何故ここに兄貴がいるのか俺には分からん。全くもって分からん。
「おっはよおおおおお!!!」
ドサッ
……朝の俺の機嫌は悪い。すこぶる悪い。テンションも低い。すこぶる低い。多分低血圧なのだろう。
だから、朝から超絶テンションで背中に飛び乗ってきたり、抱きついてきたりする輩がいると、殴り飛ばしたくなる。蹴り飛ばしたくなる。顔面に肘鉄を食らわせて、地中深く埋めて二度と目の前に現れない様にしたくなる。……かなり危ねぇ奴だな、俺って。
だからと言おうか、仲原とか、こういう俺の性格を知ってるくせに絡んでくる鬱陶しい奴には、容赦ない鉄槌が必要なのだ。
「……死ね。」
「ぐぼお!!!」
後ろから抱き着いていた仲原の横っ腹に思いっきり肘を叩き込んで振り返りながら何が入ってるのかスカッスカな見た目とは裏腹に実際持ってみると驚くほど重いエナメルバッグと共に重力により地面に引き寄せられる体から伸びた奴の腕の肘辺りをがっつり掴んで体を引き寄せくるりと奴の懐に後ろ向きに入り込み空いていた方の手で肘を掴んだままの仲原の腕の手首を掴み立ち上がる反動に乗せて奴の体を俺の背中で持ち上げそのまま前へと腕に全体重をかける。
「うぎゃああああああああああ!!!」
……一本背負い、と言うのだろうか。
仲原は、朝の昇降口で光を浴びながらもだえた。まるで芋虫だ、気持ちが悪い。
「おはよー小西……と、仲原。懲りねえなあ、お前。」
「おはよう、飛田。」
俺は爽やかに笑った。俺みたいな吊り目人種が笑うと狐目になるから爽やかと言う表現があっているかどうかは謎な訳だが。
「小西テメー、対応が違うじゃねえか、対応があああ!!!」
「煩い。お前は世界で2番目にウザイ奴なんだから仕方がないだろうが。」
1番は……わざわざ言う必要もないだろう。奴は今日も昼から学校前のその系統のコンビニエンスストアーでバイトらしい。……本気で辞めてくれ。何故クビにならないんだ。兄貴は「バレたらもう怪盗ができないではないか!」とか意味不明なこと言って変装(一般的にはごく普通の服装である)しながらやっているらしいが。まあ俺としてもありがたい訳だが……。
仲原は無言で沈んでいる。体操座りをしながら床にのの字をいくつも書いていく。ガキかお前はと言いたくなるが、何故か似合ってしまうのだ。高い身長の割に顔が童顔だからなのかもしれない。こういう所があるから、ウザイと言っても俺はコイツを嫌いになれないのだ。あ、兄貴がやったらキモいぞ? 実際やってた事あるが。
「おら、教室行くぞ。さっさと立て。」
ゆるく背中を蹴ってやる。すると、仲原はすぐに立ち上がって、にっこりと笑い床で死んでいたエナメルバッグを拾い上げると肩に背負った。前々から思っていたのだが、仲原の笑顔は、犬みたいだ。ちょっと笑った顔に見えるパグ犬みたいな。……失礼? そんなの知らんがな。
「あはは、じゃ、行こうぜ。」
飛田が軽く笑って黒いショルダーバッグを揺らした。飛田は俺がひそかに尊敬する人だ。すべてを受け止めて、尚且つそれら全部に一番良いと思われる対処法をする。かと思ったらノリもいいし友達に一人は欲しいタイプだ。いや、一家に一人といっても過言ではない。
「なあひだっちぃ~、一限目なにー?」
「現国。」
「マジかー。だりいー。」
俺の高校生活は実に普通、実に平和。実によろしい。俺は幸せだ。
事件が起きたのは、昼休み。
四限終了のチャイムと同時に、教室の空気が一気に弛緩する。もともと張り詰めている訳ではないのだが。歓声を上げる奴までいる。…仲原だが。
「仲原黙れー。じゃあ級長、号令―。」
「きりーつ、礼―、ありざしたー。」
「ざーーーっす。」
本人達は、いたって真面目に「ありがとうございます」と言っているつもりなのだ。勿論俺も。一応言っておく。
ちゃちい机の横に引っ掛けてあるこげ茶のリュックサックを漁る。ようやく昼飯だ。成長期だからか何なのかやたらと腹が減る。
「……あれ?」
かばんの中を引っ掻き回す。……ない。
「どーした、小西。べんとー忘れたのか?」
飛田は俺と席が隣だ。仲原は少し離れたところ。すげえいい距離。今の席最高。
「おー、そうみたいだ。」
「じゃあ購買行くか。おい、仲原―。」
俺たちが席を立とうとした時だった。
「あ、いた! ゆっきい~!!」
……………!!?
