第八話 聖女の過去 ~後編~
「はぁっ‥‥‥ハァッ‥‥‥」
魔族は森の中を必死に飛んでいた。
後ろから追いかけて来る少女はいないはずなのに、魔族は恐怖に駆られていた。
「何だこれは‥‥‥いつになったらこの森から抜けられる‥‥‥」
その恐怖の理由は、何時まで経っても出られない森‥‥‥そして奥へ進むたびに濃くなる霧‥‥‥永遠にここを彷徨わなければいけないのかと思う程の孤独感。
そしてその恐怖は、段々と段々と魔族の精神を蝕んていった。
「‥‥‥そこ」
かすかに聞こえた少女の声と共に、突如足に激痛が走った。
下を向けばさっきまで普通だった雑草が、長く鋭くなり、魔族の足を貫通していた。
「クソが‥‥‥!」
急いで足を抜き飛びだとうとするが、魔族は地面に倒れてしまった。
息遣いが荒くなり、心拍があがるのを感じる。
どうして!俺からだとあいつの姿は見えないのに。一体どこにいるんだ。一体どこに‥‥‥!
私は魔族が逃げた方向に歩いていた。といっても逃げた場所は分からず、ある声をもとにひたすら進んでいた。
「こっち?‥‥‥あぁ、そっちね」
耳元でささやかれる複数の女の人の声。ざっと六人くらいだろうか‥‥あるものは方向を示し、あるものは私に霧を生み出させ、あるものは戦い方を教えてくれた。
だが特別恐怖を感じない。真逆に私は心地よく感じた。
「そろそろあの魔族も霧にやられてる頃だと思うんだよね。あのまま放っておけば勝手に消滅するわけだし‥‥‥帰ってもいい?」
一斉に頭を悩ませる声が聞こえる。‥‥あの霧は『神の祝福』の力で作ったものだ。進めば進むほど濃くなるにつれ、力も強くなる。実に単純なことだ。
「でもまだ気配がある? ふーん。じゃあ見に行こっか」
私はめんどくさ。と思いながらも歩き進めた。
しばらく歩くと、何かが倒れているのを見つけた。
「見っけた」
魔族だ。足からは大量の血が出ており、大抵の魔物はケガをしたら治せるのに対して、この魔族は治すこともままならそうだ。‥‥‥まぁ、この霧の中だしな。
「おのれ化け物‥‥‥『神の祝福』をろくに扱えない貴様が、人間と言えるか‥‥‥!」
「うーん、分かんない。もしかしたら私は人間じゃないのかもね」
「は‥‥‥?」
家族が死んだ今でも、何も感じない。父上でも悲しそうな顔をしていたのに。もしかしたら私は人と同じような感情を持っていないのかもしれない。
だってこの魔族を前にした今でも‥‥‥何も感じないのだから。
「知ってるよ。強い『神の祝福』を持つ人間は聖女になるんだよね」
そして人に笑顔を振りまき綺麗ごとを述べるだけの”お仕事”だ。それなら何も考えずに済む。いや‥‥‥考えているだけで済むんだ。
「本当に‥‥‥嫌でうれしいよね」
「は‥‥‥何を」
「ほら見て。君体が欠けてるよ」
私が魔族の体を指さす。見ると段々体が欠けていた。
‥‥‥あの女の人が言うのに、魔族は死ぬとき体が崩れ消滅するらしい。それには痛覚も感覚もないんだとか。
「‥‥‥少しだけだけど、楽しかったよ。次は絶対に来ないでね」
そういうと、私はその場から去った。
■
去って行く少女の背中を魔族は声も出せず見ていた。
‥‥‥恐ろしい。やはりあれは人間ではない。人が死んでも何も思わないのだ。あの化け物は。『神の祝福』が覚醒する前は逃げようとしていたのに。
何が彼女をそうさせた?俺じゃない。俺よりもっと前に‥‥‥何かがあったはず。でなければありえないだろう。なぜ‥‥‥なぜ
あの娘が通った後には永遠に棘のついた花が咲くのだ。
やがて魔族は‥‥‥体が完全に崩れ、灰と化した。




