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第6話 帰り道をつくるのが、わたしの仕事

「レオンハルト! ああ、どうかお気を付けて――!」


 エルナは彼の騎乗した竜にすがりつきながら、そう言うしかなかった。


 先日、二人が報告を受ける前から、雪の激しさは増していた。天候が回復するのは今日の昼になってからだった。レオンハルトは手勢を十ばかし連れて一隊の遭難した場所へ向かうことにした。全員が小さな竜に騎乗している。つまり、竜騎士である。


 竜は基本的には一人用だが、後ろに乗せようと思えば一人は乗せられる。そして、レオンハルトが今回連れる手勢の十人が、今城にいる竜騎士のすべてだった。空から救助するしかない、それがレオンハルトの考えだった。


「大丈夫だ。では、行ってくる」


 レオンハルトがそういうから、エルナはさっと離れた。家来が走りながらこちらへやってきて、エルナに離れるように強く促す。ほとんど家来に引きずられるように竜騎士たちの近くから離れると、それを見たレオンハルトが、手を上げて合図を出した。


 レオンハルトたちの竜が翼を一度ゆったりと羽ばたかせた。するとその体がふわりと宙に浮かぶ。エルナは竜が飛ぶ姿を見るのは初めてだった。


 エルナは周囲を円を組んで取り巻く人たちの中にいた。一歩前に出て叫んだ。


「どうか無事に戻ってきて!」


 レオンハルトにその言葉が聞こえていたかはわからない。だが、彼はこちらを向き、軽く手を上げて合図をしてくれた。


 ララガスタより北東に霜山村という場所がある。そこは国境近くの山間の辺鄙な村だ。だが国境の向こう側にいる魔物への対処のため、軍の基地があった。ラーデン公爵領の国境沿いにはこういう基地が他にいくつもあり、いざ魔物の脅威が迫れば、主にここから兵が出される。これで対処できないときになって、ララガスタにある軍が動かされる。


 確か先月の初めか、とレオンハルトは竜の手綱を握りながら思う。すでにララガスタは後方に消え、白い山並みの上を飛んでいた。


 霜山村近くでゴブリンの出現の報告を受けた。――いや、と思う。確か報告を受けた時点では、すでに霜山村の近くにゴブリンの巣が作られていて、村に駐屯する兵だけでは対処できないから、ララガスタから小規模な軍を割いて派兵したのだった。


 その時に応援に出された軍の一隊が、ララガスタへ帰還するときに遭難したのだった。これから先は、雪がさらに降り積もり、道がふさがれる。だから、帰還するには今しかなかった。いやそもそも、もっと早くに帰還できるように手筈すべきだったのだ、とレオンハルトは思う。これにエルナの手を借りていたら、どれだけうまく済んだことか、と今になって後悔する。討伐は終えたとはいえ、それでもゴブリンにたいして霜山村の警戒を高めておくのに兵に馬が必要だった。だから、帰還用の馬車を用意するのに時間がかかった。もうそろそろ警戒を普通に戻してもよいだろうと現地の隊長が考えた時には、すでに雪が積もり始めていたのだった。


 霜山村の南方まで街道を伝うと、小さな町がある。一隊はその途中で遭難している。一隊の隊列の前方は、雪崩に巻き込まれずに町へたどり着いたようだ。後ろの部分、遭難した者たちは引き返して避難小屋へ向かったと聞いている。その数は三十あまり。


 レオンハルトたちが町まで三往復すれば問題ない。それまで竜の体力が持ってくれればいいのだが。


 気が付けば、問題の場所に近づいていた。この辺りは例年よりも降雪の時期が早いしひどい。ここへ近づくにつれ、雪の勢いが増している。


 雪崩の箇所を見つけた。雪崩の勢いはすさまじく、街道の上下の山肌の木がすべてなぎ倒され、真っ白に埋まっていた。見れば街道脇の大きな山の腹から崩れている。ここは標高も高い。山には万年雪が積もっていた。それが崩れた。


 レオンハルトは部下たちに合図し、進み始める。


 しばらく高度を下げて、地上をよく見ながら進んだ。すると小さな小屋が見えた。小屋は小さく、その入り口には茶色く繭のようにうずくまる人影がいくつも見えた。小屋に入りきらないのだ。


 レオンハルトたちが到着すると、兵士たちは歓声を上げた。


「騎士様!」


「やっと、助かった……」


 口々に言いながら、毛布をかぶって身を寄せ合っていた兵士たちがもぞもぞと立ち上がる。小屋の中からも、同じく毛布を身体にまとった兵士たちが顔をのぞかせ始めた。


「お前たちを救いに来た! 残されたものはこれで全部か!?」


 レオンハルトが叫ぶと、よろめきながらこちらへ近づいていた兵士の一人が倒れこんだ。弱弱しい声で言う。


「はい――! 閣下、我らだけでございます」


「よし」


 言うや否や、レオンハルトは竜から降りて、その兵士を立たせた。


「竜に乗れ」


 我も、と兵士たちがどっと近づこうとするから、レオンハルトはそれを制止した。


「竜一匹につき一人しか乗れないんだ。いいか、三往復する。だからおれを信頼して待て!」


 竜騎士たちが兵士たちを一人連れて、背後に乗せる。


 レオンハルトは再び竜を空へ上げた。兵士は何の荷物もなく、ただ服の上に毛布をかぶっていた。


 町へ降りると、町の住人と先に逃れていた兵士たちに、負傷者の手当てを命じた。竜からよろめきながら下りた兵士に、仲間たちが歓声を上げながら近づく。


 その光景を見て、レオンハルトたちはすぐに再び空へ上がる。


 それを二回繰り返した。三回目に、小屋の近くに降り立った時、小屋の背後の山から不穏な叫び声が聞こえた。


「これは!」


 竜が数歩こちらへ寄り、背中の騎士がレオンハルトに向かって叫んだ。――わかっている。これは、魔物の雄たけびだ。


 レオンハルトたちは眼を凝らす。山の木々は冬枯れして細々として見える。だが木々には何も見えない。


 いや、とレオンハルトは思う。少し先から、木々の背後を伝いながら、こちらへ近づいてきている者がいる。雄たけびを上げこちらを畏怖させようとしながら、隠れながら近づく小賢しさ。ゴブリンだろう。