……何故いる!? 何故ここにいる!!?
手を振るな、うれしそうに笑うな、大声でその恥ずかしいあだ名を叫ぶな!!! 絶交中じゃなかったのか!!?
「もー、ゆっきーってばうっかりやさん~。絶交中だけど俺様弁当持ってきてやったぞ~。」
持ってこなくていいからああ!! 今すぐ帰ってくれえええ!!!
「ねえ、この人小西君のお兄さん?」
普段話さない女子……本山が声をかけてきた。その目には言わなくても解るまでに「興味津々ですが何か」と書かれている。そう見える。実際そうであるかどうかなんて関係ない。そう見えるのだからそうなのだ。
「んーまあ、そんな感じ。」
曖昧に返事を返す。うわ、教室の外かなり人集まってる。こりゃクラス中じゃすまねえな……。終わった……。
「小西のにーちゃんチョーかっけえじゃん!!」
仲原よ。そうも言ってられるのは今のうちだけだぞ?
「そうか? ……ありがとな。」
兄貴は照れたように笑った。……あれ? いつもとキャラ違うくねえか? 普段なら「HAHAHAHA! 当然だ!! 俺様を誰だと思ってるんだ!!」くらい言いそうなものを。
「いい人じゃん! 小西と大違い!」
「ははは、ゆっきーはちょっとクールなところがあるからな。」
……こいつ! キャラ作ってやがる! ……否、普通こっちのほうが自然だし、普段のキャラが作られてたのか……? だったらこいつは家族全員をだましていたという事か? そんなの無理だろ。コイツ某ゲーム機だし、否それもつくられて……ああもう、訳解らん!!
「……小西君って家でゆっきーて呼ばれてんの?」
今まで黙っていた本山が、ポツリとつぶやいた。
「…あ……。」
「…あ……。」
ハモったああああああああああああああああああああああああああ!!!
やべえ、全身鳥肌再来した……。吐き気も来た……ちょ、トイレトイレ……。
「小西? どうした?」
飛田がいつの間にか俺の隣にいて、背中を摩ってくれた。それだけで一気に去り行く吐き気。すげえ、超いい奴飛田! ……でも個人的にはこの場から離れたかったからトイレにでも逃げ込めたら良かったんだが。
「あーもうキャラつくんのしんどいからやめたぁ~! なあ、ゆっきー。俺様高校なんて久々だからさ~、案内しろよー。」
「キャラ作っとけよ!!! あーもう終わりだあああああああああ!! すべてが終わったあああああ!! 兄貴なんかずっと部屋に籠もってたらよかったんだよおおお!!!」
もう俺のキャラが崩壊だよ!!! 俺の平和な高校ライフがああああ!!!
「俺様になんてこと言うんだゆkk」
「師匠になんてこと言うんだこにしいいいいいい!!!!」
ゴシュ!!
「ぎゃあああああ!!! 何するですか仲原アアアア!!」
「……お前、今俺様のこと師匠と呼んだか?」
「はい! 師匠、俺を弟子にしてください!!」
何なんだこの訳解らん展開は!! そして俺は無視か!!
