盗まれた収納鞄
ユウが町で二人組の男にぶつかられました
金貨百二十枚。
昨日、冒険者ギルドで告げられた金額を思い出すたびに、俺は思わず顔がにやけてしまう。
ロックリザードから手に入れた、あの大きな銀輝結晶。
ソフィアさんが事前に鑑定してくれたおかげで、傷つけずに取り出すことができたお宝だ。
しかも、今日はギルドで買い取ってもらえる予定になっている。
「いやあ、楽しみですね!」
俺は宿屋の食堂で朝食を食べながら、思わず声を上げた。
「ユウ、朝からずっとそればっかりね」
サキが呆れたように笑った。
「だって金貨百二十枚ですよ!?これだけあれば、いろんなものが買えますよ!」
「確かに大金だが、全部使ってしまうなよ」
ガイがパンをかじりながら言った。
「分かってますよ!ちゃんとみんなで相談します!」
「それならいいんですけど」
アステリアが微笑んだ。
隣ではソフィアさんが、昨日の鑑定結果を思い出しているのか、嬉しそうに頷いている。
「でも、本当にすごい銀輝結晶でしたね!おじいちゃんにも見せてあげたかったです!」
「ミルドさんなら、もっと詳しく分かるんでしょうか?」
「もちろんです!おじいちゃんは私なんかよりずっとすごい鑑定士ですから!」
ソフィアさんは胸を張った。
「でも、今回はソフィアさんのおかげですよ!」
「えへへ!そう言ってもらえると嬉しいです!」
そんな話をしながら、俺たちは朝食を終えた。
「さて!それじゃあ、ギルドへ行きましょうか!」
俺は立ち上がり、椅子の背もたれに掛けていた収納鞄を手に取った。
ロベルトさんから格安で譲ってもらった、大切な魔道具だ。
中には銀輝結晶のほかにも、まだ売っていない素材がいくつか入っている。
「ユウ、今日はその鞄、しっかり持ってなさいよ」
「もちろんですよ!」
俺は笑顔で答え、肩から鞄を掛けた。
そして、みんなと一緒に宿屋を出た。
王都の朝は、今日も賑やかだった。
露店では焼きたてのパンが売られ、商人たちが荷車を押している。
通りを歩く冒険者の姿も多い。
「今日は買い取りが終わったら、少し買い物をしませんか?」
俺が提案すると、サキがすぐに頷いた。
「いいわね!そろそろ新しい服も欲しいし」
「俺は武器屋を見たいな」
ガイが言った。
「私は魔道具のお店に行ってみたいです!」
ソフィアさんも楽しそうだ。
「それなら、みんなで回りましょう!」
俺たちはそんな話をしながら、ギルドへ向かって歩いていた。
ところが。
「おっと!」
突然、前から走ってきた男が俺の肩にぶつかった。
「うわっ!?」
俺は思わずよろめいた。
「悪い悪い!急いでるんだ!」
男は片手を上げると、そのまま走り去っていった。
「もう!危ないわね!」
サキが男の背中を睨んだ。
「大丈夫、ユウ?」
「はい!ちょっと驚いただけです!」
俺は服についた埃を払った。
それにしても、ずいぶん急いでいたな。
「怪我がなくてよかったです」
アステリアが安心したように言った。
「そうですね!さあ、行きましょう!」
俺は再び歩き出そうとして――。
「……あれ?」
肩に掛けていたはずの鞄がない。
……ん?
俺は自分の肩を見た。
右肩。
左肩。
地面に落ちてないか。
どこにもない。
「……あれれ?」
「どうしたの?」
サキが不思議そうに尋ねた。
「……鞄がありません」
「えっ?」
「収納鞄が……ありません!」
一瞬、みんなの動きが止まった。
そして。
「えええええっ!?」
俺たちは通りの真ん中で叫んでしまった。
「ちょっとユウ!さっきまで持ってたじゃない!」
「持ってましたよ!確かに持ってました!」
「落としたのか!?」
ガイが周囲を見回した。
「い、いえ!間違いなくずっと持ってました……!」
俺は慌てて後ろを振り返った。
すると、さっきぶつかってきた男の姿が、通りの向こうに小さく見えた。
その手には、見覚えのある茶色い鞄が握られている。
「……あっ!」
俺は指をさした。
「あいつです!さっきの男!」
「まさか、ぶつかったときに!?」
サキが目を見開いた。
「盗まれたのか!」
ガイが声を上げた。
「追いかけましょう!」
アステリアが杖を握り直した。
俺も慌てて走り出そうとした。
しかし、そのとき。
「皆さん、ちょっと待ってください!」
ソフィアさんが声を上げた。
「えっ!?ソフィアさん!?」
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ!」
……大丈夫?