 それに他の兵士たちも気づいたようだ。


「早く乗せろ!」


 レオンハルトは竜を飛び降りて、近くの兵士の背を叩き自分のではない、近くの竜に上るように指図する。


 竜に人が乗るには特別な訓練がいる。訓練を受けてない人を背後に乗せようとすると、手間をかけてその人を竜の鞍から落ちないようにしなければいけない。それも弱り切った兵を竜の背に上げ、そうするとなれば、かなり時間がかかる。


(これでは間に合わないな)


 レオンハルトは自分の竜に乗り、空へ上がる。


「閣下!?」


 彼の突然の行動に、部下たちが見上げた。


「おれは魔物どもを止めてくる。お前たちは早く兵を載せて町へ戻れ!」


 しかし、と叫ぶ部下の声は竜の翼が風を切る音で聞こえなかった。


 なんとしても魔物たちを小屋へ近づかせてはいけない。レオンハルトは小屋の背後の山肌を舐めるように空を飛んだ。


「やはり」


 やはり木々の裏にゴブリンが潜んでいた。奴らはこちらを見上げて叫んでいる。そしてもう身体を隠す必要がないと思ったのだろう。木々の背後から躍り出ると、小屋に向かって突進を始めた。向こうから部下たちの動揺が見える。


「撃て」


 レオンハルトが命じると、彼の竜はブレスを放った。それは竜のもつ特別な攻撃で、火の玉を放つ。

 ゴブリンたちの一番前に、火の玉が落ちる。それは地面に落ちると同時に大きな爆発音を放ち、木々をなぎ倒して雪を溶かし、土をえぐった。


 ゴブリンはひるんだ。


 レオンハルトは周囲を周回するように飛びながら、次々に火を放っていく。ゴブリンたちはなすすべもなく倒されていった。小屋裏の白い山肌は、燃える枯れ木と、えぐれた土で、今や汚い。


 だがさらなる咆哮が聞こえた。まだ魔物が来る。


 レオンハルトの部下たちが空へ上がるにはまだもう少し時間がかかる。今度も嫌な予感がする。レオンハルトは部下の近くへ行くと、手で合図した。先に行け、の意味である。


 レオンハルトは咆哮の方へ竜を向けた。ここへ近づけてはいけない。


★


 エルナはレオンハルトが去ってすぐ、彼らのためにできることを探した。


 エルナは家来や兵士から事情を聞いた。城内別棟にある補給係の執務室へ、マルタとともに行く。階段を登る間、マルタが話した。


「ただの雪崩で取り残されただけならば、竜の背中に乗せてしまいですよ」


「わたしも……そうだといいと思うんだけど」


 エルナは何か嫌な予感がしている。なぜかは自分でもわからない。


 執務室へ行き、地図を広げる。エルナが件の集落を探していると、マルタが指を指した。

「ここです。霜山村」


「ありがとう」


 そこを見ながら、そこから南に下る街道を目で追っていく。町へ着いた。それを察したのか、マルタが言った。


「そこがラーバの町ですね。なんとか町と言えなくもない、と言ったところでしょうか」


「軍隊は今ここにいるのね?」


「はい、そういうことになるでしょうね。いくらかは町へ無事についたという話でしたから」


 エルナはしばらく地図を見ながら考えた。何か、できることはないだろうか。


「エルナ様。補給係として考えていらっしゃるお姿に感服しますが、今はただ公爵様の帰りを待ってもよろしいのではないでしょうか」


 エルナはマルタを見た。マルタは柔らかく笑んだ。


「確かに雪崩に取り残された兵たちは困難な状況でしょう。でも、公爵様と竜騎士たちが行って、彼らを救ってくださいます。公爵様は近くの、このラーバの町に彼らを下ろすでしょう――」


 言いながら、マルタは指先で地図の一点を指した。


「そうすれば、兵たちは街道をまた下ってこちらへ帰ってくることができるはずです。ああ、馬車はきっと壊れたでしょうから、こちらから送らなければ」


 エルナははっとした。そう、それだ。あたり前のことなのに、レオンハルトのことが心配ですっかり動転してしまい、何も思い浮かばなかった。


 エルナはマルタを見た。エルナはつい前のめりになって、マルタに向かう。マルタはエルナの勢いに気圧されて、上体を反らした。


「事情を知っている者にもう一度話を聞いて、何が彼らに足りていないかを考えましょう! 馬車に、食料に……あとは、そもそも町から移動できないような怪我をした人が出たかもしれない! レオンハルトが帰ってきたら、彼と部下を休ませないとだめよ。竜の世話もてきぱきとしないといけない。だって、また彼らの背中が必要になるかもしれないもの!」


 マルタは眼をぱちくりさせながら、頷いた。

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