「小西……ドンマイ。」
飛田が俺の肩をぽんぽんとたたいて言った。救われるような気がして振り返ってみたら、何故か奴の顔は超絶笑顔。……こいつ、ぜってぇ楽しんでやがる。
「まあ、みんな一旦落ち着いて飯でも食おうぜ。小西のお兄さんも一緒にどうですか?」
飛田テメエエエエエエエエエエエエ!!!
「ああ、まあバイトまで時間あるし何処かで食っていくつもりだったから…いっしょに食ってやってもいいぞ? ……でもゆっきーがなあ~……俺様一応絶交中だったりするし?」
「……何が言いたい?」
ヤベェ。もうマジ顔引きつってるし。しかしムカつく顔だ。ニタニタ笑いやがって。
「ゆっきーが俺様に謝ってくれたら考えない事もないような……。」
「断る。」
そういうことか。残念だったな。俺は兄貴には早く帰って欲しいし謝る気は一切ない。
「小西いいいいいいいいい!!! 謝れテメエエ!!!」
仲原がマジ顔で俺の胸倉を掴んできた。身長差もあってか、俺の体は宙に浮く。結構力強いな、コイツ。まあ、俺の敵ではないが。
「黙れ仲原。退け。」
殴り飛ばすのはかわいそうだから右頬をぺちりと軽く叩いてやる。
「謝りなよお、喧嘩はよくないよ、小西君。」
なんだ、本山、お前もか。
「小西。」
「小西君。」
「小西ィ。」
何だ、お前等! 普段話さねえ奴等までこっち見やがって! ……よく見てみると、クラス中どころか、他クラス他学年の奴等まで集まってきて俺と兄貴をじっと見ている。
「……ンだよ。」
「ま、観念して謝るこったな、ゆっきー。くははははははははは!!!」
いくつもの瞳が、俺を俺を捉えて話さない。……コレ精神が弱い奴だったらたまらんだろうな。すぐ昇天しちまうだろうよ。俺も中々気まず過ぎる感じだが。
「……あーやまれ!」
「あーやまれ!」
「あーやまれ!」
……虐めか!? お前等何の事情も知らないクセしやがって!!
でもなんかずっと謝れ謝れ言われてたら俺が悪いような気がしてきた。……コレが洗脳か。恐ろしい。俺はガックリと項垂れた。
「……何かすまんかった。」
あ、いつの間にか謝っていた。まあいいか。これで丸く治まんだろ。
「ゆっき……。」
「あんだよ。まだなんかあんのか?」
兄貴ははあ、と大げさに大きくため息を吐いた。ムカつくなこの野郎。しかもゆっきって何だよ。ゆっきーって言うの面倒臭くなったのか? ただ一拍伸ばすのがしんどくなったのか? まあそのまま幸人に戻してくれ。恥ずかしいから。
「そんな曖昧な謝罪で俺様が心開くと思ってるのか、ゆっきー!! ここは一つ土下座で宜しくお願いしm」
「死ね。」
容赦なく右頬をぶん殴った。普段鍛えてもない兄貴は驚くほどあっけなく吹っ飛んで、後ろに立っていた仲原の腕に収まって止まった。同じくらい身長あるのに兄貴と仲原のこの体格の差は何だ。仲原が鍛えている、じゃなくて兄貴が貧弱だ。流石もうすぐニートに逆戻り(俺はもうそのつもり)だ。
「な、殴ったね! 親父にも殴られたこと無いのに!」
まあそりゃそうだわな。親父超絶が付くほど過保護だし。前俺が兄貴殴ったら逆に俺殴られたし。何の格差だ。そして何故今更ハッとした顔をしてちょっとにやける?
