バトルマスターは歌う
バトルマスターが歌をうたうようです
初めての依頼を無事に終えた翌日。
俺たちは再び冒険者ギルドへ集まり、次に受ける依頼を探していた。
「昨日より少し難しい依頼にしてみましょうか」
アステリアの提案に、俺たちは掲示板を見上げる。
ゴブリン五体を問題なく倒せたのだから、少しくらい難易度を上げても大丈夫だろう。
俺は途中で踊ったけど。
サキは歌ったけど。
結果だけ見れば圧勝だった。
「これなんてどう?」
サキが一枚の依頼書を手に取った。
王都から少し離れた森で、ホーンベアと呼ばれる魔獣が目撃されているらしい。
熊に似た大型の魔獣で、額から一本の角が生えている。
普段は森の奥に棲んでいるが、最近になって街道付近まで姿を現すようになり、すでに荷馬車が一台襲われていた。
「ゴブリンよりは強そうだな」
「でも、この四人なら問題ないんじゃない?」
サキの言葉にガイも頷く。
「俺も賛成だ。昨日は互いの実力をほとんど確認できなかったからな」
「そうですね。私も昨日は何もしていませんし」
アステリアが苦笑する。
確かに、昨日はサキの歌で残ったゴブリンが眠ってしまった。
聖女の実力を見る機会はなかった。
「じゃあ、これにしましょう」
俺たちはホーンベア討伐の依頼を受け、そのまま王都を出発した。
目的の森へ到着したのは、それから二時間ほど経った頃だった。
「爪痕があります」
アステリアが一本の木を指差す。
幹には大きな傷が何本も刻まれていた。
俺の腕より太そうな爪痕だ。
「結構でかそうだな」
「ホーンベアは普通の熊より一回り以上大きいわ。突進にも注意した方がいいでしょうね」
サキが剣を抜く。
ガイも背負っていた大剣を構えた。
「来るぞ」
直後、森の奥から低い唸り声が響いた。
茂みが大きく揺れる。
姿を現したのは、俺の想像以上に巨大な魔獣だった。
「グオオオオッ!」
「でかっ!」
二本の足で立ち上がれば、ガイの倍近い高さがある。
黒褐色の毛に覆われた巨体。
額から伸びた太い角。
腕を振るうだけで、近くの枝が折れて地面へ落ちた。
「昨日とは全然違いますね」
アステリアが杖を構える。
「でも、やることは同じです」
俺も剣を抜いた。
昨日は最初から踊った。
今日は大丈夫だろう。
たぶん。
「俺とガイさんで正面から行きます。サキさんは横から。アステリアさんは援護をお願いします」
「分かったわ」
「ああ」
「任せてください」
ホーンベアが地面を蹴った。
「来るぞ!」
速い。
巨体からは想像できない速度で突っ込んでくる。
俺とガイが左右へ飛ぶ。
ホーンベアの角が、さっきまで俺たちがいた場所を通過した。
「はあっ!」
サキが横から斬りつける。
刃がホーンベアの腕を捉えた。
しかし浅い。
「硬い!」
「なら俺がやる!」
ガイが大剣を振り上げた。
ホーンベアがサキへ意識を向けている。
完全に隙を突いた。
「おおおっ!」
ガイが踏み込む。
そのまま大剣を叩き込む。
はずだった。
「…………」
大剣が止まった。
「ガイさん?」
アステリアが呼びかける。
ガイは大剣を構えたまま動かない。
そして大きく息を吸った。
「…………」
歌い始めた。
「…………」
俺はガイを見る。
サキもガイを見る。
アステリアもガイを見ている。
昨日は剣聖が歌った。
今日はバトルマスターが歌っている。
上位職って歌うものなのか?
「ガイさん!」
アステリアが戸惑った声を上げる。
「何をしてるんですか!?」
ガイは歌い続けている。
しかも意外と普通に上手い。
ホーンベアまで何事かと動きを止めていた。
やがて歌が終わる。
「…………」
ガイが大剣を構え直した。
俺と目が合う。
「今のは?」
「バトルマスターに伝わる戦歌だ」
「戦歌」
「ああ。戦いの前に歌うことで、味方の闘争心を高める」
「なるほど」
そういうものがあるのか。
「そんな技があるんですね」
アステリアも納得したようだった。
サキだけは何も言わない。
俺も深く追及するつもりはなかった。
俺だって昨日踊ったばかりだからな。
「ユウさん」
「はい?」
「身体が……」
アステリアが自分の手を見る。
俺もすぐに気づいた。
身体が軽い。
それだけではない。
剣を握る腕に、普段以上の力が入る。
「力が上がってる?」
「どうやら今の歌の効果みたいですね」
アステリアが驚いたようにガイを見る。
「すごいです、ガイさん!」
「あ、ああ」
「これなら一気に攻められます!」
ガイがわずかに視線を逸らした。
照れているのだろうか。
「グオオオオッ!」
ホーンベアが再び突進してきた。
「行くぞ!」
今度こそガイが大剣を振るう。
巨大な爪と大剣がぶつかり合った。
さっきまでなら押し負けてもおかしくない。
だが今度は違った。
「おおおおっ!」
ガイが力任せに大剣を振り抜く。
ホーンベアの巨体が横へよろめいた。
「今だ!」
俺も走る。
頼む。
普通に攻撃させてくれ。
剣を振り上げる。
身体は勝手に動かない。
よし!
