借金返済に寄り道あり!
「一緒に、帰ろ」
「……え?」
思わず聞き返した。白石紬はレジの前で、こちらを見上げている。
「だから、一緒に帰ろうって!」
「いや、聞こえてるけど……」
「じゃあなんで聞き返したの?」
「……なんでだろう」
「分かってないの!?」
紬は呆れたように頬を膨らませた。
いや、だって。
さっきまで客として店にいた女の子から、突然一緒に帰ろうと言われたのだ。しかも、その相手は俺に告白してくれた女の子である。
平常心でいられるわけがない。
「……白石さん、家こっち方面なの?」
「ううん! 電車乗るよ! 今日はたまたま遠出しただけだから!」
「そっか。じゃあ、ちょっと待っててもらってもいい? 着替えてくるから」
「はーい!」
紬は嬉しそうに手を振った。
……なんだろう。たった一緒に帰るだけなのに、どうしてこんなに嬉しそうなのだろう。
悠真は首を傾げながら、休憩室へ向かった。
◇◇◇
「お待たせ、白石さん」
「あ! 瀬川くん!」
店の外に出ると、紬は入口の横でスマホを眺めていた。声をかけると、ぱっと顔を上げる。
「お仕事お疲れ様!」
「ありがとう。白石さんも執筆お疲れ様」
「えへへ。今日は頑張ったよー!」
「三千文字だっけ。結構書いたね」
「でしょ! でもね、実はちょっと問題があって……」
「問題?」
紬は気まずそうに目を逸らした。
「……瀬川くんが気になって、途中から全然集中できなかった」
「またそういうこと言う……」
「だってさ! 普段学校で見る瀬川くんと全然違うんだもん! お客さんにずっと笑顔だし、小さい子にも優しいし、何より仕事してる姿がかっこよかった!」
「……ありがとう」
「だからね、途中から瀬川くんのことばっかり見ちゃって……」
そこまで言うと、紬はハッと口を押さえた。
「……あ。……今の、忘れて」
「いや、俺のこと気になって集中できなかったって言ってる時点で手遅れじゃない?」
「ひどい! 忘れてってば!」
紬は両手で顔を覆った。
……この人は本当に、何を考えているのだろう。告白した相手に、そんなことを平然と言ってしまうなんて。
いや、平然とはしていないな。
「……と、とにかく! 帰ろ!」
「あ、うん」
紬は逃げるように歩き出し、悠真は慌ててその隣に並ぶ。
秋の夜風が頬を撫でた。昼間はまだ暖かかったが、夜になると随分冷え込む。街灯に照らされた歩道には、二人分の影が並んでいた。
「……白石さん、寒くない?」
「んー、ちょっとだけ」
「もう秋だもんね」
「うん。でも、私は秋好きだよ。だって、こうやって好きな人と一緒に歩けるし」
「……秋関係なくない?」
「あるよ! 秋って人肌恋しくなる季節って言うじゃん?」
紬はそう言って、こちらを見上げた。
「だから、ちょっとくらいくっついても許されるかなって」
「……許されないと思うけど」
「えー! 厳しい!」
紬は不満そうに頬を膨らませる。しかし、すぐにその表情を緩めた。
「……じゃあ、袖だけ」
「……袖?」
「うん。手じゃないからセーフ!」
「またその理屈!?」
水族館でも同じことを言っていた気がする。紬は楽しそうに笑いながら、悠真の袖をちょこんと掴んだ。
「……これならいいでしょ?」
「……まあ、袖くらいなら」
「やった!」
紬は満足そうに笑った。
まあ、嬉しそうだからいいか。
「あ、瀬川くん! コンビニ寄ってもいい?」
「ああ、うん。何か買うの?」
「ちょっとね!」
二人は横断歩道を渡り、コンビニへ入った。店内には温かい空気が流れている。
あまりコンビニには寄らないから新鮮だ。
紬は飲み物の棚に向かうと、何やら真剣な表情で商品を眺め始めた。
「……うーん」
「何悩んでるの?」
「瀬川くん、ココアとカフェオレどっちが好き?」
「……ココアかな」
「わかった! ちょっとまってて!」
紬はココアを二本手に取ると、真っ直ぐにレジに向かって会計を済ませてしまった。
テープが貼られたココアを手に、悠真の方に戻ってくる。
「はい、これ! 今日お仕事お疲れ様! 私からの差し入れ!」
「いや、悪いよ。お金出すよ」
「えー! 百円ちょっとだよ?」
「金額の問題じゃなくて……」
悠真は言葉を濁した。
人から何かを奢ってもらうのは、どうにも落ち着かない。ましてや、相手は自分が告白を断った女の子だ。
「……白石さんにばっかり気を遣わせたくないし」
「……そっか」
紬は少し考えるように首を傾げた。そして、何かを思いついたように笑った。
「じゃあ、貸しにしよ! 次は、瀬川くんが私にココア奢って!」
「……まあ、それならいいけど」
「よし! 約束ね!」
紬は嬉しそうに出口へ向かった。その背中を悠真も追う。
……あれ? これ、結局次に会う約束をしたことになってないか?