いやいやいや!
鞄の中には金貨百二十枚になる銀輝結晶が入っているんですよ!?
「ソフィアさん!鞄が盗まれたんですよ!?」
「はい!確認しました!」
「それなのに、どうしてそんなに落ち着いてるんですか!?」
俺が尋ねると、ソフィアさんは頬を膨らませた。
「もう!前に対策したって言ったじゃないですかー!」
「……対策?」
「収納鞄ですよ!この前、私が防犯魔法をかけたでしょう!?」
……あっ。
そういえば。
「持ち主以外は中身を取り出せないようにしてくれたんでしたね!」
「そうです!正確には、私たち五人以外は取り出せません!」
「おおっ!」
俺は思わず手を叩いた。
そうだった!
つまり、盗っ人が鞄を持って逃げても、中身は取り出せないということか!
「でも、鞄ごと持っていかれたら意味がないんじゃない?」
サキが尋ねた。
確かに。
中身が取り出せなくても、鞄が戻ってこなかったら困る。
しかし、ソフィアさんは得意げに笑った。
「ふふん!そこもちゃんと考えてあります!」
「えっ?」
「鞄の場所が分かるように、追跡用の魔法もかけてあるんです!」
「……ええっ!?」
俺たちは再び驚いた。
「そんなことまでできるんですか!?」
「はい!ちゃんとできます!」
「すごいじゃない!どうして教えてくれなかったのよ!」
サキが驚いたように尋ねた。
すると、ソフィアさんは頬を膨らませた。
「もう!この前ちゃんと説明しましたよ!」
「……え?」
「追跡魔法のこともお話ししたじゃないですか!」
……追跡魔法?
俺はこの前の採集依頼のことを思い返した。
確か、ソフィアさんが鞄に魔法をかけてくれて……。
五人以外は中身を取り出せないと説明してくれて……。
それから……。
「……あっ」
そういえば。
何かそんなことも言っていたような気がする。
「あー……なんかそういえば、そんな話もしてた気がしますね」
「でしょ!?」
ソフィアさんが勢いよく頷いた。
「あっ、私もなんとなく覚えてるわ。鞄をなくしても大丈夫とか、そんな話だったわよね?」
サキが思い出したように言った。
「そういえば、そんなことを言っていたな」
ガイも腕を組んで頷いている。
「私も聞いた気がします。便利な魔法だなと思っていたんですけど……」
アステリアが少し申し訳なさそうに笑った。
「ほら!ちゃんと説明したじゃないですか!」
ソフィアさんは得意げに胸を張った。
言われてみれば、確かに聞いた覚えがある。
あのときはみんなで話が盛り上がっていたから、きっとあまり気に留めていなかったんだな。
「いやあ、すみません!まさか本当に鞄を盗まれるなんて思ってなかったので!」
「もう!せっかく説明したんですから、ちゃんと覚えておいてくださいよ!」
「はい!今度から気をつけます!」
「それで、ソフィア。その追跡魔法を使えば、今からでも鞄を見つけられるの?」
サキが尋ねると、ソフィアさんは嬉しそうに頷いた。
「もちろんです!任せてください!」
ソフィアさんは腰の小さな鞄から、丸い魔道具を取り出した。
手のひらほどの大きさで、中央に青い魔石がはめ込まれている。
「これを使えば、収納鞄の位置が分かります!」
ソフィアさんが魔力を流すと、魔石が淡く光り始めた。
そして、円盤の上に小さな光の矢印が浮かび上がる。
「おおっ!」
俺は思わず身を乗り出した。
「すごいですね!」
「えへへ!ありがとうございます!」
ソフィアさんは嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、行きましょう!まだそんなに遠くへは行っていないはずです!」
俺たちは矢印の示す方向へ走り出した。
その頃。
王都の裏通りにある、古びた倉庫。
二人の男が、木箱の上に茶色い収納鞄を置いていた。
「へへっ!うまくいったな!」
「ああ!あいつら、全然気づいてなかったぜ!」
