兄貴が構って欲しそうにこっちを見ている。 どうする? ▼無視る。
あちい。朝からこんなにクソ熱いなんて異常だ。
残暑も何も、まだ夏が続いているとしか思えない。せっかくの土曜なのに、俺は耐えられなくなってベッドから飛び起きた。
畜生。余りの暑さに最近寝不足だ。何で俺の部屋にはエアコンがないんだ。兄貴の部屋にはあるのに。自称怪盗の自宅警備員の部屋にはエアコンがあって、毎日必死で勉強している俺の部屋にないなんておかしい。……いや、多少誇張表現があったな。そこまで勉強しているわけではない。しかし、兄弟間に差別があるのはよくない。まあ父さんも母さんもなんとなく兄貴容認派、っつーより過保護か。……何なんだこの家族は! そろいもそろって某ゲーム機なのか!!?
あーなんかスゲー苛々してきた。腹いせと言っちゃあ何だが、兄貴叩き起こしてやろうか。
バタバタバタ、
バン!!
「起きやがれこの糞兄貴!!!」
……………!!
兄貴の部屋のドアを思いっきりブッ放した俺はフリーズした。
「………なんだ、我が犬ゆっきーじゃないか。朝っぱらから煩い事この上ないね~~、死んでくれないかな、死んでくれないかな。ま、この世の俺様以外の人間はみ~~んな、生きてる価値も資格もね~んだけど。グハハ。」
セリフには敢えて突っ込まない事にしよう。コイツ、頭逝っちゃってるから。カワイソーに。
「それより何の用だゆっきー? ゆっきーのほうから俺様を訪ねてくるなんて珍しいじゃないか。遊んで欲しいのか? え? 遊んで欲しいのか??」
黙れ。息すんな。死ね。しかも微妙にうれしそうな顔をするな。キモい。つーかさっきから俺フリーズしたままじゃねーか。
取り敢えず、俺はもう一度兄貴を見る。兄貴は、散々散らかされた部屋の端に置いてあるこれまたどーしたらこーなると言いたくなるような状況のベッドに長い足を組んで座り華麗? にモーニングティーを飲んでいた。モーニングティーに突っ込み心を掻き立てられた君。まだダメだ。こんなところで突っ込んでいてはならない。ニートなめるなよ。今時のニートは部屋に電子ポットの1台や2台は普通に持ってるもんだ(偏見)。
「あーそーか、ゆっきーはモーニングティーに来たんだな~。ほら、俺様の隣に座りな~、ゆっきーには特別に午前の紅茶を淹れてあげようじゃないか。本来なら君のような下々の者には与えないようにしているのだがな。」
「いや、いらねェよ。」
兄貴の淹れた茶なんて飲めるか。気色悪い。つーか飲んだら吐くだろうな。血を。そして死ぬ。後午後の紅茶みたいに言うな。商標権を思いっきり侵害するのはやめろ。まあついでだから言っておくが、隣に座るのもゴメンだ。……俺は反抗期の父親に厳しい娘か何か。まあしかしこの兄貴だ。我侭言うのも見逃してやってくれ。グレてないだけ俺はまだ偉い方だと思う。
「………え、あ、そ、そうだよな。ゆっきーみたいな愚民に、俺様のティ~の味なんて、分かるわけないよ、な~。吊り目だしな~。あ、はははは~。あー、それにしてもこのお茶、うまいなあ~。」
……飲ませたいのか? 何故そこで構って欲しいオーラを出すのだ貴様は。そして吊り目は関係ないだろーが。まあ事実だが。事実ではあるのだが。
「う~~ん、ホントにおいしいなあ~。これを飲めないなんて、カワイソーなゆっきー。ま、しょーがないよな~。」
カワイソーなのはお前の頭だと思ってしまう俺を許してくれ。
「……ところで、何でずっと入り口で固まってるんだ、ゆっき~?」
ああ、俺まだフリーズしてたのか。
「いや……別に…。」
俺は寝ていたときに着ていたジャージのポケットに両手を突っ込んだ。因みに、兄貴は昼夜構わず自称怪盗ルック……まあ、黒い細身のスーツに黒いYシャツという一見ホストみたいな服装なんだが。スーツの理由は「怪盗といえば正装」という思い込みかららしい。いったい何の刷り込みなんだか。とりあえず、それだ。兄貴といえば真っ黒の(自称)怪盗ルックな訳だ。普段は。そう、普段は。
「あ、兄貴……、怪盗のコスプレやめたのか……?」
今、兄貴が着ているのはどっからどう見ても某24時間営業のコンビ二エンスストアーの制服なのである。俺が物心ついた頃、既に兄貴は自称怪盗の自宅警備員だったため、物凄く果てしなく違和感がある。
「ダアーーーーーーーーーーーーシュ!!!!」
「ぎゃああああああああああああああ!!!!」
何だコイツ、ポッカレモン目にかけてきやがった! なんて地味で痛い攻撃なんだ!! そして何故ベッドからドア前という超遠距離攻撃で目にピンポイントで入るんだよ!!!
