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第4話 あなたと春を迎えたい

 エルナとレオンハルトの生活は、いろいろなことがありながらも数週間が経過した。


 この城と街を取り囲む森や山はすっかり葉を落としてしまった。下草は枯れてなくなり、低木は細い枝木しか残さず細い貧相な体で風に揺れている。そして先日、初めて雪が降った。これから雪はどんどん降り続けるだろう。ここララガスタの街は雪が積もる、という。城の人は、あたり一面真っ白だ、と言っていた。そう、なるのだろう――。


 エルナは相変わらず資料とにらめっこをしていた。時間のさけうる限り、物の数と人の数を把握しようとした。資料は書き方がそれぞれだったり、重複していたりしたし、そもそもなかったりもした。紙面上だけでなく、実際に城の倉庫や街へ出向いて在庫や入荷量を調べたりもした。そこにいる人の話を聞いた。


 レオンハルトはそんなせわしないエルナの姿を見て心配し、声をかけた。休みをとれ、と。エルナは初め困ったような顔をしたが、実際疲れていたのだろう、最後には了承してくれた。


「働きすぎもよくないぞ」


 レオンハルトが言うと、エルナは頷いてから、彼を見た。


「でも、その日、あなたも休んでくださいね」


 この返しはレオンハルトにとっては予想外だったから、瞬いた。


「おれもか?」


「ええ、もちろんです。あなただって、ここへ来てからなんだかんだと働き詰めなのは知っているんです。いい機会です。一緒に街へ行きませんか?」


 レオンハルトはわかった、と言った。二人の仲を深めるいい機会かもしれない。契約結婚とはいえ、仲がいいことに越したことはない。――それに、結局なんの儀式もしてやれなかった。ここへ来てから仕事続きだった。エルナの働きぶりもあって、二人の仲はなし崩し的に周囲の知るところになったし、みんなそれを認めた。だがエルナはどう思っているだろうか。何か彼女のためにしてあげたいとはずっと思っていた。


★


 その日、街には雪が降っていた。ここ数日止む気配がない。石畳の街路には雪が薄く積もっている。それでも地面は真っ白だ。足跡の場所だけが下の石組みをのぞかせている。家々の屋根も白い。エルナの息も、白く消えていく。エルナは、やっとこの街の本当の姿を見れた気がする。


 二人は大通りを歩いている。大通りの両脇には店が並んでいた。ここは比較的大きな店が多く、店舗を構えている。一方、市へ行けば小店が並び、天幕の下に商品を並べていた。


 エルナはレオンハルトと並んで歩きながら、いろいろな話をした。天気のこと、好きな風景、王都での楽しみなど。今まで、エルナにはこうして落ち着いてレオンハルトのことを知る機会が食事の時しかなかった。秋の終わりの薄い空の下、二人歩きながら互いのことを知るのが、なんだかおかしい。おかしくて、笑ってしまう。


「何がおかしい」


 レオンハルトが聞いた。エルナは首を振って答えない。


「なんでもないです。ただ、出会ってから今までたくさんのことがあったのに、わたしたち、まだまだ互いのことを知れるんだなって思ったんです」


「……そうだな」


 レオンハルトは視線を前に戻した。


「お前のマフラーも買わないといけないな」


 エルナはドレスの上に外套を羽織っている。それでも、冷たい空気が首筋に触れて寒かった。


「うれしいです!」


「見ろ、おれだけこんなに着込んでいて、実は少し恥ずかしかったんだ」


 言って、レオンハルトは首を傾げた。彼は外套と、首に厚い毛皮のマフラーをつけていた。


「うん! 実は、ずるいって思ってました!」


 エルナが笑う。


 レオンハルトはこの街の、この風景が好きらしい。冬は過酷だ。森へは入れなくなる。森を生業とする人もこの街にはいる。外部との交通も遮断される。それでも、冬の景色の美しさに勝るものはない、とレオンハルトは楽しそうに言う。その時の彼の表情はいつもと一緒だったが、その心なしか弾んだ声音から、エルナはそう思う。


 レオンハルトは度々、エルナにどの店が見たいか、と聞いた。道路は往来の人で賑わっている。実はエルナは、何度か興味のある店を見かけていた。防具店や、防寒具の店、食料品店だ。この先そういう店があれば行きたい、と彼に伝えると、彼は何か言いたげな顔をした。エルナは兵士のために必要なものを見ておきたいのだ。


「今日はお前のためになる店を選ぼう」


 レオンハルトの言葉に、エルナは嬉しいし、戸惑う。でも、さっき確かにマフラーを買ってもらうという約束をした。それでも、つい反論しようとしてしまう。エルナは他者を優先する癖がある。


