生きる理由
「そんな事が……申し訳ありません、駆け付けられなくて」
「い、いや、良いのだ……武聖どのが謝るような事など何も」
焚き火の前に並んで座る二人の間になんとも言えない微妙な空気が漂う。
「(………気まずい)」
廃村で出会った少女。彼女は自らをヤマト最後の王族、ヤマト第一王女の『クシナダ』と名乗った。彼女が言うには、元々船で従者と共に島から逃がされる予定になっていたのだが海上で魔物の軍勢に襲われ、どうにか島まで戻ってきたものの魔王軍の追っ手との戦闘で従者が死亡。魔物に見つからないよう、たった一人で身を隠しながら生きてきたのだそうだ。
護衛の一人もも連れずにたった一人で廃村に居たのだから、最初こそ嘘を言っているのではないかと僕は半信半疑だったのだが、彼女に鎖骨の辺りを見せられた事でその考えは改める事となった。なぜなら彼女の鎖骨の下辺りに、鬼の顔のような痣がくっきりと浮かんでいたからだ。
以前、旅をしていた時にザックから聞いたことがある。ヤマトの王族は、代々身体の何処かに鬼の顔の形をした痣が現れると。その痣があると言うことは、王女かどうかは兎も角ヤマトの王族である事は間違いないのだろう。
そんな彼女と出会い、聞かされたのは、魔王軍に襲撃されて滅び行くヤマトの話だった。
途中までは彼女も前線で指揮を取っていたらしく、実体験に基づいた彼女の話には鬼気迫るものを感じた。
数えきれない程の部下と民を目の前で失った衝撃は、彼女の心にどれ程の傷を残したかは想像に難くない。僕自身も仲間を全員殺された身だったが、経緯が経緯なだけに安易に同情する事も憚られる。
「皆は………私に、生きるように言ったのだ」
「………」
「どんな事があっても、生き続けろと皆に願われた」
「………」
「最後までついてきてくれたハンゾウも、下衆な悪魔の手で殺された。私が悪魔の接近にいち早く気付いていれば、あやつも死ぬことは無かっただろうに」
「………」
「なぜ私なのだ。私はあの場で皆と共に死ぬことこそ本望だったと言うのに。なぜ私のような女が世継ぎなどになってしまったのだ」
「クシナダ姫」
光の無い瞳で虚空を見つめ、そう呟き続ける彼女に危ういものを感じ、止めさせた。
何となく、地底で暮らしていた頃の僕に似ている。自らを卑下し、今までを否定し続ける事で自分を保とうとしている。自ら死を望んだことすらあった。
今の彼女は死を望んでいるように見える。死ぬことに救いを求めているように見える。きっと死ねば楽にはなれる事だろう。だが、楽になるだけだ。
「それ以上は、駄目です」
「っ!………済まぬ、少し思い詰めすぎたようだ」
そう言ったきり、彼女は沈痛な面持ちになって俯いてしまう。
こんな時、どんな言葉を掛ければ良いのだろうか。
彼女を元気付けようにも、上手く言葉に出来ない。
胸の奥がモヤモヤする。
タイタニスと言う圧倒的な力を手に入れても、弱い自分から逃げることは出来ない。まるで殻の中のカタツムリだ。
元気付けるのに失敗して、突き放されてしまうのが怖い。
「ただ………」
「武聖殿……?」
「生きていれば何か変わるかもしれない。何もかも思い通りに行かなくて、自分の命に価値を見出だせなくなって、今何をすれば良いのか考えることすらままならなくなって、死にたくなっても、生き続けていれば何か変わるかもしれない。僕が、タイタニスの力を手に入れられたように」
ごちゃごちゃになった頭のまま、何か話そうと考えた言葉をそのままに吐き出した。
一国のお姫様相手に随分と偉そうな事を言ってしまったと気付いた時には既に遅く、横を向けばきょとんと呆気にとられたような表情の彼女がじっと此方を見つめている。
「あっ、えと………その、つまり」
慌てて言い訳を考えようとするが、混乱し過ぎて沸騰しきった頭ではどうする事も出来ない。意味もなくあたふたと手を動かして誤魔化すが、彼女の不思議そうな瞳に段々と追い詰められていく。
「ええと、だから………」
「………」
「死ぬのは、良くない、と………」
「……………ぷっ、くくく」
彼女の笑う声が聞こえた。
僕は恥ずかしくなって、抱えた両膝の間に顔を埋めて丸くなる。きっと今、僕の顔は人に見せられないぐらいに真っ赤になっている事だろう。
「はっはっはっ………そうだな、確かに死ぬのは良くない」
彼女はひとしきり笑うと、落ち着いた様子で蹲った僕に話し掛けてくる。笑ったことで何か吹っ切れたのか、先程まであった重苦しい悲壮感がその声の調子からはもう感じられない。
「今、生きていたからこそ武聖殿にも出会えたのだ。それに自死することは私を守ってくれた皆への裏切りになってしまう」
「それなら……良かったです」
あまりの恥ずかしさに顔を埋めて丸くなっていた僕の頭に、するりと両手が当てられる。
「なあ、顔を上げてくれないか。そなたの顔を今一度よく見てみたくなった」
いきなりそんな事を言われたものだから、驚いてぎゅっと身を固めてしまったが、予想外に強い彼女の力によって僕の顔は簡単に持ち上げられてしまった。目の前には綺麗な彼女の顔がいっぱいに広がり、じっと目を合わせてきている。
「武聖などと言うからどんな益荒男かと思っていたが、存外可愛らしい顔をしているのだな」
「あ、あの……」
「うん? どうした」
「……偉そうな事を言ってしまって、すみませんでした」
彼女にがっちりと頭を掴まれていて顔をそらすことも出来ない僕は、どうにか視線だけでも外そうとキョロキョロ目を動かす。実質的に滅んでしまった国とは言え、王族に不敬な態度をとってしまった事に内心冷や汗まみれだった。
だが、そんな僕の内心を知ってか知らずか、彼女は頭から手を離し、優しく抱き締めてくる。
「え……え?」
「そなたの言葉に助けられた。感謝するぞ」
困惑する僕を余所に彼女は抱き締める力を強めてきて、二人の身体はぴったりと密着する。引き剥がそうにも、無理に引き剥がす事も不敬ではないかと考えてしまい身動きが出来ない。
「あの、クシナダ、姫?」
「そなたが生きていた事は驚きだった。死んだと聞いていたから、生きているなどと思いもしていなかった」
「う……それは」
「遠く離れた地でそなた等が旅立った話を聞いてから随分と経った。長い旅路で辛い思いもしてきたのだろう。苦楽を共にした仲間から裏切りを受けるなど、家臣に恵まれてきた私には想像もつかぬ程の苦痛だったに違いない」
「いや、そんな事……」
「そんなお主の言葉だからこそ私は元気付けられた。………ありがとう」
「…………はい」
するりと身体から暖かさが離れていく。
あまりの恥ずかしさと情けなさに、しばらく僕は彼女の顔を見れなくなっていた。
彼女の事を元気付けようと頑張って自滅して、逆に自分の方が彼女に元気付けられてしまった。彼女の感謝の言葉に嘘偽りは無いだろうが、あれだけの僕を肯定するような言葉の数々、彼女の意図に気付かない筈が無い。
ちらりと横を見ると、先ほどまでよりも少し穏やかな表情になった彼女が、何事も無かったかのように静かに焚き火で暖をとっていた。仮にも異性に対してさらっとあんな事をしておいて、全く。
「貴女は本当に芯の強い女性だ」
「ふふ………それはどうかな」
彼女は流し目で僕を見て、うっすらと微笑んだ。