「テメエエ、何しやがんだバカヤロー!!」
俺は叫んだ。我ながら良い声だと思われる。カラオケの点数も俺が家族で一番良かったりする。因みに、一番低いのは兄貴だ。兄貴はそれが悔しいらしく、時々家族でカラオケいこう等と突拍子もなく言い始めたりする。……おっとすまん、地味な痛みに一瞬現実逃避していた。
「何って、お前今俺の事バカにしたろーがああああ!! 怪盗相手に「怪盗のコスプレやめたのか……?」とか完全に侮辱だ!!!」
……あくまで怪盗と言い張るのか。じゃあこのコンビ二の制服は……? ま、まさかその系統のコンビ二でバイトしてる気になるあの子の制服を怪盗してきちまったんじゃねえだろうなあ!!?
「あ、兄貴……、じゃあその某24時間営業のコンビ二の制服は……?」
「あーこれか。これはなー、この系統のコンビ二でバイトしてる気になるあの子n」
俺は携帯を取り出した。取り出して、迷わずボタンをプッシュする。
「あーもしもし朝早くに申し訳ありません警察の方でしょうk」
「のーーーん!!」
以下略。
「まったくゆっきーはぁ~。人の話しは最後まで聞きましょうって学校のてんてぇに習わなかったんでしゅかぁ~? そんなんだからいつまでたっても冴えないガキのままなんだよー。」
いつまでたっても妄想乙な自宅警備員だけには言われたくない。
「……それで? 何、気になるあの子と少しでもお近づきになるためにバイトはじめた、と?」
今までの話をざっと要約するとこうなる。下心の塊か、アンタは。
「人をそんな下心の塊みたいに言うなよ、ゆっき~。実はな、俺様神の集う掲示板でちょっと神友に怒られちゃってさあ~。」
神友って何だよ。それよりまず兄貴と思考被っちまった。ヤバイ。吐いてもいい? すいません、取り敢えず血を吐いてもいいですか?
「神友曰くぅ、『社会の歯車になりたくないとか、働いたら負けとかニートは思ってるけどな、そうやって生きてくと親は自分の分まで社会の歯車になっていくんだぜ』『そろそろまじめに働けよ』『昼間っからネットしてて良い訳ねーだろ』『お前の本気は何時になったら出るんだ?』……らしい。なるほど、一理あるなと思って、俺様も愚民共の生活を体験してみることにしたのさ。」
……兄貴よ。それ、言ってる奴等も多分ニート(どうぞく)だと思うぞ。
ん? と、すると今までの話の流れから言って、兄貴は今日で自宅警備員卒業ってことか?
「あ、兄貴、働くのか……?」
散々働け働け言っといてなんだが、いざ兄貴が働くとなると、不安だ。物凄く不安だ。職場の人間関係とか俺の影の苦労とか俺の影の苦労とか俺の影の苦労とかだ!!! ああ、まずい。これは抜群にまずい、猛烈にまずい!!
「ああ、勿論だ! クハハハハ、これで俺様をニートと蔑む事ができなくなったぞ、ゆっきー。残念だったなあああ!!」
……負い目だったのか。自宅警備員の自覚があったか。これはこれで痛々しいが……。
「……バイトはいつから始めるんだ?」
いろいろ俺に被害が及ばないように画策しねえとな……準備期間か、せめて丸1日は欲しい。どうせ、兄貴が今制服を着ているのはきっときっと先走っているだけに決まっている、そーに決まってる、決まっていてくれ……!!
「ん~~? 気になるのか、ゆっきー。ま、そこまで言うなら教えてあげない事もないぞ。俺様始めてのバイトは、えーーーと……、ん~、後1時間後くらいからか。」
いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
おっと。余りの衝撃にキャラが崩壊しちまった。しかし、なんだって? 俺には猶予が1時間しかないのか! とりあえず、そうと分かったら学校の奴等にメール回さねえと!! 俺の平和な高校ライフが!!!