「でも……」


「いいんだ。何が欲しい」


 エルナは立ち止まった。


「マフラーです! さっき、約束してもらいましたから」


 レオンハルトは振り返って、頷いた。だが実際は別のものを買うことを考えていた。マフラーはすぐに買える。それよりも、もっと高級なものを彼女に買ってあげたい。だが、レオンハルトは彼女が何に喜ぶのかがわからない。エルナは宝石を着飾る風でもない。レオンハルトは道すがら、彼女の興味のあるものを聞き出そうと努力していた。


 とりあえず、マフラーを買ってやろうと思い、レオンハルトは小さな店へ入った。店内はいい雰囲気で、棚に沢山の個人向けの防寒具が並べられている。


「それが欲しいのか?」


 エルナは手袋を見ていた。――そうだ、手袋も買ってやらないといけない。


「ええと」


 エルナが言い淀むから、レオンハルトは言った。


「どうせそれも必要だ。一緒に買おう。その色でいいのか?」


 エルナは照れたような顔をしながら、首を振る。


「わたし、赤がいい……かも」


 エルナは持っていた青色の手袋を置いて、赤色の手袋を持った。飾り気のない素朴なものだった。もっと装飾のあるものもあったが、彼女はこれが良いと言った。エルナらしいと思う。


 マフラーは店の奥の壁掛けに掛けられて、展示されていた。レオンハルトが赤いものを選ぶと、エルナは笑いながら首を振った。


「それ! それが欲しいです!」


「よし、じゃあこれにしよう」


 レオンハルトは、エルナが喜んでくれるのが嬉しかった。嬉しい、と思うのを不思議だとは思わない。自然と、レオンハルトはエルナのことを気にかけている。契約結婚のはずなのに、レオンハルトはエルナのことをもっと知りたいと思っている。


 店を出てすぐ、エルナはさっき買ったものをつけてくれた。濃い青のマントの上から着けるマフラーは、色が映えてよく似合っていた。白い景色の中にあるからかもしれない。――やはり、冬は良い……。

 エルナは首筋にぬくもりを感じながら、レオンハルトのことを見た。今日は彼のいろいろなことを知れた。それが心地よい。


 だから……こんな質問をしてみたくなったのかもしれない。


「来年の春、あなたは何をしているのかしらね」


 レオンハルトはこちらを振り向きもせず、こともなげに言った。


「おれは生きているかわからないな」


「え?」


 レオンハルトは何も答えなかった。無視している風ではない。たぶん、彼にとって本当に些細な会話だったのだ。


★


 後日、エルナは彼の出征計画を見た。まだ雪が解けきらぬころ、レオンハルトは魔物の領域へ遠征をする。王からの命令だった。


 計画は入念に準備されている。公爵家の全軍が出る。竜騎士もすべてが出払うのだ。雪が解けきっていないので山間部は通れない。だからララガスタから一度南へ下り平野へ出て、公爵領内を大きく南へそれながら西へ向かう。そして問題は計画の結末だった。魔物の大軍が出てくることが予想されている。レオンハルトは撤退の際、殿を務める気だ。この計画は、レオンハルトが最後まで残り、魔物の大軍を相手取ることを前提に作られている。


(こんな……馬鹿な話はないわ! あの――馬鹿!)


 エルナは怒っている。こんな無茶な計画はないはずだ。


 エルナは城の一角にある建物にいる。エルナは速足で部屋を出る。二階には公爵の仕事部屋がある。ついノックもせずに扉を思いきり開けてしまった。


「どうした」


 驚いたレオンハルトが、エルナを見る。エルナは彼の机の前に仁王立ちして、計画書を机に叩きつける。


「これは……?」


 レオンハルトがそれを見るや否や、エルナは言った。


「わたしはこの契約がどうなるにせよ、あなたと春を迎えて、また一緒に出掛けたいんです。だから、あなたに戻ってきてほしい」


 レオンハルトは心なしか目を丸くして、エルナを見た。


「だから、こんな無茶な計画は全くなかったことにしてください。わたしが頑張りますから、あなたを無事にこの街へ連れて帰ります。だから、絶対に一人で何か大きなことをしようとしてはだめ」


 レオンハルトはしばらく何も言わなかった。だが、小さく笑う。


「ありがとう。おれは嬉しいよ」


 レオンハルトの本心だった。これほど誰かに心配されたことはなかった。エルナのきつい口調が、心地よい。


 エルナもまた、これが仕事上の心配を超えていると理解していた。エルナの心は、確実にレオンハルトに寄せられてしまっている。

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