まってるでしょ」
「だったら馬車で寝ますよ」
「嫌よ!」
ラウルは困ったように微笑んで、腕にしがみついたヴィエラの頭を撫でた。
「ヴィエラ、俺は焦りませんよ。これからずっと二人でいられるんだから」
「じゃあ、なおさら一緒に寝たっていいじゃない」
「……さすがにそれは、難しいです」
ヴィエラの頭をポンと撫でた。外されそうになった腕をしっかりと掴みなおしてヴィエラは睨むように強く見上げた。
「私は嫌よ。貴方と出来ることがあるなら私はしてみたい。焦っているのは私よっ!」
ラウルは息を呑んで固まる。腕を掴んだままその胸元にぐりぐりと顔を押し付けた。
「ね、ラウル。離れていかないで。傍にいて。
あ、でも、ラウルが怖いなら私だって待てるわ!……でも、傍にはいて欲しいの」
思わずラウルは噴出した。それは男の台詞だ。
「……せっかちですね」
「そうよ、私は気が短いの」
ラウルの声が穏やかになったのを聞いてヴィエラは、知ってるでしょ?、と目を細めた。
「まったく、人の我慢も知らないで」
「ラウルは臆病すぎるのよ」
「慎重なんですよ」
先ほどの会話をなぞるように、知ってるでしょう?、と笑った。




