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アゾットシリーズ  作者: 白笹 那智
アゾットⅡ -踊る水銀ー
29/46

紫煙と反アンジュ運動

 そこは、まるで石窯ようだった。


 中規模商業施設の手狭な機械室は四方の壁、天井に至るまで黒く焼け焦げ、元の色を残している箇所はほとんど無かった。


 そんな中で顔を(しか)めて辺りを見回す、二つの人影がある。穂積火蓮と天白雪鱗だ。昨今頻発している、原因不明の機械火災。その調査の為に二人は駆り出されたのだ。


「酷い有様だな」


 これでもかという程に渋い表情で、火蓮がそう言葉を零す。


「こりゃ見事に焼けたね。火元はどこか、なんてレベルじゃないや。全部が火を噴いたんじゃないかと思えるほどだね」


 雪鱗は床に落ちた細長い炭の塊を摘み上げようとするが、数ミリも持ち上がらずに砕けてしまう。

 黒くなった指先をこすり合わせながら腰を上げ、改めて首を巡らせる。やはり、どこかが特に激しく燃えているという事も、何かが炸裂した様子も無い。スプリンクラーからまき散らされた水を蹴りながら機械室を一周した後も、その印象は変わらなかった。


「爆弾って感じじゃないな。まるで空間その物が燃えたか、ユキの言う通りに、ここらの機械が全部同時に火を噴いたって印象だ」

「空間が燃えるなんて、ありうるの?」

「気化爆弾でも使えばあるいは……って所だが、あんな扱いにくい物、メロンの奴でもそうは使わないだろう」


 うーん、と唸りながら、雪鱗が腕を組む。


「火蓮みたいなファイアスターターの仕業って線は?」


 名も知らぬ機械の蓋を開けた火蓮の顔に、舞い上がった黒い灰が覆いかぶさる。嫌そうな顔でそれを払いのけながら、火蓮が応える。


「あたしなら、そんな面倒は掛けないな。考えてもみろ。機械なんて燃やすより、直接的に破壊した方が確実だろう。それこそ爆弾でも使うさ」

「むぅ。まぁ、それもそうね」


 雪鱗が金平糖を口に放り込みながら言葉を返す。


「それにな、機械ってのは案外燃えにくいんだ。高温を持つことはよくあるが、発火に至る事は稀だ。機械その物は可燃物じゃない」


 そう言いながら、火蓮は次々に四角い機械類の黒く焦げた扉を開いていく。


「仮に火を噴いたとしても、機械自体がこれほど激しく燃え上がる何てことは――、んん……」


 四つ目の扉を開けたところで、今度は火蓮が唸り声を上げる。金平糖を噛み砕きながら「どしたん?」とその背中に雪鱗が声をかける。


「どの機械も燃え方がそっくりだ。こりゃマジで〝全ての機械が同時に異常暴走をして発火した〟って可能性を考えなきゃならんかもな」

「ちょっと、他の出火現場の情報を見てみようか」


 雪鱗がバベルを操作し、二人の視界に数枚の画像が表示される。そのどれもが、一連の機械火災現場の現場写真だ。


「ふむ、やっぱりだな」

「だねぇ」


 火蓮が言い、雪鱗が同意する。


 過去の現場写真と、この現状を見て確信した。火元は〝機械その物〟だ。それも、その現場内にある機械類がほぼ均等に燃えている。どれか一つが発火し、その炎が燃え広がったという訳では無い、という事だ。


「ユキ。何かしらのプログラムを組んで機械類を暴走させ、発火させることは可能か?」

「えぇ? うーん、そうだねぇ……」


 雪鱗が眉根を寄せて、改めて画像を睨む。

 黒く焼け焦げて判然としないが、燃えている機械類はデータサーバーやネットワークサーバー。それと施設の配電盤といった所か。それ以外にも、一般的に家庭で使われているような家電の類も焦げている。およそ統一性というものが無い。


「いやぁ、無理だねぇ。対象を一つに絞るなら、やってやれない事も無いとは思うけど……。この全部をとなると、流石に考えられないなぁ」


 小さく火蓮が頷く。


「では、これらが同時に発火するトラブルに心当たりは?」

「過電流……はないね。そんな脆弱なシステムではないし、あっても少し焦げる程度かな。もうそれこそ、機械が自分の意志で燃え上がろうとでもしない限り、不可能なんじゃないかな」