「何処だ!? 何処にあるその系統のコンビニエンスストアーなんだああ!!!」
俺は必死だった。今までこんな必死になった事はなかった。いや、あったけど。まあ今は今までの中で1、2を争うぐらい必死だったってことだ。
「なんだあ~? ゆっきーにしては珍しいなあ、俺様のことにこんなに興味を持つなんて~! 良いぞ、教えてやろう。ゆっきー、俺様の今日からの職場はこの系統のコンビ二の『夢見画知高校前店』だ!!」
な、なんですとおおおおおおおおおおお!!!??
「俺の高校の前じゃねえか!!!」
なんだってなんだってなんだってんだあああおれがなんかわるいことしたかしたのかくちがわるいのってわるいことしたことのひとつになるのかああそれよりどうしようどうしようどうしy
「おお、そうなのかゆっきー! これは運命を感じるなあ~。今日はゆっきーとの親睦も深まったし、自宅警備員は卒業だし、良い事だらけじゃないか!! ねえ、ママーーーーン!! 今日の夕飯は俺様の好きなハンバーグにしてねえ~~~~~!!!」
「よかったわねえ、明君。なら、ハンバーグに、エビフライもしましょうか。」
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいy
「わあい、ママン大スキー!! って、あれぇ、そういえばママンいたの~? 言ってくれたらよかったのに~。」
「あらあら、いつまでたっても明君は甘えんぼさんねえ。ママはね、明君が余りにも楽しそうに幸君と話してるから、邪魔したくなかったのよ~。」
「えへへへ~、そっかあ~!」
「あら、そういえば幸君は? さっきから全然喋ってないけど……。」
「……ん? 本当だな。あれ、こんな所に転がってるぞ。ゆっきー、こら、ゆっきー。」
「どうしちゃったのかしらね……?」
「仕方ないな。俺様が部屋まで背負って行ってやるか。よいしょっと。ん、中々重いな……。」
突然、全身に悪寒と寒気と動機息切れがやってきて、俺の意識は一気に浮上した。……物凄く目を開けちゃいけない気がする。体が何か暖かいものに包まれてるような気がするがきっと気のせいだ。全く持って気のせいだ。
「ふう、ゆっきーも大きくなったなあ……。」
ヒギッ
「ぎゃあああああああああああああああ!! さわんなあああああああ糞兄貴があああ!!!」
俺は兄貴の腕から3回転半で逃れた。……すげえ。全身に鳥肌立つことってあんだな。
「ひどいなー、ひどい、ひどいぞ、ゆっきー!! 俺様に触られるなんて、愚民には考えられないような幸せなんだぞ!!!」
「お前に触られんだったらでかいカエルまみれになった方がマシだ!!」
「そんな……! 俺様怒ったぞ! ゆっきーにはことごとく失望した!!」
「……お前ごときに嫌われようが俺の生活に差し障りなんざねえんだよ。バイトなんだろ。もうどうでも良いから早く行けよ。」
「ゆっきーのバカヤロー!!」
ふう、ようやく目の前からウザイ奴がいなくなった。安っぽい漫画とかなら、ここから俺が兄貴の大切さとか自覚していかなければならないはずなんだが……残念ながら俺には生憎そういった趣味も、そうならなければならない要因もない。むしろ最近兄貴は俺に頼りすぎてるしちょうど良い機会だ。兄貴のほうに、俺断ちしてもらおうか。
玄関のほうからバタバタバタンと騒がしい物音がした。兄貴はどうやらそのままバイトに行くつもりらしい。
「ゆっきーのバカヤロー!! 絶交だからな、謝っても許してやんないんだからなー!!!」
……ガキかアンタは。兄貴が俺に背を向けるとき言う言葉の大半はどう聞いても捨て台詞だ。
バタン!
玄関のドアを大きな音を立てて閉めて、兄貴は出て行った。
「バーカ。」
玄関の方を向いて、鼻でフッと笑う。絶交なんてしたら辛いのは俺じゃなくてアンタの方だろ。なんたって某ゲーム機だしな。国内1,2を争うファミリーコンプレックスだしな。要は家族大好きなんだろう。……さて、何日で陥落するかな。
「……幸君。」
「ああ、母さん。」
少し微笑んで見せる。もう本当、どうしようもないな、この家族は。何で俺みたいなのができちまったのか不思議なくらいだ。
「俺は怒ってねえよ。」
「……そう、よかった。」
母さんは微笑んで、年に合わないくらい軽い足取りで階段を下りていった。
「……風呂はいろ。」
俺は未だ納まらない鳥肌を、腕のうえから摩った。
<了>