「小西テメエエエ!!」
ほお、中西がキレたらこんな顔すんだ。普段怒らねえ奴がキレたら怖いって言うが……あんま怖くねーな。拳振り上げても怖くねーな。あれ? 何だ殴ってこねーのかお前俺は別に殴られてもいいんだぞ痛くねーだろうしつーか痛くできねーだろうし。逆にプルプルすんな。キモい。
「弟子1号!」
兄貴が短く叫ぶと、仲原がぴたりと止まった。微妙にうれしそうな顔すんなよ仲原。止められたかったのか。それとも殴りたくなかったのか? なら俺のランキング内ではランクアップな訳だが。
「お前ゆっきーの殴りたい感下げてんじゃねーよおお!! 俺様「また殴ったね!」って言いたかったのによおお!!!」
版権んんんんんんんんんんんんんん!!! つーか今の発言前半だけだったら完全にドMじゃねえか!
「……奇遇ですね、師匠。俺もウケ狙って殴られようと思ったんすけど。なんかゆっきーノリ悪ィしー。」
「お前までゆっきー言うなよ……殺すぞ?」
つーか俺を使ってウケを狙うな。お前ら二人でバカ漫才でもしてろ。もう反対しねえから。取り敢えず俺の目の前から消えてくれ。
「きゃー、ゆっきーのドS~! 最低男~!! バーカ! アホー!」
「ぼけー! 薄情者ー!! 吊り目ー! そんなんだから彼女できないんだー!」
「……黙れ。」
もう突っ込んでやるのもしんどいから。お前らのために殴るなんてバカらしい。殴った方の手も痛ぇんだぞ。後再度言うが吊り目は関係ねえだろうが。それに兄貴に彼女できないとか言われる筋合いはない。
「はいはいそこまでー。」
飛田が笑いながら兄貴と仲原を止めた。
「面白いんだけどさ、そろそろ止めないと飯食う時間なくなっちまうよ? 小西がこんなに怒るのは珍しいのは分かんだけどな。」
飛田……。ランキング最高からかなりのランクダウンだ。こういうときは余裕を持って止めてくれるキャラだと思ってたんだがな。
「じゃあじゃあ、みんなで中庭で食べましょうよー。」
本山が兄貴の右腕を取る。左腕にはまた別の女子が。兄貴の何処が気に入るんだか訳解らん。何だ? 兄貴一生に一度のモテ期なのか?
「両手に花とはこの事だな! どーだゆっきー。羨ましいだろう! 俺様くらいになると何処でもこうだがな!」
「羨ましいです、師匠!!」
全く信用してないが……もし何処でもそうだとしたら世の女性はいったい何を見て生きてんだと言いたい。特に仲原には重々ねちねちと言募りたい。……外見か。外見なのか。まあ兄貴は見た目だけならそこらへんに転がってる奴等よりかはいいからな。でもいくらなんでもあの性格知ったらみんな逃げてくだろ………いかないのか?
「否、早く飯食いに行こう……この際中庭でも何処でも良いからさ……。」
俺いい加減腹減ってんだ。腹減ったら苛々する。苛々するとキレやすくなる。またどんな失態を犯すか解ったもんじゃないからな。つーかこれ以上皆の笑いのネタにされる気は皆無だ。
「いやァ、俺様移動すんの面倒いからここで食っちまおーぜ!」
「はあい!」
……何なんだこいつ等。ムカつくな。……まあいいけどさ。俺は俺の席にどっかりと腰を下ろした。そして兄貴から弁当包み引ったくり、開こうとして、こっちをじっと見る目線に気付く。鬱陶しい。
「何だよ、兄貴。」
「いや~……ここは自分の席はお兄様に譲るもんじゃないかなあ~なんて……。」
はあ、俺は大きくため息を吐いて弁当を掴み席を立った。
「あーそーですね、お・に・い・さ・ま。……それじゃ、精々久々の高校ライフを楽しむがいいさ。」
弁当包みを持っていない左手をひらりと振って、俺は教室を出た。飯は誰もいないであろう屋上ででも食うか。
「ゆ、ゆっきー!」
後ろで兄貴が何か言っている。俺は振り返るのも面倒臭くて、また、左手をひらひら振ってやった。
「……俺、アンタと違ってつるむのもあんま好きじゃねえんだ。」
教室の喧騒と俺を呼ぶ兄貴の声は、だんだんと小さくなっていった。
<了>