一人は、先ほど俺にぶつかってきた男だった。
もう一人は、昨日ギルドで銀輝結晶の話を聞いていた仲間らしい。
「しかし、金貨百二十枚か……」
「とんでもねえお宝だな!」
二人は嬉しそうに笑った。
「さっさと中身を取り出そうぜ!」
「おう!」
男の一人が収納鞄の口を開き、中へ手を入れた。
しかし。
「……ん?」
「どうした?」
「おかしい……取れねえ」
「は?」
「中身が取れねえんだよ!」
男は何度も鞄の中へ手を入れた。
しかし、何も掴めない。
まるで、手を入れた先に何もない空間が広がっているようだった。
「何やってんだよ!貸してみろ!」
もう一人の男が鞄を奪い取り、中へ手を突っ込んだ。
「……あれ?」
「な?」
「……なんだこりゃ!?」
男は鞄を逆さまにして振った。
しかし、銀輝結晶どころか何一つ出てこない。
「おい!本当にこの中に入ってるんだろうな!?」
「見ただろ!あいつが銀色の結晶をしまうところを!」
「じゃあ、なんで出てこねえんだよ!」
「知るか!」
二人は鞄を振ったり、叩いたり、ひっくり返したりした。
それでも中身は全く出てこない。
「……おい」
「なんだよ」
「これ、もしかして防犯魔法がかかってるんじゃねえか?」
「……は?」
男たちは顔を見合わせた。
そして、しばらく沈黙した。
「……どうする?」
「どうするって……」
そのときだった。
「見つけましたー!」
倉庫の外から、元気な声が響いた。
「……ん?」
二人が振り返る。
そこには、先ほど鞄を盗んだ時の五人が立っていた。
「……えっ!?」
男たちは目を見開いた。
「な、なんでここが分かったんだ!?」
「ふふん!私の魔法ですよ!」
ソフィアさんが誇らしげに胸を張った。
「その鞄には追跡魔法がかかっているんですよ!」
「つ、追跡魔法!?」
二人は慌てて収納鞄を見下ろした。
「おい!そんなの聞いてねえぞ!」
「俺だって知らねえよ!」
男たちは顔を見合わせた。
「さあ!鞄を返してください!」
俺が一歩前へ出ると、男の一人が短剣を抜いた。
「くそっ!こうなったら……!」
もう一人も腰から短剣を取り出した。
「お前ら、近づくんじゃねえ!」
……おや?
どうやら、素直に返してくれるつもりはないらしい。
「困りましたね……」
俺は剣の柄に手をかけた。
すると、サキが同じく剣の柄に手をかけ隣へ並んだ。
「ユウ、どうする?」
「そうですね。怪我をさせないように取り押さえましょう!」
「ええ、分かったわ!」
ガイも大斧を構えた。
「俺は逃げ道を塞ぐ」
「お願いします!」
アステリアはソフィアさんの前へ立ち、杖を構えた。
「ソフィアさん、私の後ろにいてくださいね」
「はい!」
男たちは俺たちを見て、顔を引きつらせた。
「お、おい……あいつら、勇者パーティじゃねえか?」
……えっ?
今さら?
「今ごろ気づいたの!?」
盗む前に確認しておいてほしかったな。
いや、その前に人の物を盗んじゃダメでしょ!
「くそっ!やってやる!」
男の一人が短剣を振りかざし、俺へ突っ込んできた。
「うおおおっ!」
俺は剣を抜き、相手の攻撃を受け流そうとした。
ところが。
「……ほいっ!」
突然、俺の体が横へくるりと回った。
……あっ。
まずい。
俺は短剣をかわし、片足を上げてステップを踏み踊り始めた。
「なっ!?」
男が驚いて足を止める。
「くそが!勇者だかなんだか知らねーが、余裕かましやがって!?」
……いや、余裕をかましているわけではないんだ
しかし、体は勝手に動き続ける。
俺は男の周りを回りながら、軽やかな足取りで踊ってしまった。
「こ、この野郎!ふざけやがって!」
男が短剣を振り回す。
だが、不思議なことに、その攻撃はことごとく空振りした。
「うわっ!?」
男は勢い余って前のめりになり、木箱に足を引っかけた。
ガシャーン!
「ぐえっ!」
派手な音を立てて転倒する。
……おおっ!
助かった!
