復讐
◆◆◆
タイタニスの力は凄まじいものだった。
軽く跳躍しただけであの高い崖を登りきり、全身に力を込めればタイタニスを介して僕の魔力が破壊の波動となって全方位に放たれた。
波動は洞窟を吹き飛ばし、周囲の魔物を皆殺しにし、空を覆う雲すら切り裂いて広がってゆく。一人の人間が持ってはいけない程に大きな、恐ろしい力だ。
外へ出た時にはもう夜で、辺りはすっかり暗くなっていた。夜は危険な時間だ。魔物達が活性化して、一日で最も強くなる時間。以前までの僕であれば洞窟に引き返して一夜を過ごしていた所だろうが、タイタニスの力を得た僕に『止まる』と言う選択肢は無かった。
あのインキュバスが言っていた事は本当だったのか。本当に皆は死んでしまったのか。絶望的だと頭でわかっていても、一縷の望みにかけて魔王軍の本拠地『魔王城』へと急いだ。
そして、その最奥の部屋で見つけてしまった。
「ああ、そんな………嘘だ、こんな事」
きっと激しい戦いが繰り広げられたのだろう。瓦礫の散らばった広い部屋に無造作に放られたままの四つの遺体。遺体にはどれも頭部が無く、その断面から見ても意図的に切り取られたのだと言うことが手に取るようにわかる。
「カミラ………」
タイタニスの装着を解き、遺体の一つへと歩み寄る。
頭部は残されていなかったが、その服装と近くに落ちていた杖でその遺体が誰のものかはすぐにわかった。
「ごめん、カミラ……ごめん………僕が強ければ、僕がもっと早くタイタニスを手に入れていれば」
首の無い彼女の遺体を抱き締めた。すっかり冷たくなり、腐敗が始まりつつある彼女の身体はとても軽かった。
「うぅ………カミラ、カミラ……君だけは、幸せになって欲しかったのに」
溢れ出る涙が止まらない。
裏切られても、嫌われても、変わらず彼女は大切な存在だった。
物心ついた頃からずっと隣に居た彼女。小さい頃はよく村の近くの川や丘へと行って二人で遊んでいた。二人ならんで魚釣りをしたり、春の花が咲き乱れる丘で花輪を作ってお互いにプレゼントしたり。互いの両親の仲が良かった事もあり、許嫁となったのはたしかこの頃。
年が12を過ぎた頃ぐらいから互いを異性と意識し始め、数週間ほど疎遠になった事もあった。でもすぐにまた二人で過ごすことが多くなり、14の時に初めて肌を重ねた。それまでもまるで家族のように過ごしてきていたが、あの日互いの愛を確かめあった事で、本当の意味で家族になれるのだと嬉しくなった事もよく覚えている。
魔王なんてものがこの世に現れるよりも前。
彼女との記憶はどれも幸せで、暖かなものばかりだ。今はもう感じることの出来ない、掛け替えのないものを与えてくれた彼女だから、どんなことがあっても彼女には幸せでいて欲しかった。
「なのに、どうして……どうして」
今更悔いたところでもう遅い。死んだ人間が生き返らない事なんて子供だって理解できる。
パーティの中でもっと上手く立ち回れていたら。もしも皆との仲が悪くなっていなかったとしたら。きっと僕はタイタニスを手に入れていない。僕もここに散らばる遺体の一つになっていたに違いない。
もっと早くタイタニスを動かせていたら、皆を助けられただろうか? きっとそれも無理だった。タイタニスの動力源は僕自身だが、装着する為のエネルギーはタイタニス自身で賄わなければならない。タイタニスに残されていたエネルギーは、僕を助けるために全て使われてしまっていた。おそらくタイタニスを作った誰かが、武聖に選ばれた者以外には使わせないためのセーフティーの1つとしてそうした仕様にしたのだろうが、余りにも時間がかかり過ぎた。
一方をを捨てれば、一方は成り立たなくなる。
タイタニスを持った状態で、彼等との仲が良好なままでいられる方法は無かった。それ程までに、僕の弱さは皆から疎まれていた。
「アレク、ザック、サラ」
勇者アレク。お調子者のバールカッド帝国第一皇子。世界最強と吟われるその強さは苦しい旅の中で皆の心の支えとなり、その明るさでいつも皆を引っ張ってくれる旅のリーダーだった。
剣聖ザック。ヤマト出身の農家の息子。少々怒りっぽい性格ではあったが、戦いの中ではその類いまれなる剣術によって幾度となくパーティの危機を救ってくれた。
聖女サラ。アウルド共和国出身の貴族のお嬢様。高位貴族の出だと聞いていたが、奢ること無く誰とでも分け隔てなく接し、旅の仲間だけでなく怪我や病気で苦しむ人を見ればその癒しの力を躊躇うこと無く使っていた。
最後こそ、彼等との仲は最悪なものになってしまったが、それでも彼等が世界を救うための旅の仲間であった事実は変わらない。悪い思い出よりも、良い思い出の方がずっと多い。
「見付けたぞ、ヤツだ! 武聖だ!」
「殺せ、八つ裂きにして殺せ!」
「魔物が……」
城の中に居た魔物も、城の周りにいた魔物も、全て殺してやったと言うのにもう次の魔物がやってきた。畑につく害虫のように、殺しても殺してもどこからともなく沸いて出てくる。
「『タイタニス』!」
腕輪が凄まじい輝きを放ち、驚いた魔物達は一瞬身を固くする。その隙にタイタニスは素早く僕の身体に装着された。
「な、不味っ――」
『死ね』
拳を振り下ろせば、いとも簡単に魔物達は挽き肉へと変化する。腕を振るえば魔物の身体が壊れた玩具のように宙を舞う。
以前の僕とは比べ物にならないぐらい、タイタニスと言う武器を得た僕は強くなった。夢にまで見た強さを手に入れた。だけどまるで嬉しくない。
『全部、殺す、殺すっ、殺すっ!』
魔物の強い弱いも最早わからない。比べるに値しない。
憎い魔物をどんなに殺しても虚しいだけ。
『………もう、どうすればいい』
答える者は誰も居ない。
集まってきていた魔物達も皆呆気なく死んだ。
だけど復讐は終わっていない。世界も救えていない。
勇者も剣聖も聖女も賢者も皆死んだ。残されたのは僕、ただ一人。
残された僕には責任がある。
力を手に入れた僕には義務がある。
魔王はまだ生きている。
僕一人で世界を救わなければならない。
でも、最初にまず1つ。
『みんな……』
タイタニスの大きな手で四人の遺体を拾い上げ、魔王城の屋根を破壊して空高く跳び上がる。
見下ろした広い世界は、すっかり荒れ果てていた。
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