「はあっ!」
強化された一撃がホーンベアの脇腹へ入る。
「グオオッ!」
効いた。
サキも反対側から斬りつける。
三人で一気に攻めれば、さすがのホーンベアも対応できない。
「これならいける!」
俺が叫んだ直後、ホーンベアが大きく腕を振り回した。
「危ない!」
アステリアの声。
俺たちは距離を取る。
ホーンベアは傷だらけになりながらも、まだ倒れない。
「しぶといな」
ガイが再び大剣を構えた。
「次で決めるぞ」
「はい!」
俺も剣を握る。
ガイが地面を蹴った。
大剣を肩へ担ぎ、ホーンベアへ迫る。
あと数歩。
その時だった。
ガイが突然立ち止まった。
「…………」
嫌な予感がした。
ガイが大きく息を吸う。
「まさか」
再び歌い始めた。
ただし――
「…………」
さっきとは違う。
音程が外れている。
かなり外れている。
「…………」
いや、かなりどころじゃない。
ひどい。
俺でも分かるくらいひどい。
「ガイさん……?」
アステリアが困惑している。
サキも無言でガイを見ていた。
ホーンベアまで攻撃をやめた。
「グ……?」
首を傾げている。
分かるぞ。
俺も同じ気持ちだ。
ガイの歌声が森中に響き渡る。
高くなったと思ったら急に低くなり、そこからさらに外れる。
どこへ向かっているのか誰にも分からない。
「グオ……」
ホーンベアの様子がおかしくなった。
「ん?」
右へ行こうとして左へふらつく。
俺たちへ襲いかかろうとして、なぜか背後の木へ突進した。
額の角が幹へ突き刺さる。
「グオオッ!?」
「もしかして……」
アステリアが目を丸くした。
「混乱してます?」
「みたいですね」
俺はガイを見る。
ガイも混乱しているホーンベアを見ていた。
そして俺たちの視線に気づく。
「今の歌も?」
俺が聞く。
「……ああ」
ガイは大剣を肩へ担いだ。
「敵の平衡感覚を乱すため、あえて音程を外した」
「わざとだったんですか!?」
アステリアが驚く。
「当然だ」
ガイは真顔だった。
「バトルマスターは武器だけで戦う職業じゃない。時には音すら武器にする」
「なるほど……!」
アステリアが感心している。
「…………」
サキは何も言わない。
俺も何も言わなかった。
そういう技なんだろう。
たぶん。
「今のうちに倒しましょう!」
アステリアが杖を掲げる。
「《ホーリー・レイ》!」
眩い光が杖の先端へ集まり、一筋の光線となって放たれた。
光がホーンベアの胴体へ直撃する。
「グオオオオッ!」
すごい。
ホーンベアの巨体が吹き飛び、地面を転がった。
「強っ!」
思わず声が出た。
「い、いえ。皆さんがかなり弱らせていましたから」
「それでもすごいですよ」
回復役だと思っていたけど、普通に攻撃も強い。
さすが聖女だ。
倒れたホーンベアが起き上がろうとする。
「まだです!」
アステリアが再び杖を構えた。
しかし、その必要はなかった。
ガイの歌で混乱しているホーンベアは、立ち上がった直後に逆方向へ走り出し――
勢いよく大木へ頭から突っ込んだ。
「グオッ!」
そのまま動かなくなった。
「…………」
俺たちはしばらくホーンベアを見つめた。
「倒しました……よね?」
アステリアが恐る恐る近づく。
「みたいですね」
討伐完了。
結果だけ見れば、今回も危なげなく勝てた。
「ガイさんの歌、すごかったですね」
帰り道、アステリアが楽しそうに話しかけた。
「最初は私たちを強くして、二回目は敵を混乱させるなんて」
「まあな」
「状況によって効果を使い分けられるんですか?」
「…………」
ガイが一瞬だけ黙った。
「当然だ」
「やっぱり!」
アステリアは疑っていない。
俺も感心する。
バトルマスターって器用なんだな。
ただ、少しだけ気になる。
ガイは二回目に歌い始めた瞬間、ものすごく嫌そうな顔をしていた気がする。
まあ、気のせいだろう。
俺だって踊りたくない時くらいある。
そう考えたところで、なぜかサキと目が合った。
「…………」
「…………」
お互い何も言わないまま、前へ向き直る。
人には触れられたくないことの一つや二つくらいある。
仲間だからこそ、聞かない方がいいこともあるのだ。
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