初めての戦闘
いざ初戦闘
王都を出発してから一時間ほど。
俺たちはゴブリン討伐の依頼を受け、街道から少し離れた森へ入っていた。
依頼書によれば、確認されているゴブリンは五体。
近くを通った商人が襲われ、商品を奪われたらしい。
「足跡がありますね」
先頭を歩いていたアステリアがしゃがみ込み、地面を指差した。
柔らかな土の上に、小さな足跡がいくつも残っている。
「こっちへ続いてるわね」
サキが周囲を確認しながら剣へ手を添える。
「数は?」
「正確には分からないけど、依頼書に書かれていた五体と考えてよさそう」
「なら、このまま追うか」
ガイが背中の大剣へ手を伸ばした。
昨日ギルドで見た時にも思ったが、やっぱり格好いい武器だ。
俺が想像していたバトルマスターの武器よりは小さいけど、それでも俺の剣より遥かに大きい。
剣聖にバトルマスター。
そして聖女。
頼もしい。
問題があるとすれば、勇者である俺だ。
いや、勇者じゃない。
遊び人だ。
今日こそ頼むぞ。
余計なことはしなくていい。
普通に剣を振らせてくれ。
「いました」
アステリアの声に、全員が足を止めた。
木々の隙間から少し開けた場所が見える。
そこには五体のゴブリンがいた。
錆びた剣や棍棒を持ち、奪ったらしい荷物を漁っている。
「依頼書通りね」
サキが小声で言う。
「どうする?」
ガイに聞かれ、俺は一瞬考えた。
こういう時こそ勇者らしく指示を出すべきだ。
「サキさんとガイさんは前衛をお願いします。俺も前に出ます。アステリアさんは後ろから援護を」
「分かったわ」
「ああ」
「はい」
よし。
今のはかなり勇者らしかった。
あとは普通に戦えばいい。
俺たちが茂みから出ると、ゴブリンたちが一斉にこちらを向いた。
「ギャッ!」
「ギャギャッ!」
武器を手にして襲いかかってくる。
「行くぞ!」
俺は剣を抜いた。
一番近くのゴブリンへ走る。
相手は棍棒。
動きも遅い。
これなら問題ない。
俺は剣を振り上げ――
身体が止まった。
(……おい)
右足が勝手に横へ動く。
(待て)
左足も続いた。
(待て待て待て!)
剣を持ったまま身体がくるりと回った。
そこから軽快な足取りで左右へ動き、最後に剣をゴブリンへ向けてポーズを決める。
「…………」
「…………」
「…………」
目の前のゴブリンまで止まっていた。
森の中に何とも言えない空気が流れる。
違う。
俺は踊りたかったんじゃない。
斬りたかったんだ。
「ユウさん?」
最初に口を開いたのはアステリアだった。
「今のは何を?」
「ゴブリンを見て昂ってしまいました」
「踊りながら?」
「ええ、俺は敵に遭遇した時に昂ってしまう事があるんです」
「そうなんですか?」
「はい」
俺は真顔で答えた。
その時、身体の奥から力が湧いてくる。
(あれ?)
剣がさっきより軽い。
身体も動かしやすくなっている。
どうやら今の踊りには、攻撃力を上げる効果があったらしい。
「勇者の加護が発動しました」
「そんなスキルが……」
アステリアが納得している。
「これも条件が揃わなければ発動できないんです」
無意味じゃなかった。
よかった。
いや、よくない。
「来るぞ!」
ガイの声で意識を戻す。
止まっていたゴブリンが再び襲いかかってきた。
「よし、今度こそ!」
剣を振る。
今度は身体が勝手なことをしなかった。
刃がゴブリンの棍棒を弾き、そのまま胴へ入る。
「ギャッ!」
先ほどの踊りのバフも効いている。
ゴブリンが地面へ倒れた。
「よし!」
できるじゃないか。
俺はちゃんと戦える。
「はあっ!」
横ではサキが別のゴブリンと斬り結んでいた。
速い。
相手の剣を軽く受け流し、返す刃で追い詰めていく。
さすが剣聖だ。
「おおっ!」
ガイも強い。
大剣を振るい、ゴブリンの棍棒ごと相手を吹き飛ばした。
やっぱり上位職は違う。
俺も負けていられない。
残ったゴブリンへ向かおうとした時だった。
「…………」
突然、サキの動きが止まった。
「サキさん?」
剣を構えていたはずのサキが、なぜか小さく息を吸う。
そして――歌い始めた。
「…………」
綺麗な歌声が森の中に響く。
戦闘中とは思えないほど澄んだ声だった。
ゴブリンも困惑したようにサキを見る。
(剣聖って戦闘中に歌うのか?)