 頭痛を抑えるように、額に手のひらを当てて火蓮が唸る。


「放火ではない。爆弾でもない。機械トラブルでも無い……となると、後はもう未知のアーツによる犯行くらいしか可能性はないが……」

「ここで判断を下すのは早計だよ。一度バベルに戻って情報を精査しようじゃないの」


 そうだな、と呟き、火蓮が胸から煙草を取り出す。それを咥えるより早く、雪鱗がその唇に金平糖を押しつけた。


「流石に火災現場で喫煙はどうよー?」

「はいはい、わーかりましたよ」


 火蓮がため息をつきながら焼け焦げた扉を開き、二人は連れ立って細い階段を上がって商業施設の外へ出た。ビルの間に挟まれた、薄暗い路地裏だ。

 煌びやかな陽光に切り分けられたこの日陰は、まるで世界の裏側に迷い込んでしまったような錯覚を抱かせる。


 棘の付いた砂糖の塊を頬の内側で転がしながら、火蓮が煙草を咥える。ただそれだけで、煙草の先から小さく炎が上がった。


 深く煙を吸い、細く吐き出す。火蓮から立ち上る紫煙を、雪鱗は何となしに目で追った。

 アイランド・ワンに掛かる青空に流れる、翡翠を思わせる緑色を湛えたダストの川。そこへもう一つの色が重る。


「もう、夏かぁ……」


 路地裏の暗がりから抜けるような大空を見つめて、雪鱗がぽつりと呟く。


 ふと、遠くから地鳴りのような音のうねりが二人の耳に届いた。


 揃って路地裏を抜け、顔を覗かせる。そこにはアンジュ排斥を訴えるデモ隊の姿があった。

 雪鱗たちの目前を右から左へ抜けるように、数百メートル先の大通りをモノリスタワー方面に向かって進行していく。


「化物を追い出せ」「アイランドに平和を」「人外(じんがい)共に死を」などと書かれたプラカードを天高く掲げ、声を張り上げながら行進している。一見しただけでは規模を計りようもないが、少なく見積もっても二百から三百人規模といった所だろうか。


「まーた反アンジュ運動のデモ行進か。ご苦労なこったな」


 煙草を咥えたまま、大して興味も無さそうに火蓮が吐き捨てる。

 むぅ、と雪鱗が一つ呻き、指や視線操作をフル活用してバベルを使い、何事かを調べ始めた。


「……やっぱりだ。今日この時間にこの場所で、デモ行進をしようなんて呼びかけはどこでもなされていないや」


 その言葉に火蓮が眉根を寄せる。


「あぁ? じゃあなんだ、あの全員が〝自発的に集まった〟とでも言うのか」

「呼びかけを隠す必要が無い以上、それが見当たらないって事は……そういう事になるねぇ」


 紫煙を吐き出しながら、火蓮が携帯灰皿に吸殻を押し込む。


「あり得ないだろう、そんな事。蟻だって行進をするときは何かしらの合図があるもんだ。こんな大事を、個人個人が別々に思い立って行動に移そうだなんて――」


 そこまで言いかけた所で火蓮が言葉を区切り、雪鱗を見遣る。

 火蓮の考えを正しく理解したのだろう。雪鱗は小さく頷き、言葉の後を継いだ。


「先日の小学校立て籠もり事件で感じた違和感とそっくりだよね。アンジュの処刑なんて要求内容も気になってたし、関連が無いか調べておくよ」

「真斗が生け捕りにした犯人が居るだろう。どんな供述をしているんだ?」


 再び雪鱗がバベルを操作する。そして数秒後、ため息をついてかぶりを振った。


「何を聞いても『アンジュを殺せ』としか言わないみたいだね。シャルルンが備考欄に『イカれてるぜ』って書いちゃうくらいに、会話にならないみたいだよ」

「ご苦労様だな。纏めて焼いちまえば良かったか。洗脳でもされているんじゃねぇの?」


 そう言って火蓮は乾いた笑い声を上げるが、雪鱗はぴくり、と眉根を上げる。そして腕を組み、何事かを考え込み始めた。その様子に火蓮が首を傾げる。


「おい、どうしたよ。洗脳って部分に引っ掛かってるのか?」

「いやさぁ。近頃の〝反アンジュ運動〟を誰が始めたのか、未だに解っていないじゃん?」


 市民が団結しその主張を声高らかに掲げるとき、そこには必ず主導者が居る。

 初めに声を上げる者がおり、徒党を組んで徐々に膨れ上がる。そこへ政治的な思惑が絡む場合は事態が複雑化するが、それでも誰かしら〝先頭に立って旗を振る者〟が居るはずなのだ。


 しかし昨今の反アンジュ運動には、それが居ない。


まるで、誰も彼もが同時に思い立って行動を起こし始めたような有様なのだ。徐々に広がった、というものでは無い。アイランド全体が反アンジュの声で一気に燃え上がった。


「だからって、流石に洗脳は無ぇだろう……。全体で何千、何万って規模だぞ?」

「うーん、そうだよねぇ。ちょっと飛躍しすぎたかな」


 雪鱗が照れくさそうな笑い声を上げる。


「ま、騒動が収まるのをのんびり待っていよう。アレは焦って収めようとすれば、余計に燃え上がる類の代物だ」

「そうだねぇ。アンジュなんて元々が嫌われ者だし、今更だよね」

「そういうこったな」


 雪鱗が困ったように笑い、火蓮が再び煙草を咥える。その先端に小さく炎が上がった。


 アンジュの死を望む声で震える青空に一筋の白い煙が立ち昇り、そよ風に消えていった。



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