◇◇◇
店を出ると、さっそくココアに口をつけた。
「……あったかい」
「でしょ!」
紬は自分のココアを両手で包み、満足そうに笑った。
しばらく二人で歩く。車が通り過ぎる音が聞こえる。
「……ねえ、瀬川くん」
「うん?」
「借金の返済って、今どれくらい進んでるの?」
「……え?」
思いがけない質問に、足を止めてしまう。それに合わせて紬も止まり、向かい合う。
「ほら、前に一年くらいで返せそうって言ってたじゃん。今もその予定なのかなって」
「ああ……うん。今のところは」
「そっか。順調なんだね!」
「……まあ、予定通りではあるかな」
正直なところ、楽ではない。
学校に通いながらアルバイトをして、空いた時間に小説を書く。
借金のことを考えない日はない。しかし、そんな事情をわざわざ話す必要もないだろう。
「困ったら抱え込まないで、相談してね?」
なぜ、彼女はこんなに優しいのだろうか。
「……うん、ありがとう」
「どういたしまして! ……あ、そうだ。瀬川くん、今日書いた小説、今度読んでくれない?」
再び歩き出し、前を見ながら話を続ける。
「もちろん。三千文字も書いたんでしょ? 楽しみだな」
「……えへへ。じゃあもっと頑張らないとなあ」
紬は嬉しそうに笑った。風に紬の髪がなびく。
「でもさ、瀬川くんの作品も読ませてよ。最近全然見せてくれないじゃん!」
「……最近あんまり書けてなくて」
「えー! ライバルがそれじゃ困るよ!」
「ごもっともです……」
「じゃあ、今度一緒に執筆しよ! 私が監視してあげる! 瀬川くんがサボらないようにね!」
「白石さんの方が集中できなくなりそう」
「……うっ」
どうやら図星らしい。絵に描いたように言葉を詰まらせている。
「……そ、それは瀬川くんがかっこいいのが悪いんだから!」
「理不尽すぎるな……」
紬は誤魔化すように笑った。その笑みを見るとどうも気を緩めてしまう。
「……あ、そうだ。白石さん。今度の休み、予定確認しておくよ」
「……え?」
「ほら、水族館の帰りに言ってたじゃん。次は俺から誘ってって」
今度は紬が足を止めた。
「……覚えてたの?」
「そりゃ、約束したからね」
紬は口をパクパクさせ、俯いてしまう。
「……白石さん?」
「……ずるい」
「え?」
「そういうの、ずるいよ」
紬は顔を上げた。しかし、目が合いそうになるとすぐに逸らしてしまう。
「……私ばっかり、瀬川くんのこと好きみたいじゃん」
実際そうではないだろうか。そう言おうとした。
しかし、なぜかその言葉が声にならなかった。
「……白石さんと遊ぶの、俺も楽しいよ」
「……ほんと?」
「うん」
「……そっか」
紬は俯き、口元を緩めた。
「……早くその日が来てほしいな」
紬は悠真の袖を、もう一度そっと掴んだ。
今度は何も言わなかった。悠真も、その手を振り払わなかった。
……振り払わないといけないはずなのに。
【借金返済まで、あと358日】