「ユウ!敵を翻弄してるの!?」
サキが叫んだ。
「こんなやつら踊って翻弄してやるくらいでちょうど、いい」
そしてちょうど踊りが止まった。
……いや、止まってくれてよかった。
このまま踊り続けたらどうしようかと……
その間に、もう一人の男がサキへ向かっていた。
「このっ!」
男が短剣を振り下ろす。
しかし、サキは軽く身をひねってかわした。
「遅いわね!」
次の瞬間、サキの片手剣が男の短剣を弾き飛ばした。
「うわっ!?」
男が驚いて後ずさる。
そこへガイが回り込んだ。
「逃がさんぞ」
「ひっ!?」
男は大斧を見て、慌てて両手を上げた。
「こ、降参だ!」
もう一人も床に倒れたまま、情けない声を上げた。
「お、俺も降参する!」
「よし!これで解決ですね!」
俺は剣を鞘へ収めた。
ソフィアさんが木箱の上に置かれた収納鞄へ駆け寄る。
「はい!ちゃんと見つかりました!」
俺は鞄を受け取り、中を確認した。
銀輝結晶も、ほかの素材も、すべて無事だった。
「おおっ!本当に何も取られていません!」
「だから言ったじゃないですかー!」
ソフィアさんが得意げに笑った。
「防犯魔法と追跡魔法があれば、こういうときも安心なんですよ!」
「すごいです!ソフィアさん!」
俺は思わず拍手した。
「ありがとうございます!」
「えへへ!もっと褒めてくれてもいいですよ!」
「本当に助かりました!ソフィアさんがいなかったら、どうなっていたことか!」
「えへへへ!」
ソフィアさんは嬉しそうに頬を緩めた。
そんな俺たちを見て、盗っ人の二人はがっくりと肩を落としていた。
「……なんだよ、あの鞄」
「最初から盗めねえようになってたのかよ……」
俺は二人を見下ろした。
「人の物を盗んじゃ駄目ですよ!」
「……はい」
「しかも、あんなに高いものを盗もうとするなんて!」
「……すみません」
二人はすっかり大人しくなっていた。
俺たちは男たちを連れて、冒険者ギルドへ戻ることにした。
ギルドへ到着すると、リリアさんが驚いた顔で迎えてくれた。
「ユウさん!?どうされたんですか!?」
「実は、収納鞄を盗まれまして!」
「ええっ!?」
リリアさんが声を上げた。
「それで、盗んだ人たちを捕まえてきました!」
「……えっ?」
リリアさんは俺たちの後ろにいる二人の男を見た。
男たちは気まずそうに顔を伏せている。
「ま、まさか……昨日の銀輝結晶を狙って?」
「そうみたいです!」
「なんてことでしょう……!」
リリアさんは慌ててほかの職員を呼び、男たちを引き渡す手続きを始めた。
その間、俺たちは事情を説明した。
ソフィアさんが収納鞄に防犯魔法と追跡魔法を施していたことを話すと、リリアさんも感心したように頷いた。
「そんな魔法をかけていたんですね!」
「はい!おじいちゃんに教わったんです!」
「さすがミルドさんのお孫さんですね!」
「えへへ!」
ソフィアさんは嬉しそうに笑った。
やがて男たちは、呼ばれてきた衛兵に連れていかれた。
これで一件落着だ。
「さて!それじゃあ、本来の目的を済ませましょう!」
俺は収納鞄から銀輝結晶を取り出した。
「昨日の買い取り、お願いできますか?」
「はい!準備は整っております!」
リリアさんは笑顔で頷いた。
しばらくして、ギルドの奥から大きな革袋が運ばれてきた。
中には、金貨がぎっしりと詰まっている。
「こちらが、銀輝結晶の買い取り代金、金貨百二十枚です!」
「おおおっ!」
俺たちは思わず歓声を上げた。
金貨百二十枚!
目の前に並べられると、昨日聞いたときよりずっとすごく感じる。
「本当にこんなにあるんですね……!」
アステリアが驚いたように呟いた。
「夢みたいね!」
サキも嬉しそうだ。
「これだけあれば、当分は装備に困らないな」
ガイが頷いた。
「ソフィアさん!改めて、ありがとうございます!」
俺が言うと、ソフィアさんは照れくさそうに笑った。
「いえいえ!皆さんと一緒に冒険できて、私も楽しいですから!」
俺たちは金貨を収納鞄へしまい、ギルドを後にした。
今度は、俺が鞄をしっかりと抱えている。
「ユウ、今度こそ気をつけなさいよ」
サキが笑いながら言った。
「もちろんです!もう絶対に盗まれません!」
「でも、また盗まれても大丈夫ですよ!」
ソフィアさんが元気よく答えた。
「ちゃんと追跡できますから!」
「いやいや!できれば、もう盗まれたくないですよ!」
俺が言うと、みんなが笑った。
こうして、俺たちの収納鞄盗難事件は無事に解決した。
それにしても、ソフィアさんって本当に頼りになるな。
鑑定だけじゃなく、防犯魔法まで使えるなんて。
ミルドさんが自慢のお孫さんだと言っていたのも納得だ。
「さて!せっかくお金も手に入ったことですし、今日は買い物を楽しみましょう!」
「賛成!」
サキが真っ先に手を上げた。
「俺は武器屋だな」
「私は魔道具のお店に行ってみたいです!」
「それなら、私は皆さんのお買い物に付き合いますね」
アステリアが微笑んだ。
「よし!それじゃあ、出発です!」
俺たちは賑やかな王都の通りへ歩き出した。
今日もまた、楽しい一日になりそうだ。
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