帰郷。そして出会い
第七話、この話も遂に折り返し地点です。
「さよなら、カミラ」
目の前には立てたばかりの簡素な十字架。
この下に、彼女は眠っている。
「どうか安らかに」
小さい頃、二人で遊んだ丘の上に彼女を埋葬した。
周りには誰も居ない、人も魔物も、かつてこの丘を埋め尽くしていた花々ですら。ただ、僅かに残された小さな草花だけが、静かに風に吹かれて揺れている。
久し振りの帰郷となったが、僕の故郷は滅んでいた。
僕の生まれ育った村だけじゃない。全ての街や村が魔物に襲われ、廃墟が残るだけだった。
王城があった首都も、街を守っていた巨大な壁はほとんどが崩れ落ちていて、街の中は沢山の魔物が徘徊していた。生きている人間は一人として居ない。
「さて、次で最後だ」
勇者アレクと聖女サラの遺体も故郷へと運び、埋葬してきた。何となくそうだろうとは察していたが、二人の故郷もまた、魔王の軍勢によって完全に滅ぼされてしまっていた。
残る遺体は剣聖ザックのみだが、彼の故郷であるヤマトは遥か東の島に位置している。大陸の北方に位置していた魔王城からは遠く離れており、周りを海に囲まれていることもあって他の国よりは攻めにくいとは思うが、魔王城に魔王は不在だった事もありあまり期待すべきでは無いだろう。
「行こう、タイタニス」
タイタニスを装着し、ザックの遺体を拾い上げて東へと向かう。目指すは彼の故郷『ヤマト』。
彼を埋葬し、全ての仲間を弔って、それから魔王を殺しに行く。魔王を殺した後は、この世から全ての魔物を殺し尽くす旅に出る。
『どうして僕だったんだろうな』
身体は他人よりちょっと強いぐらいで、魔力だけは凄まじく多いが魔法への才は最悪。才能溢れる他の仲間達と比べて、限界が来るのは余りにも早かった。
考えは尽きない。タイタニスが武聖の為の武器なのだとするのなら、何故それが伝わっていなかったのか。タイタニスの存在を知っていれば、もっと多くの人々を救えていたし、仲間達との仲も険悪にはならなかっただろう。どうしても後世に伝えてゆく事が出来ない理由でもあったのだろうか。
『(いや、今はいい。とにかくヤマトに向かうだけだ)』
遥か東の国、ヤマトまでの道のりは長い。道中魔物に出くわす事も、余程運が良くない限りあるだろう。最後まで安全にザックの遺体を故郷へと届ける為にも、余計な考え事は頭から振り払った。
やはりと言うべきか、久し振りに訪れたヤマト周辺の海は様変わりしていた。以前はおとなしい魔物がほとんどの穏やかな海だったと記憶しているが、今は凶暴な海竜や半魚人の群れが泳ぎ回る魔の海域と化している。
『くうっ、次から次へと面倒な』
タイタニスの力をもってすれば、強力な魔物であっても瞬時に殺すことが出来る。しかし、片手に持ったザックの遺体を庇いながらとなると別だ。此方にダメージは一切通ることは無いが、片手が塞がってしまっているせいで兎に角時間がかかる。
『魚野郎が、全員焼け死ね!』
タイタニスへと群がってくる半魚人の群れへと向けて電撃を放つ。電撃は周囲の海竜達を痺れさせながら海水中を拡散し、半魚人の群れを丸ごと焦げカスに変える。
続けてタイタニスの片腕から熱波を放てば、一直線上の海水が一瞬にして蒸発し、海竜達は苦しみのたうち回った後に息絶えた。
『くそっ、もう少しだって言うのに』
あと少しでヤマトに辿り着く。もう陸地が大分近付いてきており、海もだいぶ浅くなってきたと言うのに魔物の数は一向に減らない。
単に魔物の生息域が広がっただけならば、こうもタイタニスめがけて群がってなど来たりしないはずだ。つまり、この魔物達は同種の中でも比較的知能や戦闘力の高いもので固められた魔物の集団、いわゆる『魔王軍』と呼ばれるものに違いない。
海を越えて攻め込まれていたとなると、ヤマトがどうなったかは想像に難くない。もう同じような光景を三度も見てきた。
城壁から吊るされた王侯貴族の遺体。磔にされ、ボロボロに痛め付けられた男達の遺体。目を覆いたくなる程に酷い暴行の痕が残されていた女達の遺体。幼子にすら魔物達は容赦なく、残っていた彼等の遺体には食いちぎられたような痕や激しい暴行の痕が残されていた。
この世の地獄だ。
何処へ行っても平和なんて得られやしない。
殺しに快楽を覚える鬼畜共によって全てが壊された。
『このっ………死ね、死ねっ!』
今はヤマトに上陸する事が最優先。それでも、目に写る魔物は片っ端から殺していく。
彼等が死ねば死ぬほど、まだ生き残っているかもしれない誰かの命が救われる。
ワイバーンが飛んでくれば、その皮膚ですら絶えられない高温で焼き尽くし、海竜が水底より襲い来れば掴んで握り潰す。
サハギンやオンディーヌの群れは電撃と熱波の波状攻撃で殲滅。羽の生えたインプ共も腕を一振りしてミンチに変える。
『あと少し、あと少しだ』
ようやく陸に辿り着く。その時だった。
タイタニスの背中に何かが激突し、僅かではあるが衝撃が伝わってきた。かなりの魔物と戦ってきたが、こんなことは始めてだ。思わず後ろを振り返ると、三ツ又の槍を携えた一匹のサハギンが宙に浮かんでいた。