俺は知らなかった。
きっと何か意味があるんだろう。
剣聖にしか分からない特殊な技とか。
「…………」
ガイもサキを見ている。
だが何も言わない。
俺も聞かないことにした。
「サキさん?」
アステリアだけが不思議そうにしている。
サキの歌声が続く。
すると、目の前にいたゴブリンの動きが鈍くなった。
「ギャ……」
武器を持ったまま身体がふらつき、その場へ倒れる。
さらにもう一体。
そして最後の一体も地面へ崩れ落ちた。
「え?」
アステリアが目を丸くする。
倒れたゴブリンから寝息が聞こえてきた。
「眠ってる……?」
サキの歌が止まった。
本人も眠ったゴブリンたちを見ている。
なぜか一番驚いているように見えた。
「すごいです、サキさん!」
「え?」
「今の歌、敵を眠らせる技だったんですね!」
「……まあ、そうね」
サキが髪をかき上げながら答える。
さっきまで驚いていたように見えたのは気のせいだったらしい。
「それなら毎回使ってくれれば、戦闘がかなり楽になりそうです」
「…………」
サキの表情が一瞬だけ固まった。
「無理ね」
「そうなんですか?」
「今の技はいつでも使えるものじゃないの。相手の呼吸や動き、それに周囲の状況まで見極めて、歌声が噛み合う瞬間を作る必要があるのよ。条件が揃わなければ成立しないわ」
「なるほど……」
アステリアが感心したように頷く。
「剣聖にはそんな技もあるんですね」
「ええ。そういうことよ」
サキは平然としていた。
さすが剣聖。
俺にはよく分からないが、上位職ともなれば色々な技があるんだろう。
ふとガイを見る。
「…………」
ガイと目が合った。
お互い何も言わず、視線を戻す。
まあいい。
人の技を細かく詮索するのはよくない。
俺だってさっきの踊りについて、これ以上聞かれたくないし。
「眠っているうちに終わらせましょう」
俺たちは眠ったゴブリンたちを拘束した。
討伐依頼ではあるが、アステリアから「無抵抗の相手をそのまま斬るのは少し抵抗があります」と言われたため、生け捕りにしてギルドへ引き渡すことにしたのだ。
「これで五体ですね」
アステリアが数を確認する。
「初めての依頼でしたけど、思ったより簡単でしたね」
「相手がゴブリンだったからな」
ガイが答える。
「この四人なら、もう少し上の依頼でも問題なさそうだ」
「そうね」
サキも頷く。
確かに。
俺は途中で踊ってしまったものの、その後は普通に戦えた。
しかも踊りにも攻撃力を上げる効果があった。
サキには敵を眠らせる歌まである。
ガイは純粋に強かった。
アステリアは今回はほとんど出番がなかったが、いざとなれば回復も攻撃魔法も使える。
かなりいいパーティなんじゃないか?
「次はもう少し強い魔獣でもいいかもしれませんね」
俺がそう言うと、三人も頷いた。
初めての戦闘は無事に終わった。
ただ、一つだけ気になることがある。
剣聖って、本当に戦闘中に歌うんだろうか。
サキに聞こうかとも思ったが、やめておいた。
俺も勇者が戦闘中に踊るのかと聞かれたら困るからだ。
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