「我が名はザリバーン! 魔王様よりこの海を任せられた者である! 武聖ハルト、いざ尋常に勝負せよ!」
『……ここらの頭って事か。お前が死んだら少しはこの海も平和になるかな』
不意打ちを仕掛けてきた癖に何が『いざ尋常に』だ。武人を気取っていても、所詮は野蛮な魔物。今も目の前のあのサハギンをよく見れば、僅かに口角が上がっている。自分が死のうが生きようが、彼にとっては些細な事なのだ。大事なのはその戦いが面白いかどうか、それだけだ。
「先程は我が一撃をよくぞ耐えた。だが次は無い! このザリバーンの槍術の下に海の藻屑となるが良い!」
超高速で回転させられている槍を中心に海水が渦を巻きながら集まっていき、槍の穂先を此方に突き出したと同時に圧縮されていた海水が一直線に飛んできた。
一目見ればわかる。あれは生身ではまず耐えられない。魔王城の周辺で戦った魔物なんかよりも、あのサハギンはずっと強い。流石に一つの海域を任されるだけはあると言うことだろう。だが――
『悪いが、お前に構っていられる時間は無いんだ』
「ッッ!? なっ、これはっ!」
ザックの遺体を抱えていない方の手を前へと突き出し、その掌から超高温の炎を発射する。炎はサハギンの槍から放たれた海水を瞬時に蒸発させながらサハギンへと到達し、その身体を燃やし尽くした。
『皆のために、死んでくれ』
きっと昔の五人で戦っていたらさぞ苦戦しただろう。今のサハギンは僕が旅をしてきた中で見た魔物の中でも5本の指に入る程の強敵だった。
だが、それ以上にタイタニスの力は恐ろしい。
『(手に入れたのが僕で良かった)』
自らを『破壊の頂点に立つ者』と称するだけはある。タイタニスは殺戮、破壊と言う点において圧倒的過ぎた。見た目からは想像できない程に豊富な能力の数々に、他を寄せ付けないパワー。もしも悪い考えを持つ人間にタイタニスが渡っていたらどうなっていたか。
『(いや、手に入れた所でどうせ使えないか。魔法玉ならまだしも、動かすためにタイタニスに見合うだけの魔力を持っている人間なんてまず居ない)』
魔王を倒す旅の途中、様々な国や街を訪れたが、どこの実力者も僕ほどの魔力を内包した人間は居なかった。僕よりも強い人間なんて山ほど居ると言うのに、その誰もが、だ。
『(もしかして、保有魔力量が武聖に選ばれた理由なのか? そんなまさか。それじゃあいくらなんでも理由が単純すぎる)』
気が付くと、軍を率いていた頭が呆気なく死んだことで、魔物達は散り散りに逃げていっていた。彼等も充分痛い目を見たはずだ。しばらくはヤマトの近海は平和になってくれるはず。
静かになった海を尻目に、僕は遂にヤマトの大地に足を踏み入れた。
『ここだよな、多分』
廃墟が建ち並ぶ小さな村の跡。
僕の記憶が間違っていなければ、ここがザックの故郷だ。
『まあ、そうだよな……』
当たり前だが、パッと見渡した限りでは誰もいない。だが今まで見てきた廃村と比べると死体の数も少なく、彷徨いている魔物も居ないのには少し安心した。
村の奥へと行くと、森の中に墓地があるのを見つけた。古いものから新しいものまで、沢山の墓石が木洩れ日に照らされている。
『ん……誰か来たのか?』
ふと、墓地の入り口近くに埋められたばかりに見える墓を見つけた。墓石も新しいもののようで、よく磨かれたそれは鏡のように光を反射している。墓石には『ハンゾウ』とだけ刻まれていた。
『まだ生きている人がいるのか』
久し振りの生きた人間の痕跡に少し嬉しくなる。もしかしたらまだ近くにいるかもしれない。
『でも、まずはケジメつけなきゃな』
タイタニスの装着を解除し、ザックの遺体を抱き抱えて墓地の中へ。一人分の墓が作れそうなスペースを見つけ、一旦遺体をその場に下ろして辺りを見渡す。すると、墓地の柵にスコップが一つ、立て掛けられたままになっていたので、それを持ってきて穴を掘り始めた。
棺桶なんて贅沢は出来ないし、職人では無いから墓石も作ってやれない。出来ることは、精々埋葬する事と木で簡単な墓標を立てる事ぐらい。でも、いつまでも戦場にさらされたまま腐っていくよりも、こっちの方がずっと良い。
どんな形であれ最後まで人々の為に戦い抜いた彼等への感謝と、最後の一人になってしまった僕から彼等への別れの挨拶。
「お休み、ザック」
穴の中にザックの遺体を埋めて、簡単な墓標を立て終わった頃にはすっかり空は鮮やかな橙色に染まっていた。
誰のものかもわからないスコップをもとあった場所に戻し、タイタニスの元へと戻る。やるべき事はこれで済んだ。あとは世界の何処かにいる魔王を探しだし、この手で殺すだけ。
そうしてタイタニスを装着しようとした、その時だった。
「………人?」
「え、誰……?」
静かな村のはずれに、気の抜けた少女の声が響く。
声のした方を見ると、そこにはヤマト風の甲冑を着込んだ少女が呆然とした表情で立ち尽くしていた。




